カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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古代編 12

 屈強なフン族の指導者にして五世紀の神殺しの一人であるウルディン。

 現時点で分かっているのは、ルドラとウシュムガルの権能を所持しているということと、通称として「テュールの剣」という興味深い呼び名があるというくらいである。

 約束の刻限が近づいてきた。西日は次第に弱くなり、東の空から群青色が押し寄せてくる。星明りを遮る余分な光はなく、信じがたいほど美しい満天の星空が天球に映し出されてきた。

 そのような中で、黒髪の神殺しは以前と同じように翼竜に跨り、上空二十メートルくらいのところから護堂を見下ろしている。

「どうやら逃げずにやって来たようだな。そうでなくては面白くない」

「面白いも何もあるか! 何で決闘なんて挑んできてんだよ!」

 戦わなくてはならないと思いながらも、進んで神殺しと戦おうとは思えない。必要がなければ戦わなくてもいいのだ。今更言っても意味のないことではあるが、文句を言うくらいはいいだろう。

「どうせなら興が乗るやり方のほうがいいだろう。どの道、俺がここを攻撃すればお前が出てくるのだから、こうして分かりやすく決着を付けるほうが理に適っているではないか。――――俺はこう見えて、無駄な戦いはしない主義なのだ」

 鍛え抜かれた大胸筋を誇らしげに張って、ウルディンは言い切った。

「そもそも、襲わないって選択肢はないのかよ」

「何を言ってるんだ、お前は。飯の種は必要だろう。目の前に上手そうなもんぶらさげられて、我慢するなんざ御免だろ」

「それを、人間が暮らす都市を相手にするなってんだよ」

 やはり、感性が違いすぎる。

 生まれた時代が決定的に異なるのだから当然ではあるが、あまりにも人命に対する価値観が違う。会話が成り立っているのに、どこまでも平行線を辿る。『まつろわぬ神』と会話をしているときと同じような感覚を味わっている。

 護堂の意見などウルディンは歯牙にもかけない。言って聞かないなら、結局は実力行使するしかない。

「ふふん、なんだかんだでやる気じゃねえか」

「やるしかない状況になればやるさ。んで、俺が勝ったらこの街と聖女さんからは手を引いてもらう」

「おう。いいぜ、その代わり俺が勝ったら果たし状に書いたとおり、この街と聖女はいただく」

 同意はしない。

 街の行く末もアイーシャ夫人の行く末も、共に護堂の管理下にはないからである。勝手に賭けの対象にするわけにはいかないが、護堂が何を言ったところでウルディンは街とアイーシャ夫人を狙うだろう。言葉にしただけで、拘束力も何もあったものではないのだ。

 気分の問題だ。

 互いに、賭けという形を取ったほうが気分が乗る。ウルディンはウルディンなりに、護堂は護堂なりにこの形式に意義を見出している。

 言葉で解決できないのなら力で解決するのがカンピオーネの外交だ。それは五世紀でも変わらないようである。

 ウルディンは手早く弓と矢を用意し、護堂に鏃を向けている。

「おっぱじめるぞ、兄弟! ――――ルドラの咆哮を聞け!」

 先手はウルディン。

 放たれたのは雷光に包まれる一本の矢。

 矢の常識を覆す轟音と豪速。護堂の身体を消し炭に変えんとする嵐神の一撃を、護堂は三重にした《鋼》の大楯で受け止める。

 閃光が駆け巡り、音がかき消された。

「ルドラの火よ。この地を焼き清めろ!」

「我は神々に代わり魔を討つ者。如何なる邪悪も、我が身に害を為すこと叶わぬと知れ!」

 ウルディンの放つ矢が炎の塊に変わり、猛火をばら撒くや護堂が解き放った呪力が大量の神酒に変化してルドラの炎とぶつかり合う。

 神酒の竜巻を蒸発させる炎。

 炎を消火する神酒。

 両者が互いに喰らい合い、対消滅する。

「中々引き出しが多いな、兄弟」

「お互い様だろ! 今度は、こっちからいくぞ!」

 護堂は右手を振り上げる。

 十挺の剣をイメージし、脳裏に描いたとおりの簡素な両刃剣を生成する。そして、感心したように吐息を漏らしたウルディンに向けて、十の刃を一斉に射出した。

「しゃらくせえ!」

 ウルディンは笑みすら浮かべて、翼竜の腹を蹴る。

 主の指示を受けて翼竜は驚くべきしなやかさで身体を捻り、護堂の剣を交わす。予想以上の瞬発力に護堂は面食らう。優雅に空を飛んでいそうだったが、まるで地面を蹴ったかのように静止状態から急加速したのだ。あの身体の構造で、どうやってトンボのような自由自在な飛行を可能としているのか皆目検討もつかない。さすがは神獣。非常識である。

 非常識と言えば、今まさに三匹の翼竜の口に炎と雷がチャージされているのもまた非常識である。恐竜のくせに火を吹くし、雷を吐くのだ。

「と、ぉ!」

 護堂は大地を駆ける。空から落ちてくる火炎と雷を紙一重で躱していく。飛び散る熱は呪力耐性で無効化できるが、礫の類はそうもいかない。身体を飛んできた石が叩くたびに表皮に裂傷が生じる。

 反撃に刀剣を射出するも牽制程度にしかならない。翼竜自ら危険を察知して、護堂の攻撃に対処しているだけでなく、ウルディンが護堂の刀剣の射出速度から対応可能な距離を算出して、護堂と一定の距離を保っているからであった。

 この辺り、やはり戦上手だ。口だけではない。冷静に護堂の様子を観察し、自分に有利な状況を組み立てようとしている。

「ちょこまかと、上手く避けるじゃないか」

「それはこっちの台詞だ」

 爆発が背後で生じて、熱風が背中を押す。

 護堂は逆らわずに風に乗って全力疾走する。どこまで走っても身を隠すような場所はない。ここは古代ヨーロッパの平原だ。守るべきアウグスタ・ラウリカ以外に隠れ家などありはしない。

 そのため、護堂は常に空からの爆撃に曝され続けなければならない。

「空を飛ぶ敵ってのは、やっぱり厄介だな」

 今までにも何度か経験してきた相手だ。護堂も空中戦ができないわけではないが、自由自在に空を動き回れるかと言うとそこまでの能力はない。雨が降っていれば話は別だが、現時点では雲ひとつない星の天蓋が頭上に広がっている。伏雷神の化身は使えないということである。

「中々当たらんな。――――景気よく、数を増やしてみるか」

 ウルディンは腰にぶら下げた布袋を掴むと、その中身を空中にばら撒いた。

 白色の牙であった。

 その大きさと形状から、ウルディンが操る神獣のものであると思われる。

「兄弟、物量戦はお前も得意だろう?」

 ウルディンの呪力が牙に浸透し、その一つひとつが竜の神獣に変化する。一匹の大きさは四メートル前後。狂悪な牙と足の爪はどの個体も変わらず有している。

 空の三匹に加えて、地上に五匹の計八匹が護堂を取り囲んだ。

 地上の神獣が、護堂に向けて飛び掛る。鋭い爪で蹴り飛ばそうとしているのだ。空のウルディンが指示を出して、タイミングを微妙にずらすことで効果的な狩りを実現している。

「く……!」

 護堂は咄嗟に楯を全方向に展開する。二十近い楯を自分を覆うように半球状に配置して、四方八方からの攻撃に対処する。それはさながらシェルターのように護堂を守り、竜の突撃を受け止める。

「まだまだァ!」

 護堂は受け止めるだけではない。

 反撃に五匹の神獣に『神便鬼毒酒』を叩き付ける。飛沫が上がり、白波を湛えた破魔の神酒が竜を押し流していく。

 殺傷能力はほとんどない。この権能だけで『まつろわぬ神』と戦うことになったら、かなりの苦戦を強いられることになるだろう。

 今も、直撃させた神獣を打ち倒すには至っていないのだ。

 だが、この神酒の権能の真価は攻撃ではない。

「ぬ……!?」

 ウルディンも異常に気付いたらしい。

 倒れた神獣が起き上がれない。立ち上がれずにもがく個体や立ち上がったとしてももたもたとして足取りが覚束ない個体がいる。

「ほう、それは酒か。俺の竜を酔わせるとは、物好きな権能もあったものだな」

「お前も、降りてきてもらうぞ!」

 護堂は神酒をより合わせて三本の水流を生み出し、ウルディンと翼竜を挟み込むように打ち出す。

「そうと分かっては、試しに喰らってみるとは言えんな!」

 ウルディンは水流の一本に矢を打ち込み、これを内側から吹き飛ばすと、翼竜を駆って包囲を抜ける。カンピオーネが直接支配する神獣は並の神獣の数倍以上の強さとなる。ウルディンの翼竜は、火を吹き、雷を吐いて主をサポートしつつ、追いすがる護堂の神酒を巧みに避け続ける。

 まさしく人馬一体となったウルディンと神獣は、護堂の頭上を大きく旋回しながら狙いを定めている。

 金色の鏃を持つ矢を弓に番えながらも、翼竜の動きはまったく衰える様子がない。主従の信頼関係が為せる業であろうか。あるいは、翼竜そのものがウルディンの手足となって無意識でも自在に操ることができるのか。

「お前は一撃の重さよりも手数を重視する神殺しようだな、兄弟」

「その兄弟って呼ぶの、いい加減止めろっての」

「ハハハ、そう恥ずかしがるな。俺たち神殺しは似た者同士。おまけに、何つったか女神の一柱が義母を名乗ってやがる。なら、俺たちは血の繋がらない兄弟ってことでいいだろう」

 ウルディンに追い込まれている様子はない。攻撃しているのは護堂だが、ウルディンはそれを物ともせず反撃の準備をしている。

 黄金の矢。

 太陽の力が凝縮した、炎の一撃。

「ルドラの火よ。焼き払え」

 音もなく放たれた矢は千々に分かれて、炎、雷、嵐にそれぞれ変化する。節操のない爆撃の雨は、護堂の神酒を蒸発させ、吹き散らし、その下にいる護堂を周囲も含めて消し飛ばそうとする。

 太陽だけならば、黒雷神の化身だけで防げるだろう。

 しかし、そこに嵐の神格まで加わると具合が悪い。

 黒雷神の化身は太陽神に対して極めて高い防御力を発揮してくれるが、それ以外に対しては特別強力な守りであるとは言い切れず、頑丈なだけの壁でしかない。破られるときは普通に破られる。

 土雷神の化身で土中に潜り、神速で移動するという手もあるが――――護堂はここで、黄金の剣を引き抜くことにした。

 ルドラを斬る。

 おそらくは、これがウルディンの権能の中でも特に高い火力を持っているであろうから。

 ここで、ルドラを斬り捨てれば、多少なりとも余裕を持って戦えるかもしれない。

「ルドラは古代インドの嵐の神。弓を持つ姿で描かれる破壊神だ」

 降り注ぐ破壊の雨が、地上に届く前に霧散する。

 炎の煌きも、雷の雷光も大地を焼くことは叶わない。黄金の傘が、破壊の雨の尽くを受け止め、雲散霧消させているからである。

「何……?」

 ウルディンは驚き、というよりも困惑に近い表情でその様子を窺った。

 自慢の権能が防がれている。

 直撃すれば、『まつろわぬ神』ですら消滅させるであろう強大な弓の権能が、謎の光の群れの前に為す術もなく打ち消されている。

「防ぐというよりも、消し去っているか。力ではなく言葉で相対する気か――――兄弟、お前の権能は聊か趣味が悪いぞ」

 敵を酔わせる神酒の権能に、相手の能力を打ち消す言霊の権能。力で勝負するウルディンとはまったく異なる権能の使い方である。

「だが、まあそれも面白い」

 ウルディンは無残に打ち消される矢を眺めて笑っていた。

 まだ、何かあるのか。

 あるとすれば何か。護堂が何を隠しているのか、ウルディンは気になって仕方がない。まともに自分と戦える存在など、そう易々とは出会えないのだ。全力を尽くせる好敵手を前にして、武者震いを止めることなどできるはずがない。

「次、行くぞ!」

 ウルディンは嬉々として矢を放つ。狙いは護堂ではなく、天空だった。打ち上げられた矢は目にも止まらぬ速さではるか上空に達し、そこで轟音と共に散った。次の瞬間、満天の星空は輝きを失い、立ち込めてきた重苦しい暗雲によって、地上に漆黒の闇がもたらされた。

「今お前が使ったのは、ルドラが持つ嵐の神の一面だ。ルドラは生と死を司る暴風雨の神だから、嵐を呼び込むことも難しくない」

「その通りだ! ルドラの鉄槌よ、悪魔の城を打ち砕け!」

 暗雲の中に紫電が走ったのを護堂は見た。

 それを認識したとき、護堂は黄金の剣を頭上に集めて光り輝く天蓋を生み出した。十重二十重に重ねる星の壁に、垂直に落ちる莫大な電流。大気を焼き払い、夜闇は引き裂かれた。青白い雷撃は、世界を真昼のように明るく照らす。

 だが、それでもウルスラグナの『剣』は敗れない。

 勝利を掲げた軍神は、破壊神の雷撃にも退くことはなく、むしろ圧倒する。

「ルドラは後に有名なシヴァに吸収され、その一面となるが、元々はシヴァこそがルドラの別名だった。『咆哮する者』を意味するルドラと『静かなる者』を意味するシヴァは、表裏一体の関係だったからだ」

 落ち着いて、頭の中の知識を引き出し、言葉に呪力を乗せる。

 光り輝く黄金は、ウルディンの雷撃も風雨も太陽も斬り裂いて、縦横無尽に夜の闇を飛び回る。

「ルドラの権能は通じないか。まあ、それならば他の権能で攻めればいい話だな」

 ウルディンは指笛を高らかに吹く。

 どこからともなく三匹の翼竜が現れて、三方から護堂に襲い掛かった。

 ルドラ殺しの言霊の「剣」ではウシュムガルの竜は斬れない。それをウルディンが見抜いたのである。

「ウシュムガルはシュメール神話に登場する竜神だ。『唯一の偉大なる者』を意味しているが、後の神話ではティアマトに従属する魔獣にまで零落している!」

 咄嗟に「剣」の一部をウシュムガル用に打ち直す。護堂の周囲に飛んできた数十個の光の粒が、ウルディンの呼んだ竜の体当たりを受け止め、返す刀で深々とその胸を抉った。

 生命の源たる呪力を光という形で傷口から噴き出し、苦悶に呻く三匹の翼竜は、数十メートルを滑空した後で地面に墜落した。

「痛ッ――――!」

 ビキ、と護堂のこめかみに鈍痛が走った。

 脳が沸騰しそうな感覚。

 ルドラとウシュムガルの知識が渾然一体となって訳が分からなくなりそうだ。

 ウルスラグナですら、黄金の「剣」の二刀流には苦労したのだ。初めての二刀流で、簡単に使いこなせるはずもなかったか。

「黄金の剣の攻略を見たぞ、兄弟。複数の権能を同時に相手取るのは、難しいみたいだな!」

「それは、そっちも同じだろ」

「兄弟ほど露骨に負担はかからんさ」

 護堂の言葉を、ウルディンは否定しないどころか飄々とした態度で案に肯定する。

 ウルディンの場合、権能を併用できないというよりも、全力を尽くすにはどちらかに力を注がなければならないという至極真っ当な理由である。操る竜の数を増やしたり、強さを高めたりすれば、その分だけ呪力を消耗する。手数と特殊能力に秀でた護堂の権能に対処するのならば、あらゆる状況に対応できるようにキャパシティーに余裕を持たせておくのが重要であった。

 ルドラとウシュムガルというまったく関連性のない二柱の神格を同時に斬るという離れ業に、護堂は悪戦苦闘する。自分の「剣」を研ぎ澄ますこともままならず、少しずつウルディンの包囲が狭まっていく。

「くっそ……」

「辛そうだな、兄弟! 亀みたい閉じ篭ってるだけじゃ、押し潰されて終わるだけだぞ?」

 護堂を心配するかのような発言。

 しかし、ウルディンは空から度々雷と炎を叩き落している。もちろん、護堂の「剣」にはまったく効果がないが、四方を囲ませた竜が隙を見ては護堂に飛びかかろうとする。

 びくともしない光の星。

 シェルターに閉じこもっているかのような状況に、護堂は焦る。ぶつぶつとルドラとウシュムガルの知識を口に乗せるが、どっち付かずで精度が落ちている。

 ――――まずい、か。

 複数の権能を同時に相手にするのに不向きであるという点が露呈したウルスラグナの権能だが、それと同時に使えば使うほど効果が弱まっていくという弱点も抱えている。

 単一の権能であるが故に、原作に比べて威力が増しているものの、特性そのものが変わるわけではなかった。

 どこかしらで勝負に出る必要はあるだろう。

 その隙を、見つけないことには押し込まれるだけだ。

 執念深く、護堂はウルディンを見つめ続ける。黄金の剣を操り、竜と矢を消し去りつつ、僅かな勝機を捜し求めて。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 護堂の劣勢は目に見えて明らかであった。

 切り札であり発動すればあらゆる神格に対して優位に立ち回ることのできるウルスラグナの権能も、複数の権能を所持することが当たり前であるカンピオーネを相手にすると効果は弱まる。

 護堂がルドラとウシュムガルのどちらか一方に集中できれば、この状況を打開することも不可能ではないが、だからといって――――少なくとも見ている分には、その好機がいつ訪れるか分からない。

 城壁の上から戦況を座り込んで眺めていた晶は槍を片手に、おもむろに立ち上がる。

 隣にいたリリアナが晶の横顔を見上げた。

「高橋晶?」

「このままだと埒が明きません。先輩の加勢に行きます」

「加勢だと――――あの戦場に飛び込むつもりか!? 自殺行為だぞ!!」

「あの神獣さえ何とかすれば、先輩はルドラに集中できます。わたしは先輩の権能……本来、率先してあそこに向かわなければならない立場です」

 たとえこの身が引き裂かれ、粉々に砕かれたとしてもすでに高橋晶という従僕は成立している。護堂がいれば、どうとでもなる。だというのに、晶が『まつろわぬ神』やカンピオーネとの戦いを遠巻きで眺めることが多いのは、とどのつまりは護堂の都合である。晶を気遣うが故に全力を尽くせなくなるのではないか、という護堂の心情があってのことだ。だから、ここぞという場合にしか晶は護堂の背中を守れない。

「大丈夫。あの神獣たちはそれほど強くはありません。今のわたしなら、三、四匹は同時に相手取れます」

 ウルディンも本気を出して竜を操ってはいない。護堂にちょっかいをかける程度、それでも一撃を入れれば圧倒的に護堂が不利になるという程度の力の入れようだ。そのため、権能で強化され、神槍を有する晶ならば十分に竜と渡り合うことも可能だろう。

「――――分かった。なら、わたしがあなたを援護しよう。弓術は得意だ。ここからでも、多少の助けにはなるだろうからな」

 リリアナは、愛剣イル・マエストロを弓に変形させた。

 神具ほどの格を持たないものの、古き呪術師が生み出した至高の魔剣の一振りである。形状を変化させれば、弓としても扱うことができ、放たれる矢は神獣の固い表皮すらも射抜くことができる。

「ありがとうございます。それでは、共に――――ッ」

 反応できたのは、護堂からガブリエルの権能の一部を引き出せていたからか。

 どこからともなく飛来した一矢が晶の死角から首を目掛けて遅いかかってきたのである。飛び散る火花。思考と同時に振るった槍で矢を撃ち落す。

「誰?」

 キッと晶は城壁に舞い降りた二人の女性に尋ねた。

 光に包まれ、暗雲から下ってきた姿はあたかも天使を想起するが、この二人は紛れもない人間である。

 ――――今のは飛翔術か。かなり原始的だが……。

 リリアナは魔女の勘を働かせて謎の女性が用いた呪術の正体を見破る。自分が使う飛翔術によく似た術式だ。ここが古代だからか完全に一致するほどではないが、効果は似たようなものだろう。

 金髪で細面のゲルマン系の女性は弓を持っている。晶を狙撃したのは彼女だ。そして、アジア系の顔立ちの女性は無手。ただし、呪力の残滓からここまで高速移動してきたのは彼女の呪術であると思われる。つまりは魔女に違いない。

「クロティルドと申します」

 晶の問いに最初に答えたのは金髪の女性だった。

「ウルディン様の戦の邪魔は慎んでいただきたく……」

 静かに、クロティルドと名乗った女性は呟いた。

 ウルディンの部下なのだろう。晶やリリアナが護堂の傍で補佐しているのと同じように、ウルディンもこういった人材を手元に置いているのだ。

 当然だろう。

 護堂と違いウルディンは世俗の王でもあり、実際に軍を持っているのだ。その中に呪術に関わる者がいてもおかしくはない。

 クロティルドの手にあった弓はいつしか消滅し、その代わりに一振りの直剣が握られている。

 戦う気が満々である。自らの要求を通すのに武力の行使も惜しまない姿勢を露骨なまでに出している。

 晶はムッとして言った。

「嫌だって言ったら?」

「お相手を努めさせていただくことになります」

 クロティルドは剣を構えて晶に切先を向けた。 

 両者の距離は、ざっと十メートルほどか。晶の瞬発力ならば一瞬で詰めることのできる距離でしかないが、それは相手のほうも同じだろう。

 相対して分かる。

 この女性は恐るべき剣に使い手である、と。

 晶もまた、神槍の矛先をクロティルドに向けた。

「もちろん、嫌だ」

「どちらの意味で?」

「邪魔するなってほうの意味で!」

 直後、鉄を打つ音が暗闇に響き渡る。

 両者のちょうど中間で、二つの刃が激突したのであった。

 


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