カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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二十九話

 護堂たちは、茨城県に宿をとることにした。

 案山子のトランスフォームはそれなりに衝撃を与えるものであり、敵が強大化していることを示すものでもあったからだ。

 いつでも敵に対応できるように現地にいる、という判断を下した。

 家に連絡をいれ、中学時代の友人宅に泊まっていることにした。電話に出たのが祖父だったことも幸いして、話はすぐにまとまった。

 もしも、電話に出たのが静花だったら、いったいどんなことを言われるか。おそらく、頭から信じてくれることはないだろう。そうすると、さらに嘘を重ねていく必要があるので、罪悪感も一層駆り立てられてしまうことだろう。

 本当に、理解ある草薙一郎でよかった。

 宿泊費は正史編纂委員会側の負担になるようだ。

 『まつろわぬ神』の行動調査のための経費が落ちる。そもそも、カンピオーネを同行させているのだから、それ相応の金銭は動かせるのだ。

 泊まったのは図々しくもそれなりのホテル。

 エントランスから見事な装飾で飾られ、大理石の柱など一流の仕事であることが分かる。

 冬馬などは、このホテルを貸切にしようとまでしていたが、それはさすがに止めた。

 部屋は和室で、四人部屋なのだが、護堂と冬馬、女性二人で三つの部屋を取った。

 護堂としても、こんな部屋を一人で使うのは気が引けたのだが、冬馬が、カンピオーネである自分に気を遣ってしまうのなら、別部屋でいいという風に考えた。

「草薙さん。とりあえずはお風呂にいかれてはどうでしょう?」

 部屋に着くなり冬馬が護堂にそう言ってきた。

 当たり前のことだが、ここには大浴場がついている。炎天下にいたために汗もかいたし、風呂には行きたいと思っていたところだ。護堂は二の句もなく承諾した。

「甘粕さんは?」

「わたしは、これから資料を作成しないといけませんので、あとでいただくことにしますよ。お気になさらず、ゆっくりしてください」

「そうですか。じゃあ、そうさせてもらいます」

 護堂はそう言うと、バスローブとタオルを持って風呂に向かう。

 冬馬のことは気にしないでおこうと思う。

 なにせ、もともと部屋も違うし大人で仕事持ち。ここにいるのも彼の仕事であるから、敵が来たら戦えばいい護堂とは違ってやることも多いのだろう。

 そして、護堂が出て行くと、冬馬はカバンから紙の束を取り出した。

 分厚いそれは、数百枚にもなる履歴書だった。

「やれやれ、これに目を通せってのも、結構しんどい作業ですよねえ……」

 と、ぼやいて、冬馬はページを捲る。

 しばらく読んでいるところで、ドアがノックされた。

「叔父さん。ちょっと、いい?」

「晶さん。いいですよ」

「おじゃまします」

 ドアを開けて晶と祐理が入ってきた。

 二人は媛巫女である。

 呪術に縁深い、正真正銘の巫女。

 だからだろうか、この二人が和室にいると、妙に雰囲気が雅やかに感じられてしまう。

「おや? 祐理さんもご一緒?」

「はい、申し訳ありません。今日の事件のことを、早いうちに相談しておいたほうがいいと思いまして、伺いました」

 やたら丁寧な言葉を使うのは、彼女のクセのようなものだ。もともとは公家の家柄で、魔術とも昔から関わっていた。

 万里谷家は強力な巫力を持つ女児を産む家系だった。

 祐理も例に漏れず、巫女としての高い資質を持って生まれ、その役目をしっかりと果たしている。

「ごめんなさい。今、仕事中だった?」

「ええ、ですが問題ないですよ。あなた方にも関係のあるものですし」

「?」

 首を捻る晶が、冬馬の近くまでやってきた。

 隣に座り、資料を覗き込む。

「何、コレ?」

 履歴書の束を見たところで、何のことかさっぱり分からないのも無理はない。

 そこに書いてあるのは仕事の内容とは関係なく、ただの個人情報だからだ。

 晶は、それ以上を見るのは止めにして、目を逸らす。

 何のための履歴書かはわからないものの、個人情報であることに間違いはない。ジロジロと見ていては、申し訳ない。

 正史編纂委員会を信じて、提出されたもの。その信頼を裏切るわけにもいかないのだ。

 晶の呟きを自身への問いと思ったのか、冬馬は答える。

「草薙護堂氏の愛人候補というヤツですかね」

「へ?」

 晶が逸らした視線を即座に冬馬に戻す。

「え?」

 祐理がお茶を準備しようとした手を止めて固まる。

「お、叔父さん。今、なんか凄いこと言ったよね? 聞き違いじゃない、かな、と」

「聞き違いじゃないですよ。これは、草薙さんの愛人候補として全国から集められた美女たちの資料ですよ」

「な-------------!?」

 晶は絶句。開いた口がふさがらないといった様子で、資料のほうを見る。

 確かに、美女、美少女の写真ばかり。

 日本にこれだけの容貌の持ち主がこんなにもたくさんいたのだということにも驚いたが、この数の女性たちが護堂一人のために用意されているということにも驚いた。

「どうしてそのようなことを!?」

「いや、祐理さん。これ、私の発案じゃないので、そんなに詰め寄られても困るんですけどね。まあ、理由としては簡単で、カンピオーネとのつながりを確かなものにしたいということですよ。草薙さんが年頃の男だというのが幸いなことでして、性格も他の魔王方と違って、比較的常識人ですから、こういう意見が出るのも無理ないことですよ」

「無理ないことって、そんな」

「そうだよ。先輩にそんな破廉恥な関係は必要ないよ!」

 さらに至近距離で声を張る晶に冬馬は顔をしかめて手で静止する。

「まあまあ、落ち着いてくださいって。別に強要するものではありませんし、最後に選ぶのは草薙さんですからね」

「それは、そうだけど……」

 納得できないけど、言い返せない。

 押し黙った晶は座りなおす。

「強要するものではないとおっしゃいましたけど、それではこの方たちは?」

「ああ、それは当然立候補ですよ」

「立候補!? こんなにたくさんの方が、ですか?」

「驚くようなことではないでしょう。相手はカンピオーネ。しかも、一般常識が通じる相手ですし、顔も悪くないとくれば、立候補くらいしますよね」

「そんな……」

 祐理も押し黙った。

 痛い沈黙が、部屋を包んだ。

 冬馬の言っていることが間違いだとは思えなかった。

 もちろん、人の意思を無視したものは反対だ。しかし、立候補者に対していちいち文句を言う権利は祐理にも晶にもない。それは、個人の自由。そして、護堂が誰と恋仲になろうとも、二人には干渉することはできないのだ。

「まあ、手っ取り早く、お二人が草薙さんのところに行ってくれれば解決する話なんですけどね」

 その一言は、ある種の爆弾と言っても差し支えない。

 晶は伏していた顔を勢いよく上げた。

 祐理は冬馬が何を言っているのか理解するのに、多少の時間を要し、そして、顔を真っ赤に染め上げた。

 どちらも、明言はしないものの、護堂に少なからぬ好意を持つ者同士。インパクトは大きかった。

 しかし、冬馬の言葉を手放しで喜ぶほど身持ちは軽くない。

「ど、どうして、そういう話に?」

「何か不思議なことがありますか? 晶さん。あなたは草薙さんによからぬ女性が近づいて欲しくない。それであれば、あなたが近くにいる他ないじゃないですか。幸いお二人は媛巫女。分不相応ということはありません」

「な---------------!」

「じょ、冗談もほどほどにしてください! 甘粕さん!」

「はあ、まあ、無理強いはしませんけどね」

 そう言うと、冬馬は履歴書を再びカバンに戻した。

 彼女たちがいる所では仕事にならないと思ったのだろう。

 膨大な数の書類に目を通すのは時間のかかる作業であり、同時に集中力も必須要件だからだ。

「でも、頭に入れておいてくださいね。あなた方が思っている以上に、周囲は動いているということを」

 冬馬とて、二人の恋心を否定することはありえないし、もしもこの二人が護堂とくっつくならば、それがベストだと、個人的には思っている。

 媛巫女は、極めて特殊な血筋だ。神代から続く神祖の血を後世にきちんと残すのも彼女たちの仕事の一つである。

 だから、現代でも、媛巫女の婚姻には正史編纂委員会が口を出すこともありうる。特に晶と祐理は家柄としては上級ではなく、それなのに上等な血の持ち主。清秋院クラスになれば委員会を無視した行動もできるが、彼女たちは家の後ろ盾がない。通常の恋愛で結婚できるかどうか怪しいものだ。

 その観点からも、護堂の庇護下に入るのは悪い話ではない。

 彼女たちの想いと、委員会側の意向を両立させることができるのは、ここくらいしか残っていないのだから、多少背中を押すくらいはしてあげないといけないな、とは思ったりもしていたのだ。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 護堂は風呂を堪能しつくした後、浴衣に着替えて浴場を出た。

 もともと、着替えなどないのだから、この格好になるのは仕方のないことだ。

 とりあえず、冬馬の部屋の隣にある自分の部屋に入る。

 電気をつけて、荷物を置き、団扇で身体を冷やす。

「いや、これは棚から牡丹餅ってやつだな」

 そう言いながら、窓の外を見る。

 ホテルの窓から見える町並みは、光の点を大地に灯し、まるで夜空。

「おっと、とりあえず甘粕さんのところに顔を出さないといけないな」

 思い立った護堂は、部屋を出て隣のドアの前へ。

 ノックをすると、すぐに返事が返ってきた。

「失礼します」

 ドアを開けて中に入る。

 すると、部屋の中には祐理と晶もいて、こちらに視線を向けていた。

「あれ、二人ともいたのか」

 なんでもないように護堂は言って、部屋の奥に進む。

「あ、あの、先輩。その、格好は?」

「風呂上りだからだ」

「み、見ればわかりますけど」

「なんか変か?」

 護堂はなぜか顔を赤くする晶に不安になった。

 着方が違うのか、それともまた別の意味合いか。まさか、似合わないなんてことはないだろうな、と。

「いえいえいえ! なにも、なにもおかしなところはないですよ!」

「本当か?」

「はい。もちろんです!」

「そうか、ならいいんだけど」

 何か釈然としないものを感じながら、護堂は座った。

「あの、草薙さん。コレをどうぞ」

 そこに、祐理が湯のみを持ってきてくれた。

「冷たいお茶です。お風呂上りと伺ったので、そちらのほうがいいかと」

「ああ、ありがとう。万里谷」

 護堂は湯のみを受け取り、半分ほど飲んで、座卓に置いた。

 自然、皆が座卓に集まり真剣な顔つきなる。

「さて、頃合もいいですし。はじめますかね」

 冬馬がカバンから資料を取り出した。

 一瞬だけ祐理と晶が肩を震わせたが、それが別物だとわかり胸を撫で下ろしていた。

「簡単にですが、今までにわかったことを纏めてみたものです。それを見つつ話していきましょうか」

「はい」

 配られたA4の資料。

 わかったことは少なく断片的。それでも、敵の動向や性質はかなり押さえ込んだと言えるだろう。

「まず、第一に農耕神としての側面を有すること。これが前提です。案山子を使い魔としたことと、農地にしか出現しなかったこと、そして祐理さんの霊視を総合し、それは揺ぎ無いものとなりました」

 冬馬の説明に、護堂たちは頷いた。

 それをまずは共通理解としてこれまでやってきたからだ。

「確か、ほかにも『暴風』とか『火』とかもアリなんですよね。これは?」

 と、護堂が質問する。

 まあ、暴風は確かに農耕と関わりのある神格かもしれないが、火はどうにも納得がいかなかった。

「うーん、まず『暴風』ですけど、これは『嵐』と読み替えたほうがいいですね。嵐というのは大量の雨と雷をもたらしますから、農耕民にとっては災厄と同時に恵みなんですよ」

 晶が、冬馬に先んじて答える。

 それはいいが、雷もそうなのか?

「だって、雷は稲の妻と書いて『稲妻(イナヅマ)』ですよ。古代人にとって稲の伴侶は雷なんです。まあ、本当は稲の夫と書くんですけどね」

「それは、なんで?」

「雷が落ちた田んぼの収穫量は増えるものです。それは科学的にも証明されていますよ」

 それに答えるのは冬馬だった。

「雷はですね、大気中の窒素を酸化させるんですね。そしてそれが雨に溶けて地上に降り注ぎ、土壌に固着されるんです。窒素固定ですね」

「ああ、なるほど」

 護堂は納得した。窒素は植物の生育には欠かせない元素の一つだったと記憶している。そして、同時に、古代人の知恵と観察眼に感心した。

「それでは、この『火』のほうが問題ですね」

「そうですね。農耕と火の関係ですからね。わたしは、初め迦具土神を思い浮かべたんですけどね」

 と、晶は言った。

 カグツチというと、日本を代表する火の神だ。

 漫画などにも、その名はよく引用され、非常にポピュラーな神格と言えるだろう。

「確かに、火と言えばカグツチだな。でも、その言い回しは違うってことか?」

「はい、だってカグツチには農耕との関わりがそう強くありませんから。こじ付けはできますけど、暴風はムリです」

「まあ、そうだな」

 火の神ではある。しかし、それでは嵐を呼ぶことはできない。

 『まつろわぬ神』にしても、神獣にしても、神話をベースにするために、その権能は神話に縛られる。

 ゆえに、カグツチは嵐を呼ぶことはできない。

「でも」

 と、祐理が口を開く。

「カグツチというのは近いかもしれません。あの『火』は確かに、そのような神性を感じました。そう、文化的な『火』……」

「文化的な『火』?」

 護堂は首をかしげる。 

 しかし、思い返してみれば『火』とは文化の象徴でもある。プロメテウスの神話がまさにそのままあてはまる。

「でも、カグツチは文化的な『火』なのか? どちらかというと溶岩とかを思い浮かべるんだけど」

 と、護堂が言うと祐理は、

「はい、そのとおりです」

 と、言った。

「カグツチは記紀神話において神産みで現れる神です。母はイザナミで、父はイザナギですね。このとき、かの神は母を焼き殺してしまい、激情に駆られたイザナギはカグツチを斬り殺してしまいます。その際にカグツチの血から八柱の神が生まれ、死体からも八柱の神が生まれます」

 それが、神産みの神話。 

 護堂でも知っている、記紀神話でも特に有名なところだ。

 この後、死んだイザナミを連れ戻すべくイザナギは黄泉の国へ旅立つのだ。異界訪問譚の一つ。

「カグツチは荒れ狂う自然の『火』。即ちマグマの化身です。大地のイザナミから生まれる火であり、彼の血から生まれる神々も、自然に類するモノばかりです」

 そして、祐理が神名を挙げていく。

 十拳剣の先端からの血が岩石に落ちて生成された神々は、順番に石折神(イワサクノカミ)根折神(ネサクノカミ)石筒之男神(イワツツノヲノカミ)

 十拳剣の刀身の根本からの血が岩石に落ちて生成された神々は、甕速日神(ミカハヤヒノカミ)樋速日神(ヒハヤヒノカミ)、そして、あの有名な建御雷神(タケミカヅチノカミ)

 十拳剣の柄からの血より生成された神々は、闇淤加美神(クラオカミノカミ)闇御津羽神(クラミツハノカミ)

 これらが生成された後、その死体からは、八柱の山の神が誕生している。

「最初に生まれた三柱は岩の神です。固まった溶岩や降り注ぐ火山弾の化身ととれます。次に生まれたミカハヤノカミは火の神です。カグツチから生まれた火と考えると火災でしょうか。そして、タケミカヅチは雷ですね。火山は噴火するとき、雷が生じます。最後の二柱は竜神です。つまりは水の神であり、嵐の神。彼らは皆、自然災害の化身なのです」

 しかし、と祐理は続ける。

「その根幹である、カグツチ。マグマの神で噴火の神たるカグツチをなぜ、斬り殺せたのか? そこに文明の『火』を見出すことができるんです」

 祐理はさらに解説を進める。

「カグツチに文明を見る際は、そこから生まれる神々も文明的な側面を持ちます」

 例えば、岩の神三柱が第一に生まれた。

 そのうちの最後、イワツツノオノカミは、剣を鍛える槌を表す。

 次に生まれるミカハヤヒノカミは、火の神であると同時に剣の神だ。そして雷神タケミカヅチもまた、剣の神。灼熱に燃える鉄剣と、雷の如く万物を切り裂く剣の神なのだ。

 そして次に現れるのは水の神。

 クラオカミノカミのオカミは竜の古語で、闇という字は谷間を示す。

 剣は水で冷やされることで完成するから、この神も必要な神だった。

 木がなくては火は生まれない。ゆえに山の神も生まれなければならないのだろう。

 

 カグツチの殺害は、人々が火を制したことを意味しているのではないだろうか。

 人間の手に負えない『自然界の火』から、自由に取り扱える『文明の火』へと落ちたことを表している。

 この神産みの神話は世界の文明化を意味する神話である。

 ギリシャ神話では、火はプロメテウスによって授けられた。

 それによって、人間は火による安全と文明を手に入れたのだ。

 だがしかし、人間は火の恩恵だけを受け続けるわけではなかった。

 それを知った主神ゼウスは激怒して、人間にパンドラを差し向けるからだ。このパンドラは、後に世界中に災厄を撒き散らす元凶となる。

 つまり、文明の火には恵みと災厄の二面性があるということだ。

 そこにあるのは、おそらく戦争だ。

 縄文時代から弥生時代に入ると、戦争が勃発する。

 それは、集落が生まれ、稲作が生まれ、武器を作る技術がうまれたことで、貧富と身分が生まれたからだ。 

 成熟した文明だからこそ、戦争という災厄を引き起こす。

 

 神産みでも、それは見受けられる。

 なぜなら、カグツチによってイザナミは焼き殺されてしまうからだ。

 イザナミの死は人類への災厄を象徴するものだ。

 この後のイザナギの黄泉の国訪問の最後。黄泉の王となったイザナミは、人類に対して、一日に千人を殺す呪詛をかけるのだから。

 最後に生まれるのが山の神なのは、山に祖先の霊は帰るという縄文以来の信仰が残っていたからなのかもしれない。

 つまり、山=黄泉である。

 ともあれ、カグツチが純粋に自然の火を表す神であったなら、斬り殺されるなどということがあるはずがないのだ。

 ギリシャのテュポーンのように、封印されるのが関の山。

 殺されるということは、そこに人類の手が届いたということだ。

「その証拠に、カグツチは火の神であり、鍛冶の神なんですよ」

 と、締めくくった。

「なるほど。それで、カグツチが文化の火なわけか」

 火が持つ二面性。破壊と再生の神話は、文化の火の特徴の一つなのだろう。

「さらに付け加えるとしたら」

 冬馬が、にこやかな表情で、

「カグツチがイザナミのどこから生まれ、どこを焼いたのかを考えるとわかりやすいですよ」

「あの、甘粕さん」

 祐理がそれを止めようとするように、呼びかける。

 しかし、冬馬は気にすることなく続けた。

「カグツチが焼いたのは、イザナミの陰部。つまりはホトです」

「な、なるほど」

 ストレートに言い切った冬馬に、晶は非難の視線を向け、祐理は顔を赤くした。

 もしかしたら、さっきの説明の時は、あえて避けて通ろうとしていたのかもしれない。

「重要なことですよ。このホトですが、古事記では蕃登(このように)書かれます。ですが、もう知っているとおり、イザナミはこのホトを焼かれてしまいます。このことから、この漢字は火の処と書いて火処(ホト)と読む場合も生まれました」

 冬馬は資料の紙の端に漢字を書きながら説明してくれた。

「そしてこれはそのまま、たたら製鉄に行き着きます」

「たたら製鉄に?」

「はい。なぜなら、たたら製鉄において、溶けた鉄が出てくるところを火処と呼ぶからですよ。だから、カグツチは文化的な火の象徴であり、製鉄の神なのです」

 護堂はそれを聞いて、祐理には悪いが、それが一番わかりやすい説明だと思った。

 しかし、話が逸れている。

 この問題は、文化的な火が関わるけれども、カグツチは関係ないというところからスタートしたはずだ。

「しかし、文化の行き着く場所は製鉄に違いありません。特に剣は製鉄文化の最終到達地点ですよね」

「剣を作るのは、他の祭祀の道具を作るよりも難しいからです」

 と、晶と祐理が言う。

「つまり、万里谷先輩が見たのは純粋な文化の火。つまりは製鉄神の火ということでしょう」

「あ、そういう繋がりか」

 製鉄神の火。

 確かに、それならば、文化の火と取っても間違いない。

 護堂は紙に出てきた属性を書き連ねていく。

 『嵐』『農耕』『製鉄』

 これらを兼ねそろえた神格ということになろう。

 製鉄神だからこそ、あの案山子は刃物を扱ったということか。

「うん。もう大体絞り込めましたね」

「はい。そこにあの案山子を加えれば答えがでます」

「なぜ? まだ、コレだけしか出てないのに」

 護堂が尋ねると、だから案山子が大切なのだと返答された。

 返答した後で、晶が、

「でも、それだと迂回しすぎかな」

 と、呟く。

「あのですね、先輩。実はあの案山子なんですけど、あれ、ただの案山子じゃないんですよ」

 それは知っている。

「そうじゃなくて、あれを単なる案山子と捉えることが間違いなんですよ」

「案山子じゃないってのか?」

 護堂は、二度の案山子との戦闘を思い出す。しかし、間違いなく、あれは案山子だったと思う。

「案山子としての面は、農耕神としての面です。ですが、今日戦ったあれは農耕神ではなく製鉄神としての面を押し出していましたね」

「うん。晶の槍を模倣していたし、鉄を溶かして槍を作っていたからな」

「そして、先輩も見たと思いますけど、あの案山子たちの顔」

 顔、と言われて、また、思い出す。

 黒っぽい色合いは金属だったから。

 ほかに特徴があったといえば、

「目玉か?」

「はい、一つ目です。一つ目の一本足」 

 一つ目の一本足。そう言われると、思い当たるのは唯一つ。

「それじゃあ、あいつ等はイッポンダタラだってのか?」

 イッポンダタラ。

 それは、一つ目と一本足の妖怪で、知名度も非常に高い。妖怪を代表する存在の一つだ。

 出現場所は、主に和歌山県の近隣とされている。

 そういえば、今回の怪現象は、三重県から発生していた。地理的には和歌山県と非常に近い。

「そうです。イッポンダタラ。ダタラはタタラ。たたら製鉄のことじゃないですか。一説によれば、踏鞴師は片目を瞑って火を見ていたっていいます。これが片目の製鉄神の由来です」

 片目の製鉄神と聞いて思い出されるのは、ギリシャ神話のサイクロプスだ。

 彼は片目の製鉄神であり、神話において重要な役割を持つ。

 しかし、片目と製鉄を世界共通と見るのは危ない。

 片目の神は世界中に散見され、製鉄と無縁の神のほうが多いのだから。

 ともあれだ。製鉄は鉄製農具の普及にも一役買う。

 製鉄神と農耕神の融合だ。

「案山子であり、イッポンダタラであるあれらを使い魔とするのは、農耕神であり製鉄神である証拠。この国には片目の製鉄神は一柱しかいません。イッポンダタラはその神の零落した姿です。片目の竜と習合したその神の名は---------------天目一箇神。竜としての名を一目連といいます」


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