カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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十四話

 あくる日、草薙護堂はまつろわぬ神との戦いに勝るとも劣らない脅威に晒されていた。

「で?」

「いや、急に友達がお母さんが体調を崩して入院したから猫の面倒を見てくれないかって……」

「どう考えてもそれ嘘でしょ」

 戦いを終えた後、護堂は太刀傷が深く眠るように気を失った。

 若雷神の力のおかげで死に至る事もなく、目覚めてみれば実に快調な身体状況だったのだが、そこからがまずかった。気が付いてみれば、なんと朝になっていたのだ。そしてこの日はゴールデンウィーク明けの最初の登校日だ。朝から家にいないことを静花は大いに不審がることだろう。そう思って慌てて東京にとんぼ返りしたのがつい先ほど。雨が上がっていなかった事が幸いして雷速で帰宅し、いかにもランニングに行っていましたという風を装って自室に向かったその瞬間を待ち構えていた静花に捕まったのだった。

「お兄ちゃん。高校に入ってからなんか変わったよね。前はすごい真面目でどこに出しても恥ずかしくない人だったのに」

「まるで今の俺は世間様に顔向けできない放蕩息子のようじゃないか」

「真面目な人は、深夜に家を抜け出して友達と遊び呆けたりしないでしょ!」

「それはごもっともで」

 護堂としては妹の友人の危機を救いに行ったのであって、決してやましいことがあったわけではないのだが、人に言えない秘密という点ではやましい事よりもより根が深いだけに真実を言うわけにもいかない。言ったところで信じてくれるはずもない上に関わらせないということが何よりも重要なのだ。ここは甘んじて妹の追及に付き合うほうが賢明だろう。

 勝気な妹は、少々お節介焼きな一面があり、面倒見の良いところが周囲から好評なのだが兄に対してはそれが非常に顕著に現れる。

「まあ、そこまで心配してくれなくても俺は大丈夫だって。よからぬ繋がりがあるわけでもないしね」

「し、心配なんてしてない。ただ、最近ちょっと緩んでるんじゃないかと思っただけ!」

「それを心配してると言うんだけど」

 むきになって否定する妹にたじろぎながら、護堂は言った。

「とにかく!どこの誰のところに行ってたのか知らないけど、今後はこういうことのないようにね!草薙家の男子が朝帰りってだけでもご近所じゃ評判なんだからね!」

「確かに、それはまずいな……わかったよ。今後は注意することにする」

 草薙家の評判については護堂も頭を悩ませているところなのだ。特に祖父の件で。それが自分に飛び火してくるのは本当に困る事なので、これに関しては静花の意見を呑むしかない。

 ちらり、と時計に目を向けると学校に行くのにちょうどいい時間帯。これ幸いに話を切って家を出ることにした。

「あれ?」

 護堂は家を出た直後、大切なものがなくなっているのに気が付いた。

「どうしたの?」

「いや、携帯がなくて……」

 この春に買ったばかりの携帯を紛失していたのだ。いつもポケットに入っていたそれがなくなっている。

 携帯のアドレス帳に登録されている名前の数が友達の数だというのなら、護堂の友達は非常に少ないことになるだろう。それこそクラスで会話を交わす人間に限られる。それは、護堂が携帯を持ち出したのが高校にはいってからだということが大きい。とはいえ、よからぬ人に拾われてしまってはそこから情報が抜き出されて、その僅かの友人にも迷惑がかかるかもしれない。

「これは交番に届け出ないといけないかもしれないなぁ……」

 おそらく、携帯が落ちているのは京都。そう簡単に見つからないだろう。

「ちょっと先に行っててくれ。まずは携帯を停止しないといけないから」

「え、うん。わかった」

 家に戻ろうとしたそのときだった。

「草薙先輩!おはようございます!」

 まるで見計らったようなタイミングで晶が走ってきた。

「晶ちゃん?」

「静花ちゃん。おはよう!」

 京都からどのようにして帰ってきたのか。晶たちには新幹線以上に便利な移動手段があるのだろうか。晶はまるで、昨夜の戦闘がなかったかのように普通の女子中学生の格好で現れた。

「晶。あれ?まだいたの?」

 護堂は静花に聞こえないくらいの小さい声で疑問を投げかけた。

 投げかけられた晶のほうはガーン、という衝撃を受けたかのような表情で、

「せ、先輩、ヒドイっ!」

「いや、だって静花の護衛のために来たって言ってたじゃないか」

「そうですけど、一日しか登校してないのにもう転校ってさすがに不自然ですよ!て言いますか、それってものすごい寂しいじゃないですか!」

 そういえば、と護堂は晶がゴールデンウィークの前日に転校してきたことを思い出した。一応私立校であるわけだし、そう簡単に転入出はできないのだろう。

「ああ、それと……」

 晶は、思い出したようにカバンを弄ると、銀色の四角い物体を取り出した。

「先輩、これ忘れ物です」

 手の平にちょこんと乗っていたのは紛失したと思っていた護堂のスマートフォンだった。

「ああ、ありがとう。ちょうど探してたところだったんだ。助かったよ」

「いえ、本当はあの後すぐにお渡しできればよかったのですが、先輩すぐに帰ってしまいましたから」

 護堂はスマートフォンを受け取ろうと手を伸ばす。その手を横合いから第三者の手が鷲掴みにした。

「う!?」

 護堂はその存在をすっかり失念していた事を後悔した。恐る恐る振り向いた先には、笑顔を浮かべた静花。だが、その額にピキピキと血管が浮き出そうになっているところを見ると、そうとうボルテージが上がっているようだ。晶も失言に今さらながら気が付いたのか顔を青くしていた。

「お兄ちゃん……なんで晶ちゃんがお兄ちゃんのスマホを持っているのかな?」

「えーと、だな」

 冷や汗を流しながら必死になって言い訳を探す。が、出てくるはずもない。

 静花はぐるり、と首を回して晶のほうを向いた。晶はひ、と竦みあがった。

「晶ちゃん。その携帯はどこで拾ったのかな?なんでお兄ちゃんのだって知ってたのかな?そもそもあの後ってなんのこと?」

 静花は矢継ぎ早に質問を投げかけた。そもそも、晶が兄とどのような関係なのか。いつ「晶」「先輩」などと親しげに呼び合える仲になったのか。少なくとも静花の記憶の中でには護堂と晶の接点は、晶が家に遊びに来たあの日以外にない。

「えぅ……そ、それは、なんと言うか」

 案の定か。晶は答えに窮した。

「お兄ちゃんが夜に会ってたのって晶ちゃん?」

「は、はい……あ、いえ、決してそういうことではなく……ご、ごめんなさい」

「へえ。何を謝っているのか教えてもらいたいなあ?」

「うう……」

 教えられるはずがないのだ。しかし、誤解を招いている事も事実。このまま放置しておくにはあまりに危険だ。晶は助けを請うように視線を護堂に向けた。

 その視線を追うように、静花も護堂に視線を戻した。

 その二つの視線に対して護堂は、

「まあ、学校に行きながら話そうか」

 と、お茶を濁すような対応しか取れなかった。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 午前中の授業が終わって昼休みがやって来た。楠南学院では、中等も高等も昼休みの間に各々が好きな場所で昼食を摂ることになっている。給食という文化がないのだ。よって、多くは弁当を持ち込んでいるか、そうでない狼たちは、昼休み開始のチャイムと同時に購買へ走り出し、激しく相争う事になるのだ。

 万里谷祐理はそうした喧騒の中、自らのクラスを後にした。

 彼女は弁当派だ。足は購買には向かわない。

 緊張しているのか、表情は硬く、唇も引き結ばれている。

 それもこれも、甘粕冬馬が余計な事をいろいろと言ったからであるが、祐理はそういったことの責任を人に押し付ける性格ではないし、彼女自身も実のところ強く断ったり否定したりするつもりはまったくなかった。 曰く、草薙護堂と仲良くしてくれ。

 端的に言うなればそういう内容だった。

 理由はわからなくもない。ここ数日、一歩間違えば護堂と正史編纂委員会の仲が決裂してしまいかねない状況が続いていたのだ。祐理はその際、武蔵野を守護する役割をもつがゆえに戦地に赴く事はなかったが、七雄神社で静花の近辺を守るために活動していた。

 カンピオーネとの仲たがいは、下手をすればそのまま組織の壊滅に直結する。可能性が僅かでもあるのなら排除しておきたいし、意思疎通はより緊密にしておきたいところだ。祐理は護堂と同じ学校に通い、妹とも知り合いという縁から護堂がカンピオーネであることを確かめたこともある。つまり、彼女は委員会と護堂を繋ぐパイプなのだ。

 そこで、甘粕から渡されたのが虎の子、携帯電話。これで、護堂とアドレスや電話番号を交換しろという事であり、いつでも護堂と連絡が取れるようにしておくことが重要なことなのだと力説された。

 祐理は言われるがままに携帯を受け取って、今ここにいる。

 開け放たれた教室のドアから室内を簡単に覗き込む。が、そこには護堂の姿はなかった。もしかしたら教室で食事を摂らない人だったのかもしれない。

「あの、すみません」

 ちょうど、教室から出てきた男子学生に声をかけてみることにした。

「はい、て、万理谷さん!?な、なんでしょう!?」

 その学生はなぜか非常に声を上ずらせていた。間が悪かったのだろうか。教室内のほかの学生たちも、気のせいかこちらを意識しているように思える。

「突然すみません。こちらのクラスの草薙護堂さんに用があったのですが、どちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」

「なんだ護堂か……あいつならさっき中等部の妹さんとその友達に呼び出されて屋上に行ったみたいですけど、護堂にいったいどんな用が?」

 ――――また草薙か。

 ――――しかも万理谷さんなんて、そんなばかな……!

 ――――草薙……ニクイ。

「み、みなさん、どうかされたのでしょうか?」

 声に出さずともあふれ出てくる負の思念。感性の人一倍鋭い祐理には、それらを察知する事など造作もない。もちろん、読心術の類はできないのだが、それが自分の発言に深く関わっている事は理解できた。

「ふ……ご心配なく」

 なぜか、目の前の男子学生が清清しさすら感じさせる言葉回しで言う。

「我々はただ、ただただ共通の敵を前にして心を一致させただけですので。我等がクラス、否、我等が母校に巣食う悪鬼羅刹にも悖るあの男を打ち砕くために!!」

 意気丈高にそうのたまう男子生徒に、祐理は、はあ、という事しかできなかった。

 なにか、余計な事をしてしまった感が否めないし、もしかしたら護堂に迷惑をかけることになってしまったかもしれないと、反省しつつ、祐理は屋上に向かう事にした。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 護堂は静花と晶をともなって屋上にやって来ていた。

 昼休みが始まってすぐ、静花に連れられた晶が護堂のクラスに現れた。目的は大体察しがついたが、また静花もしつこいとため息をついたものだ。

 あまり出入り口を塞ぐように会話をするのも目立つ。なにせ中等部の女子が二人、高等部にいるのだ。それだけでもずいぶんと人目をひきつける。そういうこともあって護堂は屋上で昼食を獲りつつ話すことにしようと提案したのだ。

 昨今、安全上の理由から、屋上が学生に解放されている学校も少なくなってきた。そうした時代の潮流に逆らうように、この学校は屋上が全面的に学生に解放されているので、昼休みには多くの学生が昼食を摂ったり、遊んだりしている。

 その一角を陣取って、護堂は弁当を広げた。

「……というのが一連の事件の顛末ということかな……な?」

「はい、概ねそんな感じだったかと……あはは」

 静花が耳を傾ける中、なんとか言葉を紡ぎ――――傍目からはわざとらしさが充満してはいるが――――なんとか言い訳を完成させた。そこにはガブリエルの権能を駆使し、事前に念話でミーティングを行うという周到さで用意するという念入りな努力が背景にあったおかげで、護堂と晶の言いわけはそれなりのものとなっていた。

「ふーん」

 卵焼きを飲み込んだ静花はじとー、と二人をねめつける。

 護堂と晶は二人そろって身を固めた。

「まあ、もうそれはいいんだけどさ。いつのまに打ち合わせしたんだか」

 最後のほうはもごもごとしていて聞き取れなかったが、静花なりにこれ以上こじれさせるのは無意味と判断したのだろうと護堂はほっと息をついた。

「ところで、晶ちゃんとお兄ちゃんって付き合ってたりしないよね?」

 いきなり、静花はそんなことを尋ねてきた。

「は?」

「はい!?」

 護堂と晶は二人で素っ頓狂な声を上げた。

「そ、そんなことないよ!先輩とはただ仲良くさせてもらっているだけで、そんないかがわしい間柄じゃなくて」

「そうだよねえ、まさか会って数日の後輩に手を出すとか、まさかしないよねえ」

「当然だろ。なんて事を疑ってるんだお前。第一、そんな噂がたったら晶のほうが迷惑するじゃないか」

「迷惑、ねえ……」

 静花の疑いを真っ向から否定した二人だったが、片割れの晶のほうはやや残念そうな表情を浮かべている。これには、静花も確信を抱かざるを得ない。確かに、この二人は付き合っているわけではない。だが、だからといってまったく関係がないというわけでもないようだ。今後の動き次第で、どう転ぶか。草薙家の宿業とも言えるとある現象が、兄の代でも芽吹き始めたらしい。静花は一層危機感を強くした。

 祐理が出入り口のドアを開けて入ってきたのは、ちょうどそんなときだった。

「万理谷さん? って、どうしたんですか携帯なんて!?」

 祐理は、静花と護堂を発見すると、迷うことなく歩み寄ってきた。

 彼女は静花の所属する茶道部の所属だ。だから、静花は、ここでも部活関係で来たのだろうと思ったのだが、祐理の手に握られている携帯電話を見て色をなくすほどに驚いた。

「なに驚いてるんだ静花。イマドキ携帯くらい誰でも持つだろ」

 さも当然のことを口する護堂。その護堂の疑問に答えたのは晶だった。

「万理谷先輩は携帯を持たない主義で有名なんですよ」

「あ、晶さん。わたしは別に主義を唱えていたわけではなかったのですが……」

 晶の言い回しに祐理が慌てて否定に入る。

 祐理としては、必要性をこれまで感じなかったことと、機械類が大の苦手ということの二つの理由から携帯を持たなかっただけであり、今回のように、理由があれば持つ事だってある。しかし、周囲は、携帯電話を持つ事がイマドキの当たり前であることもあって祐理を古き良き時代の大和撫子という噂の一要素として捉えていたのだった。

「え、知り合いなんですか?」

「はい。もうずいぶんと昔ですが、お会いしたことがあります。あれは、出雲大社に行ったときでしたね」

「万理谷先輩には、よくしていただきました。いろいろとご迷惑をおかけして……」

 静花は祐理と晶の意外な繋がりに驚いていた。

 その一方で、護堂もまた不思議な繋がりがあったものだと感心する。

「それで、万理谷はなんでここに? 静花に用事があったんじゃないのか?」

「あ、いえ。静花さんではなく、草薙さんに用があるんです」

「俺?」

「はい。草薙さんの携帯電話のメールアドレスがわからなかったもので。もしよろしければ教えていただけないでしょうか?」

 ごふっと隣の静花が咽た。 

「ちょ、ま、万理谷さん。一体どうしてこんな兄に!?」

「それは……その、詳しくは申し上げられないのですが、草薙さんに連絡を差し上げないとならないこともあると思いますので」

 こんな兄、という静花の言い方に軽くショックを受けながら、護堂も祐理を擁護する。

「別にいいだろう静花。そんなことまで根掘り葉掘り聞き出さなくたって」

「静花ちゃん。お兄さんのことになると血相を変えますから」

「ち、ちがっ」

 護堂に続いて晶が、雪辱を晴らさんばかりに確信を突く一言を投げかけた。静花は顔色を一気に紅く変化させて反論しようとする。

 そこに、

「そうなんですか。静花さんは、草薙さんのことをとても大切に思っているんですね」

 と、にこやかに祐理が言ったことが止めとなった。

「そんなことないもん! わたし、先に帰る!」

 静花はそう言うと、弁当を片付けて屋上から出て行ってしまった。

「お、怒らせてしまいましたか?」

「いいえ、あれは照れ隠しだと思いますよ」

 人の良い祐理はオロオロとしている。

 しかし、護堂としては、まさかこんな展開になるとは思ってもいなかった。この静花の行き場のない怒りは、おそらく、帰宅後の護堂に襲い掛かってくることと思われる。

 それを晶もわかっているのだろう。意味ありげな視線を向けてくる。

「先輩。がんばってください」

「……」

 後輩の無責任さに呆れつつ、護堂は弁当を平らげたのだった。

 




新学期が始まったり、D.C.3始めたり、学祭があったり、D.C.3のデータが飛んだり、鍋の中の料理酒で酔ったりといろいろありましたが、なんとか投稿できました。というかお椀一杯の中に入っている料理酒で顔が真っ赤になるとかってどうなんだ?と自分の酒の弱さに呆れてしまいました。

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