友人がVtuberやってるって言いたい 作:未来へと繋ぐ楔の筆
久しぶりに、例のバトルロワイアルFPSゲームを起動した。操作方法は覚えているけど、数か月前のランクは初期化され、ゼロから。無駄にスペックの良いPCと無駄に高音質なヘッドフォンとこれ以外に使いもしないゲーミングマウスと普通の椅子で、一戦、してみる。ばんばんばん。特に何の問題もなく、最終ラウンドを勝利で収める事に成功した。まぁ、レートの合ってない場所で戦っているのだから、初心者狩りをしたようなものだ。感慨もなく──そして、確実にリンリンより下手になっている事に愕然とする。
下手になっている……じゃ、ないのか。今私は無意識に無視しようとしたけど……私の落ち度であるように言おうとしたけど、違うんだ。違う……違うのかぁ。
リンリンが、上手くなったんだ。
リンリンが、止まっていた私を追い抜かしたんだ。
「……はぁ」
私は自分の事を、馬鹿ではないと思っている。少なくとも自覚──自認かな。自己分析が出来る程度には頭が良いと思っている。だからわかる。リンリンにライブを見せられるまでもなく、私は彼女の成長を認めつつあることを。ずっと無視してきた事実だけど……ああいや、だからこそ、一度目の当たりにしてしまえば正誤確認は容易い。頑張って誤認してきたそれの正しい形を理解する事なんて……それが出来ない程、馬鹿じゃない。
今のリンリンと共にいるのは楽しい。嫌じゃない。ゲームが上手くなろうが、歌が素晴らしいものになろうが、ダンスが出来るようになろうが、沢山の人達から応援される存在になろうが、リンリンは多分、私の傍にいてくれるのだろう。部屋にいると言うのに付けているチョーカーを撫でて思う。あの様子だと、離れる、なんて選択肢を思い浮かべる事もせず、たとえ違う大学に進んだとしても、一緒にいてくれるんだろう。
それはでも、友達として、なのか。
だって、このチョーカーの意味ってさ。友達、ではないんじゃないのかなぁ、って。
あぁ、思っちゃうよ。
知らないフリは得意だ。知ってることが沢山あって、わかる事も沢山あって、どんな質問にも答えられる──答えられるようになる自信がある。そういう生き方をしてきたし、そういう生き方を選んできた。
だから、知らないフリが出来る。知ってるフリより知らないフリの方が簡単だから。だから私は、ちゃんと、知らないフリをした。リンリンが満足気に付けてきたチョーカーの意味なんて分かりきってる。抵抗しなかったのも、指摘しなかったのも、リンリンが満足気だったからだ。彼女の満足を阻害してまで押し通す意思なんか、私には。
でも、この態度も……リンリンのこれも、友達に対するものではない。
友人を友人として扱う。これが、そんなにも難しいか。高校生にもなって、友達の作り方が……作り方じゃなくて、「友達であることを維持する方法」がわからなくなってしまった。
私は今、リンリンが友人であるかわからない。
「……ちょっと不味いスパイラルに入ってるか。……自問自答で傷付くとか、馬鹿みたいだな」
成長を促しておいて、成長するのが嫌だ、とか。
親友面をしておいて、友人かどうかわからない、とか。
矛盾というよりは、蝙蝠だな。どっちにもついて、でもどっちにもいない。
一つ大きく伸びをする。
じゃあ私はどうなんだろう、と考えた。リンリンは成長していて……それを認めざるを得ない所まで来ていて。じゃあ私は──。
●
「推し?」
「うん。出来た」
「ふーん。私としてはリンリンが推しという単語を使っているのが驚きだけど」
「デビュー当時は推しって言葉知らなかったから」
「そんな前からいたって事?」
「うん」
朝のHRが始まる前の空き時間。私もリンリンも凄まじく早く登校するタイプなので、こういう「教室に誰もいない時間」に駄弁っている事がよくある。今日も同じような一コマだ。構図としては私の前の席にリンリンが座っていて、紙パックのいちごミルクをちゅーちゅーやっている感じ。たまに一口貰ったりする。
7月の朝は涼しいんだか暑いんだか湿ってるんだかなんだかよくわからない空気で、一応窓は開けてあるけどあんまり風は入ってこない。でもエアコン付けるほどじゃない、というか流石に二人だけでエアコン付けるほど非常識じゃない。
「どんな人?」
「竹馬乗りながらテニスする人達」
「こわ」
というか危な。
「二人組なんだ」
「ううん、四人組。けど、動画に出てくるのは二人だけだね」
「へえ。どこが好きなの?」
「運動神経が凄いとこと、面白いとこと、ドロップキック」
「物騒な」
そんな異質な人たちなら私が知っててもおかしくはなさそうなんだけど、生憎と知らない。Vオタクを名乗ってはいるけれど、結局好きなジャンルのVしか見ないので、全般に詳しいというわけではないのだ。勉強不足か。もうちょっと見聞を広めるかな。
と言いつつリンリンから教えてもらったユニット名を調べて、とりあえず登録。帰ってから動画を見て登録の維持は考えるとして……ありゃ。
「登録者102人?」
「んー。あんまり知られてないの悲しいけど、私が配信で言っていいものか、っていう……」
「思ったより配慮する頭がある事にびっくグェ」
「あれ、く……チョーカーは?」
「いや流石に学校に着けて来たら没収されちゃいそうだし」
「むー」
「カバンに入れてあるから、ガッコの敷地内出たら付けるよ」
ご所望のようですからね。へえ。
「リンリン効果でバズらせるのは簡単なんじゃない?」
「だからそれが……なんか、恩着せがましいし……」
「増やしてやったぞ、みたいになっちゃう?」
「……うん」
まぁ難しい所だよなぁと思う。持つ者の視点、と罵られてしまえばそれで終わりだし、人に依っては上から目線で見てんじゃねえぞ、なんて言う人もいるだろう。本人たちは何をしてでもバズりたいのかもしれないし、逆に自分たちは自分たちの力だけで上を目指したい、というタイプかもしれない。その見極めは正直メンバーでもない限り出来ないだろう。
裏でコラボのお誘いをかけようものなら……それはそれで、断れば干されるかもしれない、みたいな思考に行きつく可能性だってあるわけで。これでもリンリンは企業所属で140万人のファンを擁する筆頭Vtuberなのだ。無理矢理、という流れはリンリンも好かないだろうし、かといってそのままにしておくのも、という所はある。
「マネージャーさんは、止めておいた方がいいかもしれませんね、って言ってた」
「しっかりした人がついているようで安、心……したよ。まぁ、これに関してはリンリンの納得次第だからなぁ。別に声を掛けない事を見捨てた、なんて言う人はいないだろうし、声を掛けずに楽しむのもアリだと思うよ」
「うん……そうしてる」
推しとコラボしたいかどうか、もあるか。リンリンにとって「画面の中にいて欲しい人達」なのか「一緒に遊びたい人達」なのかはわからないわけだし。
……安心した、なんて。冗談にしても笑えないけど
「ん……誰か登校してきたみたいだから、この話終わりにしよう」
「いつも思うんだけど、何が見えてるの?」
「いやこの角度からだと校門見えるんだよこの席。ほら、B棟の窓越しになっちゃうけど」
「視力低いんじゃないっけ?」
「低いから何か動くものがあったら楽観視せずに言ってるんだよ。もしかしたら先生かもしれないけど、まぁ止めておくに越したことは無いでしょ。個人が確認できる程だったら私はマサイの戦士になってる」
「ん」
……あるいは、ただ単純に「推しを布教したいだけ」なのかもしれないけど。
それはマネージャーさんと確認してもろて。
「青眼鏡の推しは誰なの?」
「リンリン」
「私がデビューする前は?」
「……教えない」
「えー」
教えられない。リンリンの情操教育に、あまりによろしくない。今でも応援してるし好きだけど、やる事が過激すぎる。あのアウトローを煮詰めたような人は……その、リンリンがもう少し大人になってから……いや、いつまで経っても教えられそうにないな。うん。お口チャック。
「ほら、この話は終わりだって」
「ぶー」
その膨らませた、可愛らしい頬をぷにっと潰して。
仕返しに喉を突かれるなどした。
●
テストまであと二日を切っているけれど、変わらず夕方のリンリンハウスに私はいた。意外や意外、というとちょっとアレなんだけど、リンリンはしっかり勉強をしているらしい。配信でやっていたのはそれはもう酷いものだったけど、そこから復習という名の暗記をしているらしく、範囲内の要点は大体覚えているのだそうな。先ほど口頭で軽くテストをしてみたけど、これなら赤点回避はいけるかな、という感じ。
「褒めてあげよう」
「他の事なら嫌だけど、これは素直に嬉しいので喜んであげよう」
「喜んであげるとは」
なんでも最近ゲーム熱が凄いらしく、今は家庭用ゲーム機で大混戦するスカッシュなゲームをしている。リンリンがベッドの上に座って、私はリンリンの足の間に座って。リンリンが吹っ飛ぶたびに両膝が閉まって私の肩が圧迫されるのをどうにかしてほしい。何故隣ではだめなのか。あと足で脇腹グリグリするのやめてほしい。足癖が悪すぎる。
お返しにリンリンの太ももへ息を吹きかけてあげる。
チョーカーの後ろのチェーンを思いっきり引っ張られた。
「そういう、ことか……!」
「ほらほら忖度しろー!」
「しかし残念!」
「あぁあああああ!!」
少し安心してしまっている自分がいる。このゲームは、私の方がまだ強い。圧倒的に強い、と言い換えてもいいくらい開きがある。
けど。
「リンリンは掴みを覚えるべきだね……ほら、攻撃しないであげるから掴んでみて」
「良いから殴られろー!」
「さっきからVのキャラ出てな~い?」
「キレたわ」
あ、この、腕に直接攻撃はズルいだろ!
「大人しく! ぶっ飛ばされてよ!」
「ハァーッハッハッハ、その程度の妨害では追いつけないぞリンリン! 弱い弱い弱い!」
「じゃあこうしよう」
「は?」
視界が真っ暗になる。え、何、私光を失った?
ゲームのキャラクターがボッコボコにされる音を聞きながら、目元に手をやれば……アイマスクか。いや卑怯にも程があるだろう……そんなに勝ちたいか。それで勝って嬉しいのかね。
「嬉しい!!」
「そかー」
「……というのは冗談で、そのアイマスク取らないでね」
ああ、やっぱりこれを付ける口実だったのね。それで、今回は何を貰えるのでしょうか。私からのお返しもまだなのに、いやぁリンリンは手厚いねぇ。
「口開けて」
「また輪ゴム?」
「いいから」
テレビの電源を落とす音が聞こえた。もうゲームはいいらしい。いや、こっちに移行する、という名分があったから利用しただけで、勝てないと判断したゲームを止めただけかもしれない。半分くらいそういう理由な気がするけど藪蛇だろうからノーコメント。
とりあえず口を開けて待っていると、突然前歯に何かが触れた。驚いて口を閉じようとして、カツン、という硬質な音に阻まれる。……歯ブラシ? にしてはブラシ感がないな。
「えっほ……?」
「触るよ」
「へぁぇ?」
触るよ、と言われてすぐに、来た。これは……リンリンの指? 真っ暗だから何も見えないけど、私の正面に回ったリンリンが私の口の中を触っている、のかな? 何のために?
あとこれ、形的に歯ブラシじゃなくてデンタルミラーか。なんでそんなもの持ってるんだろ。
「あぉー」
「うんうん、虫歯なし!」
「あんおあういん?」
遺伝的に虫歯菌がいない、というのもあるけど、歯の清潔はそれなりに保っているつもりだ。何をしたいのかよくわからないまま、デンタルミラーは抜かれていった。もう閉じて良いよ、とのことなので口を閉じて、唾液を飲み込む。アイマスクはまだダメらしい。
「会社で、大人の人に聞いたんだ。虫歯って移るんだって」
「あー、キスをすると虫歯菌が移るって言うね……待って」
「大人のキス、というのを教えてもらいました」
「待って」
しかし聞いちゃくれないのがリンリンである。
そのまま……リンリンは私の肩へ手を回し、いつかのように後頭部を掴む。いやこれってワイルドな男性が女性にやるタイプの──。
「ん」
この間の、唇と唇を合わせるだけのそれではなかった。教わった、というのは本当らしい。誰に、どうやって、という疑問を問い質す暇もなく──入ってくる。にゅる、と。唇を──歯を割って、入ってくる。絶対友達でやる事じゃないんですけど、とか、こんなとこリンリンの両親に見られたら大変だぞ、とか、そもそも私の恋愛対象は普通に男性なんですけど、とか……。
全部、吹っ飛んでいった。
アイマスク越しに、リンリンの荒い呼気が伝わってくる。今彼女がどんな顔をしているのか。今彼女が、どんな気持ちでこんな蛮行を行っているのか。これが恋愛感情で行われている事なのか、はたまた別の……もっと歪んだ気持ちで行っている事なのか。
わからない。もう私には、リンリンの気持ちが……彼女が友人であるかどうかが、わからない。だって今、私は襲われているのだから。
「っぷはぁ……」
「……」
「どう? 虜になっちゃった?」
……。
本気、なんだろうか。本気でそれを言っているのだろうか。
じゃあなんで、アイマスクなんか付けたんだろう。虫歯の有無を見たのだって、それは、だって。
「もう一回やるよ」
「……」
リンリンは、リンリンなりに私を引っ張り上げようとしているのかもしれない。頑なに動こうとしなかった私をどうにか動かそうとしているのかもしれない。けど、心底勝手なことだとは理解しているけど、もう私はリンリンを認めつつあった。自身の停滞を忘却しつつあった。でも、そんな時にこんなことされたら。
私の中にあった、「今のリンリンを認める」という感情が──「今のリンリンを避ける」という方向に固まってしまう。咥内を蹂躙されながら、でも、抵抗はしない。舌を舌で弄ばれながら、歯を撫でられながら、口を吸われながら……何もしない。私は、腕すらも力なく投げ出して、されるがままになる。
「ねぇ、どう? 気持ちいいでしょ? キス。これからもしてあげるからさ」
ずっと一緒にいて欲しい。
リンリンは言う。私のアイマスクも取らずに、言うのだ。
ああ、これはもしかして、「一方的に与えられる側の不快」がどれほどのものなのか、というのを実体験させてくれているのかもしれない。私が散々やってきたことを、その立場を逆転させて。それなら……ああ、謝るしかない。こんなにも、こんなにも。
こんなにも──悲しいのか。
与えられるだけ、というのは。
「他の人を見ないで欲しい。Kさんとか、ベレー帽の人の話を嬉しそうに話してる風音を見るたび、凄くイライラしてた。私だけを見てほしい。私だけに好きを注いでほしい」
同じだ。私も、リンリンが誰かを頼っているのを見て……言葉には出さずに、ずっと不安だった。私の腕の中からいなくなってしまう事に恐れを抱いていた。いつか私を見なくなってしまうんじゃないかと、怖くて怖くて仕方がなかった。
でも、それを今向けられて……ようやく気付く。
重いし、怖い。
なんでそんなことを言われなきゃいけないんだろう、って。思ってしまう。
「もう一回、するよ」
また来た。
余程感情が昂っているのだろう。私の呼吸を見る事すらなくなって、激しく咥内を──舌を
──"誰が一番、その子に影響を与えているのか"
「はぁ……!」
リンリンが"こう"なってしまったのは、じゃあ、やっぱり私のせいなのか。私が今までしてきたことを、形を変えて私に返してるだけだ。そうだ、あの時言っていたじゃないか。「毎日のお礼」って。
口の中に指を突っ込まれる。そして舌を抓まれ、ぐい、と引っ張り出された。むにゅむにゅと揉まれ、それを横合いから舐められる。舌裏にも伸びてくるそのザラザラは、随分と美味しそうに動き回っては抉るを繰り返す。ようやく放された舌も、しかし口を閉じるのさえ億劫で。
ようやくリンリンは、私の様子に気付いたらしい。
「……風音?」
「……」
「アイマスク、取るね」
視界が開ける。
突然の明るさに、しかし瞬きをしない。
「あ……」
「ごめん」
今瞼を閉じれば、涙が流れてしまうから。鋼の意思で、瞼を閉じない。閉じずに謝罪をした。
「今まで、ごめん。ようやくわかった。酷いことをしてきた。ごめん。ごめんなさい」
だから。
「もう、止めて欲しい。これ、返すね」
首のチョーカーを取って、リンリンに渡す。手に取ってくれそうになかったから、テーブルに置く。リンリンはびっくりした顔のまま、止まって動かない。袖で目元を拭いて、カバンを持って立ち上がる。自己嫌悪が凄い。とんだピエロだ。何が親友だ。私は今まで何をしていたんだ。リンリンにちゃんと向き合う事を避けてきたなんて可愛らしいものじゃない。リンリンに何を強いてきた。リンリンに何を押し付けていた。
「ま、待って」
「ごめん。ちょっと一人にしてほしい。本当に、今までごめんね。お邪魔しました」
彼女の制止を無視して、彼女の家を後にする。
風の当たる首筋が寂しいけれど、寂しがる権利などない事を思い出す。
レナさんにも、みくさんにも会うことは無く──私は帰宅した。
●
「
「はい?」
「ちょっと聞きたいんだが、数学科の補習教材の……」
そんなことは数学科の教師と相談しろよ、とか思わないでもないけど、そんなことは担任も重々承知だろう。その上で私に相談してきたという事は、生徒目線の話が欲しかったのか。
「あー、ちょっとコンピュータルーム使っていいですか? 簡単に作成しておきますよ」
「本当にすまんな。お前もテスト勉強があるだろうに……」
「昼休みの一時間程度でどうにかなるような勉強はしてませんよ。安心してください」
「頼んだ」
私のこっ恥ずかしいあだ名を広めているらしいこのハゲ……担任も、流石にテスト準備期間となると忙しそうだ。いや広めているっていうか使っているだけなんだろうけど。
パソコンを平均以上に使える、という事から資料作成を頼まれる事がたまにある。内申点稼ぎにもなるし、まぁ特に苦ではないので普通に承っているけど、なんならバイト代もらえそうだよな、とか思ったりしなくも無かったり。
コンピュータ室の鍵を受け取って、冷房のそこそこ利いた部屋に一人入る。マザーコンピューターの使用許可も取っているし使用方法も知っているのだけど、あんまり大事なファイルの入ったそれを一生徒が触るのもどうかと思うので、普通にその辺のPCへ。
高校数学は文字面だけじゃ何を言っているかわからない話が多いだろうから、図形付で資料を作っていく。文章は教科書のものをそのままに、図解だけをいくつか作った所で20分。印刷に5分かけて、スライド化したデータを大容量記憶メモリに保存。これで30分くらい。結構かかっちゃったな。
職員室に紙の資料とデータを持っていけばミッションコンプリート。
「ああ、新舞。ちょっといいか?」
「はい」
「この電卓なんだが、電源がつかなくてな。みて欲しいんだ」
「んー……ん? ……ドライバーってあります?」
「ああ、ここにあるぞ」
「この臭い、確実に液漏れなので……っと。あぁ、やっぱり。これ処分ですね。電池はもっと良いヤツ使ってください」
「処分か……」
「必要経費ですよ」
というか電源がつかなかったらまず電池を疑え。常識だろ。
「新舞さん、新舞さん」
「はいはいなんでしょうか」
「このマイクが……」
「中で断線してますね。工作の先生に半田で直してもらうと良いですよ」
「ありがとう」
……まぁ、頼られるのは悪い気はしないのだが。
さて、そろそろ時間なので教室へ急ぐ。職員室付近にいると何かしら仕事を頼まれて、修理だの作成手伝いだのエラーチェックだのなんだのと時間を食われるからあんまり近づきたい場所じゃない。
内申点の大事さに目がくらんで、入学早々にお手伝いをしまくったのが確実にダメだった。見通しが甘い侍。
教室に戻ると、ブラックコーヒーの缶をちびちびやってる京子と目が合った。何故って、私の机に座っているから。
「もうチャイムが鳴るぞ。退け退け」
「その前に殴らせろ」
「仲直りはしただろ」
「……また、だろ?」
京子の視線の先には──思いつめたように俯いて顔を上げないリンリンの姿が。
「……今回は喧嘩じゃないから、ちょっとほっといてくれ」
「……今回だけは見逃してやる。それと、姉貴から伝言。レナって人は知らない、だとさ」
「ありがとうございます、と伝えておいてくれ」
「ああ」
じゃあやっぱりアレは完全な偽名なのか。なんでそんなもん持ってるんだあの人……。
あー、せめて学年が分かればなぁ、と思っての事だったけど、所在すら掴めないとは。実は存在しないんじゃないか?
……今朝も変わらず音楽を聴いていたから、私の視界内にはいるんだけど。
「……あ、お昼食べてないや」
そういえば。まぁ食べなくても平気とはいえ……。ん?
机の中に、メモと焼きそばパンが入っている事に気付く。メモには、お疲れさん! とだけ書かれている。ラップにくるまれた焼きそばパンを取り出して、壮一の方を見れば満面の笑みでサムズアップ。
陽キャにも程がある。少しくらい配慮を欠け。
パンは美味しくいただいた。
●
あぁ、本当に。
強がるのもいい加減にしないとなぁ。
ねえ。