友人がVtuberやってるって言いたい   作:未来へと繋ぐ楔の筆

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一旦ね?


縁@友情≒感情<

 結論から言えば──私達は、元の関係に戻った。

 行き過ぎないし、踏み込み過ぎないし、適切な距離を保って、過干渉しない。元の──つまり、中学で出会った頃の関係に。親友ではなく、友達……友人に戻った。

 絶対に逃がさない。絶対に離れさせない、というのは勿論だけど、何も同じ方向を向かなければいけないわけではないし、同じ目的を持たなければいけないわけではない。私の思う私に出来る事、私がやって得すると思う事。青眼鏡の思う正しい事。青眼鏡が思いつく損得勘定の全て。

 多分、傍から見れば……感情や執心を無視すれば、青眼鏡の言う事の方が9割方正しいんだろうと思う。世間一般に「よく見られる」行動規範の全てがそこにあるんだと思う。でも、そんなのは知らない。

 私の行動が、言動が、たまたまそれに沿う事があるかもしれないし、思いっきり逸れる事があるかもしれない。それを受けてリスナーさん達や会社の人達が何か注意をしてくるかもしれないし、私は反省するかもしれないし、しないかもしれないし、また青眼鏡に忠告……ううん、文句かな。そういうのを言われるかもしれないし。

 かもしれない事だらけで……それでいいんだと思う。

 

 多分、恐らく、きっと。

 青眼鏡だって、未来が見えているわけじゃない、みたい。よく考えてみれば、未来が見えているのなら自分のテストが毎回満点じゃないのはおかしいし、割と周りと喧嘩したり予想外な事に驚いていたりあとよく転ぶ。運動神経が引くくらい無いのでまぁ頭に養分が行き過ぎなんじゃないか、とか思うけど、少なくとも青眼鏡単体を見ているとそこまで天才的じゃあない。

 彼女の凄い所は、「タイミングが絶好」なんだとわかった。

 

 私が困っている時、私が助けて欲しい時に、私を助けられる知識を必ず持っている。通話をかけてくるのも、急に話題を振ってくるのも、何故か私がその問題に悩んでいる時で……だから私は彼女に「全て理解されている」と勘違いしていた。

 息が合う、と言えばいいのかな。逆に合わなすぎるのかもしれないけど。

 思考……考えの流れが一緒。最近ぱやさんに教えてもらった言葉を使うなら、思考のタイムテーブルが同期している……って感じ。

 多分海外とかにいても、同じ時に同じことを考えていて、青眼鏡側にだけその考えの答えを出せる知識がある。双子とか、そういうものに似てるかな。全然違うし、お互いの考えてる事なんかまったくわからないけど、もし思考を覗ける誰かが私達を同時に見たら、「なんだ全く同じことを考えてるじゃないか」、って呆れ返るんだろう。

 

 私は感情的に、青眼鏡は客観的に。反対ですらない……なんだっけ、ねじれの位置? みたいなところから、お互い向き合ってると勘違いしたまま大声で喧嘩している。それが私達だ。

 

 凄く良い関係だな、って思う。だって、それでも……友達でいたいから。

 

「NYMUさん? 大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、麻比奈さん*1。多分、デビューしてから今までで……絶好調だから」

「ふむ。何か良い事があったみたいですね。この間していた、友達と仲直り出来た話の続きと見ました」

「鋭い……!?」

「あの時と同じにへらっとした顔ですから。お友達は、今日いらしているんでしたか」

「どっかには居ると思う」

 

 私の前の人達……Vtuberじゃなくて、違う部署に所属する歌手の人達が歌っている。さっきはロックバンドみたいな人達だったけど、今は男女デュエットの……ジャンルはわかんないけど、ポップでキャッチーな曲。いい感じに盛り上がった場を……私は任される。トリじゃないけど、ここで輿を折ると後続に影響が出る事だろう。

 出番はもう少し先……五分後くらい。

 深呼吸。

 

「……そういえば、先ほどLONEの着信があったみたいですよ。NYMUの携帯に」

「あれ、電源切ってなかったっけ……ごめんなさい」

「まぁマナーモードにはなっていたので問題ありませんが……ふふ、中身、見ますか?」

 

 マネさんが私の携帯を持ってくる。トラッキングスーツを着ていると微妙にスマホ持ちづらかったりしなくもないんだけど、受け取って……ああタッチがあんまり反応しない、けど、なんとか……。あ、本当に通知来てる。……青眼鏡から?

 

「は?」

 

 マネさんがビクッと肩を震わせるくらい、ひっくい声が出た。

 

 ──"会場でKさんと出会ったので恋人繋ぎをしながら見ます。頑張れ"

 

「……」

 

 本当に。

 本当に。

 

 ホントに、絶好のタイミングで……挑発してくるなぁ!

 

 Kさんとやらが来ている事には驚きだけど、それにばったり会って、手を繋いで私の晴れ舞台を見る、と。いやなんで? と思わないでもない。ただ私の中には、「また勝手にどっか行きやがって」という……いやうん、多分冷静な自分が見たらドン引きするだろう、どこまでも自分勝手で横暴な考えが煮えくり返っていた。

 嫉妬とかそういう可愛らしいものじゃない。私達は、互いに互いの中心にいなければ気が済まない。別に自分は相手を中心に置かないにも関わらず、だ。

 

「調子は絶好調とのことでしたが、やる気は出ましたか?」

「やる気どころか怒気だよ……!」

「結構ですね。さ、時間です。機材トラブルは起きないよう細心の注意を払いますが……」

「起きたら慌てずに、だよね」

「はい」

 

 Vtuberの技術は、まだまだ進化の途中。だからアクシデントが絶対に起こらないとは言えないし、リアルの歌手さん達よりも頻度は高め。

 ……でも、大丈夫な気はしている。

 

 だって青眼鏡が今朝、何も言わなかった。今、余裕そうに「頑張れ」なんて言ってきている。

 じゃあ大丈夫だ。彼女に未来なんか見えないんだろうけど、彼女が大丈夫なら、私も大丈夫。私の心に溢れる自信は、青眼鏡が見てくれている事にある。

 

 息を吸って──笑う。実際にお客さんの前に出て行くわけじゃないけれど、表情を作って。

 

 崩した。

 私は頭が良くないんだから、考えずに行こう。考えずに行って──ありのままに、普通に、彼女を……ううん、来てくれた人、ネットチケットで見てくれている人、会社の人、関係者の全て。

 

 私が魅了する。彼ら彼女らの世界の中心に私が来るように……来させるように。

 

 だって──私は今、Vtuberなのだから。

 

 

 ●

 

 

「どうでした? 無理矢理誘っちゃいましたけど」

「うん──凄かった。心を打たれたよ。でも、なんで2人分のチケットを持っていたの?」

「え!? あ、いや! それは、その……いえ! 別に他意は無いというか」

「最初から誘うつもりだったの?」

「アイヤー……その、そうです」

「でも良くわかったね。わたしがあのお店にいるって」

「えと……そのー……」

「そういえばわたしの大学にいる友達がね、レナ、って名前の学生を知っているか、って聞いてきた」

「ゴゲラグフッ」

「あと大学から家への帰り道で、青眼鏡ちゃんみたいな背丈の女の子を見る事が増えたなぁって」

「グワラベッ」

「あのお店、昔から通ってて、店長のお婆ちゃんとも仲が良いんだけど、数週間前から"昔のアンタみたいに連日来店してくれる学生さんがいるのよ"って嬉しそうに話題を振られたよ」

「ヌゴンガッ」

「スポーツ観戦とかドームライブでもないのになんで双眼鏡持ってるの?」

「……その」

 

 すみませんでした。

 

「普通にストーカー行為だからね?」

「ごめんなさい……」

「でもまぁ、このライブを見れたのでプラマイゼロ……いや、ゼロなんて言うのはあの子……NYMUちゃん、だっけ。あの子に失礼か。少なくともプラスではあったし……ちょっと、興味が湧いた」

「でしょうでしょう! いやぁ~……可愛いんだNYMUちゃんは! かわいいんだ!」

「立ち直りが早いね。そして随分と激しいね」

「ええそりゃもう! だって、だってあの子は私の」

 

 ──言いてえ!

 あのVtuberは()()友人だって言いたい……!

 

 けど。

 

「……私の、最推しなんですよ。一生をかけてもいい程に。もう──三年以上、ファンやってます」

「あの子三年目なの?」

「あ、いや、三か月以上の間違いでした」

「大胆な間違い方だね」

 

 それを、押しとどめる。

 言いたいだけでいい。言いたいまででいい。私はどこまでも──ファンのままで、良いんだ。

 

「ねえ、青眼鏡ちゃん」

「はい?」

「夢、ある?」

 

 レナさんは。

 ライブ会場の方向を見ながら、言う。

 

「将来の夢、ってことですか?」

「別に今でも良いよ。やりたい事。なりたいもの。残したいもの。叶わない事」

「夢」

 

 リンリンにVtuberになってもらう、という夢は叶った。リンリンが私の事を配信内で話す、という夢も叶った。リンリンが……NYMUが沢山の人に愛される姿を目撃すると言う夢も、叶った。

 ああ、将来の、なんて遠くじゃない。私の夢はずっと叶い続けていて──それはやっぱり、すべてをリンリンに依存している。起因している。それじゃだめなんだろうし、それでいいと思う。

 

「夢」

 

 声に出そう。私はどうにも、他人に考えが悟られづらいらしい。表情には出るけど、考えまではわからないらしい。そんなの当たり前だけど、当たり前じゃない方が楽しい。だから、声に出して言う。

 

「空を」

「空?」

「空を飛びたいですね。遠く、高くまで」

 

 ああ。初めて口に出した。

 小さい頃からの夢だ。現実を見ないで、無理だという知識を無視して、ずっと持っている夢。乗り物や機械に頼らず、空を飛ぶ。誰しも考えた事があるだろう。それを、高校生になってまで持ち続けているかどうかは別として。

 

「私は多分、空から落ちてきたんですよ。青眼鏡が好きなのは、空色だからです。少なくとも私は、この視界に映るものくらいは……空であってほしい」

「随分と詩的な表現だね」

「中二病ですよ。中々治りません」

「治す必要はないよ。それに、素敵だと思う」

 

 空から落ちてきた。ファンタジーな表現だし、学校で言ったら笑われるだろう。いや、どこで言っても馬鹿にされると思う。突然何を言い出すんだ、頭を打ったのか、って。そう言われるんだ。レナさんはレナさん自体が不思議な人というか仙女みたいな人だからこうして肯定してくれているけど、私は普通を知っている。普通から見れば、あまりにも……幼稚な夢だ。

 

「私は多分、誰かの夢になるために生まれてきたんです。私は誰かに夢を与えるのが目的だった。それで、その目的は達成しました。なので、あとは元居た場所に帰りたい。それが空であるだけで、空を飛びたいというか、空に戻りたい、が近いですかね。家に帰るみたいに、なんでもないように」

「……誰かの夢になるため」

 

 気恥ずかしい事を言っているのはわかってる。こっぱずかしい事を言っているのはわかっている。勘違い乙。中二病乙。邪気眼みたいなものだ。そんなの知ってる。だからずっと、声に出さなかった。自分すら出さなかった。だって否定されたくない。否定されるのが怖い。私は否定されたくない。

 それでも、夢は変えられない。私は私自身を曲げられない。曲げられるような性格なら、リンリンと衝突もしていないだろうし……そもそも友人になっていたかどうかも怪しい。

 この人は否定しないだろうから、話せる。リンリンには……どうだろう。まだ、無理かな。

 

「雨が降ってきたら空を見るじゃないですか。手を翳すじゃないですか。傘を差すじゃないですか。アレです。私は空から色とりどりの傘がくるくるしている所を見たかったから、雨として落ちてきた、みたいな。誰かが私の言葉で、私の行動で夢を持ってくれることが何よりうれしくて、私はそれを遠くから眺めていたい。横からじゃなく、上から。元の場所から、みんなが輝くところを見たい」

「雨が降るのは迷惑かもよ?」

「今傘を持ってない人は雨や空を罵るんでしょうね。でも、傘を持っている人の上にしか降りませんから」

「局所的だね」

「1m四方の超局所的ゲリラ豪雨です」

 

 それはもう放水だよ、とレナさんは笑う。

 でも、と。彼女は、微笑んだ。え、なに? 告白? めっちゃ可愛いけど?

 

「わたしは傘を持っていたみたいだから、ここらで失礼するよ。あと10秒くらいで、君に無理矢理バケツを被せてくるような……暴力的な未来が待ち受けているだろうから」

「どういう」

 

 じゃ、と。レナさんは後ろ手を振って、去っていく。別に傘は持っていないし、なんなら行先……同じ駅を経由するから帰る方向は同じなのに、何故か私を置いていく。

 ……フラれた?

 

「……着信? え、こわ。本当に10秒なんだけど」

 

 レナさんが角を曲がった直後、携帯が振動した。取り出してみれば……リンリンの文字。いやまだライブ片付けの最中なんじゃもんじゃ、と思いながら通話ボタンを押す。もんじゃ焼き。

 

「えー、こちらブラボー10。状況をどうぞ」

『ライブ、どうだった?』

「こちらブラボー10。めちゃくちゃ良かった」

『惹かれた?』

「こちらブラボー10。周囲の車通りはそこまででもない」

『ばーか』

「ばーか!」

 

 っとにこの子は!

 口が悪いったらありゃしない!

 

「……良かったよ。最高だった」

『Kさんって人、今いる?』

「んにゃ、さっき別れたよ」

『……一言文句言おうと思ったのに』

「なにゆえなにを」

『私の青眼鏡を盗るな泥棒! って言おうと思ってたのに』

 

 いやホントに。

 あの喧嘩の後から、リンリンはちょっとどころじゃなく過激になった。Vtuberとしても、暗黙の了解みたいにされている事情にも結構踏み込んでいくようになったし、私が以前から止めた方が良いよ、と言っていたことをかなりの頻度で無視するようになった。もうそれを咎めたりは……いやするんだけど、その度に取っ組み合いのつかみ合いになって、最終的に私が負けて「私が正しい。いいね?」「アッハイ」になるんだけど。

 なんというか……自分の欲求に素直になった、というべきか。嫌な事は嫌だと、好きなことは好きだというようになったのだ。凄いことだと思う。私は否定されたら立ち直れないから自分を隠しまくってるけど、リンリンは一万二万と誰かが見ている前で、それを口にだすのだから。

 

「でーきれば仲良くしてほしいかなー、って……」

『無理。会ったことないけど、無理。……まぁKさんとかいうのは置いといて。最高だった、って言ったよね』

「言ったよ」

『私の所にまで来たいと思った?』

「いんや? すごいなぁ、かっこいいなぁ、で終わり」

『……』

「同じところにいなくていいんでしょ? 私はファンとしてリンリンを応援するし、リンリンは私をファンとして扱いなよ。友人ではいてもいいけど、そんな高い所にまで行く気はないよ。疲れるし」

『今日。ウチに来て』

「いや、お疲れ様でした配信とかあるんじゃ」

『どっちが強いか戦争じゃああ!!』

『NYMU、静かに。スタッフが驚いてますよ』

『それはごめんなさい! ……来なかったら、酷いからね』

「やーい怒られてやんのー」

『キレたわ』

 

 ぶちっと、通話が切られた。

 キレやすい若者だぁ。

 

 ……まぁ、なんだろうね。

 私とリンリンは友人に戻った。仲良しこよしの大親友! ってわけじゃない。互いを肯定しあう親友! ってこともない。

 互いに首輪を付けて、取っ組み合って殴り合ってどっちが正しいかをはっきりさせて、でも嫌いじゃない。そんな関係。随分と物騒だと、レナさんなら言うだろう。あの人「随分と」って言葉好きだし。

 

 カバンから折り畳み傘を取り出して、差した。

 周囲、差している人はいないから奇異の目線で見られるけど──ぽつ、と。

 ぽつ、ぽつ、ぽつと。雨が降り出した。

 

「……杞憂5割。勘5割。なんて、リンリンは信じてくれないんだろうけど」

 

 降水確率は10%だった。だから折り畳み傘を持ってきた。空気が湿っていた、というのもある。

 で、降るならそろそろ降るかな、と思ったから差した。その勘は当たった。

 未来なんて見えるわけがない。ただ私は、勘が良いだけだ。割とテストもそんな感じでやってる。だから毎回満点にはならない。暗記は出来るけど、長ったらしい応用はたまに面倒になってやめることがある。それくらい、完璧じゃない。

 

 空から水が零れている。

 詩的な表現だけど、別に誰が聞いてるわけじゃないから、良い。

 

「ちっぷちっぷちゃっぷちゃっぷらんらんらん、ってね」

 

 ああ──少しくらいは。

 

 

 ●

 

 

「ねえリンリン?」

「なんだね」

「私はキスとかそういうの、嫌だって言っているよね」

「うんうん。知ってる」

「じゃあ唇を近づけないで貰えますかぎゃああああ」

「んー」

 

 ……あの喧嘩の後から過激になったのは、言葉だけではない。

 私が散々拒否した、割と傷付いた感じの、結構タブーな感じで終わった例の「襲われた」事件。それをものともせず、リンリンは私にキスをしてくるようになった。

 正直、引いている。だって同性だし。いやキスやハグがコミュニケーションのツールとして用いられている文化があるのは知っているけど、それにしたって全部が全部マウストゥーマウスじゃないし、そしてここは日本だ。リンリンも別に海外産まれってわけじゃない。

 

 ただ、私がめちゃくちゃ嫌がるから。

 取っ組み合いで9割負ける私への罰ゲームとして、キスをされる。舌を舐られる。割と本気でやめて欲しい。また絶交したいのかこの子は、とか思いながら口を蹂躙されている。

 

「っぷはぁ。んー、やっぱり良いなぁキス。私、好きな人が出来たら毎日のようにキスするんだー」

「好きな人? ……私を通してからにしてもらおうか」

「別に今いる、ってわけじゃないんだけど……というか、私の恋路に口を出す気?」

「リンリンだって私とKさんとの恋路に口を出しているじゃないか……」

「私はいいの。風音はダメ」

「横暴が過ぎる」

 

 このあたりの平行線は何も変わっていない。

 私は良いけど貴女はダメ、というのを互いにやっている。文句も言うし口論もする。あ、口争いってそういう、キスとかそういうバトルじゃないぞ。キスバトル……うわぁ。

 

「企業の人達にキスとかしてないよね?」

「ニャンさんとはした」

「……」

「嘘だよ嘘。というか、あの人案外ガード固いんだよね……」

「私はリンリンが怖くなってきたよ……」

 

 怖い、と言えば。

 

「ところでコレはいつ外してくれるのかね。君、自分が今めちゃくちゃ恐ろしい事をしている自覚はあるかい」

「んー? 何が? 似合ってるよ?」

「本気で私はそういう趣味ないからやめてね……?」

 

 じゃらじゃらと音を立てる──鎖。

 それは首のチョーカーにつけられたリングと……両腕に掛けられた手錠の中間の鎖に繋がっている。さらには、足にも革製の……なんて言えばいいんだ、足枷? みたいなものと、それにつけられた物干し竿みたいなポール。

 立つことも普通に座る事もままならない姿勢で、私のお腹の上にリンリンが馬乗りになった状態で、先ほどキスを受けたわけだ。

 

 ……誰だよ本当に。こういう知識をリンリンに植え付けてる奴。黒天使さんなら一度話付けなきゃ……私の身が危ないんだけど。

 家に来るなり眼鏡を取られてアイマスクをされて、いきなり手錠を付けられるヤツの気持ちがわかるかね。

 

「ねー、何されると思う?」

「リンリンちょっと重くなった? お腹にかかる荷重がグフッ」

「そういう青眼鏡はちょっとぷるぷるになったねー。バランスボールみたーい」

「お腹の上で跳ねるのはやめていただけると」

「じゃあ余計なことは言わないでおこうねー」

 

 ごもっともです。

 

「しかしリンリンよ。手錠をしたのは間違いだったな。ふ、こうやって鎖を引っ張ってピンと張れば、ガードになるのだ!」

「うん、ちょっと失敗したな、って思ってる。後ろにすればよかった」

「これで近づけアフゥンッ!?」

「でもその姿勢、脇ががら空きなんだよね。あとこうやって……私が鎖をくぐると、どうなるかな」

「……卑怯な!」

 

 私が脇を閉じるためには、リンリンを引き寄せなければいけなくなった。そうでなくとも、チョーカーに繋がった鎖のせいで首を持ち上げざるを得ない状況だ。策士め!!

 

「見える? これ。同じ首輪」

「だからチョーカーと言いなさいよ……。ああ、本当だ。リンリンの白い首に嵌っておりやすね」

「うん。手錠に着いた鎖を外して、私のコレのリングにつける」

「あの……私本当にそっちの趣味はなくてですね」

「よし、これでオッケー。あ、手錠は外してあげる。首のやつは取らないでね」

 

 そういって、テーブルに置いてある手錠の鍵を取らんとするリンリン。方向転換で一回、体を伸ばすので一回。お腹に結構な衝撃がくる。ようやく取れたのか、かしゃ、という軽い音と共に手の錠が取れた。ふう。

 しかし依然として足枷と首の鎖は繋がったまま。もー、何がしたいのか言ってくれないものか。リンリンの考え読めないんだよなぁ。

 

「じゃ、ゲームやろうか」

「……マ?」

「ちなみに配信するから、黙ってもらって」

「嘘じゃん」

「友人Aとの決闘って枠取ってあるから、そのつもりで」

「手錠無かったらハンデないようなものだけど、いいの?」

「長時間足を延ばして座る恐怖に震えるがいい」

 

 ……じゃあどいてもろて。

 しかしリンリンは退かない。

 

「ちょっと首絞めてもいい?」

「さてはライブで頭を打ったな?」

「舌を抓む、でもいいんだけど」

「さてはリンリンじゃないな貴様」

「どっちもやっちゃお」

 

 左手が口の中に突っ込まれて、右手が私の首を掴んで。

 自由になった手でその両方を掴むけど、うんともすんとも動かない。そのまま、にゅるりと舌を引っ張り出されて、ぐぐいと喉を押された。

 

「ぁ、ぇ……」

「うん……たまんないね」

「ぇげ」

「前さ、青眼鏡が言ってたじゃん。相手の苦しむ顔が気持ちいいから、とか。あの時は本気で変態さんなんだな、この子って思ったけど」

「ぅれえぁ」

「今ちょっとだけ理解できる。これ、爽快感凄いね」

 

 手が離される。

 ぇほ、けほ、と咳き込んでから──言う。

 

「変態!」

「涙目じゃん。ちょっとキュンと来たかも」

「ひいい誰か助けてぇ」

「首輪繋がってるんだなーこれが」

「あのマジで割とドン引きしてるの伝わってる?」

「うん。でも風音相手には遠慮しないって決めたから」

 

 行き過ぎない。踏み込み過ぎない。過干渉しない。

 けどそれは遠慮するということじゃない。恐ろしい話である。互いが互いを嫌い合うまでは、本気でぶん殴ると言っているのだ。嫌わない限りは全力で嫌がらせをするぞ、と。

 

「……配信」

「配信?」

「ボッコボコにするから。リスナーさん達の前で、完膚なきまでに、エンターテインメントとか全く考えずに、空気悪くなるレベルで叩き潰してやる」

「ふん、出来るもんならやってみてよね。言っておくけど私、師匠をつけてめちゃくちゃ強くなってるから」

「今まで得意キャラ以外を使ってあげていたんだけどな……。仕方ない。世界ランキング2位の実力を見せてあげよう」

「……それ本当の話?」

「そのキャラだけだけどね」

 

 大混戦するスカッシュなゲームは、読み合いのゲームだ。それがタイマンであるなら、読み合いはかなり簡単になる。バトルロワイアルなFPSゲームやCPUが相手のゲームと違って、このゲームは理詰めでなんとかできるからかなり得意。複雑な動きがいらない、というのも大きいか。

 

「はっはっは……怖気づいたかね」

「つまり青眼鏡に勝てば、私は1位ってことだよね」

「いやそんなに単純じゃないんだけど……というか一応ハンデがあるの忘れてないよね?」

「手錠がなければハンデにならないんでしょ?」

 

 ……。

 屁理屈を!

 

「よいしょ、と。じゃ、配信準備するから、そこで立つことも出来ずに眺めていて」

「言い方よ」

「声出したくないなら猿轡でもする?」

「なんでそんなの持ってるんだ……」

「1000円くらいだったよ」

「そういうサイト、年齢制限あるんじゃ」

「ジョークグッズ販売サイトって便利だよね」

 

 そういえばさっきの手錠もやけに軽いと思ってたけど、そういう事か……。ふむ。じゃあこの足枷もガチャガチャやってれば取れそうだな。

 まぁ取らないけど。

 

「と、いうかですね、リンリン」

「うん。私も気づいた」

 

 リンリンが配信準備のために立ち上がる。

 立ち上がれば。

 

 鎖がピンと張るわけで。

 

「うぐぐぐ」

「足枷を取ってくれれば立ち上がってそっちにいけるんだけどなー」

「這いつくばって腕の力だけで来てよ」

「いやーうつ伏せになれないから無理かなー」

「じゃあ無理矢理引っ張るよ」

「痛い痛い首にめり込んでるチョーカー壊れちゃう待って待って」

 

 非協力的な態度を止めて、仕方がないのでお手紙食べた。じゃない、仕方がないので匍匐前進的な感じでリンリンの方へ行く。

 頭を撫でられた。犬か私は。

 

「はい、準備完了。声出さないように気を付けてね」

「勿論。冷静に叩き潰す」

「……配信終わった後に足痺れてても遠慮なく蹴るからね」

「何故蹴る事は当たり前なのか」

 

 ……なんだか感慨深いものがある。リンリンの配信風景なんて、見る機会はなかったし。

 私の貸した配信機材はとうに返却されていて、だからこれはリンリンが買った機材だ。結構な値段のものがちらりほらり。それだけ真剣なんだろうなぁ。

 

「はーい! 配信始まりましたー!」

 

 突然、トーン割り増しでマイクに向かって声を出すリンリン。いや笑っちゃいけないとは思ってるし別に馬鹿にする意図はこれっぽちもないんだけど、ちょっとニヤニヤしちゃうっていうかいやそのオグフッ!?

 

「ひ、ひざ……」

「え? 誰かの声が聞こえた? そうだよ、今前に話した友達のAちゃんが遊びに来てるんだ! 放送タイトル通り、ここで雌雄を決す……決闘をするのである!!」

「鬼……」

 

 ギロリと睨まれた。単一指向性のマイクっぽいから、口に手を当てて喋れば拾わないだろう。さっきのはいきなり過ぎて呼気を漏らしてしまったが、もう大丈夫。

 

「ちなみに放送後半からは視聴者参加型にするから、準備しておいてね!」

 

 聞いていないですけど? 

 というか振り返り配信は? ライブの後ってそういうのするもんじゃないの? Vtuberのライブなんて見たのはリンリンのが初めてだからセオリーはわからないけど、声優ラジオとかだとライブ後の回は感想一色みたいになるよ?

 リスナーさん達も話したいんじゃないの?

 

「ふっふっふ! ライブ成功したからね……! この勢いで、リベンジも成功させる!」

 

 ──"無理じゃね?"

 ──"ごめんなさいAちゃんさん……この子、突然こういう事言いだすんです"

 ──"NYMUちゃんなら誰にだって負けない!"

 

 ちらっと見えたコメント。愛されてるなぁ。

 ……それを目の前で叩き潰すのは忍びないけど……遠慮はいらないみたいだし。

 

「じゃあ──決闘じゃあ!」

 

 

 ●

 

 

「えぐえぐ……何もできなかった……」

 

 ──"友達Aちゃん何者だよ"

 ──"つっっっっよ"

 ──"ランカーだろあの動きww"

 ──"なかないで"

 

 いやまぁ、うん。

 リンリンは操作は上手いけど、相手が見れてないというか。読み合いの経験値が圧倒的に足りない。強いけど、相手を弱くする方法を知らないというか。うん。

 

「……よし! みんな! 私に力を貸してほしい!」

 

 ──"討伐クエだ"

 ──"頑張れ親衛隊"

 ──"然り! 然り! 然り!"

 

 足枷のポールを蹴るとか、首輪をグンと引っ張りとか、色々妨害をしてきた。だけど、それで妨害されるのはリンリンも同じなわけで。正直ほとんど邪魔にならなかった。コメントもリンリンが何やら妨害工作をしているのは伝わっているようで、「セコすぎるww」とか「NYMUちゃん、変わっちまったな……」とか、結構言われてる。この子そういうの気にしないから平気だろうけど。

 

 そして入ってくる視聴者。うわ、見たことある名前がいる。1位の人はいないみたいだけど、サブ垢の可能性も無いことは無いし……いやそんなぽこじゃかランカーが集まってても怖いんだけど。

 さらに懸念があるとすれば、リンリンが自キャラに集中しなくてよくなったことによって……妨害し放題、という状況になった。

 

「いいかみんなぁ! 私はリアルでAちゃんに妨害するから! みんなはゲームでAちゃんを倒すんだよ!」

 

 ──"あまりにずるい。あまりに"

 ──"狡さの殿堂"

 ──"レイドバトルかよ"

 ──"7vs1で負ける、ってことは……無いよな?"

 

「敵は天才! 油断しない事!」

 

 ──"ごめんね友達のAちゃん……ごめんね……"

 ──"弱い者いじめになるか、ゾウがアリを踏み潰すか"

 ──"でもさっきの試合、三戦して一撃も食らわなかった辺り相当だぞ"

 ──"敵は天才、って良い言葉だな"

 

「うん。()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 ……ああ。

 私の夢は──ああ、じゃあ、なんだ。

 

 ──"天才やってるとは"

 ──"天才は職業だった……?"

 

「負けないよ」

「え」

 

 ──"今の誰の声だ?"

 ──"Aちゃん以外だったらやばいだろ"

 ──"幽霊かもしれないだろいい加減にしろ!"

 ──"友人Aちゃんいない説"

 

 なんだよ、それ。

 こんなところで宣戦布告なんて。そんなの、受けるしかない。

 私は言えない。友人がVtuberやってるって、言えない。そういう誇示はしない。

 でもリンリンは言う。言える。私が──私が、天才だって。誇らし気に言える。

 

 いやぁ。

 そうまで持ち上げられて、無様に負ける、なんて。面倒だから頃合い見てわざと負けようか、とか思っていたなんて。いやぁとてもとても。

 ははは。

 じゃあ、私はリンリンの誇りであり続けよう。

 空に帰りたいとかいう夢は、まぁレナさんにでも預けて。だってリンリンは、私の夢であり続けてくれるのだから。

 

 じゃ、†学校一の天才青眼鏡†……行きまァす!

 

 

 〇

 

 

 というところが、私と青眼鏡のお話のオチ。

 これが、私とリンリンの物語の締め括り。

 

 あと少しだけ、青眼鏡の物語は続く。

 あと少しだけ、リンリンの物語は飛んで続く。

 

 けど、これが……こんな終わり方が、わたしに繋がるお話です。

 翌年にデビューを果たす、6人グループの──その先で生まれ変わる、1人の。

 

 それじゃあ、また。

*1
マネージャーさん!




この後に小話がいくつかあるっぽいど
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