内陸の国:ワカガト王国。
この国は今、大きな転機を迎えようとしていた。
そんな中、1人の影はとある依頼を受ける。

姫の亡命。

敵対組織の追手をかいくぐり、共に死地をくぐり抜ける中で、姫は影の思いを知る。

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裏人の小夜曲 〜星が嗤い、月が哂う夜〜

夜に包まれた街。

 

「ハァ…ハァッ…」

 

多くの者が眠りにつく時間。

 

「ハァ…クソッ……」

 

光のない裏路地を。

 

「イテェッ…クソッ…ハァ…ハァ」

 

1人の男が歩いている。いや、歩いていると言うよりも足を引きずって無理矢理進んでいる。と、言った方が正確だろうか。

 

狭い道を何度も壁にぶつかりながら進む。その姿を一瞬、雲の間から月光が照らす。

 

体の至る所から血を流し、服は赤黒く染まっている。

特に大きな腹の傷は、今も血が流れ落ち地面に点を残している。

 

取引は失敗だった。

情報が漏れていたのだろう。約束の場所には誰もいなかった。

罠だ。それに気づいた時には既に遅く、荷を積んだ馬車が爆発した。

たまたま馬車から降りていた彼を除いて、みんな死んだ。

 

―――ピンッ

「ぐぁっ!」

 

と、何かが外れる音がして、男が倒れた。その足には一条の鉄線が絡まっている。

路地の壁を見ると、目立たぬように黒く塗られた短剣が刺さっている。

 

「仕掛け…ナイフ…」

「――見つけたぞ」

「ッ!?」

 

さっきまで誰もいなかった暗闇に、一つの影が立っている。

纏う衣服は、夜に溶け込む黒。声を掛けられてなお、視線を逸らせば見失ってしまいそうだ。

それでも、顔を覆う仮面はその存在を知る者にとって見過ごすことは出来ない。

 

「……『リゼンの一族』…」

「よく知ってるな」

 

『リゼンの一族』とは、簡単に言えばカルト殺人集団である。

殺害の対象は年端も行かぬ子供から、寝たきりの老人まで様々だ。

 

殺された者には共通点はなく、『リゼンの一族』の狂暴性を物語っている。

 

「頼む!見逃してくれ!…家族がいるんだ!!」

「星の導きのままに…」

 

男の叫びに、酷くくぐもった声で仮面越しに影が返す。

そして軽く地面を踏む音がして、男の視界は宙を舞った。

 

斬られたと気付く事はなく、何が起こったのか分からぬままにあっけなく男の生涯は幕を閉じたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ナイフに付いた血を拭う。

相も変わらず、しつこい汚れだ。

赤い色は見えなくなっても、脂は落ちず刃の切れ味を鈍らせる。

 

「…だから斬るのは嫌いなんだ」

 

影が独りごちる。

汚れを落とすのを諦め、罠の回収を優先する。

鉄線による拘束罠の他にも、麻痺毒を利用した物や出血を目的とした物など全部で7つの罠を回収し終えた。

 

「もういいぞ」

 

物陰に声をかける。

ガチャンと音がして排気口の格子が開き、1人の少年が現れた。

 

「…全部?」

「あぁ、全部片付けた。さっさと持っていけ」

「ん、わかった」

 

齢7、8程度の少年はテチテチと死体に歩み寄り、その懐を探る。指や口の中も確認し、金目の物を探し出す。比較的貧しい商人だった死体は、その懐から小銭入れが出てきただけだった。

 

金目の収集が終われば『解体』が始まる。

 

小さな体躯でも運べるように、死体を小分けにするのだ。

その作業を後目に、影はその場を去る。

 

「…あぁ、これを研いでおけ」

 

ふと振り返り、先程使ったナイフを少年に放る。傍から見ると危ない行為だが、少年は危なげなく受け取った。そして、その刃に着いたヌメリをなぞる。

 

「脂?」

「そうだ」

「駄賃は?」

「ほら」

 

チャリンと銅貨を2枚差し出す。

それを受け取った少年は、不服そうに影を見返した。

 

「…なんだ」

「前は3枚貰えた」

 

どうやら駄賃の量に不満があるようだ。

 

「前のは大きめのナイフだっただろ。それは小さいヤツだから2枚でやるんだ。嫌なら返せ。別の奴に頼むだけだ」

「ちぇっ…。わかったよ」

 

渋々といった様子で、少年はナイフを懐にしまい込む。

影は今度こそ場を去ろうとして、また立ち止まり別のナイフを取り出した。

 

「…それも?」

「……いや…。問題発生だ」

 

「こんばんは」

 

2人の頭上から声がした。

見れば、フードを被った人陰が屋根の上から見下ろしている。

背丈からして男だろうか。

敵と判断した影は、ナイフを男に投げつける。

しかし、それはいとも簡単に躱されてしまった。

 

「良い夜ですね」

 

男は音もなく地面に降り立つ。ジロリと湿っぽい視線で影と少年を睨み、ヒラリと手を振った。

 

「ちょっとした不運もありましたが」

 

すると、更に3人。目の前にいる男と合わせて4つ人陰が、狭い路地で2人を挟む様に立ち塞がった。

 

「どうやら我々に天は味方をするらしい」

「何者だ…とは聞かなくても分かる」

「ほほぅ。では自己紹介は不要かな?

…陽の導くままに。…掛かれ」

 

男の合図を皮切りに、人陰が一斉に襲いかかる。

 

「少年、俺から離れるな!月よ…導いてくれ!」

 

月の無い街を照らすのは、小さなガス灯の明かりのみ。

その微かな光も届かない所で。

 

今宵もまた、いくつもの命が今生を去る。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ここはワカガト王国。

古より栄えたこの国は。今、斜陽の時を迎えていた。

積もり積もった不満は、いつ爆発するともわからない危険な物となった。

 

 

既にコインは跳ね上がった。

人々は祈るしかない。

 

()()か…。

 

あるいは…。

 

 

 



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