カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

107 / 132
古代編 5

 激しい閃光が大地を吹き飛ばす。

 粉塵を散らし、宙に浮き上がる天使は汚れの一つも付着しておらず、丸一日を地下で過ごしたとは思えない輝きを全身からこれでもかと放っていた。

「さてさて、してやったりとでも思ったかな。メンルヴァは」

 美しい金色の髪を指で梳く。

 流麗な顔に微笑が浮かぶ。

 それ以外の表情を、彼/彼女は知らない。

 性別のない身体は男性的であり女性的でもあった。美しく気高い姿に民草はひれ伏し、臣従を誓うであろう。

 それが道理だ。

 そうでなければならないのだ。

 ならば、己に逆らう者は人ではなく導く対象でもない。

 いつかのときと同じように、地上から消し去ってしまうべき悪徳の塊なのだ。

『弾け』

 背後から襲い掛かってきた雷の竜を、ガブリエルは言霊で弾き飛ばした。 

「来たね、メンルヴァ。やはり、神殺しの前に君を潰さないといけないらしい」

 川の対岸に広がる森の中にメンルヴァは潜んでいるのだろう。 

 神殺しの気配はおぼろげながらまだ遠くにある。二、三キロは先にいるのか。愚かなことだ。封印術をかけたときのように手を携えて挑めば勝ち目はあったものを。

 呪力が形を変え、雷撃の竜を生み出す。

 メンルヴァの雷神としての相が、大地の呪力を雷に変換しているのである。

「なるほど、僕が舞い上げた土を利用して……」

 現れるのは九つの竜。 

 神話の怪物の姿をそのままに、眩い雷撃となってガブリエルに襲い掛かる。さすがに、この規模を言霊で防ぐのは難しい。

「さすが、だ!」

 正義の象徴たる剣を抜き、楯を構え呪力を爆発させる。

 雷の竜は、そのままガブリエルを飲み込もうとし、天使が振るった一刀に斬り裂かれる。

 だが、生き物ではない雷の竜の首を落としたところで攻撃を止めるには至らない。僅かに稼いだ時間を使って、ガブリエルは大きく飛翔する。その後をライン川の水が追いかける。

「地母神である君も水に関与する権利はあるだろう。けれど、そもそも水を司るとされるこのガブリエルを相手に、水辺で勝負を挑むなど命知らずにもほどがあるね!」

 舞い上がる水の柱はあっという間に雷の竜の総てを束ねた太さよりも太く成長する。あたかもそれは、水でできた生命の樹のように屹立し、そして――――弾けた。

 真白で冷たい爆発だ。

 衝撃波が四方八方に飛び散り、森の木々は倒れ、雷の竜は消し飛んだ。

「見えてるよ、メンルヴァ。他の悪魔共ならばともかく、このガブリエルから逃れられるなんて、思ってないだろうね!」

 とん、とガブリエルは宙を蹴った。

 羽はないが見えない力で空を舞う。

 ガブリエルは啓示の天使。第六感に働きかけることがその能力の本質である。

 知恵の女神であるメンルヴァの知覚力をすり抜けて、ガブリエルはあっという間にメンルヴァの接近する。

「く……!」

 メンルヴァは漆黒の鎌を取り出して後方に跳びつつ、ガブリエルの剣を受け止める。二合、三合と打ち合う中で、メンルヴァは苦悶の表情を浮かべた。

 動きが読めない。

 先が視えない。

 ガブリエルの権能が、未来視にも匹敵するメンルヴァの霊眼を阻害しているのであろう。

「どうしたの? 君、一応は軍神なんじゃないの?」

「侮る、なよ!」

 メンルヴァの目の色が変わった。

 深い黒色の魔眼はさらに大地の呪力を吹き上げてガブリエルに焦点を絞る。

「う……!?」

 ガブリエルの動きが止まる。

 風に棚引くガブリエルのトーガが固まった。石化しているのである。

「この……!」

「遅いな!」

 石化の魔眼によって著しく動きを鈍らせたガブリエルに向かって、メンルヴァは鎌を振り下ろす。脳天を叩き割るように刃がガブリエルに迫る。剣でこれを受け止めたガブリエルは、衝撃を殺しきれずに跳ね飛ばされた。

「ゴルゴンの目か。元来君のものじゃないから油断してたな。そこまでできたのか」

「その減らず口もすぐに利けなくしてやろう」

 メンルヴァの鎌が形を変えて弓と矢になった。

 真っ黒な弓矢には、見るからに死の呪詛が吹き込まれている。

「見ての通りだ、蛮神。わたしの世界へ、貴様を案内してやるとしようか!」

 弓弦を引き絞り、メンルヴァは矢を射放った。

 死を纏った矢は空中で分かれてガブリエルの頭上に降り注ぐ。

 地母神の多くが死と密接に関わりを持つ。死の呪詛は、比較的ポピュラーでありながらも強力無比な代物だ。

「面倒な」

 ガブリエルは矢の雨の中を踊るようにすり抜ける。直感を極限まで高めた結果、矢の軌道を先読みするまでになったのである。それでも、避けきれる数ではない。いくらかの矢がガブリエルの身体を掠め、呪詛を送り込む。

 美しい微笑が初めて歪む。

 身体の動きが鈍った。毒が全身を巡り、体温が急速に落ち込んでいく。

「さあ、覚悟しろ。ガブリエル!」

 メンルヴァがガブリエルに向けて止めを放つ。

 特大の雷撃を込めた鎌だ。

 『まつろわぬ神』と雖も、この一撃を受ければ致命傷は免れない。毒で身体を痺れさせたガブリエルには、回避するなどということも儘ならないはずである。

 

 

 

 どこまでも広がっているかと思うほどに広大な古代の森の一画は、根こそぎ抉り取られて大穴が開いていた。

 クレーターの直径は五十メートルはあるだろうか。その周囲は激しすぎる爆風によって撫で付けられて、円の外側に向かって木々が倒れるという奇怪な状態になっていた。さながら、ミステリーサークルのような破壊痕。パチパチと空気が爆ぜるような音がするが、これはどこかで火が出たからであろう。そのまま鎮火するか、燃え上がるかは状況次第か。

 瓦礫に埋まった形でメンルヴァは呻く。

 意識を失わなかったのはありがたいが、身体が動くかと言えば否だった。

 蛇神ならではの再生力を以てしても如何ともしがたい打撃を受けた。

「く……なぜ……」

 ただ、疑問なのは明らかに届いたはずの死の呪詛がガブリエルに効かなかったことであろう。最後の交錯の瞬間、ガブリエルは万全のときと同等の動きでメンルヴァに対抗し、そして事前に準備していたであろう強大な一撃で辺り一帯を吹き飛ばしたのである。

 勝利を確信していたメンルヴァは、ガブリエルの反撃に為す術がなかった。

 女神の直感に干渉されていたこともあって反応が遅れ、辛うじて生を拾うのが精々であった。

 疑問は尽きない。

 しかし、それを解決する手段がメンルヴァにはない。

 ガブリエルの過去を読み解くだけの力がメンルヴァにないからである。

 推測することができるだけ。

 ならば、頭を使わなければならない。知恵の権能に頼るだけではなく己が積み上げた知識を以て対処するしかないのだ。

 手応えからして、呪詛を弾いたというよりも癒したというほうが正しい。

 しかし、それはガブリエルというよりはラファエルの領分である。となれば――――そう、メンルヴァがメドゥサの魔眼を使用したように、ガブリエルもまたその身に宿る別の側面を用いた可能性が高い。

 と、なれば――――、

「く、なるほど。貴様……」

「知恵の女神なだけのことはあるか。まあ、僕ら『まつろわぬ神』の宿命みたいなものさ。ガブリエルである以上、完璧に使いこなせるわけじゃない。けれど、その一端を引っ張ってくる程度はできるのさ」

 だからこそ、ガブリエルに毒は効かない。

 完全にとは言えないものの、ガブリエルには体内に入り込んだ異物に対処する能力がある。

「さて、硫黄の火を受けて生きているのは驚きだけど、まあこれ以上は無理だね。その身体じゃあ、日の出まで持ちそうもない」

 かといって見逃す理由はない。

 メンルヴァは強力な再生力のある女神だ。このまま放置しても九割九分死ぬだろう。それでも万が一にでも生を拾って再戦となれば負けることはないだろうが、苦戦は強いられることになるだろう。知恵の女神を相手に二度も三度も戦っていれば手の内を読まれてジリ貧になる。

 元々、オリジナルのアテナほど軍神としての相が強くなく、さらにガブリエルが常に先手を取れる条件だったからこそここまで優位に事が運べたのである。

 ガブリエルは基本的に相手を対等とは思わないが、脅威に対して油断するほど『まつろわぬ神』を舐めてはいない。

 故に、ここで止めを刺しておく。

「じゃあ、さようならだ。メンルヴァ」

 剣を逆手に構えたガブリエルは、メンルヴァの胸に切先を突き立てる。――――そのほんの一瞬前、ガブリエルは不意に飛来する三挺の刃を迎撃するのに、剣を返した。

 弾かれた剣は、そのまま瓦礫の山の一部を吹き飛ばす。

「神殺しか。僕と女神の戦いに決着がついてから現れるとは強かな男だ」

 竜虎相打つのを狙っていたのだろうが、当てが外れたようだ。

 ガブリエルは健在、女神は死に体である。

 出てきてくれるのは都合がいい。

 こちらから出向く手間が省けるというものだ。

 ガブリエルは剣を肩に担いでメンルヴァの下を離れた。女神が最後の力を振り絞らないとも限らない。とりあえずは安全圏に逃れた上で神殺しを始末する。

 悪徳の抹消と神の声の伝達。

 それが、ガブリエルという天使に課せられた使命なのだから。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 実力が拮抗した者同士の戦いは一瞬で決着が就くものもあれば千日手に陥るものもある。

 それは、対峙した者の強弱というよりも時の運ともいうべき理不尽な形で結果が現れる。

 ガブリエルがメンルヴァに勝利した。

 それは、メンルヴァが弱かったということではない。

 相性や性格、時間帯、能力の性質その他諸々の要素を加味して考察すべきものである。

 例えば、ガブリエルがメンルヴァの危険察知能力を封じて戦っていた点は、ガブリエルの戦術が功を奏したといえるだろう。一方で、メンルヴァがそれを打ち破ることができれば、結果はまた別の形に落ち着いたかもしれない。

 だが、それを考えることこそ無意味か。

 メンルヴァは墜ち、ガブリエルは五体満足で生き残った。 

 故に、護堂の敵はまつろわぬガブリエル。

 一神教に謳われる至高の天使である。

「遂にその罪を雪ぐときが来たね、邪悪なる神殺し。待っていた、というのはおかしいかな」

「おかしいな。誰もそんなもん、待ってないのにさ」

「いやいや、そんなことはない。君の死は世界が望むもので、僕の勝利は正しく星の定めなのだから。言うなれば、神が望んでいるんだよ。僕は、天使として神の名の下に君を討つ」

 ガブリエルが貼り付けたような微笑を深めた。

 彼我の距離は、目測で二十メートル程度か。

 遠い、とは思わない。

 この程度の距離、『まつろわぬ神』にとっては零にも等しい近距離だからだ。

 現に、

「その首を貰う」

 こうして、ガブリエルは護堂の眼前に迫り、剣を振るっている。

「ッ……!」

 ガブリエルの剣は、護堂の首から数センチ手前で止まった。

 護堂が咄嗟にその軌跡に差し込んだ剣が受け止めていたからである。

 火花を散らして、両者は離れる。

 護堂は剣を両手で握り締め、油断なくガブリエルを見据える。

 ウルスラグナの切り札をいつ使うのか。ほかの権能は通じるのか。諸々、確かめなければならない要素はたくさんある。

「ふぅん、この感じ」

 ガブリエルは自分の剣を見つめ、それから護堂を見る。

 そして、閃電のようにその身体を閃かせて護堂に襲い掛かる。烈風かと見紛う速度域での突貫であったが、ガブリエルからすれば駆け足も同然の移動速度である。それでも、ガブリエルの動きには一切の無駄がなく、そして直感殺しの権能が護堂の感覚を狂わせる。――――そのはずだったのだが。

 一度ならず二度までも、剣戟を交える羽目になった。

 それだけに留まらずに三合、四合と打ち合う。

 ガブリエルの動きを先読みしているとでもいうような動き。

 何よりも素人丸出しの動きでありながら、何故ガブリエルの剣を避け、受けることができるのか。

 メンルヴァがそうであったように、ガブリエルもまた自分の知覚の外にある現象に首を捻ることとなった。

「君は大して武術の心得がないはずなんだけど、どうしてこう攻め切れないのかな。神殺し共は概してそうなんだけど、君の場合はまた別な気がするね……」

 その正体を探るためか、ガブリエルは護堂に剣を打ちつけ続ける。

 どこかで襤褸が出れば御の字。そうでなくても、時が問題を解決するであろう。

「そう、例えば僕に類似する権能を持っているような気がする。あるいは、僕と同一かそれに等しい神格から簒奪したのかもね」 

 『まつろわぬ神』ならば、それもありえるだろう。

 討伐された神と同一の神格が、別の場所で再臨を遂げるというのは可能性が低くはあっても皆無ではない。

 だからこそ、ガブリエルは思っていたほどには攻め切れない。

 護堂がガブリエルの直感殺しに対抗する何かを持っているために、メンルヴァのように不意打ち状態を作り出せないのである。

 それでも、護堂が剣の素人であることには変わりない。

 ならば、責め続ければこの守りも崩壊するだろう。

 ガブリエルは護堂の動きを観察しつつ、隙あらば首を刎ね飛ばせるように連撃を叩き込んだ。

 

 

 ガブリエルからの攻撃は鋭く無駄のない剣に終始する。

 武神というわけではないが、それでも神の力を体現する強大な天使である。当然ながら、一太刀が致命傷になりかねない危険性を持っている。

 それでも、相手はまだ護堂を素人だと思っている。

 そこに隙がある。

 『まつろわぬ神』と神殺しは決して対等な存在ではない。

 神を殺し、その権能を簒奪したとしても、カンピオーネは『まつろわぬ神』と同格には至れない。

 にも拘らず、勝利する。

 だからこそのチャンピオン。

 護堂はここで手を変える。

 女神アテナの導きの権能が、護堂の戦闘技能を一息に達人の域に押し上げる。

 ガブリエルの剣を躱した直後、護堂は自らの剣を八双の構えにし、半身になってガブリエルの胸に体当たりをした。凡庸極まる踏み込みながらも、ガブリエルの呼吸を外した体当たりはただの一歩で護堂の身体をガブリエルの懐にまで導いた。

 ガブリエルの剣はまだ引き戻されておらず、護堂の剣術は神にも届く極地に至っている。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 護堂は吼え、逆袈裟にガブリエルを斬る。

 痛烈なる斬撃も、ガブリエルは瞬時に危険を察して飛び退いた。護堂の剣は、ガブリエルの胸を浅く斬るだけで致命傷には程遠い。

『仕損じたか。後一歩踏み込んでいれば片付いたものを』

 無茶を言うなと護堂は思う。

 アテナのナビゲーションは肉体を直接操ってくれるものでもある。護堂の反応速度、筋力、戦闘センスそれらは武神とも呼ぶべき状態にまで高まるのである。アテナが導くので、その技能はアテナに由来するものとなる。

『クシナダヒメの権能も存外、行き渡っていると見える。ガブリエルに体勢を立て直す暇を与えず攻めよ』

 分かってる、と護堂は心の声に返事をして跳躍した。

 たった一度の跳躍で、十メートルは移動できただろうか。身体能力が、常人のそれを遙かに越えている。晶が施してくれたクシナダヒメの権能――――英雄を生み出す権能が護堂の身体能力を押し上げているのである。これによって、アテナの戦闘技能を存分に発揮することができるようになった。

『古今東西に跨って英雄には地母神の加護が付き物よ。かく言う妾も、ペルセウスをはじめとする英傑に手を貸してきた。クシナダヒメもまた、一人の益荒男が英雄に至るための道を示す存在に相違ない』

 地母神と《鋼》の英雄たちの関わりは非常に複雑である。

 《鋼》と《蛇》の関係は一般的には敵対関係にあり、《鋼》の軍神は《蛇》の地母神を討ち果たし、その力を簒奪し、あるいはその女神を支配下に置いてきた。しかし、それでも女神への信仰は消えることはなかった。古来の大地の女神を最高神とする信仰は消えたとしても、女神の力そのものは普遍的に信仰を集めたのである。それこそ、《鋼》の軍神たちですら無視できないほどに。

 結果的に《鋼》の軍神は英雄へと至る過程の中で少なからず《蛇》の女神の加護を欲した。

 ペルセウスはメドゥサを退治するためにアテナの加護を求め。

 アキレウスはテティスの息子として生まれ、同じくアテナの加護を得た。

 また、アキレウスやヘラクレス、ヤマトタケルなどの英雄たちは目的は様々であるが女装した逸話がある。

 これは女神の力を取り入れるための儀式としての側面があり、ヘラクレスに仕える神官は彼に習って女装をしていたと伝えられる。

 では、スサノオとクシナダヒメはどうか。

 ヤマタノオロチ討伐に於いて、スサノオはクシナダヒメを櫛に変えて髪に挿し、戦場に向かった。

 クシナダヒメを守るための戦なのだから、クシナダヒメを遠くに避難させればよいはずである。わざわざ櫛に変えて携行する必要はないように思える。しかし、他の神話に見られるように、クシナダヒメが英雄に力を与える存在であったのなら筋は通る。

 日本では櫛は魔除けの力を持つと伝わっており、『古事記』ではイザナギが火雷大神の軍勢から逃れるために同じく魔除けの力を持つ竹でできた櫛の刃を追って投げつけたという記述がある。

 同じようにスサノオも女神を魔除けの櫛に変えることで、ヤマタノオロチを討伐するための神力を得たと考えるべきであろう。

 そして、クシナダヒメの権能を受け継いだ晶は、その権能を不完全ながら行使できる。

 護堂に大地の呪力を供給し、その身体能力や権能の出力を上昇させることで、護堂の戦いを支援するのである。

「ガブリエル!」

「小癪な!」

 剣と剣がぶつかり合う。

 火花が散り、呪力が弾ける。

「何かしらの権能を使っているのか。さっきと動きが違うな」

 ガブリエルの接近戦での戦闘能力は決して低くはない。しかし、軍神と語り継がれているわけではないので、本家本元との力量差は確かにある。『まつろわぬ神』というのは、自分の領分では非常に強力ではあるが、その外に出ると得手不得手がはっきりするものなのである。

「ふん、この距離で君と戦う理由もない」

 護堂の斬撃を寸でのところで躱したガブリエルは、大きく飛び退くと同時に空に舞い上がった。

「大地の息吹よ。邪悪なる魔王を討て」

 突如として発生した地響き。

 森の木々が蠢き、地面が隆起する。

 それらは即座に結びつき、五メートルほどの大きさの塊となった。土塊は、丸い図体に短い四肢を持った姿をしている。

 それが視界にいるだけで数十体。

 土と木でできた異形の怪物に、護堂は取り囲まれたのである。

 その内の一体が、護堂に対して襲い掛かってくる。大きな岩石の拳で護堂を押し潰そうとする。

「陰陽の神技を具現せよ。鬼道を行き、悪鬼を以て名を高めん!」

 護堂が対処するよりも前に、漆黒の風を纏って現れた晶が、この土塊を槍の一閃で粉砕した。

 さらに空から青い光線が舞い降りて、土人形を射抜いていく。リリアナが、戦場の端から狙撃してくれているのである。

「神殺しに力を貸すか、人間。ならば、君たちも打ち滅ぼさねばならないな!」

 上空でガブリエルがリリアナと晶を見据えて怒りを露にする。

 ガブリエルの表情は微笑から変わることはない。しかし、その言動の端々に、明確な怒りの感情を感じる。

「し、ら、ない!!」

 ガブリエルの怒りを晶はまったく意に介さず、ゴーレムをさらに一体屠る。

 加えて、槍を地面に突き刺すと右手を挙げて呪力を放出した。真っ黒な呪力は大きな鬼の腕となって、攻め寄せるゴーレムを正面から殴り飛ばした。

 しかし相手は土でできたゴーレムだ。

 材料は無限に等しく存在している。晶は小型の式神を生み出して、全方位に解き放って数の暴力に抗うが、それでも敵の数が減る様子はない。

 晶とリリアナの奮戦によって、ゴーレムの群れは護堂から大きく圧し戻された。

 黒い式神の群れと巨大な鬼を思わせる鎧に包まれた晶、そして幻惑の弓矢を放つリリアナがゴーレムたちを寄せ付けないように立ち回っている。

 そのおかげで、余裕が生まれた。

「先輩!」

 晶が悲鳴にも似た声を挙げる。

 ああ、言われなくても分かっている。

 ガブリエルのほうは、すでに準備を終えていたらしい。馬鹿らしいほどの呪力が空一面を覆い尽くしている。

 

 見上げる空は夜の闇を失い――――青く燃えている。

 




まったく関係ありませんが、ウリエルは天使から聖人にまで零落してしまったからサーヴァントで呼べるはず。クラスはセイバーかな。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。