友人がVtuberやってるって言いたい 作:未来へと繋ぐ楔の筆
あ、と思った時にはもう体が動いていた。
珍しく音楽を聴かずに居眠りをしていた電車のKさんが、アナウンス……到着駅のアナウンスでハッと目を覚まして急ぎ足で電車を降りようとしたときの事だ。電車のKさんのカバンから転がり落ちたそれ──いつか、一度だけ見た社員証が電車の床に転がり落ちた。しかしKさんはそれに気付かず、降車してしまったのである。ここは私の降りる駅ではない。ではないけれど、十二分に学校に間に合うよう早起きしてあるし特に急ぎの用も無いしなんなら色々と展開妄想捗るじゃんコレ! と思った私は、すぐさまその社員証を拾い上げて電車を降りた。駆け込み乗車ならぬ駆け出し降車である。
実際、私の身体が全て車外に出た瞬間にドアが閉まったから、乗務員さんには迷惑をかけてしまってごめんなさいをしたい。あともう少しマージン取って閉めろ危ないだろ、とか言いたくはならない。言いたい。
さて、どれだけ人が少ないとはいえそんな風に焦って降りたら目立つ。別に私が「だぁらっしゃい!」とか叫んだってわけじゃない。わけじゃないぞ。お前の信じる私を信じろ。
目立てば注目が集まるものである。どれだけ外界に興味のない人であっても、流石に背後で大声を出されたら自衛観念的にも振り返るだろう。大声なんて出してないけどね?
「──……あぁ、落としてたんだ。ありがとう」
その人……こちらへ振り返ったKさんは、私を見て、私の手に掴むものを見て、お礼を言った。状況把握能力が高い。そして声の透明感よ。想像より何歳か幼い声をしている。しかしカッコイイ。というかクール。ビークール。ソークール。
「あ、はい。落とし物です。えーと……あれ?」
社員証を渡そうとして、ついついそこに書かれている文字を読んでしまった。いや盗み見をしている私が読んでしまったも何も無いとは思うけど、流石に面と向かって相手の持ち物を渡すときにそこに書かれている文字をまじまじと見つめ読む程私のマナーは悪くない、はず。あくまではず、だけど。まぁ読んじゃったんだけどね?
読むなら読むで、名前を読めば良かったものを……運悪く裏面で、そこに名前は書いてあらず、ただ「どこの」という部分に目を引かれた。
「館員証……
「見えない?」
「えーと……もしかして透明の大学とかなんですか?」
「あぁ、ごめん。わたし、大学生に見えないかな、って」
「大学生なんですか!?」
あ、また大声が。幸いもう周りにはあんまり人が……いるねぇ結構。人のプライバシーを大声で叫ぶとか私は死んだ方が良いのではないだろうか……ああ嫌われたんじゃないか……うう。
ヘラっていると、ぎゅ、と手を掴まれた。ん?
「ちょっと話そうよ。君、降りる駅ここじゃないでしょ? コレ届けるために降りてくれたみたいだし、こっちも次の電車来るまで待つことで対価にならないかな」
「え! あ、いや、え……。い、いいんですか?」
「うん、急いでないし。そっちこそ、いいの? 高校生でしょ? 知らない大人についてきて、大丈夫?」
「ついていくも何も駅の構内ですけど……」
「比喩だよ比喩」
あぶねえ。今の「いいんですか?」には「そんなご褒美いただいていいんですか!?」という意味が含まれていたのだが、Kさんは気付かなかったらしい。そりゃ気付かんわ。うひょひょ、願っても無い機会。あ、この笑い方は気持ち悪いから封印してってリンリンに言われてたんだった。再封印──!
Kさんは私の手を引いてベンチに座ると、「あ、ちょっと待ってて」と言って再度立ち上がった。その姿を目で追えば、自販機の方へ。こちらが何を言うまでもなく桃味の炭酸水を買ってきて、さらにはそれをハンドタオルで包んで渡してくるではないか。何故私が桃味を好んでいるとわかったのか。まさか私に気があるんじゃないか。いやぁモテモテで困るなぁ。
「これ、一応お礼ってことで。コレがないと、入れない場所があるからね。凄く助かった」
「あ、いえ、その、はい。お役に立てたのなら幸いです」
「ちなみに桃味は、君が勉強の時にいつも舐めている飴の味から予想したよ。合ってた?」
「見られてた──!?」
「いつも目の前に座るんだもん。そりゃ、時々は見ちゃうよ」
い、いえ、私の方が先に座っているのでまるで私が狙って座ってきているような言い方はやめていただけると! なんて事は言えるはずもなく、そして見られていたという事実にガクガク震えてしまう。僕は悪い半固体じゃないよ。
いやだって、いやだって、通学中は勉強しかしていないとはいえ……タッチ専用ペンを口と鼻の間に挟んで変な顔をしてたのとか、ペン回しをしすぎて電車の揺れで飛び跳ねたタッチ専用ペンが顔に突き刺さった瞬間とか、同じ状況でタッチ専用ペンがセーラー服の中に入っちゃってめっちゃ恥ずかしかったアレとか、全部見られてたかもしれないって事だ。グワァァア!!
あと今度このタッチ専用ペンお祓いした方が良いかもしれませんね!!
「青眼鏡ちゃん」
「え、どうしてそのあだ名を!?」
「当てずっぽう。その癖毛とか、目の色とか、色々特徴あるけど。その眼鏡──青眼鏡が第一印象に入りやすいと思ったから。君にあだ名をつけるなら、青眼鏡ちゃんかな、って」
「凄い……確かに当方青眼鏡と呼ばれております」
「そして君は、わたしの事をKさん、と呼んでいるね」
「!?」
な、なんだこの人! サイコメトラーか!? 私の心の中まで……いや待て、だとすると……私が毎度毎度Kさんを見るたびに思っていた「Kさんが告白してきたらどうしよう妄想パターン集」が全部見られている!? ま、不味い……普通に変態的妄想だからかなり不味い!! なんだよ『いきなり壁ドンしてきて口に咥えたポッキーを差し出して「一緒に食べない……?」って言ってくる』って! 今思うと意味の分からないシチュエーション過ぎる!
でも萌える。
「それも……当てずっぽうですか?」
「ううん。さっきからわたしに呼びかけようとして止める時に解ける口の形がケーだったから」
「それは怖い。あ」
「ごめんなさい、思ったことがついつい口に出てしまうタイプで……って言いたい?」
「ウ゛ッッッ」
で、でも私にはベレー帽の人が……! いやKさんに迫られたら断れない! ごめんリンリン! 私は、私は!!
「レナ」
「え」
「Kさん、だと親しみがないでしょ。レナって呼んで。大丈夫、本名じゃないから」
「何故当然のように本名じゃない名前を持っているのか」
「大人はみんな持ってるよ。まだまだ子供だね」
「絶対持ってない大人いるけど私が子供なのは事実です!」
電車のKさん。改め、レナさん。
レナさん……レナちゃんhshs……。本当だ、名前(偽)で呼んでみるとぐっと親近感増すなぁ。名前(偽)とはいえ。普通に偽名って言え。
「わたしは君の事、青眼鏡ちゃんって呼ぶから」
「このフレームもう変えられない……!」
「わざわざ青にしてるのは、気に入っているからじゃないの?」
「おっしゃる通りでございます……」
リンリンにも京子にも壮一にも「青眼鏡」と呼ばれていて、それを親しみと感じているくらいには、この青眼鏡は私のトレードマークになっていると思う。視界に入ると黒っぽいこれだけど、外から見るとかなり青い。青二才だ。違うか。
ようやく、レナさんに貰った炭酸水を開ける。ぷしゅ、という発泡音がした。
「ねぇ、青眼鏡ちゃん」
「あ、はい」
「いじめ」
「はい?」
「いじめられてない? もしくは、家庭内暴力」
「え。え? え、いえ、されてませんけど……なして」
「女子高生の首に
首?
……ああッ!
「あ、いえ! これは、ですね……その、友達と……」
「友達? まさか高校生の時点でDV彼氏?」
「いえ、男性ではなく……というか別に彼氏彼女ではなくですね!」
「……へぇ」
わ、忘れていた。昨日リンリンに付けられた絞首痕、この時期にはちょっと暑いと感じるインナースーツで覆っていたつもりだったけど、少しズレてしまっていたらしい。そう、そうなんだよ。それが普通の反応なんだよ! JKが! 女子! 高校生が! 首を絞めた痕なんてものを付けてたら、真っ先にそういう発想に至るのは普通なんだよ! まさか女友達が首輪を付けたくて絞めてる、なんて思わないだろういや今考えてもおかしいけど!!
「お友達、随分と上手なんだね」
「上手とは!?」
「気道や頸動脈諸々を外して、命にかかわらない部分にだけくっきり爪痕を付けてる。"首を絞めた痕"だけを絶対に残したいって表れだよ。大事にされてるみたいね?」
「なにそれ怖い」
「わたしも専門外だから詳しい話は出来ないけど、一応、ほどほどにね、とは言っておくよ」
「私の裁量でどうにかできる事ではないのですがわかりました」
そうなんだ……リンリン、ちゃんと私の事を考えて……! なんていう風な思考になってたら私はもうお陀仏である。リンリンちょっと怖すぎる。そういえばあの黒天使ちゃ……黒天使さんもそうだけど、もしやV界でセンシティブなお友達を作りすぎてる? いや別に悪いとは言わないけど……そっちに染まらないように今度一言だけ言っておくべきかなぁ。
「その子、親友?」
「え? あ、これ付けた子の事なら、そうです」
「誰が一番、その子に影響を与えているのか。って辺りかな」
「どういう」
ことですか、と聞こうとした。「まもなく電車が~」のアナウンスに掻き消されてしまったけど。どうやら、次の電車が来たらしい。レナさんはよいしょ、と席を立つ。あ、ハンドタオル。
「欲しい?」
「欲しいです」
「じゃ、あげる」
「わぁい……じゃなくて!?」
脊髄反射で欲しがってしまった。今まで見た事のない……悪戯っ子のような口角の上げ方で、そんな「トリックオアトリート!」みたいな感じで欲しいかどうか聞かれたらそりゃ欲しいって言っちゃうよ! ずるいよ! ありがとうございます大切にします!!
レナさんはそのまま後ろ手をヒラヒラと振ると、改札口の方にある階段を降りていった。
同時、電車が到着する。
「……なんか、ちょっとイメージ変わったかも」
貰ったハンドタオルを畳んで、いつもより少しだけ人の多い電車に乗る。
発射する電車。
窓の外に、渡勝大学が見えた。
進路先決定!!!
●
夢が叶った。
リンリンが配信中に、私の事を話したのである。無論まだ旅行には行ってないのでその話ではなく、普通に、日常的な日常の日常みたいな一ページ。いつものボケのぶつけ合いを、さらりと。そして反応は上々だった。願っていた通りの反応……「面白い子の元には面白い子が集まるんだなww」みたいなコメントが多数流れていた。
叶った。叶ってしまったわけです。あっさりと。蜊と!!
叶ってしまうと、何が起きるか。
い、言いてぇ……!
私の友人Vtuberやってんすよwwwって言いてえ……!!
「言えるワケないんだよなぁ!!」
「うわ、びっくりした」
「びっくりした人はいきなりお尻を蹴ったりしない!」
いつものようにリンリンの部屋。ちなみにリンリンの部屋とウチはかなり距離があるけど、定期券を使って電車で行き来しているので問題ない。通学以外の用途で使うのはホントはダメとか言われてるけど使えるんだから仕方がない。使うものは使う!
そんな感じでほぼタダで移動できるので私の家はリンリンのお隣さんのようなものである。違うか。
「あー、その、だね。リンリンや」
「なんだいお婆さん」
「その流れだとリンリンがお爺さんになるけど」
「ならないよ?」
「マジかお婆さん独り身か悲しいな」
今もそうだ。お尻を蹴る、なんて……いや私が過敏になっているだけか? 生け花か? とも思うけど、どうも、やることなす事ちょっと……ソッチ方向に寄っている気がする。ううむ、やはりこれは……酷くなる前に言うべきか。
でもコレ後方保護者面なんだよな~~~~~~~!
でも言う!
「リンリン、ちょっと」
「……」
「いきなり不機嫌になるじゃん」
「お説教しますよ、みたいな声色になったら誰だってそうなる」
「したいわけじゃないんだ……わかってくれ……」
「じゃあしなくていいよ」
「そういうわけにもいかない。あー、その。リンリン、最近の行動がちょっと……センシティブに寄りすぎていないか、という話をだね」
「この前それ不快だ、って言ったよね?」
言ったし聞いた。けど……。
「リンリンのVのキャラって、ソッチ方面じゃないじゃん? あんまり余所に影響されすぎるのはどうかなーっていう……」
「うーん、全然わかってくれてないね。どうしたらいいのかなぁ。やっぱ体に教え込むしか」
「そういう発言が気になるんだって……ほら、首に手を伸ばさない」
ぱし、と掴む。どこに来るかわかっている手など掴み取る事は容易! しかし私に手を掴まれて尚、至極不機嫌な顔を隠さないリンリン。むしろ睨みつけているまである。怖い怖い!
しかし! 私も! 退けないのである!!
「私のためを思って、とか言わないでよ?」
「リンリンの為を思って言ってるよ」
「……余計なお世話なんだけど」
「お節介で結構。全く、いつからこんな反抗期になったんだか……」
「それ本当に嫌だからやめて」
手が振り払われた。そして、今度は逆に……私の手をリンリンが掴んでくる。それだけでは飽き足らず、万歳の形をしたかと思うと思い切り横に振りまわして私のバランスを崩し、ベッドへと押し倒した。
押し倒した。押し倒されたァァァアア!? え、え、なにこれ! なにこれアレ? アレ? チョメチョメがチョメチョメになっちゃう奴!?
リンリンはしかし、私のようにふざけるでもなく……怒り露に私の事を睨みつける。
「ねぇ、嫌いになっちゃうよ」
「……それで、リンリンが良い方向に行くのなら……仕方がないと思う」
「Vtuberの友達になりたかった、って言ってたよね。あの時変な夢だって言ったけど、よく考えてみたら酷い事言われてるな、って思った。Vtuberならだれでもよくて、いなかったから私のトコに来たんだよね。私である必要はなかったんでしょ」
「七割はそうだね」
「はぁ……イライラするなぁ。その目。何それ。親友に向ける目じゃないよ絶対」
「……そうかもね」
「認めるんだ。認めるんだ。はぁ。認めるんだ」
「──ふざけないでよ」
うぐ、と咄嗟に口を抑えようとして、しかし両手が掴まれたままであることに震えた。私のお腹の上に、リンリンの膝が乗ったのだ。この間のなんちゃってボディブローとは違う、全体重ではないにしても……凄まじい重量が私のお腹にかかる。
苦しい。あと痛い。
「ねえ、何? もしかして、とは思ってたけど。さっき反抗期って言ったよね。あれで確信に変わったけど」
「うぐ、ぅ、ぇ……」
「私が今、こう、なってるの……誰のせいかわかってないとか言わないよね」
ぐ、ぐ、ぐ、と三度。
リンリンは膝を押し込む。
「うぎゅ、ぎゅ、わ、私のせいだと言うのかね!」
「本当にわかってないんだ。サイアク」
「なまじっか私のせいだとして、じゃあどうしたら反抗期をやめてくれるのかウゲェ」
「そういう"やめてくれるのか"とか言ってる限りはやめないよ」
決して全体重はかけない。ただ絶妙に痛くて苦しいラインで体重をかけてくる。だからこんなのどこで学んだんだって……。もしかして大手事務所だからそういう事を……?
……流石に無いか。いやあるとこはあるのだろうけど、流石にあそこであったら……今度調査入れるか。
「……だって、言う事聞いたってその態度やめないでしょ」
「ふぅぅ、う、う? いや、素直に聞いてくれるのならこっちも……」
「態度の話をしてるの! その……私が育ててる、みたいな態度やめろって言ってるの!」
今度は膝じゃなくて、というか脇腹の横に両膝を落として、私の両腕を押さえつけていた手を放して──ダン! と。私の顔の横に叩きつけた。物凄い至近距離にリンリンの顔が来る。あの、何故私は押し倒されているのでせうか。
これがこんな状況でなければ、たとえば映画のワンシーンであれば……そのままキスでもされそうな距離。しかしその顔は般若。ひい。
「そういう態度されるのが嫌だから! 正反対のことしてるの!! わかんない!?」
「……まぁ落ち着きなよ。落ち着いて考えてみ。それを反抗期って言うんだって」
「違うって言ってるじゃん……! 私は、同じとこに立ちたいのに、なんで下に見るの……なんで……」
──誰が一番、その子に影響を与えたのか。
ああ。まぁ、そうか。そんなにか。
私が──そんなにも、影響を与えていましたかね。こんな、無個性オタクの成れの果て、みたいな私が。だから……影響下にあるのが嫌で、他の、私からは受けないタイプの影響を積極的に受けているって? そんな。
そんな、馬鹿な事を。
「なんでこんな、目の前にいて……私を見てくれないの? 配信してる時の私も、いつも部屋で遊んでる時も、今こうして押し倒してる時でも、ぜんっぜん私を見てない! なんで!?」
「あんまり叫ばんとき……大事な喉でしょうよ」
「うるさいなぁ!」
耳を。両側からガッと掴まれた。
あ、来る。そう思った。事実──唇が来た。
けど。
「ん、ッ!? 痛っ……!」
「……」
想像していた
吸血鬼かな??? いやヴァンパイアかもしれない。竜の息子かもしれない。
「私にしてほしいこと。言ってみてよ」
「え、だからそれは、こういうセンシティブな事や過激な事をやめるように」
「そうじゃなくて。私のため、じゃなくて、私が出来る事。私が風音のためにやってあげられる事。言ってみて」
「……」
「無い?」
リンリンのため、でなく。私のため? 私に益となる事? そりゃ、Vtuberになってもらう事だ。で、これはやってもらった。そして私の話を配信で話す事。これもやってもらった。十二分に叶っている。全部叶っているから、求めることなど何もない。
そして、私はリンリンの人生を変える一端を担ったのだから、それを見届ける責務がある。彼女を導く責任がある。それのどこに不思議があろうか。
「あ、血。ダメだよ、飲んじゃ」
「……」
「あぁ、こういう風に言うと飲んじゃうか。じゃあどういえばいいかな」
「人間扱いしてよ」
……。
「わかった。子供扱いじゃないんだ。勘違いしてた。私の事、子供扱いしてるんじゃない」
人間扱いしてないんだ。
「……そんなことは」
「だから育成ゲームみたいに色々言ってくるし、こういう風に言うとこういう反応をするから、こういう言い方に直さないと、なんて言うんだ」
「考えすぎでは?」
「そういえば言ってたよね。電車のKさんやベレー帽の人に会うのもイベントだ、って。私の事もその人たちの事も、ゲームのキャラクターか何かだと思ってるんだ」
「確かにさっきの言い方は悪かったよ。謝るから。そして、そんなことは無いよ。私はリンリンの事大事に思ってる。人間扱いも何も、親友だよ」
「じゃあこっち見てよ。ずっと上の空で、ずっと他の事考えてる。私と話してよ。私を見てよ!」
「それは」
それは。
それは──。
「リンリンが私の事見てくれたら、考えるよ」
よいしょ、と。
覆いかぶさってきているリンリンの肩に手を当てて、上体を起こす。別段リンリンは力が強いとかそういうことはないので、起き上がってしまえばそれを止める事は出来ない。今までなすがままだったのは、私自らが抵抗していなかったから、である。抵抗するほどの事でもないかな、と思っていたから、である。
まぁ、ね。
「さっきから聞いてれば、ずっとさ。ずーっと、私の事見上げてるみたいだけど」
私そんな高いとこにいないよ。
「リンリンが幻視してる"天才"とか"頼りになる奴"よりずっと低いとこにいるよ。ちゃんと見て欲しいのはこっちの方です。私はずっとリンリンに注意をしてきたけど、低いから見える事がある、ってだけで、そこと同じ景色は見えない。だからもし、それが不快だったら」
早めに切り捨ててくれていいよ、私なんて。
その日。
私とリンリンは、初めて……ってほどでもないけど、喧嘩をした。
リンリンから「大っ嫌い!」の言葉を受けて帰路に就く。大嫌いかぁ。そうかぁ。
旅行組んじゃったけど、キャンセルかなぁ、これは。
私と行っても楽しくないだろうしなぁ。
●
「お前らまだそんな喧嘩してんの? まだ、っつかもう、っつか。熟年夫婦かよ」
「まぁまぁ京子! 今喧嘩してナイーブだろうから、優しく、な?」
「いや別にナイーブじゃないので変な気は遣わなくて結構です」
リンリンとの喧嘩後、一日目。
当然ながら普通に学校があるので一応目にはしたけれど、特に何も会話を交わさず席に着いた。四月にあった席替えの妙というか、リンリンと私の席はちょうど対角にある。ので、余計な小競り合いが起きることは無い……のだが。ちなみに昨日の配信は見ていない。トイッターも見ていないので、リンリンがちゃんと配信できたかどうか心配である。
「というか、何用。壮一はともかく、京子はそんな気を遣うとかいうタチじゃないででしょ」
「空気が重い。早く元に戻せ」
「いや、お互いが納得しない内に周囲がとやかく言って仲直りさせるのは違うと思うんだよ」
「まともな事を言うんじゃあないよ」
マイペースヤンキーと正論陽キャに囲まれて、屁理屈陰キャは死んでしまいそうです。
冗談はそれとして。
「リンリン落ち込んでる?」
「見てわからないのかオマエ。青眼鏡曇ってね?」
「落ち込んでるし怒ってるなぁ。何やらかしたんだ?」
「私とリンリンの立ち位置を教えてあげたら嫌われた」
二人は顔を見合わせ、溜息を吐いた。は? 何仲良くしてんだこいつら。
どっちも彼氏彼女いるくせによぉ! 別にいらないけどね!?
「そうだ。ちなみにどうやって仲直りしてんの? 喧嘩した時」
「俺から謝る! とりあえずじゃないぞ。ちゃんと志保の意見を飲み込んで、受け入れて、でもこういう部分があったからすれ違ってしまったんだな、っていうのを確認して、喧嘩になってしまった事を謝るんだ。話し合いで解決できなかったのが悔しいからな!」
「声でけぇけどなんか正しい事言ってる気がするの凄いむかつく。京子は?」
「とりあえず取っ組み合いして、勝った方が正しい」
「バイオレンス過ぎる」
「殴り合いしないから問題ない」
「流血の問題じゃないんだよなぁ」
参考にならなすぎる。なんだこいつら。
いや、喧嘩になってしまった事を謝る、っていうのは凄く良い意見だとは思いますが! クソ! 陽キャのくせに! 陽キャのくせに! 陽キャだからか……?
「仲直りしたい、とは思ってるのか?」
「いやまぁ嫌われたままってのは直した方が良いと思うよ」
「仲直りしたいわけじゃないのかオマエ」
「リンリンが望むなら?」
二人は顔を見合わせ、溜息を吐いた。再放送か?
「これは長引きそうだな」
「だねー……。どっちも頑固だし。どうする? アニーにも話聞く?」
「壮一がやってくれ。こういう面倒なの、苦手だ」
「はいよー」
そういって、リンリンの方へ向かう壮一。なんだお前ギャルゲの主人公か? >話を聞くのコマンドでもあるのか? 大激励闘志戦慄激闘か?
「で?」
「で、とは」
「喧嘩の理由なんか、オマエがわかってないはずないだろ。自分のどこに非があるのか、何が悪かったのか、どうすれば仲直りできるのか、なんて。全部わかってるだろ、オマエ」
「それは買い被り過ぎ」
「アニーもお前もわかってて、でも譲れないからこうなってる。アニーのはちゃんとした理由。オマエのはくっだらない理由。違うか?」
「……くっだらない、か。確かに……そうだね」
ああ、クソ。そんなにわかりやすいか私。あの正論陽キャだけならともかく、この腐れヤンキーにまで悟られるとは。もっとポーカーフェイスを鍛えるべきか。
「オマエ、私の喧嘩の事馬鹿にしてたけど、オマエらがやってることも同じだからな。どっちも引かずに殴り合って、折れたほうの負け。そうだろ」
「私はともかくリンリンを一緒にするな」
「過保護な余り現実が見えなくなってたらセワ無いな」
「見えてるしわかってるからあんまり言葉にしないでくれよ。折れるだろ」
この喧嘩は、折れちゃいけないのだ。
折れてなぁなぁに終わるのが一番ダメだ。悔しいけど、あの正論陽キャの言う通り──互いの納得がないままの仲直りなど、意味はない。いずれ……今入った小さな傷が、やがて罅となり──この先の関係を壊し尽くすだろう。今、多少時間をかけてでも……しっかり修復する必要のある傷だ。
私のくっだらない理由なんか、簡単に捨てられる。現実を見ればいいだけだから。でもそれをしたって、リンリンは納得できない。私が折れる事はリンリンの納得には繋がらないのだ。
だから私は、それを無視していないといけない。
「重症だな、コリャ」
「リンリンは私がわかっているのすら嫌いなんだろうね」
「自覚あるのが殊更に重症。つか、致命傷」
一度。
一度、配信に私の事を出してしまったから、恐らくリンリンのリスナーは事あるごとに……もしくは時たま、聞いてくるだろう。「そういえばあの子、最近は?」とか「面白い話あった?」とか。全員が全員じゃない。聞いてくるのは本当に一部だけ。一部の人が、色んな配信で聞いてくるはずだ。オタクとはそういうものだから。
それを……仲違いしたまま、というのは。少し、不味い。
リンリンのキャラクター性は「誰とでも仲良くなれる」系統だから、仲違いをする相手がいるのが不味い。いや人間なんだからするだろうけど、Vtuberというのは……特殊なのだ。キャラクター性が決められているから、主張を一貫させる必要がある。生まれてから老いて死ぬまで主義主張の変わらない人間なんて気持っち悪いだけだと思うのだが、キャラクターであるのなら許容されてしまうのだ。
だからどうにかして、リンリンの納得を得つつ、仲直りをしないといけない。
さて、どうしようかな。
後書かない。