まつろわぬアテナとの戦いは終わった。
後に残されたのは破壊されつくした波止場と道路だけだ。
石造りの歴史ある町並みが無事だったことが不幸中の幸いだった。ここにまで被害が及んでいたら、再建にどれほどの時間がかかることになっただろう。今の段階であれば、ちょっとした自然災害に遭遇した感じで復旧に取り組める。
もっとも、一夜にして波止場と隣接する道路を引き裂き、砕くような自然災害など、そうあるものではない。それこそヴェスヴィオ火山が噴火でもしない限り地面が裂ける、という被害が出るはずがなかった。
街の住人は、事前にガス爆発の可能性があると偽って避難させていたから、カンピオーネと『まつろわぬ神』の戦いを目撃した者はいないはずだ。当面の問題は、戦いによって生じた被害をどのように誤魔化すか、ということであり、そのことに地元の呪術関係者及び行政関係者は頭を悩ませていた。
少なくとも、一両日以内には発表しなければならない。
避難生活が長引いていながら、なんの発表もなければ住民の反感を買うだけであり、治安がいいとはいえないこの街で、市民の反感を買うのは、いろいろと厄介なことを引き起こしかねないのだ。
「いやはや、凄まじいな。これは」
一人の呪術師が波止場の惨状を見て呟いた。
彼は、《青銅黒十字》の構成員の一人で、今回の戦闘の後片付けに追われている。
二人の王と『まつろわぬ神』が二対二の協同戦線を敷いて戦った、というのはここ数百年の歴史を紐解いても現れることのない珍事と言っていい。カンピオーネも『まつろわぬ神』も、単体で街を滅ぼすことのできる怪物である。それが二人と二柱も集い一大決戦を行ったのだ。言ってみればそれは、ナポリの街中で世界大戦が勃発するようなものだった。一歩間違えばナポリだけでなく、その周囲の都市も纏めて消えるかもしれなかった。そうでなくても、ナポリは人口が百万人を突破する人口密集地だ。流れ弾が街中に落ちるだけでもどれほどの被害になるか分かったものではない。
「それを考えれば、この程度の被害で済んだのは幸いだったのか?」
「そうですね。魔王の戦いで修復可能な被害で済んだのは本当に幸いです。人的被害がゼロなのも奇跡のようなものですよ」
誰に言ったわけでもない呟きなのだが、いつの間にか同僚に聞かれていたようだ。
聞かれて恥ずかしい台詞を言っていたわけではないので、落ち着いて会話をつなげた。
「でかいのは二箇所のクレーターだけか」
「そうですね。ペガサスの体当たりで抉れた地面と、日本のカンピオーネの雷撃で蒸発した地面の二つは、修復に時間がかかりそうですね。とりあえず、道路の復旧に力を入れさせていますし、呪術でなんとかなりはしますから、朝までにテロを装うくらいはできそうですが」
「そうか」
呪術は超自然的な現象を意図的に引き起こすことができるが、万能ではない。所詮人の手で扱う技術に過ぎず、使い手次第で威力が変わるということもあって万人向けではない。今回は、護堂が事前に戦闘の日取りを決めておいたことで、イタリア南部から腕利きが集まって事後処理に当たることができていたのだが、それでも一夜にして原型をとどめることなく破壊されてしまった波止場は、彼らの呪術を以ってしても一朝一夕には復元することができない。
深い穴を埋めるために、土を生み出す呪術を使ったとしても、その土は呪術の土。力を失えば消滅するものでしかない。よって、道路の穴を塞ぐには実存する土を運ぶ必要がある。
砕かれた波止場や岸壁はなんとかなりそうだ。石の形を整えてやればごまかしは効きそうだ。
「運がよかったのは周囲に一般の人目がないことだな」
「はい。日本のカンピオーネ。……草薙護堂、でしたか。彼が事前に避難させるよう指示を出してくれたおかげでしょう」
「ああ、魔王の指示でなければ《
これもイタリアが抱える問題の一つといえるだろう。
イタリアには伝統ある魔術結社が複数存在し勢力を争っている。このナポリでも、いくつかの勢力が根を張っていて、時に協力し、時に敵対しながら今に至る。
《青銅黒十字》はイタリアの名門中の名門。中小レベルの魔術結社では正面から太刀打ちは難しく、《青銅黒十字》の自滅を待っているというのが彼らの現状だった。
今回の事件の一端を担ったのが《青銅黒十字》だから、あのまま手を拱いていれば、カンピオーネと『まつろわぬ神』の戦いを誘発し、ナポリを危険に晒したという悪評がついてしまったかもしれないし、敵対勢力はそのことを大きく喧伝したことだろう。
そこまで護堂が分かっていたかどうかは、今、ここにいる呪術師には分からないが、結果的に多くの人命とともに結社を助けてもらった形になる。
この一件で、《青銅黒十字》は、国内で問題が起こったときに、事件解決に貢献してくれるカンピオーネとの連絡手段を持っているということが内外に知られることになった。サルバトーレが積極的に統治を行わないからこそ可能な戦略であるが、この事実によって、《青銅黒十字》は、二人のカンピオーネに協力を仰ぐことができるのだ、と周囲は受け取るだろう。
これは、イタリア国内での結社の価値を大いに高める絶好の機会だ。
「しかし、今回のことといい、日本のカンピオーネは卿に比べて人がいいというのは本当みたいですね」
「なぜ、そう思う?」
「そりゃ、わざわざリリアナ様の要請を受けてイタリアに来たり、『まつろわぬ神』と戦うときに、避難勧告を出したり、人道的じゃないですか」
確かに、同僚の言うとおりだ。
カンピオーネは傍若無人である、というのは呪術業界では有名な話だ。特に欧州にはヴォバン侯爵という生粋のカンピオーネが巣食っていて三百年に渡って恐怖政治を行っているのだから悪いイメージの定着は仕方がないし、カンピオーネは怪物であり、性格が破綻しているのは往々にして的を射ている。
人を振り回してばかりのサルバトーレ・ドニは、物的な破壊を行わないとはいえ、多くの事件を平然と引き起こしてきたし、今回、ペルセウスが降臨したのもサルバトーレが原因だった。護堂は理不尽にも巻き込まれながら、解決に全力を尽くしてくれたのだから、世にも珍しい人道的なカンピオーネという風に見られても不思議ではないだろうが。
「お前、この辺り見てみろ」
彼は、同僚にそういった。
彼らの周囲には砕け散った瓦礫が散乱している。
融解した石や、塹壕のように地面が抉れている場所もある。
「破壊された土地のおよそ七割が、その『人道的なカンピオーネ』にやられたんだぞ」
「た、たしかにそうですね」
「話が分かる、ということと、戦いで辺りを巻き込まないということは別だ。王は王。彼らは人の皮の中に野獣を飼っている。下手を打てば首を噛み砕かれるぞ」
「き、気をつけます」
そう同僚に忠告する彼自身、護堂がこれほどの破壊を生み出したことが信じられないでいた。というのも、彼は、戦いが始まる前に、護堂の姿を見たことがあったのだ。
「いたって普通の少年に見えたんだけどな……」
やはり、カンピオーネは見かけで判断することはできない。
サルバトーレやヴォバンのような戦闘一点に思考が固まっているのであれば、仕える側も多少は楽だ。行動が予測できる分、どうすれば機嫌を損ねないか配慮ができる。だが、下手に知恵が回ると、危険度は増す。
アレクサンドル・ガスコインのように政治的な攻撃をされると対処に困る。護堂の政治能力はまだ未知数だが、性格は戦闘一直線のサルバトーレやヴォバンではなく、むしろアレクサンドルに近いように思われた。
まだまだ成長の見込みがある。それも戦闘面ではなく政治面で。それは、草薙護堂が、極めて危険なカンピオーネであると判断するのに十分な情報だった。
□ ■ □ ■
戦いが終わって、護堂はすぐにホテルに戻った。
体力も呪力も底を尽き、あらゆる面で限界を迎えていたが、どうしてもそのままベッドに倒れ込む気になれず、まずシャワーで汗と汚れを落とした。
服を脱ぐことすらも億劫に思えるというのに、自分でもよくやるなと感心したほどだった。
バスローブに身を包み、ベッドに倒れこんだときには、すでに午前四時を回っていた。
身体の怪我はすでに癒えていたので、体力が回復すれば全快といえる状態になっている。今回は、若雷神を使わなければならないほどの重傷を負わなかった。つまり、呪術的な回復手段を一切とることなく数時間で傷を癒してしまったのだ。そこまで治りが早いと、見ている間にも傷が小さくなっていくのが分かってしまう。傷の治り方が、目で分かるというのも奇妙なことだと思う。
今、護堂がすべきことはサルバトーレとの戦いに向けて英気を養うことだ。
そのためにはまず、睡眠をとることが必要不可欠である。高校に入ってすっかり夜型の人間になってしまった護堂も、この日は疲労からか、あっさりと眠りに落ちていった。
太陽が中天にやってきたころ、ドアがノックされた。
「先輩、おきてますか? 昼食の時間なんですけど?」
ドアの外にいるのは晶だ。
戦いが終わった後、晶は晶で、忙しくしていた。祐理がその霊視力を買われて現地の呪術者と協同でペルセウスやアテナの気配が近くにないか探していたために、日本への連絡などの事務作業を一手に引き受けることになったからだ。
今現在、晶の上司は馨になっている。
馨は晶にとって歳が三つしか離れていない、兄(姉ではなく)のような存在なので、上司に連絡するといってもそれほど緊張することもなかったが、現地の状況などを伝えたり、《青銅黒十字》との窓口になったりと、意外に煩雑な仕事に追われてしまったのだ。
電話で大まかな連絡をいれ、追加で情報が入ってきたときに再度連絡を取る。幾度かそれを繰り返して一段落したのは空が白み始めた頃だった。
つまり、晶の睡眠時間は、護堂よりも少ない。それで、こうして護堂を昼食に呼びに来ているのは、生来の生真面目さがそうさせているのだ。
三度、ドアをノックした晶だが、中から反応がないので首をかしげた。
「まだ、お休みなんでしょうか。昨日激戦だったから疲れているのでしょうけど」
晶は言葉を切って、考え込んだ。
護堂がホテルに帰ってきたのは午前三時頃だったはずだ。晶も一緒だったから間違いない。今はすでに正午を回っているから、単純に睡眠時間は足りている。が、『まつろわぬ神』との戦いを終えて、護堂は肉体的にも精神的にも限界まで磨り減った状態だった。
ノックをして、声をかけても反応がないということは、眠っている可能性が高い。
そうであればそっとしておくべきだろうが、もし、仮に疲労がピークに達して倒れていたりしたらと思うと、この場を迂闊に去るわけにもいかないような気がしてしまう。
「どうしよう……」
ドアに鍵がかかっていれば、部屋の前でドアをノックして声をかけ続けるしかないのだが、ドアには鍵がかかっていなかったから部屋の中に入って様子を見るという選択肢が生まれてしまったのだ。
晶は常識的女子中学生として、人の部屋に勝手に入ってはいけないということが念頭にあるのだが、それと同時に護堂の消耗を考えると、中で倒れている可能性もなくはない、という考えがせめぎあっている。
ドアノブには手がかかっている。
鍵がかかっているかどうかを確認するために触れたのだから当然で、このまま手を引けばドアが開くことになる。
晶は、その状態でたっぷり五分考え抜いた後、恐る恐るドアを開いた。
「お、おじゃましまーす……先輩、ご飯ですよー」
声は、必要以上に小さかった。
護堂に聞かせるためではなく、あくまでも昼食の時間になったことを知らせるために入ったのだと、自分を納得させるためのものだったからだ。
部屋の中は真夏のナポリとは思えないくらいに涼しい。
空調がきちんと効いているのだ。部屋の主は、冷房をつけたまま寝るという贅沢をしていたようだ。
「まあ、王様ですし」
と、晶は呟いた。
護堂はカンピオーネ。何人たりとも犯すことのできない、至高の存在なのだ。冷房程度に小言をいうわけにはいかないし、なによりも晶自身が、この日、冷房をつけたまま寝ているという背景があった。《青銅黒十字》が全額負担する旅行だったので、ちょっとした贅沢をしたまでである。
欲を言えば、護堂にはもっと王らしく振舞って欲しい。今回の件も、護堂は友人を助けに行く感覚で海を渡ったんだろうが、彼の存在はすでにして政治の関心を引く。今のままでは、誰彼かまわず力を振るうだろうし、組織同士の板ばさみになるかもしれない。王としての明確な意思表示、線引きが欲しかった。
上にとっては、《青銅黒十字》という海外の組織を見返りも要求せずに助けに行ったこと自体が不安材料だ。護堂の人柄が知れると同時に、それは、正史編纂委員会の重要性を著しく低下させることにつながるから。
そうなってくると、護堂を繋ぎとめるための策を上層部は打ってくることになる。
すなわち、『愛人計画』である。
「別に、わたしの知ったことではないですけど。……王として、きちんとした生活をしてくれれば、いろいろな問題を未然に防げるんですよね」
すべては護堂の意思一つで決まること。彼が方向性を定めてくれれば、正史編纂委員会も揺れずに済む。とはいえ、護堂がお人よしで小市民的性格の持ち主だということは、この四ヶ月ほどの付き合いの中で十分知ることができた。
彼は、よほどのことがなければ自分の力を誇示しようとはしないだろう。
王でありながら、王として得られる権益に興味を持たない、いや、意識して切り離そうとしているようにも見える。
他のカンピオーネとは一線を画す思考。しかし、同時に、力を振るうべき場所では全力で力を振るっている。ひどくアンバランスだ。この状況は、人間の側からすれば歓迎すべきことだろう。護堂はボランティアに近い形で、命を懸けている。得るものは精神的な充足感だけで、物質的に満たされているわけではない。様々な便宜を図ってもらえる立場であるのに、それを護堂が拒否するからだ。今回だって、イタリアへの移動から、ホテルの滞在費までが《青銅黒十字》の負担だということに、申し訳なさそうにしていた。それはきっと、護堂にとっては、リリアナという友人を手助けにきたという感覚だからで、組織を相手にした仕事という感覚ではなかったからなのかもしれない。自分が助けたいから来た、それなのにお金まで出してもらうなんて、とか思っているに違いない。
それは、甘い。そんなことでは、簡単に利用されてしまう。利用されるということは、他のカンピオーネよりも護堂の価値が下がるということだ。
厄介なのは、王としての護堂は欠点が多いが、その欠点が人としての美点になるということだった。
だから、晶は諫言すべきかどうか、迷い続けている。それに、諫言するということは、正史編纂委員会の方針に反する行動を取るということでもある。
暑い廊下から中に入ったからだろうか。冷房の効いた室内は、鳥肌が立つくらいに寒いと感じた。
構造は、晶が寝泊りしている部屋と同じで、入り口から入ると、左手にシャワールームがあり、そこを抜けるとベッドルームに行き当たる。
そこは、窓から差し込む光で、白く染まっていた。
窓の外には、青いナポリ湾が広がり、海は、太陽光を反射して燦然と輝いている。
白い舟が海と空の境目を泳いでいる。
つい数時間前に死闘が繰り広げられたなどと、誰が思うだろうか。
戦いの痕跡は、この部屋からは見えない。そのおかげで、見渡す限り長閑な風景が広がっている。
「あ……」
シングルベッドで横になっている護堂を晶は見つけた。
呼吸は安定して静かだ。よほど深い眠りの中にいると見える。
晶は、何度か声をかけながら肩をゆすってみたが、目を覚まさなかった。
ずいぶんと肉体的な疲労が溜まっていたんだと、晶は思った。そして、このまま起こさないでおくほうがいいだろうとも思った。
サルバトーレ・ドニとの戦いを控えている今、心身ともに最良のコンディションに整えておかなければならない。
晶は効きすぎた冷房を止めて、すえつけられた扇風機を動かし、ガラス戸をあけた。一日中冷房の効いた部屋にいると自律神経に悪影響を与えるからだ。
白いベランダは熱せられた鉄板みたいに熱くなっていたが、吹き込んでくる風が、清涼感を感じさせた。多少熱を持っていても、自然の風のほうがいい、と晶は思う。
それから、晶はベッドの側にある木製のイスに腰掛けた。考えがあってのことではない。このまま部屋を出て行くのは惜しいと感じただけだった。
室内には静けさが満ちていて、まるでお堂の中にいるようだった。そのくせ、聖域のような冷たさはなく、むしろ家庭的な温かさが溢れている。風に煽られる半透明なカーテンが立てる小さな音だけが、この世界には存在していた。
あまりに静かすぎて、呼吸すらも忘れてしまいそうだ。
晶は、眠る護堂をじっと眺めた。
護堂のことを仔細に観察するのは初めてかもしれない。
いつもは、護堂の周囲には人がいる。けれど、今は二人きりで、しかも護堂は眠っているのだ。今ならば、手を伸ばせば触れることができる。そう思うだけで、心臓が高鳴った。
「少しだけなら……」
おずおずと晶は手を伸ばし、護堂の頬をつついた。カンピオーネになると、普通の人間よりも頑丈な肉体になるのだと護堂は以前言っていた。しかし、こうしてじかに触れてみると、普通の人間と変わりないように思える。
指先に感じる温もりも、やわらかさも、自分のそれと大差ない。
「はあ……」
緊張して息を止めていたことに気がつき、肺に溜まった空気を吐き出した。吐息は熱く、気管は焼けそうだ。
いつの間にか、心音が異様に高まっていた。
全身の筋肉が緊張しているのが分かる。呼吸も乱れていた。
「ん、く」
生唾を飲み込んだ晶は、護堂の頬を摩った。
護堂の体温を感じて、晶の背筋がぞわぞわと震えた。
男子の部屋に無断で侵入し、相手が寝ているところにいたずらをしている。客観的に見れば、今の晶はそういうことをしている。
なんだか、とてもよくないことをしているような気がしてしまう。禁止されると、逆にその禁を破りたくなるという心理をカリギュラ効果という。神話的モチーフでいうと見るなのタブー。晶は今、まさにその精神状態に陥っていた。
「隙だらけなのはよくないですよ」
枕元に顔をうずめた晶が、護堂の耳元で囁いた。
そして、晶は熱に浮かされた病人のように、ゆっくりと護堂の隣に身体を滑り込ませた。
廊下を歩くのは日本人にしては明るい色の髪をもった少女。白いワンピースを着ていて、それが当人の大人しいイメージをより強くしている。
万里谷祐理。
若干十五歳にして世界に名を知られた霊視能力者である。
この日も、その力を買われて夜通し《青銅黒十字》に協力してまつろわぬアテナやまつろわぬペルセウスの気配を追っていた。
その、類まれなる霊視能力は、時折本人でも理解できない『ひっかかり』として現れることがある。
危機感ほどではないが、なにかよからぬことが起こっているような気がする。
「晶さんも戻って来ないといいますし」
晶は仕事のあった祐理よりも先に、護堂とともにレストランに入っていたはずだった。はずだったというのは晶も護堂もレストランに現れなかったということだ。
晶は護堂を呼びに部屋まで行き、それからたっぷり一時間音信不通となっている。
もっと早く探しに行ければよかったのだが、祐理も忙しかった。
「何かあったのでしょうか?」
『まつろわぬ神』やカンピオーネの気配があれば、それとなく分かるはず。事件が起こっている様子はないし、護堂と晶がなぜレストランに現れないのか分からないでいた。
「あら?」
祐理は護堂の部屋の前まで来て、ドアが半開きになっていることに気がついた。
なぜかドアが閉まる前にドアガードが閉じたことが原因らしい。
内側から強い呪力を感じる。数は二つ。護堂と晶のものだろう。以前はガブリエルの権能で捉えることのできなかった護堂の気配だが、彼が気を許したからか、今では祐理にも視えるようになっていた。
「草薙さん、晶さん。どうしてレストランにいらっしゃらないのですか?」
と、彼女にしては大きめの声で中に呼びかけてみる。
数秒まっても応答がないので、祐理は、眉根を寄せて不審そうにした。
中に人がいるのは確実だ。
「失礼します」
申し訳ないと思いながら、祐理は部屋の中へ足を踏み入れた。
「な、な、何をしているんですか、あなた達はーーーーーーーーーーーー!!」
護堂の腕を抱いて寝ている晶を見つけて、祐理は、柄にもなく全力で怒鳴り声を上げた。