降り落ちる太陽も挟撃してくる爪も、護堂には届かない。
それがたとえ数多くの命を灰にする灼熱であったとしても意味を成さず、鋼鉄を引き裂く刃であっても無意味である。
黄金の剣は敵の神力を斬り裂く言霊だ。
ルドラとウシュムガルに対応した言霊を前にしては、ルドラの炎もウシュムガルの神獣もそよ風ほどの影響ですら護堂には届けられない。
しかし、手数の多さはウルディンに分があった。
切り札と成りうるウルスラグナの権能ではあるが、無限に黄金の剣を生み出せるわけではない。二柱分に分割しているために、その性能も普段に比べれば型落ちしているのが現状で、鉄壁の布陣は常にジリジリと押し込まれている。
黄金の剣は、最強の楯であり最強の防壁である。しかし、攻防一体の武器であってもすべての『剣』を守りに割いている今、攻撃に転用するだけのリソースがないのである。
言霊の剣の輝きは依然として顕在。
しかし、その数は目に見えて減ってきている。
「お前の守りは完璧ではあるが、それも数に制限があるようだな。――――その上を行く何かがないのなら、このまま俺が勝つぞ?」
ウルディンが、それに気付かぬはずがない。
護堂がウルディンを攻略するために力を振り絞っているのと同じようにウルディンもまた護堂を攻略するために知恵を絞っている。
考え無しに攻撃を放っているように見えて、その実護堂の能力の欠点を正しく感じ取っているのだ。
権能における万能性は、器用貧乏に言い換えられる。結局、その道を突き詰めたタイプの権能には劣るため、別の要素で補うという形になってしまうのだ。万能系の権能は相手の土俵に上がった時点で勝てない。ウルディンのように、火力で敵を薙ぎ払うタイプのカンピオーネを相手にして受けに回るのは、余計に勢い付かせるだけなのである。となれば、何としてでもウルディンを守勢に回らせる必要が出てくる。言霊の剣で作り出したシェルターに閉じ篭っている護堂がこの状況をひっくり返すには、ウルディンの虚を突く手札を切らなければならない。
空を見る。
ウルディンが呼び寄せた雨雲が、ついに決壊して豪雨を降らせ始めた。
燃え立つ太陽が地上に花と咲き、降り注ぐ雨が蒸発してところどころに白い蒸気を吹き上げさせている。
護堂はワイシャツのボタンを外して前を開け放つ。
濡れたワイシャツが張り付いて動きにくくなっていたからだ。
「勝つのは俺だぞ、ウルディン」
護堂からすればそれは天恵だった。
豪雨という気象条件は、ウルディンに利するところがなくとも護堂には大いに役に立つ。
伏雷神の化身――――汎用性の高い神速の能力は、大気中に水分が多量に含まれていなければ発動できない。しかし、この土砂降りの状況ならば一瞬でウルディンのいるところまで移動することができる。
「雷雲に潜みし、疾くかける稲妻よ。集い来たりて我が足となれ!」
時間の流れが停滞する。
無数の線を網膜に刻み込んでいた雨粒は水滴の姿を曝し、炎も竜もその動きを止める。
時間が静止した中で、護堂は全身を雷光に変化させて飛び上がった。まさしく閃電の移動速度で以て空間を擬似的に跳躍し、ウルディンの後背を取る。止まった敵の背後を取るなど、子どもできる楽な仕事だと思うかもしれないが、相手がカンピオーネや『まつろわぬ神』ともなると制止しているはずの世界に素で対応しかねない。事実、護堂が放つ雷光の煌きを、ウルディンは僅かに遅れて認識している。無論、護堂がその手に握る黄金に輝く星を凝縮した利剣とその危険性を把握していることだろう。
神速はアドバンテージを握るには便利だが、決して必殺にはなりえない。
正しく理解し、しかし護堂は思い切り剣を振り抜く。
狙うはルドラの権能だ。
大火力、広範囲攻撃はそれだけで脅威だ。ウルディンが好んで使うだけに、加減も自由で使い勝手がいいと反則的な強さを誇っている。
「ぬおおおおおおおおおおおお!?」
叫んだのはどちらだったのか。
ウルディンは竜から身を投げ出すようにして身体を引いた。
許すまじ、と護堂は腕を伸ばすも、ウルディンは生存本能を最大限に活かして護堂の剣の射程から逃れてしまった。
彼からすれば間一髪、護堂からすれば絶好の機会を逃したことになる。
神速の状態で相手に打撃を喰らわせるのは、実はかなり難しい。相手は制止しているに近い状態ではあるが、自分の身体は早すぎる。思っていたところを通り過ぎてしまうといった現象も珍しくない。細かい動きができない以上は、大雑把に狙いをつけるしかないのだ。
相手が巨体を誇る『まつろわぬ神』や神獣であれば余裕で当てられただろうが、ウルディンは護堂と同じくらいの体格だ。全力で回避されては狙いがずれるのも当然と言える。
「惜しかったな兄弟」
にやりと笑うウルディンの鏃が護堂の胸を狙っている。かくかくとした動きは、まさしく神速破りの心眼の発露に相違ない。
護堂が神速の権能を有していることは最初の邂逅の時点でウルディンは理解していたのだ。ならば、護堂の神速は決して不意打ちには成り得ず――――そもそもウルディンがこの時を狙っていたという可能性すらあり、逆に窮地に陥ったといっても過言ではないのではないだろうか。
ウルディンの骨ばった指が弦を離す間際、ウルディン以上に獰猛な顔つきで護堂は笑った。
「惜しかったな、ウルディン」
「ッ!?」
気付いた、が時すでに遅し、だ。
ウルスラグナの『剣』は、決して手に持つ必要はないのだということをウルディンは失念していた。護堂が、さも必殺を期して刃を携えていたものだから、そこにすべてを注力したものと早合点したのだ。
護堂に遅れること、僅かに五秒弱。
ウルディンの背後から飛来した黄金に輝く二挺の短剣が、彼の筋肉質な背中に突き立った。
「ぐ、ぬおおおおおおおおおおお!!」
ウルディンは目を見開き、吼える。その身体の中のルドラの権能をズタズタに引き裂く英雄神の刃は根性でどうこうなるものではない。
ルドラの権能は停止を余儀なくされる。
これだけでも、ウルディンの火力は大幅に減少する。
「ま、だだあああああああああああ!」
ウルディンは弓弦から手を離す。
ルドラの権能が完全に消失する前、雷光の矢を射出したのである。
「な……!?」
驚くのも無理はない。
黄金の剣を当てていながら、その権能を行使したのだ。しかし、よくよく考えてみれば、ウルスラグナの『剣』はウシュムガルに対応するために一部の機能を劣化させており、さらに度重なるウルディンの猛攻を凌ぐために刃はかなり欠損している。ウルディンが咄嗟に呪力を高めてウルスラグナの権能に抵抗したこともあり、体内を巡るルドラ殺しの毒を若干弱めた、あるいは遅らせたと考えることもできる。いずれにしても射出されたルドラの矢は、その一矢で護堂を殺戮するには十分な威力があった。護堂がウルディンに対してルドラ殺しの一手を用意していたのと同様にウルディンもまた、護堂に対して必殺となる矢を準備していたのである。
ウルスラグナの権能は品切れだ。
目前に迫る雷の矢は神速の域に達している。雷なのだから当然か。護堂自身が雷になっていなかったら対応することすら困難だったに違いない。
これが太陽だったのなら黒雷神の化身で防げたかもしれないが、ウルディンは太陽への防御性能を見切っていたのか、それとも神速対策のためか雷の矢を選択していた。これでは黒雷神の化身の効果は弱まってしまい貫かれる可能性が高い。
「こんのォ!!」
護堂は呪力を練り上げて一目連の権能で楯を生み出す。一つではなく、咄嗟に生み出せるだけ生み出して重ね合わせる。
十三枚の神具が折り重なり、鈍く輝く防壁を造り出す。
しかし、あまりにも乱暴に作ったためか組成が荒い。込められた呪力も弱く、ウルディンが溜め込んだ呪力を炸裂させる雷撃の矢を受け止めるには防御力が足りなかった。
最初の接触で三枚が消し飛んだ。
四枚目で僅かに矢を受け止め、五枚目で速度を鈍らせることに成功する。
だが、それでも雷光は止まらない。
受けきれない。
十三枚の神具を貫いた雷光は、そのまま護堂を巻き込んで遙か下方へ墜ちる。墜ちた天使が天下るかのように、地上に災厄を撒き散らすのだ。
常人の目から見れば、落雷により、ほぼ一瞬で積層防壁が破壊され、大地に断層が穿たれたように見えただろう。
神速を見切ることのできる人間であれば、その一撃が矢であったということくらいは認識できたかもしれない。
いずれにしても護堂の守りはウルディンの悪あがきによって突破された。
粉塵が濛々と舞い上がり、地響きは数十キロ先まで届いたという。
「チィ……しぶといな」
ウルディンは額に冷や汗を貼り付けながら呟いた。
驚愕と納得が綯い交ぜになった表情。
草薙護堂が生きていたことについては、それ以上の感慨は浮かばない。神殺しならば生きていて当然なのだから。
「悪あがきってレベルじゃないだろ、これは……」
肩膝を突き、左腕を押さえる護堂はウルディンから視線を逸らさずにその一撃の被害を感じ取った。
周囲の呪力が乱れきっている。ウルディンの攻撃は文字通り必殺を意図したもので、それゆえにその一矢で以て神すら討ち取れる規模の攻撃を放ったのだから、無防備な地上が破壊されつくすのも無理はない。不幸中の幸いだったのは、ここが開けた平原だったということくらいだ。
神速によって直撃を避けた護堂は、しかしその余波を受けて深刻なダメージを負っていた。
若雷神の化身の力で重傷は忽ちにして癒えたものの、疲労までは消えない。
「加減を知れよ、乱暴だな」
「今のを生き残った兄弟に加減などできるものかよ」
騎乗する竜が舞い降りてくる。
カンピオーネの聴覚ならば、叫ばなくとも普通に声が届く距離――――ざっと、十五、六メートルほどだろうか。
左腕の機能は回復した。衝撃で打ちのめされた臓器も快調に機能しているし、身体の痛みもない。表面上は血に濡れているものの、内面は無傷の状態まで戻っている。それでも、失った呪力までは取り戻せない。
「ルドラは斬った。これで、あんたの火力は抑え込んだぞ」
「ふん、この程度、どうってことはないがな。侮ってくれるなよ、兄弟」
互いに笑みを浮かべ合う。
ウルディンはルドラを失い、護堂はウルスラグナを失った。両者共に怪我はなく、内面に多大な疲労が積み重なっただけの状態だ。
「我は鉄を打つ者。我が武具を以て万の軍をまつろわせよ!」
「竜よ。恐怖と焔の冠を被り、神となれ!」
詠唱はほぼ同時。
現れたのは無数の剣とそれと竜の群れだ。十五メートル前後という極めて近距離での剣群と竜群の大激突。雨霰と降り注ぐ刃にデイノニクスたちが打ち据えられる。血飛沫が舞い、断末魔の悲鳴が上がる。
それと同じように、剣群が蹴散らされる。
ある固体は身体を刺し貫かれながらも前進し、護堂に迫る。そらが打ち倒されるとその後続が前に出る。竜は主を庇いつつ、全体として漸進している。
そのうち、亡骸を楯にするという戦術まで使い始める。
竜の頭ではなく、狡猾なウルディンが指示していることだ。司令塔がいる巨獣を相手にするのは、ただの神獣を相手にするのとは勝手が違う。
背後に飛ぶべきか。
伏雷神の化身ならばすぐにでも距離を取ることはできるだろう。だが、そのときはウルディンがさらに攻勢に出てしまうだろう。
であれば、護堂もまた別の手札で相対するべきなのだ。
「陰陽の神技を具現せよ。鬼道を行き、悪鬼を以て名を高めん!」
ぞわり、と護堂の周囲の闇が濃さを増した。
影が厚みを帯びる。そんなありえない光景が目の前で生じた。
現れたのは大鎧を身に纏った武者たちだ。地の底から蘇った怨霊――――を髣髴させる影の魔物。実体の掴めない、黒い陽炎を纏った鬼であった。
「ほう……」
手を変えた護堂にウルディンは興味を抱いたような声を漏らす。
「兄弟も軍勢を従えていたとはな! いいだろう、どちらの兵が強力か試してみるか!」
尚一層楽しそうに、ウルディンは笑って呪力を高めた。
「行け!」
護堂は鬼に命じて一斉に突撃させる。長槍や薙刀を持つ長柄武器を持つ中型の鬼が三列になって敵の最前列を牽制しつつ、小回りの利く小型の鬼が下から竜の足元を狙う。そして後列に配した弓兵の一斉射撃が弧を描いて竜の頭上に降りかかる。
「しゃらくせえ!」
ウルディンも負けてはいない。抜いた剣を指揮棒に見立てて竜を鼓舞する。竜たちは矢をその身に受け槍や剣で突かれながらも獅子奮迅し、ある個体は口から雷を、またある個体は火を吹いて応戦する。
護堂の鬼が竜の首を槍で貫けば、ウルディンの竜は鋭い爪と激しい
小規模ながらも高密度の異次元の戦争を具現化しているかのようだ。
さて、どうするか。
法道の権能は無数の鬼を召喚、使役するのが基本的な使い方だ。式神と晶は呼んでいたが、当然ながらその個々の力にはばらつきがあり、数が多ければ多いほど劣化していく。消費する呪力量も多くなるので、ほどほどの軍勢に抑えるのが一番だが、ウルディンはどうなのか。数を減らし質で勝負するか、それとも質を犠牲にして数で押し切るか。
空から襲い掛かってくる五匹の竜を視認して、護堂は質で勝負することに決めた。
軍勢の後列を消し、その分の呪力を一体の式神を造り上げることに注ぎ込む。
現れたのは二〇メートルに届かんばかりの巨躯を持った大鎧。兜に備え付けられた前楯は二股に分かれた角を思わせる。
丸太もかくやとばかりの太い腕と握りこまれた金棒が轟然と空気を撹拌する。
その一撃で五匹の翼竜は身体の大半を吹き飛ばされて砕け散った。
「でかぶつを呼んだか」
魔獣というよりももはや神獣。神と殴り合いができそうなほどの怪物である。振り上げる金棒。その重さは大型のトラックを易々を上回るほどのものであろう。この鬼の筋力で振り下ろされれば、神殺しの屈強な肉体と雖も無事ではすまない。
「ならば、こちらも相応の相手を用意しなければな!」
ウルディンがぴゅう、と指笛を吹く。
忽ちに竜たちが寄り添い、その姿を溶かして混ざり合う。融合しているのだ。誕生したのは護堂の大型式神と同等の大きさの赤い魔竜だった。
竜神と呼ぶべきだろうか。
その威容、まさに破壊的というに相応しい。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
大音響の咆哮を轟かせ、魔竜は大鎧に飛び掛る。
凄まじい跳躍力で大鎧の胸にドロップキックを浴びせかけるのだ。その足には、やはり巨大化した鉤爪がしっかりと装備されている。
大鎧は受けて立つとばかりに金棒を振り抜く。
鋭い爪と無骨な金棒が激突して火花と衝撃波を散らせる。それだけで、周囲で戦っていたその他の式神や竜は吹き飛ばされることとなった。
「くっそ、強いな」
護堂の視線の先ではウルディンの魔竜が護堂の式神を圧倒し始めている光景が展開されている。
固く強靭な鱗は式神の金棒を受け止める。無論、無傷とはいかないが、それでもダメージをかなり削減しているのだろう。その一方で、式神の鎧は魔竜の蹴りで砕かれ、爪で引き裂かれている。
単純に、熟達しているかそうでないかの差。
法道の権能を、護堂は完全に掌握しきっていないのだ。ウルディンはウシュムガルの権能を意のままに操れるほど熟達しているらしい。同じ土俵で戦ったとき、この差は非常に大きくなる。
「だったら――――!」
超巨大デイノニクスが飛び掛ってくるその瞬間を狙い済まして、護堂は式神に命令を送った。
身体を楯にして受け止めろ、と。
命なき呪力の塊である式神はこの非情な命令に唯々諾々と従った。両腕を大きく開き、デイノニクスの一撃を受け入れるのだ。
結果、鋭い爪が鎧の胴部を刺し貫き、その背中まで足が貫通するほどの重傷を負うに至ったが、同時に両腕でデイノニクスを締め上げるようにして拘束することに成功する。
消滅するまでの僅かな時間を使い、護堂の反撃に賭ける。
「今ここに顕現せよ。天を翔け、地へ降り下る者。蛇にして豊穣の主。地下深く眠る死者の総帥よ、大いなる雷の神威を我が前に顕し給え!」
用いる化身は大雷神の化身。
右手に集う雷は熱き魔風。
解き放たれる電熱が激しい光を生じさせ、一直線にデイノニクスに向かっていく。
素早く青白い雷撃で赤い魔竜の頭部を消し飛ばすのだ。
遂に崩れ落ちる巨大竜。
その死を見届け、消え去る大鎧。
怪獣大戦争かと思しき激突は、閃光によって駆逐された夜闇が戻ってきたときには終わりを告げていた。
「とことんまでしぶといな兄弟。アイツは俺の自信作だってのによ」
「権能二つ分費やして倒してやったんだから誇ってくれてもいいんだぞ」
「まあ、確かにな」
ウルディンも護堂も肩で息をしている。
直接的なダメージというよりも大技の連発による体力と呪力の消耗が大きいのだ。
「これ以上、時間をかけるのも無駄が多すぎる。そろそろ決着を付けたいところだな」
「同感だな」
ウルディンの言葉に頷く護堂。
二人の魔王の激突で、この辺り一帯は地獄絵図と化している。地割れ、焦土、そして竜の死骸の山。それらが視界一杯に広がっているのだ。
そして、ウルディンは宣言の通りに勝負を賭けにきた。
右手を高く天に翳し、叫ぶ。
「我が下に来たれ、勝利の剣よ! この手にお前が在る限り、俺はいかなる戦場でも勝利する!」
ウルディンが翳した手に引き寄せられるかのように、どこからともなく現れる一挺の長剣があった。
質素な作りの両刃の剣ではあるば、内包する呪力はまさしく神宝というに相応しいものである。さらに、それに続いて空から降ってきたのは天を突く矢印のルーンだった。
それが大量に。
何かと思っているうちに目を見張る光景が現れる。
ルーンが竜の骸に取り付いたかと思うと、次の瞬間には倒れた竜が起き上がったではないか。
「復活の権能?」
「おうよ。我が切り札ってところだな。それ、アイツも起きるぞ」
「ッ」
一際大きな地鳴りを響かせ立ち上がったのは赤い巨竜。先ほど、護堂が大火力で吹き飛ばした頭部もすっかり再生し、リベンジにその双眸を燃やしている。
「マジか。それは反則だな」
この戦いでウルディンが操ったすべての竜が集結しているのだろうか。大小合わせて百を越えるデイノニクスの群れだ。
昔のパニック映画がまさにこんな感じだった。
悲鳴を上げて逃げ回る無力な人間と同じ立場に立たされた護堂は、文字通りに窮地に陥っているわけだ。
竜の群れが護堂を相手に呪力を練り上げ始めた。
口から数え切れないほどの雷撃と炎を放つのに時間はかからず、護堂には逃げ場もないという状況だ。素早く雷光に変化して地中に逃れた護堂は、一息で一〇〇メートル近くも距離を取る。
竜の群れの側面を取る位置。しかし、ウルディンはすでにこちらの居場所を認識しているし、敵のデイノニクスは機微な動きで対応するだろう。
一〇〇メートルを駆け抜けるのに、彼らならば五秒とかからないはず。それまでに、護堂が有する最大の一撃を叩き込むことで形勢を逆転する。
「千の竜と千の蛇よ。今こそ集まり、剣となれ!」
右手に宿る天叢雲剣に呼びかける。
真っ黒な刀身を持つ、禍々しい神剣は創世神話を再現する鍵となる。
徐に降りぬいた斬撃が斬り裂くのは敵にあらず。
呪力の猛りは空で炸裂し、光を許さぬ黒き星を呼び覚ます。
「何ッ!?」
ウルディンはその強大な力に逸早く気づいたらしい。
呪力を高めて己の乗騎の抵抗力を底上げし、地面に張り付かせる。しかし、ウルディンが抵抗できたのはそこまでだった。小さなデイノニクスは次々と黒い星に吸い上げられて消滅していく。大型の赤い竜が消えるのも時間の問題だった。
「く、相変わらず、じゃじゃ馬だな!」
護堂もこの権能の扱いには苦慮する。
力が強大なために、制御に細心の注意を要するのだ。一歩間違えば自分ごと周囲の大地を消し飛ばしてしまう。
「しゃーねえな! やれ!」
ウルディンが赤い竜に命令すると、赤い竜は黒い星に向かって跳躍したではないか。さらに、その口内には自身の呪力を限界まで注ぎ込んだ雷撃が溜め込まれている。
「まさか……!」
護堂はウルディンの目的を察した。
察した上で止めようがなかった。
重力に抗わず、空に墜ちていく赤きデイノニクスは漆黒の重力星に向けて自分の身体すらもエネルギーに変えた特大の雷撃を打ち放つ。
瞬間、世界に光が満ち満ちた。
真昼のように明るくなった大地を、ウルディンの乗るデイノニクスが疾走する。
赤き巨竜を捨石にして、重力星の影響を最小限にまで低下させたのだ。今現在も重力星は赤いデイノニクスを破壊するのに梃子摺っている。その影響で、重力の手が地上まで届いていないのだ。
ウルディンは竜の背中に跨り、テュールの剣を掲げる。
「決着だ、兄弟! ――――最強の刃たれ、我が勝利の剣よ!」
「やるぞ、天叢雲剣! ――――鋭く、速き雷よ! 我が敵を切り刻み、罪障を払え!」
手の中の天叢雲剣に呼びかけ、咲雷神の化身を聖句を唱える。
周囲は平原で咲雷神の化身の生け贄にできるものはない。しかし、この火雷大神の権能を掌握した今、生け贄がなくとも、その力の一部を抽出することはできるのだ。
天叢雲剣に雷の斬撃を纏わせる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
飛び掛ってくるデイノニクスを爪ごと両断する。
まるでバターのように、その竜は真っ二つに切断される。
「もらったあああああああああああああああ!」
「こんのおおおおおおおおおおおおおおおお!」
護堂がデイノニクスを斬り裂く前にウルディンは空中に身を投げていた。
落下の衝撃を加味した大振りの上段切りが護堂を襲う。避けるだけの体力は残っていない。後はこの手に宿る神剣に託すのみ。
振り下ろされる白銀の剣と斬り上げられる漆黒の雷刀が激突する。
二人の神殺しが最後の一撃にかけた呪力が炸裂し、空間を揺るがす衝撃波となって大地を駆け抜けていった。
いつの間にか3年目。
ありがとうございます。
3年前といえば、記憶が正しければfate/zeroとかガルパンとかジョジョとかで盛り上がっていたはず。