筋肉質の男だった。
身長は護堂よりも少し高い程度であるが、この時代の人間にしてはずいぶんと立派な身体付きをしている。それだけでも、その部族の中で非常に優れた家柄に生まれたことを予感させるものであるが、恵まれた肉体をさらに厳しく苛め抜き、屈強な戦士のものへと進化させている。
少なくとも、素の腕力では護堂に勝ち目はなさそうだ。
もちろん、護堂は腕力勝負など今まで挑んだことはないし、これからもないだろう。こんな二の腕が筋肉で張ったような男との殴り合いは負けるとは言わないまでも、勝算は低いといわざるを得ない。
「ウルディンか。なあ、ライン川の畔にある要塞を乗っ取ったのはあんたか?」
「お、知ってるのか。ハハハ、中々いい砦だろう。正直に言えば、一所に身を落ち着かせるのは趣味ではなかったのだが、やってみると案外いいものだぞ。もちろん、それだけが理由ではないがな」
豪快に笑うウルディンは、要塞を落としたことについてはまったく悪びれる様子はない。
それは、自身の強大さを示す象徴ではあっても暴虐を恥じる要素には繋がらないということであろう。別にそれは構わないのだ。生まれた時代の異なる人間の価値観を非難することなどできないし、この時代の彼らフン族の間では罷り通ることであったのだから文句を言ったところで通じるはずがない。
「それで、兄弟。お前はどうして、この街に居座っているんだ? この街を手に入れるためか? それとも、この街にいる聖女が狙いか?」
ウルディンに問われて護堂は少しだけ思案した。
そもそも居座りたくて居座っているわけではない。アイーシャ夫人がここにいるからこの街に入ったに過ぎないのである。帰る時期になったら、誰に言われるでもなく去るつもりでいる。
「街の支配権に興味はないし、あんたと対峙してんのは頼まれたからだが……聖女ってのは」
「あん。この辺りで話題の聖女だよ。どんな傷もたちどころに癒す奇跡の持ち主だって話だ。この街にいるんなら知っているだろう?」
ウルディンは怪訝そうな顔をして護堂に言った。
どんな傷も癒す奇跡――――おそらくはアイーシャ夫人が持つ権能を指しているのであろう。アイーシャ夫人がこの街の近辺でどれほど高い評価を受けているのかは、たった一日しかこの街にいないにも拘らず明確に理解できていた。
カトリックの聖人から簒奪したという魅了の権能まで持っているのだから聖女と呼ばれるのにそう時間はかからなかっただろう。
「じゃあ、ウルディン。あんたは、まさか聖女に用があってこの街にちょっかいをかけてんのか? 聞いた話だと、今までにも何回か来てるって言うじゃないか」
「おうよ。俺ほどの男なら、名の知れた女を囲うくらいはしないといけないからな。だが、どういうわけかこの街の兵はちっと厄介でな。俺の竜を相手にしても一歩も引かん。面白くなってついつい時間をかけてしまったわけだ」
「面白がるなよ。それで人が死ぬかもしれないだろうが」
「人死が出るのは戦だ。仕方がないだろうよ。まあ、兄弟はこの街に雇われているらしいからな、それを気にするのも分かる。安心しろ。俺は、ただの人間を追い散らして殺すような非生産的な戦はしない主義だ。それに聖女の奇跡が本当なら、多少はやりすぎても問題にならんだろうしな」
「見ず知らずの相手の能力を頼りに戦争しかけてんじゃないっての……」
護堂は呆れかえってものが言えないとばかりに呟く。
そもそも、戦とは金食い虫で生産的とは言えないものが大半のはずだが、略奪を生業とするフン族からすればそれが生活の糧となっている以上は生産性のある戦を旨とするのも頷ける。
許す許さないでは語れない、この時代の特質には護堂は決して口を出さないが、このウルディンの略奪対象が聖女――――アイーシャ夫人であるのならば黙っているわけにはいかない。
彼女がこの時代のカンピオーネの手に落ちるというのは元の時代に戻る上で大きな障害となりうる。
結論として、ウルディンがこの場を去らないのであれば、護堂は戦うよりほかにないのであった。
「やるか」
「仕事だしな」
やる気自体は、あまりない。
しかし、金と宿を与えられた以上、契約は履行しなければ気分が悪い。気乗りしないが、ウルディンがその気なら、受けて立つ。
だが、そうは言っても興味を抱いている自分もいる。
五世紀のカンピオーネ。
現状では竜使いの権能しか見せてはいないが、さて、他にどのような手札があるのか。
「まずは、小手調べからだ! 兄弟!」
戦闘はウルディンの一矢によって火蓋を切った。
流れるように矢を弓に番え、護堂の脳天を目掛けて射放った。
秒速約一〇〇メートルで迫る鏃を、護堂は軽く首を傾けて交わす。武芸を齧ったこともない護堂は弓矢の知識があるわけでもないが、それでもウルディンの一矢が非常に優れたものであることは理解できた。その上で、今の一矢は大して脅威には感じなかった。
「よし、行け」
ウルディンの命を受けた竜が護堂に向けて走りだす。
人間を遙かに上回る瞬発力。
瞬く間に護堂との距離を詰め、そして勢いのままに駆け抜ける。鋭く大きな爪を武器にするこの神獣。その巨体と脚力を駆使すれば、護堂の肉体を容易く打ち砕けるであろう。
しかし、この神獣の突進も護堂を跳ね飛ばすには至らない。
理屈は簡単だ。
そのときには、すでに護堂はそこにいなかったのだから。
「おおうッ」
危機感に身を震わせ、ウルディンは前屈に近い姿勢を取った。その頭上、一瞬前まで頭があった場所を護堂の剣が通過した。
正しく、それは瞬間移動。地中を雷の速さで移動する土雷神の化身はその性質上移動先がほぼ読めない。ウルディンにとっては、目の前にいたはずの人間が一瞬にして背後に現れ剣を振り抜いていたという状況になったわけだが、その程度で後れを取るようならば神殺しなど為し得ない。
ウルディンは護堂の様子を窺うこともなく、前かがみの状態から地面に手を付き、両足を振り上げて腕の力だけで後方に跳ねる。ドロップキックのような要領で、護堂の腹を両足で蹴った。
「う……!?」
ズン、という衝撃に護堂はひっくり返りそうになる。
筋力は並の護堂だ。体格のいい古代の戦闘民族の男と取っ組み合いで勝てるはずがない。
ウルディンの驚異的な身体能力は護堂を蹴り飛ばした後にも発揮される。このまま倒れたのではウルディンのほうが不利な体勢になる。それを当然分かっていたウルディンは、自分が落下する前に剣を抜き、膝を抱えるようにして着地したかと思えば、回転しつつ起き上がる。独楽のように、両刃の鉄剣を振るうのだ。
護堂の眼前に火花が散る。
円形の楯が、間一髪でウルディンの刃を受け止めていた。
「それがお前の権能か!」
「――――楯だけじゃないぞ」
ウルディンの剣は確かに恐ろしいものではあるが、所詮はただの鉄剣である。それもこの時代の拙い鍛造技術によるものであり、決して業物と呼べるものではない。護堂の神具の格を持つ武具を貫く力はない。そして、防ぐこともまず不可能だ。
頭上に煌く刃は三つ。
それが、角度を変えて三方からウルディンに向かって落ちる。
神具と鉄剣では、強度が違いすぎる。受け止めるという選択は無きに等しく、ウルディンは後方に跳躍して剣を躱した。
「ハハハッ、武器を創る権能か! 面白いな!」
ウルディンは大きく笑うと、城壁の外に身を翻す。
数多の敵を寄せ付けない城壁だ。当然、人間が飛び降りて無事で済むような高さではない。たとえ、それがカンピオーネであったとしても、地面に叩きつけられれば重傷を免れることはできまい。――――とはいえ、カンピオーネには権能という超常の切り札がある。自ら空中に身を翻したのであれば、それ相応の考えがあってのことだろう。
夜に響く大きな風きり音。
甲高い獣の咆哮。
ウルディンを背に乗せた大きな竜が、前足を翼に変化させて悠然と舞い上がったではないか。
胴体こそデイノニクスに近似しているものの、その両腕は翼竜のそれへと変わっている。どうやら、あの神獣はある程度任意に肉体を変化させることができるらしい。
ウルディンの手には、弓。そして、番える矢を見て護堂の背筋が粟立った。
「やっばッ」
護堂は躊躇なく城壁の外に飛び出す。
規格外の呪力を宿した矢は権能によって生み出されたものに他なるまい。ウルディンが翼竜に跨ったのは、逃亡のためではなく遠距離戦へと戦い方を切り替えただけなのだ。
近接戦では、武器の差で護堂が有利だ。
肉体面のスペックも、神具と鉄剣の性能差の前には霞んでしまう。それが分かったからこそ、ウルディンはより強大な力を振るえる遠距離戦を選択した。
ウルディンは番えた矢を、護堂ではなく東の空に向かって放った。何事かといぶかしむ護堂の目に東方から昇ってくる太陽の光が飛び込んできた。
「ルドラの矢よ。俺に日輪の輝きをよこせ!」
ウルディンの唱える聖句。
ルドラ――――聞き覚えのない神名を記憶に刻みつつ、この現象の正体を認識する。
第二の太陽から放たれる強烈なフレアが護堂に向かって伸びてくるのだ。
「天を覆う漆黒の雷雲よ。光を絶ち、星を喰らい、地上に恵みと暗闇をもたらせ!」
ウルディンの権能の由来は分からないが、太陽神の権能なのは間違いない。
ならば、護堂が使うべきなのは太陽神系の権能に対して無類の防御力を誇る黒雷神の化身であろう。
暗黒の雲が護堂の身体を包み込み、分厚い球体となる。
そこに、白熱した太陽の光が降り注いだ。
「う、ご――――おおッ!」
凄まじい衝撃が雲の塊を貫く。
しかし、衝撃には耐えられるのだ。護堂の守りは太陽の光を受けても融解せず、熱を通さず、絶対の暗闇を堅持している。
黒の守りが消えた後には、赤熱する大地が横たわるのみ。
草薙護堂は、悪臭漂う赤い空間の只中に五体満足で立っていた。
「剣を呼び出すだけじゃないか。戦いなれているようだし、いくらか神を殺しているみたいだな」
「お互い様だろ。今のを竜を呼び出す権能の一部だって言っても信じないからな」
「俺の持つ権能の中でもそれなりに高い火力があるんだがな。小手調べ程度とはいえ、無傷で凌がれたのは傷つくぜ」
「小手調べっつってもマジで殺しにきてるじゃないか。下手したら死んでたぞ」
「それならば、それで俺にとって不都合はないだろう。まあ、兄弟が真に神殺しなら、この程度でくたばるはずもない。考えるだけ無駄ってもんだ」
あっけらかんと護堂の生死を度外視するウルディンに、護堂はそれ以上言葉を投げかけるのを止めた。
悔しいことに彼の言い分には納得できる部分が多々あった。
大地を沸騰させるほどの太陽光線ですら、何とかなると直感するほどに、護堂の感覚も常人離れしていたからである。
今更否定はするまい。
それでも、やはり人外の化物に成り果てたことをまざまざと実感させられる。
「さてさて、ここまでやるとなると、お前の底が気になるな」
ウルディンは呟き、それから彼を乗せる翼竜は一際高く舞い上がった。
「ここで一気に片付けるには惜しい。何よりも準備不足だからな、今宵はここまでだ兄弟。次はこの決着を付けさせてもらうぞ」
大きく声高に叫んだウルディンは、そのまま夜の闇夜に消えていく。
相手の正体がよく分からないうちは、深入りしない。
最低限、自分の準備を整えた上で勝負を挑む。
カンピオーネが相手となると、『まつろわぬ神』とはまた別の戦い方が求められる場合もあるだろう。単一の系統ではなく、複数の権能を所持しているのがカンピオーネの常だということを考えれば、お互いが持っている切り札をどのように切っていくのかが勝敗を別つポイントとなる。
今回の戦いはウルディンが言っていたように小手調べであり、護堂に一当てしてその反応を窺う程度のものだったのだ。あるいは、そこに宣戦布告も含まれていたかもしれないが、いずれにしても初めから本気で戦うつもりはなかったのだろう。
「好き勝手暴れてそれかよ」
護堂は舌打ちをして、ウルディンが去った夜空を見つめる。
冷たい風に曝されて、焼けた大地は冷え始めていた。煙る空気に顔を顰めつつ、護堂は警戒を解いて城壁の中へと凱旋した。
□ ■ □ ■
ウルディン襲来の報を受けて、アウグスタ・ラウリカ内部は大混乱に陥っていた。
それは、真夜中の眠っている時間帯に竜の咆哮が響き渡ったり、空から熱線が降ってくる様子を間近で見る羽目になったりすれば恐慌状態に陥るというモノであろう。ましてや、それがフン族のウルディンの仕業であるとするならば、住民が抱く恐怖たるや尋常のものではなかっただろう。
しかし、その恐慌状態も最初だけのことだった。万を越える人々のパニックに兵たちも対応できず、ただ恐慌が伝染していく中で、人々の前に颯爽と現れたのは小柄な少女であった。
今は恐怖に震える市民は誰一人としていない。
確かにウルディンは恐るべき魔王だ。
破壊の限りを尽くし、生命と財産を貪りつくす巨悪の化身である。
しかし、それがどうしたというのだろう。
この街には聖女がいる。
死に瀕した兵を一瞬にして回復させ、その声と姿に歓喜しない者はいない。
今もこうして、恐るべきウルディンの襲来に対しても臆することなく人々の前に出て、清らかな声で語りかけているではないか。
群集の無秩序な騒乱は、瞬く間に鎮圧された。
武力ではなく、圧倒的なカリスマによって、自然と騒ぎは終息していく。恐怖は歓喜に変わり、渦を巻いてまったく別種の騒ぎへと昇華した。
それは、さながらアイドルの武道館ライブに集ったファンのように、聖女を取り囲む市民は一様にアイーシャ夫人という偶像に自らの視線を釘付けにしていたのである。
その様子を窓から見下ろしていた護堂は、アイーシャ夫人の権能に始めて感謝することとなった。
彼女がいなければ、この街はどうなっていたか分からない。
不安と恐怖が暴動に発展すれば、この程度の都市など容易に内側から崩壊するだろう。そうなれば、それこそフン族のような異民族の狩場となってしまう。そこまで護堂は面倒を見切れないが、そうなってしまうのは哀れだとは思うのだ。
「ご無事で何よりです、護堂さん」
帰還した護堂にリリアナが水を持ってきてくれた。
護堂はカップを受け取って、一口だけ水を飲んだ。冷えた水が戦の高揚感を落ち着けてくれる。
「アイーシャさんの権能……狂信者を作ることもできるって話だったけど、こういう状況だとありがたいな」
護堂は外で演説を続けるアイーシャを見て言った。
「そうですね。ですが、社会情勢が不安定になったところで、圧倒的なカリスマ性を持つ人が現れた場合群集がどのように行動するのかという観点からすると、あまりいい流れではありませんが」
「まあ、アイーシャさんに世の中をどうこうしようって考えはないだろうから、問題はなさそうだけどな」
もしも、彼女が政治を志したりしたらそれこそ大変なことになる。
アイーシャ夫人の能力の有無によらず、周囲の総てが彼女を支持することになるだろう。そうなれば、アイーシャ夫人が善政を敷こうと敷くまいと、その影響下にある人々は従わざるを得ないだろうし、喜んでその身を捧げることになるだろう。冷静に考えれば、彼女の権能は世界そのものを支配できる凶悪な権能なのではないだろうか。
「ウルディンさんがいなくなったこともあって、皆さん自宅に戻られるようですね。アイーシャさんがそう促していましたし、そろそろ落ち着くと思いますよ」
と、闇の中から湧き出したかのように現れた晶が言った。
実体を解いて、街の様子を見て回っていたのだ。
晶の外見は一見すればフン族にも見える。この街でどの程度アジア系の顔立ちが受け入れられているのか不透明なので、念のために姿を隠していた。
「それで、リリアナさん。どうでしたか?」
晶はリリアナに尋ねた。
リリアナは頷いて、護堂に言った。
「何とか収穫はありました。彼――――ウルディンの竜の権能ですが、古代メソポタミアの竜神ウシュムガルより簒奪したものでしょう」
リリアナは自信を持って護堂に告げる。
祐理ほどではないにしても、彼女も霊視能力の持ち主である。ウルディンがばら撒いた恐竜型の神獣とはこれまでに何度か遭遇していることもあって、その使い手と共に現れた神獣から来歴を読み取ったのである。
「ウシュムガル? 聞いたことのない神様だな」
「無理もありません。わたしたちの時代でもマイナーな神で、五世紀でもほぼ忘れられている神格ですから」
「メソポタミアの神様だしな、全盛期は数千年前って感じだよな」
メソポタミア神話は、世界最古の神話の一つである。
紀元前三千年ごろから語られるもので、シュメールからアッカド、バビロニア、アッシリアと時代ごとにその地を治める王朝、民族に受け継がれ改変を加えられながら発展していったものである。そのため、時代によって登場する神の性質が異なっている場合があるなどするが、それはどの神話にも言えることであろう。
「ウシュムガルは、最初期――――シュメールの時代から存在する竜の王です。後年、ティアマトーの眷属に零落しますが、元は強大な神だったと思われます」
「竜か。やっぱり、《蛇》なんだろうな」
「そうですね。ティアマトーと共に討伐される側に立つことも、要件を満たしているように思いますし」
『まつろわぬ神』にも属性はある。太陽や大地、水、風などそれそのものが司る神威や《蛇》や《鋼》といった神話的役割に応じた性質などである。
《蛇》は討伐され、奪われた経験のある神々で、多くは大地や水との関わりを持っている。そして、《鋼》はそうした《蛇》を討伐した英雄や神が持つ属性であった。
「見たところ、あんまり強そうじゃないってのも気になるんだよな」
通常、神獣そのものは強くはない。人間でもそれなりの猛者を何十人も集めれば何とかなるレベルでしかない。しかし、それもはぐれ神獣の場合であり、『まつろわぬ神』やカンピオーネが操る神獣は人類では到底届かない災厄となりえる。
それにも拘らず、ウルディンが召喚した竜はどれも護堂からすれば脆弱であった。
「ヴォバン侯爵と同じタイプかもしれません。個としては弱くとも数を揃えることができるとか、あるいはさらに奥の手が隠されているのかもしれません」
晶の言葉に、護堂は頷いた。
以前戦ったヴォバン侯爵の狼の権能も厄介ではあった。無数の巨狼を召喚するだけでなく、自らも巨大な狼に変身してしまう。二つの能力は別個のものではなく、一つの権能を使い分けで行く中で派生したものである。カンピオーネの権能は意外にも柔軟性がある。状況次第で、まったく新しい用法が生まれることもあるのである。
「今分かってるのは、ウシュムガルとルドラか。全然、奥の手見せなかったから何ともいえないけどな」
「収穫としては大きいんじゃないですか? 手の内を見せなかったのは、先輩も同じですし」
晶が言うと、リリアナも頷いた。
「彼の言葉どおりならば、近日中に決戦を挑んでくるでしょう。その前に敵の戦力を一部なりとも知ることができたのは大きいと思います。あなたには、その、敵を知ることで戦局を覆す権能もあることですし」
リリアナは、護堂と視線を合わせないように言った。
そのリリアナを、晶が口をへの字にして睨んだ。
ルドラとウシュムガル。
共に、護堂の知識にはない神々である。
ウルディンにはほかに権能もあるだろうが、現段階で判明しているのはこの二柱だけだ。となれば、晶とリリアナに協力を仰ぐのは、この二柱についてとなるだろう。
■ □ ■ □
護堂との戦闘を終えたウルディンは、葡萄酒を盛大に煽りながら大笑いしていた。
「気分がよさそうだね、ウルディン」
「あまり、飲みすぎないようにしてくださいウルディン様」
ルスカとクロティルドが口々に言う。
「別に良いだろう。久しぶりに倒し甲斐のあるヤツを見つけたんだからよ」
「ウルディン様と同格の魔王、ですか」
「おう。神殺しと逢える機会は多くねえからな。ものの見事に俺が狙ってる都市を守ってやがる。戦う理由には事かかんだろう」
戦うとなれば、相応の代償も覚悟しなければならない。
雑兵ならばまだしも、相手が同格となれば苦戦は必至だ。場合によっては、ウルディンのほうが敗走することもありえる。
クロティルドはそんな主を心配して沈鬱な表情を作ってしまう。
「それで、ルスカ。お前、見てたんだろ?」
ウルディンに問われたルスカは驚いたように目を見開いた。
「気付いてたんだ」
「当たり前だ。で、視えたか?」
ウルディンの鋭い眼光がルスカを貫く。
戦いに貪欲な男の目だ。
この第一の妻が有する稀有な能力――――霊視の力によって草薙護堂が有する権能の正体を掴もうと言うのだ。
「うん、視えた。けど……」
「ん?」
「正直、よく分からない」
ルスカが申し訳なさそうに言った。
そんなルスカにクロティルドが尋ねる。
「よく分からないとはどういうことでしょうか?」
「まず、向こうはあたしの霊視に対抗する権能か能力を持ってるみたい。はっきりとは見通せなかった。……ただ、あの魔王はありえない魔王……あたしたちとは、まったく違う場所から来た、存在するはずのない魔王だってことは視えた」
「なんだそりゃ」
「ごめん。あ、製鉄のほうだけど、あれはずっと東の国の製鉄神だと思う」
「そうか。東国の出か。まあ、見た目からしてそうだとは思っていたがな」
ウルディンは何が面白いか分からないものの、にやりと笑って見せた。
ルスカが相手の素性を見抜けなかったことも、ただ護堂への興味を増やしただけである。もともと、ウルディンには相手の権能の元になった神の情報など必要ない。ただ、手札を知ることができれば、対策が取れるかもしれないから聞いただけである。
分からないなら分からないで、正面突破すればいい話。
「ふん、まあただ漫然と戦うのもつまらんな。せっかく向こうが、アウグスタ・ラウリカを守っているんだ。一つ、賭けでもして決闘という形を取ってみるのも面白いか」
アウグスタ・ラウリカの連中は護堂を頼みとしているらしいが、その護堂がウルディンに討ち果たされたとき、どのような反応をするのか気になるところだ。
柱が崩れれば、兵の気力も萎えるだろう。上手くすれば、労せずして都市が丸まる一つ手に入るかもしれない。いずれにしても、護堂との再戦はウルディンの望むところであり、それも数日中には始めるつもりで調子を整えていこうと考えるのであった。