カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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二十四話

 リリアナが護堂の部屋を訪れたのは誰もいなくなった深夜のことだった。

 事前に連絡はあったので、護堂も快く迎え入れた。彼女の人払いの結界によって医師も看護師もやってくることはない。夜の病室に美少女と二人きりという状況は、護堂の精神に少なからぬ負担を強いているのだが、そういうことはおくびにも出さないようにする。

「夜分遅くに申し訳ありません。日のあるうちは一般の来客もあるかと思いまして。快復なさったようで何よりです」

 リリアナの言うとおり、昼間は忙しかった。静花はもとより、同級生も大挙して押し寄せてきたのだから驚いたものだ。

「草薙護堂様は非常に人望がおありなのですね」

「人望って。あいつ等勝手に押しかけて騒いで勝手に帰って行っただけだぞ? あと様つけるのは止めてくれ」

 騒いでいたのは主に三バカども。結局連中も原作と大して変わっていなかった。なんだかんだで仲良くやっているわけだし、ああした一般人と付き合っている時間は、護堂も一般人として振舞える。気軽で良いのだ。

 隣に直立するリリアナに、護堂は腰掛けるように言った。言ったのだが、拒否されてしまった。曰く、王の隣に座るわけにはいかないのだとか。硬い表情としぐさで、彼女が緊張していることがわかって、生真面目な性格を肌で感じる形となった。

 こういうときは、無理矢理押し切る。リリアナとここで今生の別れというのならそのままでもいいが、恐らくはそうではあるまい。原作通りに行くか行かないかはわからないが、それでも、彼女とのつながりは今後のためになるはずである。なにせイタリアを代表する魔術結社の総帥の血族なのだから。

「とにかく座って欲しいんだけど。立たせたまま話すこともないだろ?」

「そういうわけにも行きません。王と同席するのは騎士としてできませんから」

「だからその王っていうのは止めて欲しいんだ。俺は別に王権を振りかざしたりしないし、歳、いくつだっけ。十五? 十六?」

「わたしは今年で十六になりますが……」

「それなら同い年だ。同い年の女の子を直立不動にして会話なんてできるか? 俺はできないね。だから座って」

 有無を言わせず、護堂は畳み掛けた。ちゃっかりと歳を確認する。原作通りに同い年だった。

 リリアナは、ギクシャクとした動作で護堂のとなりにおいてあったイスに座った。そこまで言われて断ることはできなかったのだ。

 リリアナは一息ついて、

「強引ですね」

 と言った。

 しかし、言葉とは裏腹に、表情は緩んでいた。幾度か会話を交わす中で緊張が解れたのだろう。

「そういえば、晶から聞いたんだけど侯爵のところに手切れを言いに行ったんだよな? 大丈夫だったか?」

「はい。侯爵は好きにすればいいと投げやりな感じでしたから。敗北したことでわたし一人に意識を向けることがなくなったのでしょうか」 

 裏切り者は手打ちにするのが基本であるが、ヴォバンにとってはリリアナは重要性のある人物ではなかった。また、ヴォバンは盲従するタイプよりも反骨心の強い人物を好むし、敗北した直後に小娘一人を殺したところで、恥の上塗りに思えたのかもしれない。

 ともあれ、リリアナの離反で《青銅黒十字》が害されるということはなさそうだ。

 そうなっても、イタリアでヴォバン対サルバトーレの大戦が始まるだけだろうが。

 護堂は気になっていたリリアナの身の振りようがいいところに落ち着いているのを確認すると、手を組んだ。

「それで、リリアナさん。確認したいこと、というのは?」

 リリアナが投函の魔術で送ってきた手紙には、確認したいことがある、とあった。人目を避けたのは、それもあってのことだろう。

 思い当たる節がないわけでもないが。

「いや、あのですね」 

 リリアナは、恥らうように目線を右往左往させる。

 硬い印象の少女だが、そういう仕草をすると一転して乙女という言葉が似合う少女になる。なるほど、確かに妖精だ、と護堂は思った。

「その、高橋晶に持たせていたという、アレについてお聞きしたいなと、思いまして……」

「アレ? ああ、アレなァ」

 護堂は生返事をした。アレというのは、もちろんリリアナの黒歴史のことである。リリアナは自分の妄想(主に俺様的な男に言い寄られる女の子という構図の恋愛小説)を人知れず(と思っている)執筆するのが趣味であり、それを恥ずかしいとひた隠しにしている。原作においてはエリカがリリアナに仕えるメイドを買収して入手して、それを脅しの手段としているが、一足早く護堂がその手を使った。結果はヴォバンからの離反という形で現れた。効果は抜群だ。

「アレが、どうしたんだ?」

「どうした。いや、どうもしませんが……」

「じゃあ、いいじゃないか」

「よ、よくありません! アレは……!」

 リリアナは面白いくらいに食いついてくる。護堂は内心で謝りながらも楽しんでいる自分がいた。謝罪三割、楽しさ七割くらいの比率で。

 顔を紅くするリリアナに護堂は言う。

「アレは、恋愛小説に見えたけどな。俺には」

「…………はい」

「君が書いたんだろ」

「…………はい」

「人に知られるのがそんなに恥ずかしいの?」

「…………はい」

 確認するごとに消沈していくリリアナ。テンションのジェットコースターは上がり下がりを繰り返し、今は底辺を走行中だ。

「なるほどね。それじゃあ、誰にも言わないほうがいいか」

 そう呟くとリリアナはガバッと顔を上げて

「ほ、本当ですか!?」

 と期待を込めた顔つきで言った。

「ああ。誰にも言わない。約束しよう」

「あの、エリカ・ブランデッリにも」

「もちろん。彼女には特に気をつけることにするよ」

 調子に乗って言ってしまった。ミスったと表情をしかめるが、リリアナは気づかなかったようだ。

 ごめん、エリカはもう知っているんだ、とは言えない。もっとも、護堂が教えたわけではないし、あの小説も大部分はエリカから融通してもらったものだ。それを言ってしまうとリリアナは悶死してしまうかもしれないので言えないのだ。

「高橋晶のあの封筒は」

「あとで晶に言って処分してもらうよ」

 護堂は、表情を取り繕って約束した。これは確実に守らないとな、と護堂の良心が誓った。面白がってリリアナをからかってみたものの、そろそろ良心が鎌首を擡げ始めてきた。

「それと、もう一つ確認したいことがあります」

「ん?」

 リリアナは真剣なまなざしで、

「どうやってわたしの秘密の趣味を暴いたのですか?」

 護堂は押し黙った。

 それを聞かれると痛い。言い訳をするにはどうするべきか? それも、考える時間はたっぷりあったので大丈夫だ。

「俺の第一の権能は知っている?」

「はい。ガブリエルを倒して簒奪された『強制言語』の力。確か、あらゆるものにたいして言葉で行動を強制する力だとか」

 リリアナは護堂の権能をそう評した。それはそのままグリニッジ賢人議会の『強制言語』に対する認識だろう。それを確認できたのも収穫だ。本質は伝心にあるわけで、なにも言霊がすべてではない。

「まあ、そうだな。もっとも、この権能の影響か超低確率で人の思念が飛び込んでくることもあるんだ。俺の言語って相手の魂に働きかけるものだし」

 無論嘘。ただし後半は事実なので、まるっきり嘘というわけでもない。リリアナは顔を青くしていた。彼女は、今の護堂の言葉を聞いて、自分の思考が筒抜けだったと思ってしまったことだろう。

「あの、そ、それでは」

「君の趣味を覗き見してしまったことは本当に申し訳なく思う。ただ、わかってほしいのは、決して意図してやったことじゃないってことなんだ。今回は侯爵との戦いがあったから仕方なく使わせてもらったけど、あれも偶発的な事故が重なって起こったようなものなんだよ。使える物は使わないと侯爵には勝てないだろ? 君を確実に足止めすることで、後方の憂いを取り去る必要があったんだ」

 護堂は頭を下げて謝った。リリアナの知識も別に覗き見したわけでなく初めからあったもので、それを戦場で利用したのも、どうしても勝たねばならない状況下ではしかたのないことだった。晶が負けるとは思わないが、もしも、何もしないで負けてしまったら後悔してもしきれない。

 リリアナもまあ、そういうことなら、としぶしぶ納得した。侯爵戦を持ち出され、そうする必要があったと力説されたことで納得させられた形になる。

 護堂はこれ以上の追及を避けようと話を変える。

「でも、まあ、目を通したけど、結構面白かったよ。あの小説」

「え、そうですか?」

 リリアナは心なしか表情を変えて、嬉しそうにした。

「うん。女性向けの恋愛小説というのはあまり読まないけど、楽しめた」

「ありがとうございます」

 自分の書いた小説を面白いと言われたのがうれしかったのか少し顔を紅くしながらはにかむ。

「気になるのは、あれって場面と場面につながりがないことが多いよね? 読者的には飛び飛びじゃなくて過程があったほうがよかったかな」

「はい、そうですね。ただ、あれは、その……わたしが書きたい場面を殴り書きしただけですので。そもそも誰かに読んでもらうことを想定していませんでしたし」

「ふうん。なるほどね。だから短編にも満たない感じになってたわけか」

「そういうことになります」

 なるほど、と護堂は頷く。

「ところで、アレは話が続くのかな?」

 リリアナはきょとんとして、一応、と答えた。

 殴り書きであれ、それなりに構成はしていたということだろう。そう思ったのは、話の登場人物の設定がやけに作りこまれていたからだった。どんな人物なのか、家庭、性格、能力などがちゃんと形作られていた。それだけしていながらただの殴り書きで終えているのはそれが単にリリアナの妄想の産物だからだろう。それは、もったいないと思えた。

「もし、リリアナさんさえよければ続編を読ませてもらいたいな」

「え゛…………」

 リリアナは凍りついたように固まった。そして、

「はあッ!?」

 ズザッと身を引き、素っ頓狂な声を上げてアタフタとしながら、両手を振った。

「ム、ムリです! そんなこと! 突然何を言い出すのかと思えば!」

「そんなに驚くことか? 俺はただ、先が気になるなと思っただけで、他意はないんだ。気に障ったのなら謝るよ」

「気には障りませんが、そんな風に期待していただくような物でもありませんし」

「そんなに卑下することもないと思うけどな。面白かったという事実はあるわけだし、面白い話の先が気になるのは読者として当然の心理じゃないか」

「それは、確かにその通りです。しかし……」

「まあ、気が向いたらでいいよ。ムリはしないに限るしな」

「はあ」

 護堂の意図がつかめず、生返事を返すリリアナ。

 小説の話をすることに関して吹っ切れたのか、普通に話が進むようになった。

 それから、しばらく護堂はリリアナの小説についての感想を語り、リリアナはいちいち頷いてはそれに対する意見を述べたりしていた。

 護堂も本を読むタイプの人間だ。それは実家が元々古書店で、生まれながらにして大量の本に囲まれていたから、自然に本を読むようになっていった。ジャンルは小説から新書まで様々。一応カンピオーネになってからは神話や民俗学の本にも手を出していた。祖父の一郎がその手のスペシャリストとあって、かなりマニアックなレベルで本が取り揃えられていたのだ。

 意外にも本に関する会話は弾み、小一時間は語っただろうか、護堂は、読書家の友人はいるものの、話が合うかというと別になる。運の悪いことに、護堂の友人には同じ本を読む人は少なく、さらに意見が合うことも多くはなかった。

 読書家の友人はいるものの、話が合うかというと別になる。運の悪いことに、護堂の友人には同じ本を読む人は少なく、さらに意見が合うことも多くはなかった。

 驚いたのは、リリアナが日本の本も手にしていたことだ。日本語が堪能なのは呪術によるものもあるが、それ以上にリリアナが日本贔屓の親日家だということが大きく、仕事での来日でなければゆっくりと観光して回りたいとまで言っていた。

「それでは、わたしはこれで。こんなに長居してしまいまして申し訳ありません」

「いや、いいよ。いつもこの時間はまだ起きてるしね。どうせ眠れやしない」

 リリアナはこの部屋を訪れたときよりも、ずっとやわらかい表情で微笑んだ。月光のように涼やかな笑みに思わず目を奪われる。

「そう言っていただけると助かります。しかし、戦士には休息も必要です。差し出がましいことですが、お身体は大切になさってください」

「ああ、そうだな。心配してくれてありがとう」

 リリアナは立ち上がり、あ、と何かを思い出したかのような声を漏らした。

「どうした?」

「あ、いえ、先ほどの話なのですが……」

「先ほど?」

 護堂は首を捻る。いろいろと話してきたからピンと来るものがなかったのだ。

「その、わたしの小説の続きのことです。いつ、と断言できませんけど、もしも書くことがあればその時は、笑わないで読んでいただけますか?」

 もじもじとしながらそう言ったリリアナは、この日一番恥ずかしそうにしていた。

 護堂は、これを受け入れることにする。断る理由はもとよりない。

「もちろん。楽しみに待ってるよ」

「は、はい!」

 なんとも嬉しそうに笑って、リリアナは去って行った。

 

 

 

 リリアナが去って行った後、静寂に包まれながら護堂はベッドに寝転んだ。

 開きかけたカーテンの隙間から差し込む月光が顔を照らす。綺麗な真円を描く月の夜。銀色の騎士と語らうにはふさわしい夜だと思う。

 ともあれ、リリアナとの関係は、思いのほかうまくいった。狙ってしたわけではないが、話の流れから彼女の著作を定期的に読むこともできるようになったし、それは《青銅黒十字》とのパイプができたということでもある。結社側としては、リリアナがカンピオーネを裏切ったという行為に対して思うところはあるだろう。ヴォバンの報復に戦々恐々としているかもしれない。護堂との間に何かしらのつながりがあれば、リリアナの立場が悪くなることもあるまい。

 護堂からしても、リリアナからしても悪い話ではない。

 一応言い訳しておくならば、別にリリアナをからかうために小説が読みたいなどと言ったわけではないのだ。

 


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