友人がVtuberやってるって言いたい 作:未来へと繋ぐ楔の筆
高校生の主軸は勉学である。が、中学生よりバイトが堂々と出来るようになったり、中学生の頃よりさらに広い交友関係の形成が行えるようになった事から、部活や趣味へ割ける時間的リソースが多く、一日の思い出の比率が「勉強」より「趣味」に傾いている高校生が大半であると思う。お金が増えて見聞が広まれば選択肢が増えるからね。
無論、増えた分だけ主軸の方を頑張らなければ、気付いた時にはチェックメイト、なんてことにもなりかねないのだが。
そんな、チェックメイト寸前なヤツが……すぐ近くにいた。
「次のテスト赤点一個でもあったら配信頻度を下げるゥ!?」
「私が言ったんじゃなくて、パパが……」
「く……親御さんの言う事だと私からのアドゥヴァァイスは無理そうだ……」
リンリンである。
何度も言っているが、リンリンはバカである。BA☆KAである。頭の回転は速い方だけど、知識が……常識力が圧倒的に無い。暗記は出来るくせに本を、文章を読まないので知識が身についていないのだ。いや別に本を読まない人全員が常識無い、なんて言うつもりはないんだけど、リンリンの場合その「本」の範囲は教科書や辞書に飽き足らず、マンガや雑誌にまで及ぶ。典型的な活字嫌い。
ただし自身の配信に来るリスナーのコメントを読むのは好きと言っていたので、食わず嫌いなだけだった可能性もあるが……中学生までそういうのを一切毛嫌いしてきたツケがコレ、というわけだ。
「物理と現代社会以外がヤバイか……」
「出る範囲が完璧にわかれば暗記できる部分は全部暗記して……」
「あー」
あー。
まぁ、そうか。別に全教科100点を取らせよう、ってわけじゃない。わかるとこだけ埋めるだけでも、高校のテストなんて赤点回避は余裕だ。一問一問の配点が高いからね。何度か大学入試やセンター試験の過去問をやったことがあるけど、こう、求められてるものが違うというか。あっちは「どれだけ持っている知識を活かせるか」が重要視されているように感じた。高校のテストは「どれだけ理解しているか」であって、「どれだけ応用できるか」はそこまでの比重を置かれていない。
リンリンの適応力の高さはチャンネル登録者数の伸びでわかるだろう。まぁ最近は伸び悩んでいるみたいだけど、それはそれとして。私がどうにか範囲内の問題……テストのテスト、みたいなものを作ってあげれば知識補完部分の赤点回避は行ける、か? 流石に応用部分のフォローは時間的に難しいだろうし。
「んー、二日欲しい。問題集作るから、あー、配信で使ってくれてもいいから、テストまでに全部やること」
「うぇー……」
「点数低かったら散々に馬鹿にされるといいよ。そうすれば多少の」
……ああ、危ない。克己心も形成されるでしょ、とか、勉強の大切さがわかるでしょ、とか。リンリンの嫌いそうなワードを出すところだった。あー、と。そう、こういう所が多分私の良くない所なんだな。レナさんに対してもそうだったけど、思った事を口にするのに躊躇がなくて、しかもちょっと小馬鹿にしているように聞こえる言葉選び。うん。危ないなホントにこの口!
「多少の?」
「多少の赤点回避には繋がるだろうからね。次のテストまであと二週間か。まぁなんとかなりそう」
「じゃあ、今日と明日は遊べない?」
「いつもみたいに長くは無理だけど、一、二時間なら大丈夫。どうせ作業するのは夜中だし。いつも通りリンリンの家でいい?」
「ん」
配信で使ってくれていい、と言ったのは、ちゃんと勉強しているか確かめられるからだ。やったやった詐欺をされては敵わないし。いやまぁリンリンだって配信できなくなるのは困るだろうから、真剣にはやると思うんだけど……それでも「今まで」を省みると、どうしても心配になってしまう。
いや「今のリンリンを楽しむ努力をする」というのを頑張ってみよう、とは言ったものの、こうも危なっかしいと難しいよなぁ、なんて。うーん、この調子じゃ、ライブを見た程度で心境の変化が起きるとは思えないけどなぁ。
●
ところで、リンリンのお母さんはバリッバリの外国人である。リンリンのように見た目外国人中身日本人というわけでなく、内外どっちも外国人。イタリアーナ・マッマだそうで、日本語もちょっとしか喋れない。だというのにリンリンが英語をほとんど理解していないのは、文法的な部分を必要としなかったから、なんだと。リンリンから聞いた話なので単純に覚える気がなかっただけなんじゃないかとか勘繰ってしまうが探りようのない過去である。
そんなお母さん……お母さまは、リンリンの容姿とほとほと似ている。いやまぁリンリンがお母さまに似ているのだろうけど、リンリンと接した時間の方が圧倒的に長いのでこちらの表現で許してほしい所。金髪ロング、青目、白い肌……大きい胸。現リンリンは中学生の頃から全くの発育がないとか言ったら殺されそうだけどそういう見た目のため、将来リンリンママのようになれるのかどうか私は心配である。もしかしたらこのままなんじゃないか、と。
「舌。出して」
「下!?」
「早く口開けて」
「あぁ、そっちか……そっちでもそっちだけどね!?」
そんな……まぁ、不埒な? 想像をしていたら、にっこり笑顔のリンリンが。レナさんといいリンリンといい、もしや脳内を読めるのだろうか。もしくは私自身がサトラレなんじゃなかろうか。最近そう思う事がよくありますまる。
「余計なこと喋る前に、ね?」
「ぇあー」
突き出した舌を指で抓まれ、さらにはそこに輪ゴムを……輪ゴム?
何故か私の舌根に輪ゴムを付けたリンリンは、私の唾液で濡れた指をティッシュで拭いて、「よし」と小さく呟いた。何が「よし」なのか。あとこれをやられたからといって喋れなくなることは無い、というのは理解しているのだろうか。
「じゃ、今から口閉じるの禁止ね」
「……」
え、なになに。なにこの時間。というか何の罰? 私何かしたっけ。いや色々してるけど、リンリンに何かしたっけ? ……いや色々してるなぁ。うん。
さて、当然のことながら、舌を輪ゴムで縛られているのだから唾液がじゅわじゅわ出てくる。じゅわっじゅわ出てくる。しかし口を閉じるの禁止と言われていて、さらには高校生にもなって涎を……親友とは言え人の家でよだれを垂らすわけにはいかない私は、当然。必然!
上を向くことになるわけである。
「はい」
「んぁぇー?」
上を向き、そっ首を晒している私にリンリンが近づいてきて、その両手が首を覆った。あ、これ
「口閉じて良いよ。輪ゴムも取っていい」
「ぇー……んー、んぐ」
輪ゴムを取って、汚いのでティッシュでくるんでゴミ箱に入れて。唾液は飲み込んで。ふう。なんだったんだ。
そうして振り向いたリンリンの手元には、化粧用のコンパクトミラーが。
「……チョーカー?」
私の首に、それまで無かったものがあった。黒いチョーカー。前面に丸いリングのついたシンプルなデザインで、高校生には……というか陰キャオタクな私にはあんまり似合わないオッサレーな感じのチョーカー。でも大人っぽさもあるし、というか結構高そうだな、とか思った。6000円くらいしそう。
……これを私につけたかったのか。プレゼント、という認識でいいのだろうか。
「くれるの?」
「うん。毎日のお礼」
「高そうなんだけど」
「プレゼントの値段気にするとかやめてよね」
「それはそう」
確かに失礼極まりない。いやでも高校生なんだ……あいや、リンリンにはお金がそれなりに入ってきている……けどそれは前の温泉旅行の時も思ったけどリンリンあてのスパチャ等々から出たお金であって! いやでも収入をリンリンがどう使うかは自由だし……。
プレゼント貰って、「高そうだから遠慮します」なんて言うのはあんまりにもあんまりだ。ここは素直に貰って、後日お返しをするか。私だってリンリンにお世話に……お世話に? なっていることだし。
「ありがとう。大切にするよ」
「うん!」
「でも、何故に輪ゴムを舌に巻くなどという遠回しな手段を」
「ん? んー……私が付けてあげたかったから、かなー」
「次付けてくるときは自分で付ける事になると思うのですがそれは」
「まぁまぁいいのいいの」
よくわからないけど、リンリンが幸せそうなので良しとする。
しかしお返しか。やばいな。オタクグッズなんか上げてもリンリンは喜ばないだろうし……いや別にプレゼントって喜ばせるためのものじゃなくて贈るためのものであって別に喜ぶかどうかで選択基準を付けるのは実はよくなかったりするんだよなとか思ったり思わなかったりサルバドール・ダリ。
……まぁ、店頭で悩むか。実物が目の前にないとどうしようもないし。勿論問題集作った後に、だけど。
「……そういえばさ」
「うん?」
「ダンスって出来る? 青眼鏡、なんでもできるよね?」
「オタクが運動出来るとでも?」
「でもなんだっけ、踊ってみた、だっけ? 昔やってなかった?」
「ギャァァアアア」
今一瞬灰になったわ。太陽光かなんかに焼かれて死んだわ。
……まぁ、オタクなら誰しもやった事があるはずだ。動画投稿するしないはあるだろうけど、踊り手さん歌い手さん達のダンスやアレンジを真似してカラオケで騒ぐヤーツ。中学の頃、何度かリンリンの前でひろ……やってしまった事がある。「どこでダンスなんか」と聞かれた時に、ふんぞり返って「踊ってみたというものがあってだね」とか偉そうに説明した気がする。死にたい。あ、死にたい。
……しかし、あんなのは猿真似である。というかモノホンのダンサーがやってるダンスを真似したものを真似しているようなものなので、劣化具合は相当だ。ダンス習ってたって人も幾人かいるんだろうけど、それの全てが動画越しに伝わってくるはずもなく……私のダンスなんて、ダンスのダの字も掴めない程度のふしぎな踊りになっていることだろう。
しかしよく覚えてるなぁ、そんなの。
「あぁ、ライブでダンスやるの?」
「それもそうなんだけど、その前に出すオリジナル曲のMVでダンスすることになって……トレーナーさん付けてもらってるから大丈夫ではあるんだけど、青眼鏡が出来るならそこからも取り入れたいな、っていう」
「無理無理。プロの眼に適うモンなんて一つも持ってないよ。私は所詮独学にわかの権化だし」
「そっか。うん、無理ならいいんだ」
そういうのは……世間に出す商品であるのだから、モノホンの指導に従うのが一番だと思う。私が余計な茶々入れたら壊してしまいそうだし。何より自分が実践できない事を教えるつもりはないと言いますか。ダンスも歌も習った事があるわけじゃないから、リンリンに教える事は何もない! 状態というか。
ぶっちゃけ大手企業にいるんだから、そういう……なんだ、ダンストレーナーやボイストレーナーはたくさんいるだろうし、そっちを頼ればいいんだよ。私なんか頼らないで、も──。
……あれ?
私って、頼ってほしかったんじゃないっけ?
「青眼鏡?」
「あ、ああ。ん。何?」
「そろそろ19時っていうのと、明日日直なのわかってるかな、って」
「いやリンリンじゃないんだからそれくらい把握してるよ~」
「……やっぱり青眼鏡って誘ってるよね。今、そのチョーカーがなかったら首を突いていたよ」
「なにそれ怖い……」
これからリンリンと会う時はこのチョーカー付けるの忘れないようにしよう。
ナチュラルに首を突く思考……なんだ、リンリンはVtuber界でセンシティブだけでなく殺人拳かなんかも学んでいるのか……?
●
リンリンの今を楽しむ努力、という事で、問題集の作成途中ながらリンリンの配信を見る事にした。まぁ文章書いてる時って暇だから他の作業したくなるよね。通話とか動画見るとか。
今日の配信は他の箱とのコラボらしく、私も初見な人と楽しそうに話している姿が映った。ヘッドフォン越しに、いつも聞いているリンリンの声より少しだけ高いその声が響く。まだ外向き用の声だな、なんて思ったりして。
コラボ相手はモルドラントパヤング三世という男性V。男性である。それも声からして30代そこら。いや異様に老け声の中学生とかいるから一概にそうと判断できるわけじゃないけど、この枯れ具合は30代のおっさ……おじさんじゃないかなぁ、と。
モルドラントパヤング三世……略してぱやさんは、設定として「異世界の辺境伯をやっていたモルドラント伯爵家の三代目で、馬上剣術を得意とする国で73番目に強い剣士」であるそうだ。なんじゃそりゃ、とか思っちゃいけないのがVの世界である。なんにでもなれるのがVtuberの良い所であるし、ツッコミ所が多い方が雑談の種になる。実際リンリンも「モルドラントってどういう意味なんですか?」とか「パヤングは焼きそばと関係ありますか!?」とか「一番強い人ってどんな人ですか!?」とか……まぁ、色々聞いている。
コラボは雑談コラボではなく、ゲームコラボ。バトルロワイアル系FPSのゲームをDuoでプレイしていて、二人とも集中しているだろうにリンリンがマシンガントークをするからぱやさんも困って……ないな。普通に喋りながらプレイしている。Vtuberとか実況者はこういう「トーク内容を考えながらゲームをプレイする」っていうのが出来る人ばっかりで凄いなぁ、と。
リンリンはあんまりゲームが得意じゃない。と、私は思っていた。少なくとも中学生まではそうだったはずだ。だが、どうだ。今……FPSなんて難しいゲームで、ぱやさんに助けられながらとはいえ、まともに動けている。何度かプレイしたことのあるゲームだけに、その動きが初心者のソレや致命的にゲームが出来ない人のソレと違う事はわかる。むしろ、中級者くらいの実力はあるだろう。
なんか。
もやっとする。
ぱやさんは随分と物腰の柔らかい人のようで、教え方も丁寧だった。これが何回目のコラボかわからないが、このまま続けていればリンリンも上級者になれるんじゃないかというほど……何か、可能性を見せつけられているようなそんな気がしてしまって。私は自然な動作でブラウザバックにカーソルを。
「……楽しむ努力。『自身の変革を恐れて"絶対に楽しまないぞ"なんて気持ちで臨んでも、好きなものは増えない』、か……」
もやっとするこの気持ちが……「絶対に楽しまないぞ」、という気持ちなのだろうか。そもそも何にもやっとしている? リンリンが誰かと仲良くしている事、は別に良い。リンリンの交友関係が広まるのは好ましいし、それがこういう優しい人なら大歓迎だ。リンリンが楽しくしている所を見るのも勿論好きだ。ちょっと言葉が過激かな、と思う所はあるけど、でも楽しそうだから良い。ゲームは楽しむために作られているのだから、それを素直に楽しめるのならそれが一番。ゲームを楽しんでリンリンを見て楽しめる。うん。最高か?
それで、じゃあ何がもやっとする、って。
「リンリンが……成長してる事を、見せつけられているから、かぁ」
やっぱり、そこなのだ。
私の方が上手かったゲームが、追いつかれている……追い抜かされているかもしれないという事実を認められない? そんなことは無い。私は別段上手い自信があるわけじゃないから。ただ、
ああ、そうだ。私はリンリンに頼られたいし、教えたい。導きたい。それを……リンリン自らが進むようになっている様が、どうしても受け入れられないと悲鳴を上げている。
リンリンに成長してほしくないと、願ってしまっている。
でも、その願いは届かない。
如実に成長していた。この数時間でさえ、目に見えるような成長がある。ぱやさんも驚いているくらい知識の吸収力が高い。触れてこなかったから……
私が、いつの間にか。あるいは最初から──リンリンの成長の妨げになっていたのだ。
それを良しとしていたのに、あろうことか私は……リンリンに外の世界に触れる機会を与えてしまった。Vtuberになるという、他のVtuberと必ず関わる事になるだろう活動を教えてしまった。
ああ、だから、私は私の行いで自身の首を絞めているのか。
「……これじゃ、リンリンの首絞めをどうこう言えないなぁ」
首のチョーカーを触る。存外気に入っていたというべきか、風呂上りだというのに貰ったチョーカーを付けてしまうくらいには付け心地が良くて、ずっと付けている。勿論首の水気は十分に取ってあるからね。
チョーカーを触って、撫でて……あぁ、と自嘲する。なんだろうねぇ。楽しむ努力……かぁ。
結局私は自分しか見えてなくて、その先に何が起きるのか、リンリンがどういう心境の変化をするのかを見極めることが出来ていなくて……こうして苦しんでいるわけだ。はは、何が天才青眼鏡だか。はあ。
画面の向こう。ぱやさんとリンリンがバトロワFPSゲームの一位になった様子が映し出されていて、「やぁったあ!!」とはしゃいでいる彼女の姿がそこにあった。ぱやさんも「やりましたね!」と声を弾ませていて……。その姿が余計に、考える意味のないIFを考えさせる。
もし、初めから……リンリンの周りに、こういう彼女の成長を妨げない大人がたくさんいてくれたら、と。そういう世界線であれば、リンリンはVtuberにはならなかったかもしれないけど……何か別の「今」があったんじゃないか、と。考えても仕方のない事だけど、考えてしまう。
問題集を作成しながら、また溜息を一つ。
『いや本当に、お世辞じゃなく天才だと思いますよ。自信持ってください!』
『えー? ……えへへ、嬉しいなぁ。友達にとびきりの天才がいるからあんまり実感湧かないんだけど、そ、そんなに?』
『ええ、俺……あ、いえ、私が保証します! このまま続ければ、Vtuberの中でも最上位目指せますよ!』
コメント欄で「俺助かる」「俺って言った!」「俺ェ! 俺オレオ! オレェオレオレェ!」等のコメントが流れる中、しかし私の心中は穏やかでなかった。自惚れでなければどう考えても私の事で……ぱやさんは私を知らないとはいえ、その「保証」は確実にリンリンの自信となろう。たかがゲーム、なんてことは絶対に言わない。ゲームだから、不味いのだ。ゲームだから……他のゲームでも出来るんじゃないか、他の事でも出来るんじゃないか。
どこぞの天才()に頼らなくても、教わらなくても、私は出来るんじゃないか、と。
リンリンが自信を持ってしまう。
それは良い事のはずなのに。
「……これでリンリンが完全に私から離れたら……恨むぞモルドラントパヤング三世……」
完全に逆恨みで完全にとばっちりな憎しみをぱやさんに向けて、私は配信を閉じるのだった。
●
「ねえ」
「は、はい!」
「……ありがとう、と礼を言っておくわ。それじゃ」
「あ、あの!!」
「何よ」
「……お茶、しませんか?」
白昼堂々、ナンパに成功しました。
リンリンに問題集を押し付けて、リンリン宛てのプレゼントを百貨店で悩み悩んで決まらずに帰る道の途中、久しぶりにベレー帽の人を見かけた。極々当たり前のようにその姿を
もし犯罪に巻き込まれているのだとしたら大変なので、いつでも110番通報出来るように携帯端末をポケットの中で握りしめつつ更に
そして大きく、溜息を吐いたのだ。
さらには「無いわね」と小さく呟いた。この距離なので声は聞こえなかったけど、カーブミラーに映るベレー帽の人の唇の動きでわかった次第。
ティンと来るわけですよ。これは
そして私は通学路でちょっと年季の入ったロケットを見つけているわけですね。持ち主がわからなかったので念のため中身を拝見させてもらった所、入っていたのは写真……ベレー帽の人と、妹さんだろうか、ベレー帽の人によく似た少女が満面の笑みで映っている写真。なおベレー帽の人はむすっとした顔で。
これでしょう。
これでしょうよ。
なので、その後ろ姿に声を掛けた。
「すみません、お姉さん」
「何よ、ストーカー」
一瞬崩れ落ちそうになった体をなんとか踏ん張って踏み止まる。す、ストーカー!? いえいえそんなことしてませんヨォ!?
などという弁明はせずに、拾ったロケットを見せる。少しだけ目を見張るベレー帽の人。
「……何が目的?」
「え」
「アンタ、前にも私の身体を触ろうとしてきたわよね。そういう趣味?」
「あ、その」
「確かにそれは大切なものよ。だから返して欲しい。対価が必要なのであれば、今すぐに支払うわ。金銭でもそういうコトでも、好きになさい。それを返してくれるのなら、なんだって受け入れるわ」
なんだって受け入れる、ですと……。ごくり。
あ、いやいや、私にそんな趣味は無いし、いやまぁ以前抱き着こうとしたのは事実だしその腰に両腕を回そうとしたことは事実なんだけど、いやその別にそういう趣味があるわけじゃないっていうかいやそうそう言う事じゃないっていうか。
「だんまり。足りないって事? ……何、こんな往来で、脱げ、とでも言うつもり?」
「す、ストップですストップ! そんな事言いませんから! これは返します無償で返します! 単純に落とし物を届けに来ただけです!」
「嘘ね。これが私のものだと知っているのがおかしいもの」
「すみません中身見ちゃいました! これで理由になりますか!」
「……」
余程大事なものなのだろう、ちょっと被害妄想強めなベレー帽の人は、私が差し出したロケットをそっと受け取ると、外傷や中身などを確認した後……丁寧に鎖の部分を巻いて、バッグの中に仕舞い込んだ。あのロケットはチェーンが切れていたから、元はどこか……首やバッグにつけていたのかもしれない。それが切れて落ちたって辺りかな。
そんな感じで無事に誤解も解け、じゃ、じゃあこれで! と去ろうとした私に、冒頭のお礼である。
私は嬉しくなっちゃってナンパをした。うれなん。
さて、喫茶店だ。ナンパは成功し、ベレー帽の人はしかめっ面ながらもお茶に付き合ってくれる事になった。
「制服。高校生よね」
「はい」
「私に何を求めるの?」
「いえ、ホントに、ただ少し……一度だけでもいいのでお話してみたいな、と思ってて……」
「じゃあ、前に抱き着こうとしてきたのは何?」
「気の迷い……で……」
「気の迷い」
そのー、ですね。いえ、初対面どころの騒ぎじゃない人に抱き着こうとしたのはマジで反省のいたすところ山のごとしなんですが、本当に邪な気持ちは無くってですね。
「……まぁ、良いわ。一応、恩人となるわけだし。それで、話したい事って?」
「その、まずはお名前を教えていただけませんか? ペンネームとかあだ名とか偽名でもいいんで」
「みく、と呼んでくれればいいわ。偽名よ」
「大人は全員偽名を持っているって本当だったんだ……」
「常識でしょ」
私の常識が間違っているのか。
「私の事は青眼鏡と呼んでください」
「そのままね」
「それで……あの、不躾で申し訳ないんですけど、あのロケットに映ってたみくさんに似た人って……」
「本当に不躾ね」
「う」
「妹よ。世界で一番嫌いな妹。同時に、世界で一番尊敬している妹」
……え、なにそれエモ。
え、なに? もしかしてこの人Vtuberか? 日常会話でエモを発信できる辺り、Vtuberの可能性が高いぞ? しかし、みく、なんてVtuber……聞いたことが無いな。
「青眼鏡は姉妹や兄弟、いるかしら」
「いえ、一人っ子で」
「シスコンやブラコンという言葉は幻想よ。覚えておきなさい」
「えぇ……」
「よくいるでしょう。姉が欲しい妹が欲しい兄が欲しい弟が欲しいだのとほざく、夢しか見ていないロマンチスト。ああいうのを馬鹿と呼ぶのよ。縁を断つことのできない他人なんて呪いにしかならないわ」
えー。お姉ちゃんか妹欲しかったんですけど……。えー。
えー。えー。
「でも、そのロケットに」
「これを愛情深く持っていると思っているのなら、救いようのないバカね。死んだ方がいいわ」
「酷すぎる」
「これは戒めよ。何かの弾みで妹が普通の人間だと誤認しないように、これを見て思い出すの」
「吸血鬼とかスライムとかなんですか?」
「……本当に救いようのない馬鹿がいたものね」
なにをう。
「……天才、という奴よ。傑物と言った方がいいかしら。なんでも出来て、何でもできて、何でも出来る妹なの。心から、嫌いだわ」
「うぅ……」
「なんでアンタがダメージ受けてるのよ」
いや……私自身はそう思っていないとはいえ、一応天才青眼鏡だのと呼ばれている身ですから……その、あんまり毛嫌いされると傷付く……。
「……連絡先、交換しましょう」
「え!」
「アンタ、放っておけないわ。もう少しまともになるまで面倒見てあげる」
「今はまともじゃないってことですか!?」
「そうよ。馬鹿だと言っているわ」
「直球過ぎる……」
本来こういうのって、ナンパした側が言うものじゃないのか、とか思いながら。
みくさんと
後書きになんか書けよ