カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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十話

 大陸から移動してきた気圧の谷が通過するにあたって、日本列島の天気は概ね荒れ模様だった。

 まるでノックをしているかのように窓を叩く大粒の雨は、前日の夜から依然として止む気配を見せず、海をひっくり返しているのではないかと思わせるほどに、この土砂降りは丸一日続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 舞台となるのは、京都市北区の上品蓮台寺。その歴史はきわめて古く、聖徳太子によって創建されたとも、宇多法皇から灌頂を受けた寛空が創建したとも伝えられる。いずれにせよ、千年以上の歴史を有する寺院なのである。

 当然、歴史がある寺だけに、著名人に関わる伝承や墓などもあって、ここには、寄木造技法の完成者である定朝の墓や、境内北側の真言院には源頼光の蜘蛛退治にまつわる頼光塚がある。

 敷地も非常に大きく、三十人余りの人間を収容するには十分すぎる伽藍を有している。

 その上品蓮台寺が、突如として結界に覆われたのは、丑三つ時をわずかにすぎたころだった。

 呪力の高まりを感じたときには、すでにこの近辺は正史編纂委員会によって囲まれていたのだ。ことここに至り、指揮を任されていた杉正和は手遅れを悟った。

 夜陰と嵐に紛れての不意を突く夜襲。ここを拠点にしている事を知られているなどとは夢にも思っていなかった正和等は、大いに狼狽した。

 辛うじて、仕掛けてあった緊急時の守護結界と罠によって多少の時間が稼げているものの、突破されるのも時間の問題である。

 運よく、メンバーは書院に集まり今後の活動を協議していたところであったから、即座に協議の内容を変更し襲い来る敵への対処に専念することができた。

「ここは、結界を張り篭城に徹すべし」

 そのような意見もあった。が、それは即座に却下された。篭城とは、援軍を見込んで行うべき作戦だ。彼ら反・主流派には、後援者もいなければ、これ以上の戦力もない。

 ここにいる三十余名こそが、全国に散っていた同士たちの生き残りなのだ。

(関東圏での支部を潰された段階で、詰んでいたか)

 敵ながら天晴れという他ない。

 この場所を最後の決戦のための集合地点と定めたのは、つい最近の事。甘粕冬馬に扮した忍びとの連絡にとって決定したものだ。

 それがこうも容易く露見してしまうとは。

(はじめから、委員会側の手の平の上だったということだな)

 正和は、努めて冷静に、敗北を理解した。

 思えば、この組織自体が、あまりに急造の代物。綿密な計画のひとつも立てず、カンピオーネとなった高校生を利用し日本呪術界を独占する公家社会を瓦解させるという一点のみに焦点を当てた組織であり、誕生から未だに一月しか経っていない。明確な指揮系統も存在せず、ただ、現状に不満を抱く旧士族や下級公家勢力の、それも今の時代の流れに対応できない古い考えの持ち主ばかりであり、組織だって対処する事のできる正史編纂委員会に正面きっての戦闘ができるはずもないのだ。

 正和は自らの半生を振り返る。

 いったい、いつの頃から道を踏み誤ったのだろう。

 実のところ、この反乱分子が生まれる下地となるグループは、正史編纂委員会の中に以前から存在していた。

 それは、力による革新を目指すのではなく、言ってみれば政治サークルや研究サークルのようなもので、日夜呪術や、現体制をよりよい方向に変えることができるのかを議論する場であった。

 正和自身も、今のままではならないという義憤に駆られ、そうしたサークルに足を運び、情熱を燃やした時期もあった。

 それが、いつのころからか不満を吐き出すだけの不毛な地へと変わり、気がついてみれば、カンピオーネの親族に危害を加え、そこから生じる魔王の怒りという力によって現委員会の構造を根元から打倒しようなどという思想にまで発展していったのは、どういうことなのか。

 当初の作戦では、カンピオーネの親族を拉致し、それによってカンピオーネに恭順を要請する。当然、彼らはそのような要求には屈する事はないだろう。反抗するはずだ。その力の向かう先を、正史編纂委員会のトップを独占する一族の方向に上手く誘導する手はずとなっていた。

 二百人という人手を秘密裏にそろえる事ができたのは、委員会に対する不満がそれだけあったということなのだろう。 

 それだけの人間がいれば、妹か祖父、どちらかでも接触して拉致することは可能だったはず。

 だが、その作戦とも呼べない稚拙な計画は、瞬く間に委員会の知るところとなり、こうして、寺院に身を隠す事になってしまったのである。

 いまさら後悔してもしかたがない。議論している時間もないのであれば、指揮を任されている自分が命令を下さねばならない。

「皆に問う。今我々がしなければならない事は何だ?」

 時代がかった言い回しに正和自身、苦笑する。

「私たちは、委員会の現状に不満を持ち、これを改革せんと立ち上がったのだ。これまで多くの勇士を失い、今も苦境に立たされているが……」

 そこで、一端言葉を切って、全体を見回す。

 たっぷり、余裕を持たせて、紡ぐ。

「まだ、終わったわけではない。今は、生き恥を晒してでも、奴等の手を逃れ、志を絶やさぬことが我々の未来のためになろう」

 前途有望な彼らをこんな所に導いてしまったのは、自分の責任でもある。打って出ると主張し、血気に逸る若者達を正和はなだめ、叱り、諭した。

 こんな、無謀な策に付き合わせたことを悔いながら、彼らがいかにすれば生き残れるのかを考える。

「杉さん。脱出するにしても、いったいどうするおつもりで?ここはすでに包囲されています。敵陣突破以外の方策となりますと」

「この寺には、例の壷を持ち込んでいる。それを発動させる」

 それを聞いた同士たちは皆一様に顔を見合わせ、どよめきが小波のように広がっていった。

「しかし、それは……」

「ああ、本来は委員会の本部で発動させるはずだったものだ。しかし、よかろう。ここで我等が全滅し、再起を計ることすらもできないよりは、ここで手札を切るのも悪くはない……敵方の混乱に乗じてバラバラに逃げる」

 その時、寺院を轟音が揺らした。

 守護の結界が突破されたのだ。委員会の呪術者たちが大挙してなだれ込んできていた。

「壷の発動まで多少時間がかかる!それまでは、なんとしてでも持ちこたえろ!いいな!」

 最後の指示とともに、正和は急ぎその部屋から離れた。

 同志達も、一所にいるのは危険と判断し、緊急時の持ち場へと逃れる。

 呪文や剣戟が風音に紛れて聞こえてくる。その中を、一目散に突っ切って、正和は本堂の奥にたどり着いた。そこに鎮座していたのは、高さ一メートルになろうかという黒い壷だった。

 正面に立っただけで、身震いがする。

 巨大な呪力を秘めた魔の壷である。これだけの力を制御する事など、不可能であるということはわかっていたし、そもそも、制御するための力ではない。

 これは、呪力を用いた爆弾だ。

 発動したら最後、内包する呪力は荒れ狂うまま辺り一帯を吹き渡っていく。

 この寺院は、それで跡形もなく吹き飛ぶだろう。

 しかし、幸いここには結界が張ってある。周囲の人々与える影響は、軽減されるはずである。

「とんだ悪役だな」

 自分達が逃げ切るために、こんなものまで使おうというのだから、すでに大義はないに等しい。

 惰性でここまでやってしまったことに、再び苦笑する。

 そうしている間にも、正和は術を展開する。

 厳重に施された封印を解除にかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

 馨が入手した情報をもとに、対策班を京都に集結させるのにそう時間はかからなかった。

 作戦本部が据えられたのは比叡山延暦寺だ。

 あえて、ここまで現場と距離をとったのは、敵に強襲を悟らせないようにするためだ。

 最新の科学機器さえあれば、この程度の距離で指揮が執れないなどということはなくなる。

 洛中を眺める絶景も、いまは漆黒の闇に呑まれ嵐の中に浮かぶ魔都のように沈黙している。

 作戦の指揮を任されているのは他でもない沙耶宮馨であり、その補佐に京都分室の室長がついている。 

 全国レベルの一斉捜査を行うに当たって、指揮系統を東京分室に集中したためである。つまり、馨は、この件に関しては、各分室の室長を統制する権限を有するのである。

 馨の顔をノートパソコンの青白い光が照らす。

 画面に映っているの突入班のリアルタイムの映像だ。

 そこには、嵐に黒いレインコートを羽のようにはためかせる、無数の人影が映し出されていた。

 まるで烏の群れ。

 どことなく、不吉さを漂わせる集団は、正史編纂委員会の中でも特に戦闘能力の高い人員を揃えた戦闘班とも言うべき組織だった。

 漆黒のレインコートにすっぽりと全身を覆った集団。レインコートに下には警察の機動隊が装備するものと同系統の防具によってしっかりと固められた身体がある。

 後方に情報戦を得意とする媛巫女が座り指揮を執り、実戦を担当する多くは、皮肉な事に『武士系』の術者が多かった。

 正史編纂委員会は、呪術専門の統率機関だ。そこには、表向きの法では裁けない相手を捕縛し、独自の裁判にかける警察権や司法権を有する、呪術師相手にのみ、極めて強い権益を発揮する組織だった。

 もっとも、それは強権的なものではなく、日本呪術における連合盟主のような立ち位置にいるのが現状であるが。

「現場の状況はどうかな。晶さん?」

『特に異常はないですね。寺を覆う結界が思ったよりも強力ですが……十分もすれば解けるでしょう』

 ヘッドセットから聞こえる報告に馨は頷いた。

 相手には投降の勧告を繰り返し行っているものの、応答はない。完全に無視されている。一戦交える覚悟でいることは明白だった。

 現場の指揮を担当する高橋晶は、朝のうちに京都入りしていた。

 本物の冬馬に静花の護衛を任せ、最後の決戦に臨むためだ。

『結界のせいで中の様子までははっきりとはつかめません。そちらから覗けますか?』

「見えてはいるけれどね。特に行動を起こしている様子はないよ。建物の中に隠れているんだろうね」

 比叡山から、遠く敵地を俯瞰する馨は、そう言った。 

 衛星や、魔術によって、真上から捉えることができている。敵は、一挙手一投足に至るまでを常に監視されているのだ。

「この雨のおかげで、一般市民も外には出ないだろう。念のために防音結界も張ったのだし、多少やりすぎても問題にはならないよ」

 上空で稲光が走った。

 戦闘によって音が発生しても、雷鳴がかき消してくれるだろう。

 戦うには都合の良い夜だった。

『……結界が解けました。これから、突入します』

「武運を祈るよ。これが終わったら、しばらくは休暇でも構わないよ」

『了解』

 それきり、通信は途絶えた。

 画面の中で、黒服が踊る。

 戦いの火蓋は切られた。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 上品蓮台寺を強襲、内部にいる敵勢力を一斉検挙する。この作戦が立案されてから、実行に移されるまで、一日と六時間。たったそれだけの時間で、指揮官である馨が用意した戦力は、五百強。

 もっとも、それがすべて実戦部隊というわけではない。

 戦いに投入されるのは、百人ほど。そのうち実際に突入するのは五十ほどであり、のこりは後詰として後方に配置される。

 現場は市街地であり、大人数の強襲作戦には向いていない上、文化遺産が眠る古き寺は、彼ら正史編纂委員会にとっても重要な物件なので、迂闊な力攻めが難しいという問題を孕んでいた。

 そのために、馨は、後方支援を充実させた。

 媛巫女も動員したし、敵勢力が交渉に乗ったときのために心理学に精通するものも呼んだ。当然、周囲に危険が及ぶ可能性を考慮し、国土交通省や、京都府警にも協力を要請する必要もあった。

 指揮官の有能さは、緊急事態にどのように対応することができるのか、という事で決まる。

 この事件が、馨が諸々の手続きをこの短期間で済ませてしまう力の持ち主であることを示し、早くも次期正史編纂委員会の頂点に入ることを周囲に確信させることなったのだった。

 

 

 吹き付ける雨粒に白く澄んだ頬をさらして、晶は結界のなくなった山門を見据えた。

 フードを被る事もなく、ただ、風と雨に晒しているのは、思うところあってのことか。

 彼女だけでなく、その場にいる全員が、レインコートをまるでマントのように羽織る形で着こなしていた。腕の通っていない袖が、風にたなびいてバタバタと音を立てている。

 レインコートに下は、機動隊の装備を流用した防護服だが、色を黒で統一することで差別化を図っている。 防弾服は、呪的処理の結果、対物、対魔術双方に効果を発揮するようになった。レインコートは外部からの魔術干渉を軽減し、靴も戦闘靴2型という自衛隊で採用されている半長靴で、より実戦的だ。この春十五の誕生日を迎えたばかりの少女が着るには聊か以上にゴテゴテとしていて、服に着られているような気さえする。

 晶は、確実に敵を包囲し、素早く戦闘を終えるため、馨の許可を得て班を二つに分けた。

 一つは、晶とともに正面から突入する。千本通に面した山門から堂々と正面突破をする。その一方で、住宅地に面する背後の墓場方面からも侵入し、敵を一網打尽とするのだ。

「ふう……」

 晶は、心を落ち着けるように息を吐き出した。

 戦う前は、気持ちが昂ぶりやすい。怖気づくよりもずっといいのだろうが、それでも気持ちが先走って失敗してしまう事がままあるのだ。反省はしているのだが、こればかりは気性なのでどうにもならない。

 晶たち媛巫女を蛇に連なる者と呼ぶ輩もいる。彼女たちの祖先が、神祖であることに起因する呼び名だ。媛巫女の特殊な能力も、すべてここに原因があり、晶はその中でも極めて稀有で強力な力を持って生まれた。

 神祖は古の地母神が零落した存在だ。地母神が有する生と死の連環を、その血の中に宿している。

 晶は、自分がその死の部分を色濃く受け継いでしまったのではないかと思っている。先祖帰りとまで呼ばれる高い能力が、戦闘によって最も高く発揮されるからだ。

 肌に染み入る雨が気持ちいい。火照った血潮を冷ますにはこれくらいがちょうどいい。

「行きます」

 晶が率いる部隊は、その一言とともに山門を開き、突入を開始した。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 予想していた事ではあったが、敵方の抵抗は凄まじいものだった。

 潜伏している人数自体も三十数人と比較的多いものであったし、なによりも厄介だったのは呪術によるトラップだった。

 幻覚を発生させるものから、爆発や雷撃など攻撃的なものまで、とにかくそこかしこに仕掛けられていて、短い参道を抜けるだけでも、大変な苦労を伴った。

 もともと、寺というのは、城砦の代わりにもなる場所だけに、攻めるのは困難なところではある。さらに呪術戦ともなれば、突入に成功してからのほうが大きな危険の伴う場合が多い。

 参道を抜けると、T字路になっている。正面にはお堂があり、左右に道が伸びていて、左に行けば宝泉院、右に行けば真言院という建物が立っている。

 そこまでたどり着いた瞬間に、晶は強く、石畳の道を踏み付けた。硬い靴底に踏みつけられた石畳から、鈍い音が響く。瞬間、晶の身体が数倍に膨れ上がったかのような錯覚を周囲の仲間は感じた。 

 晶が内包する膨大な呪力が吹き出したのだ。

 呪力による攻撃は呪力による干渉で相殺できる。 

 晶の尋常ならざる呪力は、左右から飛来した雷の矢を押し返し、辺りに仕掛けられていた呪的トラップを沈黙させた。

 その光景に瞠目した二人の術者は、晶が一瞬にしてホルスターから引き抜いていた拳銃によって両足を撃たれて動けなくなった。

「確保!」

「はい!」

 後方からやってきた味方が、捕縛しに向かう。

 その間にも晶は、油断なく周囲を見回した。

 ここはもう敵の領地であり、要塞。どこから相手が湧き出してくるかわかったものではない。

 敵地の中、いつ現れるともわからない敵を思い、自然と感覚が鋭敏になる。風に紛れる自分の息遣いすらも、手に取るように感じられるし、鼓動が早くなっているのは、程よい緊張感のおかげだ。

 ある程度、この場の占拠に成功したならば、確保した敵を引取りに来てもらう必要がある。それまでは、彼らを一所にまとめ、監視をおき、その周囲の安全圏を徐々に広げていくようにする。

 お堂を挟んで反対側。墓場のほうからも喊声が聞こえてくる。あちらも、戦いが始まったようだ。

「ここには十人を残します。残りは左右に散開し、敵を各個撃破。わたしには二人ついてきてください。正面の本堂を捜索します」

「はい!」

「馨さん。聞こえていますか?」

『感度は良好だよ。何か問題でもあったかい?』

 ヘッドセットから馨の落ち着いた声が聞こえてくる。

 戦闘が始まったからと言って、彼女が慌てるような自体は何も起こってはいないということだろう。

「特に何も。後詰の部隊を動かす準備をお願いします」

『その辺りは抜かりないよ。すでに向かわせている』

 晶たちが突入した事で、トラップの類は解除されたり発動したりしてもう使い物にならなくなっている。予備兵力を安全に投入できるようになったという事だ。

 晶は、馨と二、三会話を交わし、通話をきる。

 左右に部隊が散開したのを確認し、自身は正面に建つ本堂に歩み寄る。

 その時、真横、それもかなりの至近距離から呪力が沸き立つのを感じ、あらゆる思考を捨てて反射的な防御と回避を行った。

 晶の鍛えられ、さらに呪術で強化された瞬発力が、命を救った。

「ッ!?」

 閃く白刃が晶の鼻先を通り過ぎていった。

 甲高い金属音は、地面に落ちた銃口から出たものだ。

 刀によって二挺の銃は無残にも両断され、使い物にならなくなっていた。ここに至るまで接近を感じさせなかった。姿を隠す呪術である隠形法によるものだ。

 年の頃は三十~四十といったところか。細身な体つきで、髪は雨にぬれて頬に張り付いている。Tシャツにジーンズというラフな格好ながらも、日本刀を構えるその姿はまさに侍だった。

 おまけに、呪術の腕だけではなく、剣の腕も一流の域に達しているらしい。

 右足を前にした摺り足が、一瞬にして晶との間合いをゼロにする。

「晶さん!」

 部下たちから悲鳴の声が上がる。

 金属製の銃身を切り落とした事からもこの刀が恐ろしい切れ味を持っていることは容易に察しがつく。

 一秒後の晶の死は、誰の目から見ても明らかだった。

 鉄色の刃が、上段から襲い掛かった。

 それに対し、晶は両手の銃を手放した。楯にもならなければ、武器にもならないからだ。

「御手杵!」

 晶が叫ぶと同時に、両手に現れたのは長い棒だ。その柄で、必殺の一刀を受け止めていた。

 鉄すら断ち切る刀を受け止めた棒、ではなく、大槍は、晶の呪力を吸ってその力を大いに高めている。

「ハッ!」

 裂帛の気合とともに、槍を一閃。その一撃は、鍔迫り合っていた男を吹き飛ばし、豪風を起こして雨粒を消し飛ばすほどだった。

 散りかけていた桜の花弁が、嵐の夜空に舞い上がった。

「ぐぬうッ!」

 相手の男は、浮き上がった身体のバランスを必死にとって、転倒を免れた。それでも、十メートルは押し戻されただろうか。

 少女の筋力ではない。

 晶の得物は、大きな槍だ。全長は三メートルほど。重量は十五キロに近く、軽々と振り回せる代物ではない。

 まるで剣を先に取り付けたかのような長い刃は、槍の全長の三分の一に達する。

 晶の真の相棒。その名は御手杵。

「その顔、見覚えがある……たしか十四代目山田浅右衛門。間違いないでしょう?」

 晶は片手で重量級の槍を軽々と回している。

 相手の踏み込みを牽制するためだ。

 晶の問いに、浅右衛門は眉を顰めた。

「小娘が、年上の人間を呼び捨てにするとは礼儀がなってないな」

「これは、失礼しました。確かに礼を失していました」

 振り回す槍を下段に構え、抜かりなく敵を観察する。

 正眼の構えを取る浅右衛門は、付け入る隙がまったくない。余計な力は一切入っておらず、自然体で刀を構えている。

 軽口のように聞こえるかもしれないが、この会話の間にも、晶は攻め入る隙を探し、敵を倒すために様々なシミュレーションを行っていた。

 とはいえ、さすがに今代の山田浅右衛門を称するだけのことはあり、なかなか動く事ができないでいる。

 集中力を最大にまで高め、相手の動きを仔細に見る。筋肉のわずかな反応ですら、見逃したら命に関わるからである。

 ジリジリと、肌を焼くような緊張の中。晶は、最初の一歩を踏み出した。ギラリと光る、刃に向けて。




一応国家公務員なんだから、それなりの装備は支給されんじゃないかと。機動隊とかの装備に身を包んだ女の子が可愛いとおもったという事もありますが、ちゃんと身は守らないとね。

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