カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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三十八話

 アイギス、と聞いて思い浮かべるのはメドゥサの首を埋め込んだアテナの楯だろう。一般的にはそのように理解されているし、護堂もそう思っていた。

 この楯は、持ち主に対するあらゆる害悪を寄せ付けない守りの力があるとされている。ギリシャの神々が持つ楯の中で、最も権威があり、最も硬い守りであり、最も実績を重ねた楯である。

 その最大の特徴は、攻撃こそ最大の防御である、という諺を体現する石化能力である。

 アイギスが最も活躍するのは、ペルセウスのメドゥサ退治だ。

 この話の中でアイギスは、諸説あるものの、アテナからペルセウスに貸し与えられる。

 その目を見たあらゆる者を石に変えるメドゥサを倒すためには、メドゥサの目を見ないで首を落とすしかない。

 ペルセウスは、そのときに、磨きぬかれた楯を鏡のように使って、直接メドゥサを見ることなく接近したとも、それ以外の方法を用いたとも言われているが、結果として、ペルセウスはメドゥサを無事、討伐する。

 戦いの後、ペルセウスは、討ち取ったメドゥサの首を楯の中央に据えることで、彼女が持つ石化の邪眼を有効活用した最強の楯を生み出した。

 帰路、ペルセウスは、この楯を使うことで海の獣を倒してアンドロメダを救出する偉業を成し遂げた。楯はその後、アテナに返されたという。

 

 

 アテナはアイギスを呼んだ。それはつまり、彼女がギリシャの戦神としての相を最大限に発揮しているということだ。メドゥサでもなければメティスでもない、純粋にアテナという神格の能力で護堂を倒そうとしている。

 最強の楯。防御だけでなく攻撃にも転化することができる凶悪性は、数多ある防具の中でも異彩を放っている。

 だが、これはどういうことだ。

 護堂は自らの知識と、現実に起きている現象のギャップに頭を悩ませていた。

 一メートルほど離れた地面が焼け焦げている。そこは、少し前まで護堂が立っていたところだ。地面を焼いたのは、アテナが振り下ろした手に従って落ちてきた雷撃だった。威力はセーブされていたのだろう。護堂や他の雷神が操るものよりも弱く、石を焦がす程度のものだったが、問題はそこではない。

「アイギスを呼んだんじゃねえのか?」

 あれほどまでにアイギスの力を見せる、と言っておきながらも、なぜか石化が始まらない。それどころか雷撃などという、およそアテナらしからぬ攻撃に出た。これは一体どういうことなのか。

「どうした? 解せぬ、という顔だな」

 アテナは、自らの頤に片手をやって、余裕の笑みで護堂を見ている。

 護堂が頭を悩ませている様子が楽しいようだ。

 護堂はそのアテナに三挺の槍を投げつけた。

 勢いよく放たれた切っ先は、アテナの身体を貫く前に、見えない壁に弾かれてあらぬほうに飛んでいく。

「ダメか」

「アイギス、と言ったぞ。知らぬわけではあるまい。妾の持つ、最強の楯を」

「そら、知ってるけどね」

 アテナと戦う可能性は、カンピオーネになったその瞬間から想定していたことだった。調べていないわけがないし、多少、神話に興味を持っていれば、小学生でもアイギスくらいは知っているだろう。

「俺の知っているアイギスとはちょっと違うみたいなんだよな」

 楯、というよりも壁である。

 それも目に見えないのだ。巻き上げられている砂塵が時計回りに回転していることや、呪力の流れなどから考えて、常時展開されている結界のようなものだろう。それが、時計回りに回っていて、護堂の攻撃を弾き飛ばしているのだ。

 自分に関わりのない権能を振るうことは許されない。それが、神様のルールだ。あの雷や壁にも、からくりがあるはずだ。

 それが分かれば、もしかしたら突破口になるかもしれない。そうでなくても、謎が解けるだけで、精神的な落ち着きを得ることができる。

「立場が逆転したか」

 先ほどまでアテナは、護堂の能力を読み取れなかったために、迂闊に攻め込めなかった。ところが、今はアテナの力が分からないために、護堂は様々な思案を強いられてしまっている。

「分からなければ、力押しで行くしかないけど」

 念のために槍と楯を構えておく。アテナはそれまでとうって変わって無手であるが、護堂が斬りかかったところで防がれてしまうから、特に護堂に利することはない。

 護堂の知るアテナの権能は、石化の目、石で巨大な蛇を作る、死の呪詛を操り鎌の形状に変える、知恵の女神として、様々な情報を自在に得ることができる、そして強靭な生命力。このくらいだ。それが、なぜ、雷に結びつくのか。不可視の壁は百歩譲って認められる。あれがアイギスなのだと主張されれば、その防御力ゆえに納得せざるを得ない。だが、雷は?

 迷いを抱えながらも、護堂は攻撃を繰り返す。

 明確な突破法がないのなら、力技に訴えるしかない。無敵を誇る楯であろうと、それを上回る攻撃力ならば突破できるはずなのだ。

「無駄だ、草薙護堂! 今の妾に、その程度の攻撃は通用せぬ!」

 剣群が一薙ぎで払われてしまった。雷が矢のように放たれて、全身に火傷を生み出していく。

 全方位からの一斉攻撃を防がれた時点で、あの防御に一分の隙もないことくらいはわかっている。だとすれば、必要なのは物量ではない。あれは、戦車や戦艦などという分類ではなく、要塞の域に達している。要塞攻略は物量に任せた攻撃だけでは成功しない。

 とはいえ、あの要塞を攻略するには一体どうすればいいのか、見当もつかないのだが。

 

 

 二人の神殺しと二柱の神の戦いは、予想していた通りに周囲を破壊していた。

 護堂が二日の期限を取り付けたおかげで、周囲の住人や観光客を避難させることができていたが、そうでなければ死者が出ないとも限らない。それほどの、被害が出ているのだ。

 波止場は見る影もなく、戦場はじわじわと移動して、海沿いにある幅広の道路にクレーターを作り、海に面する広場を粉砕していた。

 それほどの戦いをしていながら、誰一人として致命的なダメージを負っていない。

 晶と祐理は、アテナの呪力が膨れ上がるのと同時に護堂が目に見えて苦戦し始めたことに、内心の焦りが隠し切れない。エリカは、戦況をどのように捉えているのか分からないまでも、楽観的に捉えているようで落ち着いている。リリアナは、この戦いの当事者のような存在だ。カンピオーネを心配すると共に、街の今後を憂えていた。

 彼女達は、戦いに巻き込まれないように場所を移動していた。今は、とある建物の屋上に陣取っている。地上三階の建物だから、海辺で行われている戦いを高所から俯瞰するのも容易だ。

「サルバトーレ卿は互角、護堂はやや不利ってところかしらね」

 ここ三十分、サルバトーレとペルセウスの戦いは、超高速で動くペルセウスと、それを待ち構えるサルバトーレという構図で固定されていた。どちらかが失態をしでかすか、画期的な何かをしない限りは膠着した戦いは動きそうもない。

 一方の護堂とアテナだが、こちらは護堂が押されている。アテナが敷いた守りはサルバトーレの肉体に匹敵する防御力があると思われ、護堂の攻撃が尽く弾き返されてしまっているのだ。

「護堂の剣はどれも一級品。簡単に防げるものではないはずなんだけれど……」

 エリカは初め、護堂が剣を創り出したその瞬間に、あの剣の内包する呪力に圧倒された。その切っ先がこちらを向いただけで、死を自覚してしまえる代物だとわかったからだ。だが、その権能によって何度も何度も攻撃されながら、アテナは微動だにせずにそれを受け止めている。渦を巻く呪力の壁が、アテナの秘策だったのか。

「せ、先輩!」

 晶が口を押さえた。護堂が十メートル近く跳ね飛ばされたからだ。アテナは動かず、ただ逃げ回る護堂に攻撃を加えているだけだ。雷と目に見えない打撃攻撃が、立て続けに護堂を襲っている。

 攻守に優れた楯--------------アイギス。

 おそらく、その正体は風だろう。アイギスとはもともと、嵐に関わる言葉だ。

 それに護堂が気づいているか。気づいたとして、それを攻略に役立てられるのか。

「せめて、アイギスの正体だけでも伝えられればいいのだけれど」

 そうすれば、護堂なりに攻略法を見つけるかもしれない。カンピオーネの勝利への執念がそうさせるはずだ。

 だが、こちら側から護堂に情報を伝える手段はない。呪術で伝えようにも、カンピオーネの体質が、これを弾いてしまうからだ。

 祐理もおそらく気づいている。エリカは護堂と行動を共にする祐理と晶のことくらいは調べていた。とくに祐理に関しては情報が多かった。ヴォバン侯爵に連れ去られた巫女の中で無事だったことは、それだけ高い巫力を持っているからで、必然的に名前も売れる。

 欧州でも知られる霊視力を持つ彼女を前にして、これだけの呪力をばら撒いていれば、その正体を隠し通せるはずがない。

 さて、どうしたものか。エリカがそう思っているその時、祐理の下に護堂から念話が入ったのだった。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 ペルセウスが光の尾を引いて空を走る。跨るペガサスが翼を羽ばたかせるたびに突風が生じ、その蹄が何もない空間を踏むごとに雷が四方に広がっていく。

 ペルセウスは、地上で剣を構える強敵を、空からにらみつける。

 厄介な防御力、厄介な攻撃力。

 サルバトーレ・ドニの能力に派手さはない。それこそ、一撃で街を滅ぼしてしまえるような広域をターゲットにした殲滅的な攻撃は使えない。遠距離攻撃の手段も持たないようだ。それは、ここ三十分以上も対空戦をしていながら、一度も向こうから攻撃してこないことから判断できる。サルバトーレはこちらから近づかなければ、攻撃することができないのだ。

 本来であれば、敵の攻撃の届かないところから弓矢によって射殺してしまえばいいのだが、今回はその手が使えない。

 なにせ、相手は鋼の肉体を有している。少なくとも、ただの矢ではあの肉体を貫けない。

 だが、絶望的な状況というわけではない。

 こちらの攻撃は通じないが、相手の攻撃も届かない。それだけを見れば、五分五分の戦いだ。

 後は、敵の攻撃をすり抜けて、守りを突破するだけ。

「多少、芸はないが、力に訴えてみるとするか!」

 ペルセウスはペガサスを加速させた。

 速度に比例するように、雷が強くなる。

 確かに、サルバトーレの守りは鉄壁だ。硬くて重い、彼の身体はあらゆる攻撃から身を守ることだろう。とはいえ、それは絶対ではない。言い換えれば、彼の守りとは硬いだけなのだ。特定の攻撃以外は無効化するといった類ではないため、理論上はどんな攻撃でも彼には届く。ペルセウスが持つ手段の中で、アレを突破する最良の方法は、防御力を上回る攻撃力だ。

 目にも止まらぬ速度で、空を駆け抜ける。方向転換を繰り返し、サルバトーレを翻弄しつつ、必殺の機を狙う。

 三度の衝突の末、終によろけたサルバトーレに対して、ここが好機とペガサスを駆る。

 距離が瞬く間に詰められていく。

 もはや地面と接しているのではないかというくらいに低く飛び、ペルセウスは剣を構えた。

「何!?」

 サルバトーレは自分に向かってくるペルセウスに剣を投げた。

 さすがに驚いたペルセウスは、攻撃を断念して回避に移った。手を離れて尚、あの剣に触れてはならないと持ち前の勘が警鐘を鳴らしている。身体を傾けるようにして、馬首を真横へ向ける。

 剣士が剣を手放すとは何事か。

 ペルセウスはいぶかしみ、そして、すぐにその答えを目の当たりにした。

「く、そんなことが!?」

 サルバトーレの剣が、水銀のような何かで覆われていく。それは、すべてサルバトーレの呪力である。彼の権能は、文字通り何でも斬り裂く剣。だが、その強大さとは裏腹に、剣で斬りつけなければ効果がないという当たり前の弱点を有していた。通常の剣で戦うのであれば、その射程は一メートルと少しという極めて短いものになってしまうのだ。それでは、『まつろわぬ神』には対処できない。今回のように空を飛ぶ敵もいれば、巨大な肉体を持つものもいるのだから。

 では、どうするのがよいのか。

 ない頭を必死になって絞り、いくつかの戦いを経てたどり着いた答えがこれだった。

 --------------空にいる敵に届くくらい、巨大な敵を斬り殺せるくらいにでかい剣を振るえばいい。

 変化は一瞬で、それこそ瞬く間もないほどだった。

 肥大化した剣は、回避に出たペルセウスを呑み込まんばかりのものだった。権能を掌握したカンピオーネは、その権能の概念が及ぶ範囲内で、ある程度形体を調整できるのだ。

 護堂やアレクサンドル・ガスコインが神速を使うときに雷の肉体になるのもこの一種である。

 逃れられない。

 そう判断したペルセウスは、ペガサスから身を投じた。

 それが功を奏した。間一髪のところで、ペルセウスは両断されずに済んだ。受身を取りながらも地面を転がるペルセウスは、この戦いが始まって初めて泥をつけられた格好になる。

 ペガサスは、もうだめだ。胴から斬り裂かれ、命を落としていた。

「まさかな。虚を突くつもりでいたのだが、逆に虚を突かれてしまうとは。このような手札があるとは思いもしなかったよ」

「伊達に神様と戦ってないからね。それで、ペガサスをなくしたあなたはどう戦う?」

 再び剣を手に取ったサルバトーレが尋ねてくる。

 どう戦う? 愚問である。この手に剣が握られているのであれば、これを振るう。弓であれば弦を引く。ただそれだけだ。

「これで互いに地に足が着いたわけか。だが、侮るなよ神殺し。ペガサスは蛇妖メドゥサを討った後に手にしたものだ。ペガサスなければ戦えぬ、などと思ってもらっては困るな」

 確かに、機動力は失った。空という優位性も消えた。しかし、所詮はその程度である。手札が多少失われたくらいで、ペルセウスが敗北する道理はない。

 確かな自信と、それを裏付ける実力が、ペルセウスには備わっている。

 東方の太陽神にルーツを持つ英雄が、この程度の困難を乗り越えられないはずがないのだ。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

「考えてみれば、当たり前のことだったな」

 地面に片膝をつく護堂は、息も絶え絶えといった様子だ。

 肺は破裂しそうなくらいで、息をするたびにズキズキと痛んでいる。そもそも、自分は息をしているのかどうかすら感じられない。吸った息はきちんと吐き出せているのかわからないし、肺がきちんと機能しているのかも怪しい。それくらい、苦しかった。

 破壊された路上には、石やアスファルトの欠片が散在し、アテナの呼んだ突風に吹き飛ばされるたびに身体に傷が増えていった。

 その傷を、護堂はあえて残しておいた。治そうと思えば、若雷神の化身でいくらでも治せるが、そうなれば、アテナはより護堂にとって致命的な攻撃に出ないとも限らなかったからだ。

 擦り傷や切り傷、火傷。負傷は多いが、どれも致命傷ではない。骨折が何度かあったが、それくらいだ。若雷神で治したのは。

「存外、しぶといヤツだ。いい加減、諦めたらどうだ。あなたが何をしようとも、妾のアイギスを破ることはできないのだ」

「勝手に決めないで欲しいな。俺はあんたには負けないし、そのアイギスだって攻略してやるよ」

 護堂は、アテナとの戦闘の最中に、祐理と念話を繋いだ。

 アイギスの正体を確かめるためだ。

 祐理は、アイギスがどうして風を操り雷を呼ぶのか、そのことについて詳細に教えてくれた。

 なるほど、と納得はしたが、護堂自身が呟いたとおり、それはアイギスの出自を考えれば真っ当な回答だった。

「あんたが今操っているアイギスは、女神アテナのアイギスではない。どちらかといえば、あなたを征服し、まつろわせた力だ。そうだろう?」

 アテナが眉を吊り上げる。端整な顔に、不快の感情が宿る。

「気づいたか。まあ、そうだろうな。風と雷を支配する神格はギリシャの地にただ一柱だけ。我が忌むべき父、ゼウスのみだ」

 天空神ゼウスは日本でも著名なギリシャの最高神である。その起源は古代インドの天空神で、インド・ヨーロッパ語族全域で崇拝される神がギリシャに根付いたものだ。インドではディヤウス、ローマではユピテル、北欧神話ではテュールとなる。

 そのゼウスとアテナの関係は親子である。しかし、アテナが忌むべき、などと言うように、その関係は決して良好なものではないのだろう。

 アテナの母にして同体を為す知恵の女神、メティスはゼウスの子を身ごもりながらも、その子の誕生を恐れたゼウスによって呑み込まれてしまうからだ。

 もしも、メティスから生まれた子が男子であったなら、ゼウスの王権をその子に奪われるだろう、という予言をゼウスが信じたからである。

 このとき、メティスは、ゼウスにまつろわされ、その権能である知恵を奪われた。

 しかし、メティスの腹の子--------------アテナは、ゼウスの頭部に移って生きながらえていた。あまりの痛みにゼウスはへーパイトスに頭を割らせ、中から甲冑に身を包んだアテナが誕生したという。

 

 自分自身であり母であるメティスをまつろわせ、力を簒奪したゼウスの力をアテナが使う。ずいぶんと滑稽な話である。

「アイギスは、もともとゼウスの防具。アテナのもつアイギスはゼウスがあなたに譲り渡したものだ」

 護堂の攻撃を防いでいる不可視の壁は、小型の台風のようなもの。アテナの神力ではなくゼウスの神力なのだ。

 メルカルトのときもそうだった。神々は時として、自分の権能だけでなく、伝説上他の神から譲り受けた武器などがあれば、それを通してその神の力を限定的に振るうことができるのだ。

「あなたは元々ポリスの守護神だ。だから、あなたの持つ武器が剣や弓でなく、楯になったのも頷ける。そして、その楯にメドゥサの首が据えられたのもそのためだ。メドゥサの意味は『守る者』。つまりはお守りになる」

 メドゥサはゴルゴンとも呼ばれる。

 古代ギリシャの美術では大抵の人物は横向きで描かれるが、ゴルゴンは、すべて正面を向いている。これは、邪視を確実に機能させるためだと思われる。こうした『お守りとしての恐ろしい顔』はギリシャだけでなく、メソポタミアのフンババであったり、日本の鬼瓦にも見られる。そして、その信仰の原型は、紀元前六千年のセスクロ文化にまで遡れるとされる。

 ということは、ゴルゴン単体で守り神と崇められる風潮が、ギリシャ神話以前からあったということであり、アテナの楯に組み込まれたからゴルゴンが外敵を排除する機能を持ったのではなく、ゴルゴンに守護の力があったからこそ、同じ守護神であるアテナと習合したということだろう。

 また、ゴルゴンの首が描かれたお守りのことをゴルゴネイオンと呼ぶ。

 これは、紀元前五世紀ころになると、戦争の影響からか、グロテスクさよりも力強さが強調される。ゴルゴンが蛇と結びついたのはこのころであり、イッソスの戦いに臨むアレキサンダー大王の鎧に描かれているように、戦士からの崇拝を受けていたようだ。

 これらのことを総合すると、まず、ゴルゴネイオンを身につけるという呪術的風習があり、それゆえに、守護神アテナと結びついた。そして、ゴルゴンの首と結びついたアテナ像などから、ペルセウスのメドゥサ退治の物語が産み落とされたということだろう。

 なにせ、本来ゴルゴンは首だけの怪物だ。ペルセウスがメドゥサの首を獲ったということは、メドゥサに身体があるということで、それはつまり、ペルセウスの逸話がアテナとゴルゴンの結びつきよりも後の時代に作られたということを示している。

「守護神二柱分の防御力だ。そりゃ強いよな。おまけに、そこにゼウスを持ってきて最強の矛にまでする。ちょっと卑怯すぎなんじゃねえか?」

「己の力を最大限に利用する。なにも卑怯なことではない」

 雷と暴風が護堂に襲い掛かり、護堂は、これを言霊と楯でしのいだ。

 ゼウスの防具であるアイギスは、本来は嵐に関わるものだ。これは、ギリシャの古典文学特有の表現である添え辞に現れている。

 例えば、ゼウスの添え辞は、いくつかあり、『いや高く雷鳴鳴らす』『稲妻擲つ方』『叢雲なす』『アイギス有する』などである。これらを見ると、当然、アイギスが天候に関わるものだという推測がなされる。ちなみに、アテナには『瞳輝く』という添え辞があるが、アイギスは使用されない。

 加えて、アイスキュロスの作品『供養する女たち』には、『空にかかった燃える光が迫り来る』とか、『吹き荒ぶ怒りを、アイギスの怒りを教えてくれる』といった表現がある。『空にかかった燃える光』とはまさに稲妻であり、『アイギスの怒り』とは嵐であろう。

「俺の仲間が教えてくれたんだけどな。ゼウス自体が、ゴルゴンと結びつくらしいじゃないか。イリアスでは、ゴルゴンの頭が『ゼウスの奇兆』という風に言い換えられてるってな」

 そして、ゼウスはアイギスを通してゴルゴンと関わりを持つ。

 アイギスに石化の魔力を与えるゴルゴン、つまりメドゥサの首から生まれたペガサスがゼウスの雷を運ぶ役割を得るのも納得のいく話だ。

 アイギスを介して、アテナ、ゼウス、メドゥサが天候で結びつく。

 これが、アテナのアイギスが、嵐を操っているからくりの正体だ。

「それが」

 唸るようにして、アテナが口を開いた。

「それが、分かったからといって、どうだというのだ? あなたの攻撃は妾には通らない。それは絶対だ!」

 暴風はより強く吹き渡り、雷はより過激に降り注ぐ。

 アテナを守る風の渦は、彼女を中心として半径五メートル。そこよりも内側はアテナにとって絶対の安全圏だ。

 風の渦の厚さは見たところ三メートルはあるか。彼女が一歩踏み出すごとに、その分だけ壁が前進し、その分だけ地面が削り取られた。

 ドーム状のアイギスは、つねにアテナを中心に置こうとしているのだ。

 防御力はアイギスの名にふさわしく、護堂の攻撃を四方八方から受けてびくともしない。

「言ってろ、アテナ。あんたの最強の守りとやらを、俺が全部引っぺがしてやる」

 呪力を高め、護堂が反撃に移る。

 正体は知れた。天候を操る力とは戦いなれている。極端な話、あれには風と雷以外に使い道はなく、アテナはゼウスではないから、細かい使い分けはできない。

 つまり、敵にはこれ以上の隠しだまはない。

 槍を片手に、護堂はアテナを睨み付けた。


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