カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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古代編 9

 アイーシャ夫人は、護堂がこの世に生を受けるよりもずっと前から存在する所謂旧世代のカンピオーネの一人である。

 その経歴ははっきりとはしていない。

 本人が事あるごとに世界から姿を隠してしまうということに加えて、賢人議会が情報を限りなく制限してしまっているからである。

 結果的に上位の呪術師であっても、まともに彼女の情報を持っている者はおらず、洞窟の奥に引き篭もっているという俗説が流れてしまった。

 賢人議会もそれを都合よく利用したのであろう。

 二十一世紀の呪術業界に於いて、アイーシャ夫人は隠居した謎のカンピオーネという立ち位置を築いていた。

 よくよく考えれば、そんなことはありえないと気付いただろう。

 カンピオーネは須らく傍迷惑な存在なのである。

 おまけにじっとしていても騒動が寄ってくる。護堂もこの一年の間に体験したことであり、今現在もかつてないほどのトラブルに見舞われている最中である。

 そのような存在が、大人しく洞窟の中で隠居できるはずがない。

 初めからおかしいと思うべきだったのだ。

 それがなかったのは、原作知識とこの世界の常識の両方に流されたからであろうか。

 名前だけは知っているカンピオーネは、意外にも小柄な少女であった。

 東南アジア系――――聞けばインドの出身らしい彼女は、日に焼けた健康的な肌と白い衣装を身に纏い、ほんわかとした空気を全面に押し出している。

「何か、権能を使っているんですか?」

 護堂はアイーシャに尋ねた。

 部屋を満たす空気が、妙に暖かい。

 護堂の直感が、アイーシャ夫人が何かしらの権能を用いていると告げている。決して害意あるものではなく、護堂を害するような代物ではない。ガブリエルの権能のように、戦闘以外の場面でも役に立つサポート系の権能ではないだろうか。

 問われたアイーシャは驚いたのか目を見開く。

「あら、お会いしたばかりですのに、お分かりになるのですか?」

「何となく、感じるんです。俺、そういうのを感じやすい性質なんで」

「そうなのですか。ふふ、お察しの通りです。カトリックのとある聖人より心ならずも簒奪してしまった権能なのですが、所謂魅了の類でして、これのおかげで見ず知らずの土地でも助けてくれる人がいるので重宝しております」

「み、魅了!?」

 護堂が何かしらの反応をする前に、悲鳴に近い声を挙げたのは晶であった。

「あら、あなたは?」

「あ、えと、高橋晶と申します。その――――」

「ああ、草薙さんのお嫁さんのお一人ですね。二十一世紀にいた頃に小耳に挟んだのです。最も若い神殺しは、希代の女好きで、傍に愛人を何人も侍らせている、と」

「はあ!? 誰ですか、そんな嘘っぱち吹聴してんのは!?」

 さすがに護堂は黙っていられず、アイーシャに声を荒げて尋ねる。

 尋ねられたほうは、のほほんとした空気をそのままに、首を捻った。

「しかし、わたくし様々に噂を拝聴しましたが、草薙様の見事な暴れっぷりの他には、概ね女性関連の噂が多かったように思います。火のないところに煙は立たぬとは、日本の諺のはず……」

「いや、諺を引き合いに出されても……なあ、晶」

「え、あ、その、いいんじゃないですか? 実害はないですし、そういう認識でも……えへへ」

 晶はすっかり頬を緩めている。

 確かに、直接的に困ったことはないが、だからといって実態のない噂が広がられるのはいい気持ちはしないものだ。それが、現代では好意的に受け取られることの少ない女性問題となればなおのことである。本人の自覚の有無や、実態は別として他者からの評価はいいものでありたいと思うのは人の性だ。

「たく……なあ、リリアナ。俺って西洋だとそんな認識なのか?」

「え、と……そうですね。そのような話を聞くことは儘あります。もちろん、好意的に受け取る方も多いですよ。良くも悪くも貴族的な社会ですから。それは、日本も同じようですけど」

「そういう問題じゃないんだけどな……」

 貴族的。

 呪術の世界は、古い因習などが複雑に絡む社会であるという。

 それは、呪術のみならず生活習慣にまで及ぶ。中には複数の異性と恋を育む者もいる。日本では清秋院家などがそれをおおっぴらにやっているし、正史編纂委員会が祐理を護堂に近づけたのも愛人を利用して護堂との繋がりを作るためである。

 愛人というのは、一般的には好ましくない表現であるが、カンピオーネを相手にする上で「人間らしい」ところがあるというのは安心感に繋がるのである。

 リリアナが言った好意的というのも、そういった事情に由来するものでもある。

 取り入りやすいとは、思わない。

 だが、話は通じそうだとは思う。

 ほかの魔王に比べれば、女好きなど可愛いものではないかと。

 護堂にとっては堪ったものではないのだが、呪術の業界関係者からすれば朗報でもあった。だからこそ、護堂についての話が尾ひれはひれをつけて広がっていったのであろう。

 迷惑な話である。

 そもそも、他人が自分について様々なことを語ること自体、あまりいい感情を抱くものではない。

 周囲に図抜けて可愛らしい少女たちがいれば、そんな噂が流れるのも仕方ないと割り切るしかないのかもしれないし、有名税と思えば無視もできるだろうが……。

 アイーシャはそんな護堂の懊悩を無視して、リリアナに視線を向けた。彼女の瞳はすっかり好奇心に溢れかえっている。

「それでは、リリアナさんは、草薙さんとどのようなご関係なのでしょうか?」

「え、わ、わたしですか?」

「はい。お三方を見た兵の方たちはリリアナさんを草薙さんの愛妾とか奴隷とか様々に噂しておられましたが、実際のところはどうなのでしょうか?」

「はえっ!? ど、奴隷っ!?」

 愕然とした様子のリリアナは飛び上がらんばかりに驚いた様子で顔を紅くした。

「わたしと護堂さんは、そのようなふしだらな関係ではありません! わたしは騎士として、王を支える職責を果たしているに過ぎません! ど、どど、奴隷などというのは、あぁりえません!」

 怒りなのか羞恥なのか。リリアナは元々透き通るような白い肌の持ち主なので紅潮するとよく分かってしまう。食って掛かる勢いで否定したリリアナは、その勢いのままに晶を指差した。

「どちらかというと、そのような役回りは高橋晶ではないかと」

「あ、わたしですか。リリアナさんの中でわたしってそういう位置付け? ちょっと、それはショック……。まあ、あえて否定はしませんが」

 どういうわけか、にやりとする晶に護堂はため息をつく。

「そこは否定するところだ、晶」

「いやでも、式神として先輩に依存しているからには似たようなものかと」

「いや、似てないから。式神と奴隷はまったく別種の概念だろ。表現一つで俺の評価にも関わるから変なこと言うの止めてくれ」

 げんなりとした護堂はアイーシャに改めて向き合った。

 これ以上、何か余計なことを言われる前にこちらも話を進めてしまいたかった。

「ところで、アイーシャさん。俺たちが二十一世紀からこの時代にやってきたのは、アイーシャさんの通廊の権能に吸い込まれたからなのですが、元の時代に返してもらうことってできませんか?」

 護堂は単刀直入に尋ねた。

 アイーシャの権能を、護堂の力でこじ開けるのは難しい。

 サルバトーレのように権能を暴走させるという方法で無理矢理開けるというのは、護堂の能力ではできない。むしろ、通廊そのものを消してしまうタイプの権能の持ち主であるから、迂闊な手出しはできないのである。

 護堂に問われたアイーシャは申し訳なさそうにしつつ、答えた。

「おそらく、今すぐにというのは難しいと思います。実はわたくし、あの権能を上手く制御できないのです。わたくしが特に意識していないときに、いきなり開いてしまったりだとかで。ですので、好きなときに開くというのは難しいかと」

「そ、そうなんですか」

 自分の意思で制御できない権能など聞いたことがない。

 これまで出会ってきたカンピオーネは皆自分の権能を我が物として自在に操っていた。制限はあっても、勝手に発動して、持ち主を振り回すなど尋常の権能ではない。

 まして、それが歴史に影響を与えるほど世界的に危険な代物だというのだから、賢人議会が混乱を恐れて公表を差し控えるようにしていたのも分かる。

「ですけど、戻れなくはないんですよね。アイーシャさんだって、行き来しているわけですから」

「そうですね。例えばよく晴れた満月の夜とかたくさんの魔女や巫女の方々の協力を仰いで長期に渡る儀式を執り行うとかすれば開きます。現実的なのは、満月の夜を待つことでしょうか」

「今すぐに、というのは無理なわけですか」

「申し訳ありません。草薙さんを巻き込んでしまったようで」

「ああ、いえ。俺たちを巻き込んだのはサルバトーレ・ドニっていう同類なんで、アイーシャさんが申し訳なく思う必要はないですよ」

 そう、悪いのは総てサルバトーレである。

 二十一世紀最大の問題児。

 彼に比べれば、アレクサンドルもヴォバン侯爵もまだ大人しいほうだ。アレクサンドルは騒動そのものは忌み嫌っているが、結果的に起きてしまうタイプの男であり、ヴォバン侯爵は最近は大きなトラブルを起こすことなく泰然としている。

 騒動を積極的に起こそうとしているのは、サルバトーレだけであり、諸々の事情からその後始末などを頼まれるのは護堂という流れができつつあった。

「そういえば、サルバトーレ卿はいったいどちらに行かれたのでしょうか。聞き込みはしているのですが、これといって情報がないのですが」

 サルバトーレの話題になって、リリアナは思い出したのだろう。護堂も疑問に思っていたことではあったのだが、それを彼女が代弁してくれた。

「サルバトーレさん。お名前は聞いたことがあります。中々困ったお方だとか。あの方もわたくしの通廊を通ってこの時代にやってきているのですね」

「そうです。サルバトーレのヤツがアイーシャさんの通廊の権能を暴走させて、無理矢理入口を開いたんです。俺たちはそれに巻き込まれた感じで……ですから、飛び込んだ時間はほとんど変わらないんですけど、姿も見なければ名前も聞かないんですよね」

「ああ。そういうことなら、仕方がないかもしれませんね」

 と、アイーシャは言った。

「仕方がないとは?」

「わたくしの通廊の権能は、細かい時間の指定はできないんです。例えば西暦五百年ごろに送ることはできても、何月何日に送るということはできなくて、結果的に春夏秋冬のいつになるか出てみるまで分からないんですね」

「なんですか、そのいい加減なタイムマシンは……」

 何となく分かったことがある。

 一説には、カンピオーネの権能は本人の嗜好や気質によって調整されるものであるという。

 証明できるものではなく、状況証拠しかないが、そういった傾向が見られることは事実である。そして、それに照らし合わせれば、アイーシャ夫人は実にいい加減――――大雑把な性格をしていると言えるのではないだろうか。

 のほほんとした雰囲気やあらゆる時代に唐突に呼び出されても生きていける順応力は、聖人から簒奪した権能のおかげというよりも、彼女が生来持っている資質によるもので、魅了の権能は後付けに過ぎないのだろう。

 彼女のいい加減な時間間隔のままに元の時代を目指したとして、果たして本当に本来戻るべき時間に戻れるのであろうか。

 護堂はそれが気がかりだった。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

 日が沈み、アウグスタ・ラウリカに夜の帳が下りた。 

 古代ローマの代表的植民市であるこの街は、二十一世紀の生活に慣れた人間にとっては物足りないところも多々あるものの、この時代にしては非常に住み心地もよく、護堂に与えられた屋敷の中でならば普通に生活していくことも難しくはないと思えるほどであった。

 とりあえずは公衆浴場と食事、暖かいベッドがあるのだからこれ以上を求めるのは罰が当たりそうだ。

 文句はない。

 厳しい環境ではあるが、これも得がたい経験として後々に活かしていけばいい。

 五世紀のヨーロッパを直接見て回ることができる者などまずいない。リリアナは、現在巨万の富を費やしても経験することのできない稀有な体験をしている真っ最中なのだ。

 これまでは、あまりの事態に思考が追いつかず、今をどうにかするのに手一杯だったのだが、元の時代に戻る手はずを整えたことと、当面の生活が保障されたことで落ち着きを取り戻したのであった。

 リリアナは蝋燭の灯りに照らされた手元の羊皮紙に羽ペンを走らせる。

 やっと取れた自分の時間だ。

 プロットも特に深く考えることもなく、思い思いに自分の妄想を書き連ねることこそが至福。時に、長編を考えたりもするが、やはり自分はそのときその場での思いを書き綴るほうが趣味に合っているらしい。

 パソコンでの入力よりも手書きに拘るリリアナにとって、羽ペンと羊皮紙というのはそれだけで気持ちを昂ぶらせてくれる逸品である。一筆入れるごとに、自らの内部で醸成された多種多様な感情が解き放たれ、紙面の上に一つの世界を構築していく。

 リリアナにしても珍しく舞台設定を中世とし、女騎士と若き領主との許されぬ恋を描き出す。

 台詞は次から次へと出てくる。

 中世の封建制にまで言及する形で舞台設定は万全だ。

 興が乗ってきた。時間を忘れて手を動かし続けていくと、情景もどんどんと変わっていく。

『そ、そんな。話が違う……』

『違わないさ。俺に仕えると言ったじゃないか。なら、お前はもう俺のものだ』

『わ、わたしは騎士です。だというのに、これではまるで……』

 昼間の優しい主は仮面でしかなく、夜は女を泣かせる鬼畜な王。幻滅したはずなのに、騎士の誇りが主を裏切らせず、いつの間にか自らも心と身体を差し出すように――――。

「ち、違うぞ。何か違うぞ!」

 はっとしたリリアナは慌てて筆を止めた。

 それから、自らが直前まで認めていた小説をざっと流し読みし、顔から火を吹く勢いで頬を紅潮させた。

「こ、これはわたしの趣味じゃない。わたしの好みは正統派のラブロマンスだ。こんなアブノーマルな主従関係はわたしの考えているものとは違う!」

 何という破廉恥な文章か。

 己の手が生み出したものは、自分がそれまで追い求めてきた聊か古式ゆかしい伝統的恋愛小説とは似ても似つかない退廃的な代物ではないか。

 それもこれも、昼間のアイーシャ夫人の会話が原因だ。王というものはどれだけ善良な性格をしているように見えてもどこかしらで可笑しな部分が出てくる。世の中に迷惑をかけていないだけ、草薙護堂の女好きは長所と言ってもいいくらいだ。英雄色を好むとも言う。彼のそういうところは、個人的に好かないが、それでもカンピオーネなのだからそれくらいはあってもいいのではないかと思う。

「まったく、あの方ももう少し王らしく威厳ある振る舞いをすれば、トラブルの一部は解消されるのだろうに」

 一時的ながら騎士として仕える主の王としての自覚の薄さは実はトラブルの原因ではないかと考えられる。今の段階では都合よく利用されているのと大差ない。助力を請うたリリアナ側が言えることではないが、もう少しでいいから彼の周囲に政治的に頭の回る宰相なり相談役なりを置いたほうがいい気がする。

 と、そこまで思考の海に潜っていたところで大地を震わせる振動が部屋を揺らし、リリアナの意識を引き上げた。

 蝋燭やインク壷が危うく倒れるところであった。

 リリアナは慌てて蝋燭の火を消し、窓から外の様子を窺った。

「あれは……」

 リリアナがいるのは比較的高台にある見晴らしのよい部屋だ。そのおかげか、振動の原因がすぐに分かった。城壁の上に、一体の恐竜が乗っている。身体は大きいものの、二十一世紀のイタリアで見た恐竜と同じ種類に見える。

「まさか、この時代のカンピオーネか!」

 リリアナがすぐさま護堂に知らせようと部屋を飛び出した。

 護堂の部屋に向かって走っていると、正面から護堂と晶が走ってくるではないか。

「護堂さん! 例の恐竜です!」

「ああ。さっそく来たかって感じだな」

 突然の夜襲に街中はまだ事態を飲み込めていないが、城壁を乗り越えられた時点で本来は詰んでいる。月光すらない漆黒の夜に、カンピオーネ単体の襲撃に対応することなど土台無理というものであろう。

「ちょっと行ってくる。リリアナと晶は、俺たちが戦う羽目になったときに備えてくれ」

「ッ……承知しました」

 護堂の落ち着き払った様子にリリアナは一言を返すのが精一杯であった。

「先輩。わたし、とりあえずは街の人の安全を確保するようにします」

「ああ、よろしく頼む」

 夜警に当たる兵士に声をかければ、護堂とウルディンと思しき人物との戦いに巻き込まれないように避難誘導することは可能ではないか。

 相手の能力がはっきりしないため、確実なことは言えないが、護堂が後顧の憂いなく戦うには一般市民は邪魔だ。

「それじゃ、後は頼んだからな」

 そう言い残して、護堂は消えた。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 突如、城壁に現れた恐竜は、人間の身長の数倍にもなる巨躯で、到底ローマ兵が敵う相手ではない。城壁という地理的有利な条件を失った今、守備兵は恐慌状態に陥って逃げ惑っていた。

 その様子をつまらなそうに眺める男は、逃げていく守備兵には目もくれない。見えていないのか。否だ。神を殺した者は権能と共に様々な呪術的特徴を肉体に宿す。外部からの呪術の一切を無効化し、肉体の強度を極めて高いものにする。短期間に外国語を理解するといったようにだ。そして、光のない環境でも闇を見通す透視力を持つのも総ての神殺しに共通する能力であった。

 彼が手を出さないのは、単に面倒だからという一言に集約する。

 部下からもたらされた報告によれば、この街には自分と同じ神殺しが来たらしい。

 ならば、一言挨拶でもしなければならないだろうとわざわざやって来たのである。

 相手はどのような人間なのか。

 聞いたところではフン族と似た顔立ちだという。となれば、自分と同じ遊牧民族の出身であろうか。

「来たか。待ってたぜ、兄弟」

 いつの間にか、自分から十メートルほどのところに少年が立っていた。少しばかり年下のようだが、確かにフン族と似通った顔立ちである。

「あんた、何だってこんな時間に竜なんかに乗ってんだよ」

 第一声はあまりに的外れなものだった。

 戦おうと言うわけでもなくウルディンの正体を聞こうともせず、竜を使役していることにすら驚愕することがない。

「慣れたもんだな。この俺の相棒たちを前にして、平然としてる人間は初めてだ。さすがは兄弟だ」

「その兄弟って呼び方止めてくれ。あんたとそんな関係になった覚えはないぞ」

「つれないことを言うな。滅多に逢えない同族同士、少しばかり気安く話しかけてもいいだろう」

 言いながら、ウルディンは神殺しの少年の隙を窺う。

 相手も言葉を交わしながらいつでも攻撃できる隙を探っている。

「さて、名を知らぬ神殺しよ。お前の名前を聞かせてもらおうか。ちなみに、俺はウルディン。テュールの剣などとも呼ばれているな」

「草薙護堂だ。特に変わった呼ばれ方はしてない」

「変わった名前だが、俺たちとは別系統か。よし、少しばかり安心したぞ。もしも、兄弟がフン族なら、決して生かしておくわけにはいかなかったが、そうでもないらしい」

 王は二人もいらない。

 ウルディンがわざわざ真夜中にここを襲撃したのは、興味本位が半分、そしてもう半分はフン族の頂点を争う相手が現れたかもしれないという政治的な都合によるものであった。

「これで互いに名が分かったわけだ。なら次は、剣を交えるか酒を飲み交わすか、決めようじゃないか」

 獰猛に笑いながらウルディンは言った。

 気乗りしなそうな表情の相手だが、戦いが嫌いということはないだろう。こうして向き合いながらも喉元を狙っているような男だ。戦うにしても、同盟を組むにしても面白いことになるのは間違いないと、断言できた。

 

 

 


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