カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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三話

 甘粕冬馬が歳若い敏腕上司からその任を仰せつかったのは、祐理の下を訪れる前日の深夜になってからのことだった。

 元来人使いの荒い上司に、この日も曰くつきの呪具の調査を任され、疲労困憊としたところでのことだったのだが、上司の口調がいつになく真剣だったことから、ただ事ではないと即座に察したのだった。

 冬馬は、日頃の立ち居振る舞いこそ真面目とはいいがたいものがあるが、その実力は同僚から一目置かれるほどのものがある。それは呪術の腕前だけでなく、空気を読んで行動するといったような大人としての基本的な対人スキルの他、事務能力などもあり、それらを総括して上司の右腕として走り回る日々を送っている。

 よって、突然の呼び出しが、決して朗報ではないことを口調だけで悟り、進路を自宅から職場へ切り替えることにも躊躇いがなかった。

 口ではぶつくさといいつつ、冬馬は職務に忠実だったのだ。

「やあ、甘粕さん。こんな時間にすまないね」

 職場に着いたとき、気さくに冬馬を出迎えたのは、美少年、にも見える男装の麗人だった。

「馨さん、そう言うのなら規定の時間内に用事を済ませて欲しいですね」

「そうも言っていられない事態になってしまったから、甘粕さんを呼んだんだけどね」

「それは?」

「単刀直入に言うと、この国にカンピオーネが生まれた可能性がある」

「は?」

 その瞬間、冬馬の脳は一瞬停止した。

 この男らしくない、素の表情で、問い返してしまった。

「まさか、そんな嘘でしょう。カンピオーネになるには『まつろわぬ神』を殺さねばならないのですよ。ここ一月、『まつろわぬ神』の降臨はイタリアのサルデーニャ島付近の情報しかありませんよ」

「そして、そのサルデーニャ島の『まつろわぬ神』、ウルスラグナとメルカルトの戦闘は、ウルスラグナの敗北で幕を閉じた。生き残ったメルカルトも大きなダメージを受け、そこにやってきた七人目と戦い消滅ということみたいだね。イタリアの名門、《赤銅黒十字》の大騎士であるエリカ・ブランデッリの証言があるよ」

 冬馬は、上司には失礼ながらも、デマに踊らされているようにしか見えなかった。しかし、そんな冬馬を他所に、馨は続ける。

「今のところは状況証拠と、そのエリカ・ブランデッリとルクレチア・ゾラの二人からの報告しかないんだ。七人目のカンピオーネは日本人だということを証言しているだけで、確証は向こうもとっていない。半信半疑だけれども、地を極めた魔女と大騎士の言だ。無碍にはできない。当然、僕たちも、ね」

「なるほど。それで、状況証拠というのは?」

「航空写真でよければ見るかい?なかなか派手に暴れたみたいだよ」

 馨は茶褐色の封筒から、A4プリントを取り出した。

 そこには、数枚の航空写真とそこに写されているものに対する考察が記されていた。

「場所はサン・クイーリコ・ドルチャですか。建物の倒壊に、道も寸断されていますね。地震でも来たのでしょうか」

 サン・クイーリコ・ドルチャ。

 イタリアのトスカーナ州シエナ県に属するコムーネ(自治体の最小単位)の一つであり、ヴァル・ドルチャを構成する一要素でもある。人口は二千五百と少ない。

 ヨーロッパという石造りの文化は数世紀といわず、中世以前の建造物も原型をとどめ、今でも利用されている。サン・クイーリコ・ドルチャもその例に漏れない、のだが、この写真に写る町並みは、無残なものだった。

「残念ながら、そのときイタリアを襲っていたのは大嵐さ。地震ではないよ」

「嵐のほうにばかり目を向けていたら、懐に入り込まれたと」

「そんなところじゃないかな。もっとも、この街からは呪力は検出されていないんだ。だから、向こうも、僕たちのお偉いさんも確信が持てない。神にしかできないような破壊を呪力なし、災害なしでどうやって起こす?」

「隠匿的な能力」

「近いね。どちらかと言えば、すり抜けるとか、逸らされるという感覚に近い、というのが現地調査をした魔術師の感想だそうだ」

「呪的探査の網を抜けるわけですか。とすると」

 冬馬の視線がレポートから馨に移る。

「そう、この神を倒したとされる日本人の少年にもそうした力がある可能性がある。並の呪術者では気づけないかもしれないね。実際、ルクレチア・ゾラでさえ、意識しなければ分からなかったそうだし」

「最上級の霊視能力が必要ということですか。となると、彼女以外にいませんね」

「そういうことになるね。それに、何の偶然か、彼女と少年は同じ学院だ」

「ほう、それはなかなか萌えるシチュエーションですねえ」

 

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 祐理の下を訪れた冬馬は、最低限の情報を開示することで、事態の説明をした。このとき冬馬が説明したのは、祐理の力でなければカンピオーネであるかどうかがわからないということと、祐理がすでにかのカンピオーネとの面識があることなどを掻い摘んだものだった。

 冬馬としても、自分よりもはるかに年下の少女にこのような役回りをさせてしまうのは良心の疼くところではあったが、日本の今後にも直結する問題である以上、心を鬼にすることも致し方ないと割り切っている。

「それで、その方はどのようなお名前なのでしょう」

 祐理は、カンピオーネが存在するかもしれない、と聞かされた時点で激しく動揺していたが、このときには落ち着きを取り戻してした。

 彼女にとって、引き受けないという選択肢はない。

 媛巫女の義務以前に、カンピオーネの恐ろしさを我が身で知り、そして、恐怖の中でも自らの執るべき行動をとることのできる強い精神力の持ち主だからだ。

 同じ学院に通うとされるカンピオーネの存在に恐怖を感じても、だからといって怖気づくことはなかったのだ。

 冬馬は、事前に祐理の性格なども調べた上で訪れていたが、予想以上の強かさに感心していた。

「その少年の名前ですが、草薙護堂というようです」

「え……?」

 祐理は思わず冬馬の顔を凝視した。

 いったい何を言っているのだろう、というような表情だ。

「おや、どうされました?」

「いえ、すみません。聞き間違いかと思いますが、草薙護堂とおっしゃいましたか?」

「ええ、そう申しました」

「そんな。そのようなことが……」

 祐理は、冬馬から護堂の名を聞いても信じることができなかった。 

 祐理にとってのカンピオーネとは、暴虐の化身であり、想像を絶する恐怖の伝道者だ。困っている自分に手を差し伸べた少年とは似ても似つかない。

「もしかして、すでに面識がおありになる?」

「はい。数日前に一度、荷物運びを手伝っていただきました。しかし、そのときは、あの方から神の気配など感じませんでしたよ。何かの間違いではないのですか?」

 祐理としては、間違いであってほしいという願いを込めた確認だった。

「それは、私に言われてもなんとも。あなたに確認していただきたいことですから。ちなみに、我々としては間違いであってほしいというスタンスですよ」

「はい」

「まあ、カンピオーネでなかったのならそれでいいじゃないですか。そのときは、お茶にでも誘って、デートとでもしゃれ込めば」

「いきなり、何を仰っているのですか!」

 ぴしゃり、と祐理は冬馬の言葉を遮った。

 若干顔が赤くなっているのは、怒りよりも羞恥が強いからか。

 冬馬としては、祐理が草薙護堂を調べてくれればそれでいい。とにもかくにも、祐理が引き受けてくれる以上は、この神社にいても意味はなく、このほか重要な任務も多数引き受けている多忙の身。これ以上の雑談は時間的にも厳しいので、この頃合で切り上げることにした。

「では、朗報をお待ちしております」

 そう言って冬馬は、そそくさと神社を去った。

 残された祐理は、ただただ溜息をつくばかり。

 もっとも、七人目と目される少年は、奇しくも面識のある草薙護堂。ほんの僅かな時間しか会話をしていないながらも、人柄は祐理のトラウマであるヴォバン公爵とはまったく異なるものだった。

 その点、まったく相手を知らない状態で会うよりも精神的な負担は幾分か軽かった。

 草薙護堂と面会すると決めた祐理の行動は早かった。

 まず、草薙家に連絡を入れる。

 相手の連絡先は、静花が部活動の後輩だから知っている。あの静花の兄が魔王などとは信じられないが、もともと、会話する機会を欲していたのだからそれが向こうから転がってきたと思うことにした。

 次に、共に七雄神社で働く巫女や神職の人たちに挨拶を済ませ、電話で呪術界の友人に連絡を入れた。

 剣使いの親友は電波の届かないところにいるようで連絡がつかなかったのが残念だが、とにかく、七雄神社に関しては、自分に万が一のことがあったときのための引継ぎ資料の作成など、遅くまで仕事をこなした。神社の同僚も、連絡をとった友人もまるで死地に赴く友人を送り出すかのような言葉で祐理に挨拶した。

 家に戻ってから、家族は目じりに涙を溜め、本当にこれが最後かもしれないと家族写真まで撮る念の入れようだった。

 祐理の両親からすれば、魔王からの圧力によって娘を儀式に差し出さざるを得なかった過去があり、内心の不安と葛藤はいかほどのものだっただろうか。

 もしかしたら、稀有な能力を与えて産んでしまったことを後悔しているかもしれない。

 祐理はそんな両親とまだ小さい妹に感謝して、床に就いた。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 金曜の放課後、護堂は指定された神社へと足を向けていた。

 昨日の夜に万里谷祐理から連絡を受けたからだった。原作どおり、静花からの詰問を受けたが、すでに護堂が祐理と知り合いであることは静花も承知していたし、祐理の律儀な性格もあったので、先日の礼でもしたいのではないかとお茶を濁して回避した。いずれこの電話が来ることは予期できることだった。よって、脳内シミュレーションを行っていたから、静花を言いくるめることは容易かったのだ。

 祐理と自分はあのときにあったきりで、その際に後でお礼をすると言われた。向こうは、それを本気で実行しようとしているのではないか、ということを話せば、祐理の性格を知る静花は、しぶしぶながらに引き下がるしかない。ポイントは、真実だけで構成することにある。

(ついに日本の呪術者との会合か)

 断る理由も無い。

 カンピオーネになった段階で、呪術者とのつながりは欲しいと思っていた。

 神と戦うには、それ相応の準備が必要だ。それは護堂ひとりでは補いきれないものであり、他のカンピオーネも結社を率いたりしているのは、単に、そうした手足が欲しいからだ。

 もっとも、護堂は結社を率いるほどの部下はいらない。気になったことを相談できる友人程度でよく、祐理が仲間になってくれるのであれば、むしろ望むところなのだ。

 長すぎる石段に悪態をつきながら上っていくと、待ち合わせの場である七雄神社に到着する。

「お待ちしておりました、草薙護堂さま。突然お呼びたてして、申し訳ありません」

 予想の通り、祐理が出迎えてくれた。

 エセ巫女の集う初詣くらいにしか神社を訪れない護堂にとって、本物の巫女と接するのはこれが初めてと言えるだろう。それ以外は悪友たちが口々に言っている二次元のそれくらいだ。

「ひさしぶり、かな」

「はい、その節はお助けいただきましてありがとうございました」

 祐理は、丁寧な所作で頭を下げた。

 妹との育ちの違いは歴然だな、と護堂は苦笑する。

 静花だって丁寧語くらいは使える。が、ここまで淑やかに行使することはできないだろう。育ちのよさは、意識しない言動に表れるものなのだ。

 祐理の様子を見てみると、どうにも複雑そうな表情だ。気になる事があるのに、それがなんなのか分からない。断言できないもどかしさを感じている。

「それにしても、人気がないね。本当に万里谷一人か」

「他の方は所用で出払っておりまして、今はわたし一人になります」

「そうか。それで、俺を呼び出した理由ってのは、学校の用事?それとも仕事のほう?」

「それは……」

 祐理は一瞬口をつぐんだ。

 祐理の力を以ってしても、護堂がカンピオーネである、と断言できなかったのだ。普通、この時点で護堂を一般人と判断し、学校の礼を述べただろうが、さすがに祐理は洋の東西を跨って名を馳せる霊視術者である。護堂の内に眠る巨大な力の片鱗を感じ、判断がつかなくなってしまったのだ。一般人というほどに、呪力が少ないわけではないが、カンピオーネというには多くない。その奇妙な力の正体を探ろうとして、しかし捉えられない。

 精神感応の触手が護堂の力を尽く捉え損ねるのだ。

「……申し訳ありませんが、お尋ねしたいことがあります」

 しかたがない。腹をくくった祐理は、直接聞くことにした。もし、関係がなかったとしても、それは自分たちを安心させるだけ。

「カンピオーネという言葉に聞き覚えはありますか?」

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 護堂が倒した『まつろわぬ神』は、メッセンジャーとしての側面を強く持っている。

 いわゆる神の啓示というものを与える存在である。それを倒して手に入れた権能は、呪的感覚から逃れることができるという付属効果を持っていた。エリカやルクレチアと初めてあったとき、彼女たちほどの実力者が護堂の力を感じ取れなかったのも、この力のおかげであり、祐理ですら見抜くことができないということを以前の邂逅で証明した。 

「カンピオーネ、ね」

 尋ねられた護堂は、言葉を呑み込むようにもう一度同じことを口にする。

 祐理の視線は、今まで以上の真剣さを帯びている。

 どうやら、カンピオーネであるかどうかを確かめるつもりで呼び出した祐理ですら見抜けないようだ。精神感応、霊視に対する護堂の相性はとてもいい。なにせ、護堂のほうから積極的に相手の第六感に干渉しているのだから、干渉されている側からは、護堂の力を見ることができないのだ。ある意味で、コンピュータのハッキングに似ているところがある。

 相手のレーダーを押さえてしまえば、ステルスを使うまでもなく、こちらの姿は捉えられなくなる。

 それと同じことを、護堂はしているのだ。

 とはいえ、護堂は、祐理にカンピオーネであることを隠すつもりはなかった。

 今後、神との戦闘はおそらく不可避であろうから、その際にサポートしてくれる存在が必要なのだ。そして、護堂と魔術結社との窓口の役目は、間違いなくこの万里谷祐理だ。

 正体を明かすことに、否やのあるはずもない。

「それって、俺みたいな、神様を殺した人間を指す言葉らしいな」

 ひく、と祐理が悲鳴を押し殺したような声を漏らした。

「では、本当に『まつろわぬ神』を弑逆なさったのですか……?」

「ああ、この前イタリアに行ったときにな」

「で、ですが、あなたからはカンピオーネの力を感じません。それはいったい……」

「それは、俺の権能がそういうものだからな。俺が倒した相手は神の言葉を人々に伝えるメッセンジャーだ。多くの場合は幻視や幻聴として現れる啓示は、第六感に干渉する力になる、とルクレチアさんから聞いた」

 当初は無意識に使っていた力だったために、ルクレチア・ゾラに指摘されるまでまったく気がつかなかった。もしも、ルクレチアに会わなかったら、今でもこの力を制御できていなかっただろう。

「では、あなたが弑逆されたのは、どのような神なのでしょう?」

 恐る恐る祐理は尋ねた。

「俺が倒したのはガブリエルだ」

「ガ、ガブリエル……それは、あの天使のガブリエルでしょうか」

「そうだと思う。本人がそう言ってたしなあ。まあ、イタリアだし、天使が出てもおかしくないだろ」

「そうかもしれませんが、ガブリエルとは」

 ガブリエルは、アブラハムの宗教に登場する偉大な天使の一人である。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の全てにおいて重要な役目を担っており、その多くは神の言葉を伝えることであった。

 代表的な逸話は、聖母マリアの前に現れてイエスの誕生を伝えた『受胎告知』。旧約聖書『ダニエルの書』では預言者ダニエルの前に現れ雄羊と格闘する幻視の意味を教え、イスラム教では、ジブリールという名で登場してムハンマドに『クルアーン』を与えている。イエスの誕生に先立って洗礼者ヨハネの誕生を告げ、ユダヤ王にロデの迫害が迫っていることをヨセフに警告し、エジプトへ逃れるように促したのもこのガブリエルである。まさにお告げの天使。

 そんなガブリエルだが、キリスト教の中では少々異質な立ち位置にいる。

 天使は須らく男性である、というのが基本の世界観の中で、ガブリエルだけは、女性的な特徴を多くもっているからだ。

 例えば、聖ヒエロニムスによれば、聖母マリアの前にガブリエルが現れたとき、当初は男性だと思って恐れ慄いたマリアだったが、同性だとわかり緊張を解いたという話がある。また、その手に処女の象徴である百合の花を持って描かれ、聖母マリア、ジャンヌ・ダルクといった処女との関わりや月を司る特性などがあり、ラ・トゥールの名画『聖ヨセフの夢』では女性として描かれている。聖書の中での明言こそないが、ユダヤ教時代から女性であるということを暗黙の了解としていた節があるのだ。また、月は古代において豊穣の象徴であり、大地母神に結びつくモチーフになると同時に、キリスト教における邪悪の象徴だ。

 死の天使であるサマエルが月の秘密を人間に教えて堕天使となった話もあり、同じく月を象徴としていながら高位の天使であるガブリエルの異質さははっきりとしている。

 ちなみに厳格なイスラム教ではガブリエルも男性である。イスラム教のガブリエルは、キリスト教やユダヤ教と違い、ミカエルを抑えて天使の最高位に位置しているから、女性であるわけにはいかないのだろう。

 キリスト教徒でなくとも、その偉大な名前を知らないものはいない。

 殊に、呪術者は、神話や宗教に深く関わるために、三大宗教の内二つで高い位に就くガブリエルの名はそれだけでも衝撃だった。

「そのお力で、あなたは何をなさるおつもりですか?」

「いや、何をと言われても、とくに決めてないけど。神様が来たら戦うしかないかなって思ってるくらいか。俺はほら、カンピオーネって肩書きがなければただの高校生なんだし、多分、万里谷と大して変わらないんじゃないか」

「変わらないって、そんな」

 祐理からすれば、カンピオーネは天上の存在だ。

 そんな人物が、自分と変わらないと普通に言ってくることに、多少呆れてしまった。その気になれば街一つを軽々と消してしまえる存在なのに、護堂はそれを感じさせない。能力ということではなく、人柄という点で。

「別にいいだろ。俺の夢は国家公務員なんだ。安定して堅実な仕事がいいんだよ。カンピオーネなんてなるつもりなかったんだって……」

「ふふっ」

 それを聞いて、祐理はこの日初めて笑顔を見せた。

 気づけば、昨日から続く緊張もすっかり解けていた。

「何かおかしなことでも言ったか?」

「いえ、申し訳ありません。カンピオーネたる御身が国家公務員になりたいと仰ったことが意外で」

 確かに、国家公務員とは国家に奉仕する従僕である。反骨の相しかでていないようなカンピオーネには究極的に相性が悪いだろう。

 この組み合わせはないな、というのは護堂も実は心の中で思っていたことだったりするのだった。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 近年世界規模で不安定な気象状況が続いている。

 ありえない季節に雪が降り、ありえないほどに高温の地域が出たと思えば、突発的な豪雨によって洪水が発生することもあった。

 日本では、主にゲリラ豪雨なる呼称がすでに一般化していて、変化する気象に慣れ始めた頃合だろう。

 とはいえ、まだ肌寒い四月は、ゲリラ豪雨とも縁がない。本来ならば。

 今、急速に発達した雨雲が、奈良の町を襲っていた。

 数時間前までの穏やかな天候は瞬く間に漆黒の闇へと変わり、雷を伴う激しい雨によって川という川が増水し、決壊目前というところまできてしまっていたのだ。

 その雲はまさに突然現れた。

 観測衛星から送られてくる情報を分析しても、一流の科学者が頭を捻る奇怪な登場。

 その雲は、少しずつ進路を東へ向ける。

 強大な呪力を撒き散らし、東の都である東京を目指して。

 

 

 

 

 

 


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