カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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六十三話

 斉天大聖が滅び、日光での戦いには終止符が打たれた。

 護堂とスミスの炎が作り出した地獄のような炎は、信じられないほど速やかに鎮火し、今は秋のさわやかな涼風が戦場を吹き抜けている。

「うむ。長年の懸念であった斉天大聖を討伐できて爽快な気分です」

「被害も景観程度で済んだか。『まつろわぬ神』が暴れたにしては、比較的少ない被害だ」

 羅濠教主とスミスはこのように言って、斉天大聖討伐を好意的に評価した。結果として誰も権能を得ることがなかったので、この件で得をしたのは斉天大聖と戦いたかった羅濠教主だけだろう。スミスに関しては、なし崩し的に関わってしまっただけの部外者なのだ。

「もともと関係のない事件に協力させてしまって、すまなかったな」

「何、気にすることはないさ。今回の件はイレギュラーだったとはいえ、斉天大聖の復活に、私が取り逃がしたアーシェラが利用されたことは事実だ。この時点で、私が関わっても不思議ではないだろう」

「そういうものか?」

「ようするに、私は私で、己の獲物を狙ったに過ぎない。たまたま君と相手が重なってしまったがね」

「ふうん。けど、神殺しまで手伝ってもらったわけだし、借りができたようにも思うんだよな」

「そうだな。君がもしも私に借りを感じているのであれば、ちょうどいい。いつの日か君をロスに招待させてもらおう。君が持つ、魔術破りの力を必要としている人が大勢いるのでね」

 スミスが言っているのは、アルテミスの呪力で獣に変えられてしまった人々のことだろう。

 斉天大聖殺しを手伝ってもらったことへの礼に、ロスで人助けをしてくれないか、という誘いだった。

「そんなことでいいなら、やるぞ。だけど、俺がロスに行っていいのか。自分でいうのもアレだけど、これでもカンピオーネの端くれだぞ?」

「問題ない。この一件を見ても、君は日光から人払いをするなど被害を最小限に抑える事前準備ができる男だ。ロスに招待するのに、差し障りがあるとは思えない」

 確かに、戦いに備えて市民の安全を守ろうと行動するカンピオーネはそれほど多くない。護堂とスミスがその筆頭なので、そういった点に関しては価値観が似通っているのだろう。

 思わぬところで、盟友を得た護堂は、自然な動作で差し出された右手を握り返した。

「さて、役者は舞台から去る頃合だ。麗しの教主殿も、お健やかに過ごされよ。また見える日が来るかはわかりませんが、あなたと矛を交えたくはないものです」

 そう言ってスミスは羅濠教主とも握手を交わした。

 握手という文化に、中国の山奥に二百年ほど閉じこもっていた羅濠教主は抵抗があったのか、胡乱げな視線を向けたが、知識としてそれが挨拶だということを知っていたようで、護堂が直前にやっていたこともあり、それに倣ってスミスの手を握り返したのだ。

 そして、スミスは手を離すや変身を始める。黒き魔鳥となって、空高く舞い上がっていった。徒歩で帰るという選択肢はなかったようだ。その去り方も、彼のスタイルを貫いた結果なのだろう。

「では、義弟よ。義弟であるあなたを残して去るのは忍びないのですが、仕方がありません。姉は廬山に帰ります。次に見えるまで、しっかりと精進を重ね、我が義弟として恥じない男になるのですよ」

「なんというか。本当に世話になりました。義姉さん」

 多少皮肉を込めて、護堂は言った。今回の一件は、すべて羅濠教主に起因する事件なのだ。皮肉の一つも言いたくなるところだ。しかし、困ったことに、羅濠教主を憎く思えないのもまた事実。きっと、護堂は好意を向けてくる相手には甘いのだ。たとえ殺しあった相手でも、それを引きずることなく接する。それが、護堂の美徳といえた。

「義弟よ。あなたは、わたくしに打ち勝ち、斉天大聖の封印から救うといういまだかつてない偉業を成し遂げました。先ほど、スミスとやらと貸し借りの話をしていましたが、わたくしにはあなたに返さなくてはならない借りがあります。もしも、これから先、あなたが義姉の力を必要としたならば、何なりと申し出なさい。地の果てにでも駆けつけ、合力しましょう」

 そして、羅濠教主は花びらを撒き散らしながら消えていった。

 二人の王が、日光を離れ、護堂は一息ついた。

 戦場は荒れ果てながらも、整備をすればなんとかなりそうだ。もともと人が立ち入るような場所ではないし、スミスが漏らしていたように、被害は自然破壊だけで済み、被害額という観点ではほとんどゼロに近い数字が出るだろう。

「清秋院たちは、大丈夫だろうか」

 祐理が念話をしてくれたので、全員の無事は確認できているのだが、それでも直接会うまでは安心できないでいた。

 そこで、戦友たちも去ったことだし、護堂は、早急に仲間の下に帰ることにした。

 

 

「我が師と義兄弟の契りを結ばれたようで、弟子陸鷹化。師叔にお祝い申し上げます」

 護堂が車を停めていた中禅寺湖の畔に戻ってくると、真っ先に鷹化が抱拳礼で恭しい口上を述べた。

 師叔は師父の弟弟子に対する呼び方だったか。護堂は別に羅濠教主の師父に弟子入りしたわけではないので、師叔の呼び方は不適当だ。そのような旨を告げると、鷹化はなるほどと頷いて、

「では、叔父貴と呼ばせていただきます」

「ん、まあなんでもいいけど、やっぱり、それヤクザっぽいな」

「無頼漢をまとめる師父はヤクザの大親分みたいなもんですからね。師父と義兄弟の契りを交わされたからには、目上に当たりますし、滅多な呼び方はできないんですよ」

 羅濠教主が義兄弟の契りを交わすことなど、今までなかったことだ。それだけ、護堂のことを気に入っているということであり、そんな護堂に無礼を働いたとなれば、鷹化は明日の朝日を拝めなくなるかもしれない。古い時代の考え方をする羅濠教主の教えは、挨拶から体育会系を上回る厳しさなのだろう。

「君も大変だな」

「まあ、慣れてしまえばどうということはありませんよ。それでは、僕はこれで失礼いたします」

 最後に一礼して、鷹化は翔け去った。さながら一陣の風のように、あっという間に姿が見えなくなる。

「車に乗っていきゃいいのに」

 アニーの姿もない。スミスとして別れを告げたことで良しとしたのだろうか。

「先輩。お身体のほうは大丈夫ですか?」

「ん、ああ。思ったよりも大丈夫だった。スミスや羅濠さんに助けられたからかな」

「それは、よかったですね。羅濠教主がいいお義姉さんで」

 淡々とした晶の口調に、護堂は若干の違和感を覚えた。

「あの、晶さん……?」

 ぷい、と目を逸らした晶の隣から、恵那が呆れ混じりの表情で口を開いた。

「なんというか、あれだねー。さすが、王さまとしか言いようがないよ」

「清秋院。そりゃ、どういうことだよ」

「羅濠教主にまで取り入っちゃうんだから、そういうことにもなるよ。神殺しならぬ女殺し」

「そんなことを言うの、本当に止めてくれるか!?」

「とりあえず、そのあたりの話は、ホテルに戻ってからしましょう。万里谷先輩も含めて」

「本当に、やましいことはないからな!」

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

「わたしも驚きました。もちろん、羅濠教主が草薙さんを義弟と呼んだこともそうですが、何よりも草薙さんが、それを普通に受け入れていらっしゃることにです」

 ホテルに戻った晶と恵那は、真っ先に祐理の部屋に向かった。本当は、羅濠教主の件を護堂に問い詰めたいところだったが、帰ってきた護堂にひかりが駆け寄り、身体の状態を尋ね、戦勝を祝ったことで問い詰められる雰囲気ではなくなってしまった。ここで、年上の恵那と晶が護堂と羅濠教主の関係を問うことは、ひかりに比べて女性として劣る、というような評価がされても仕方がないからだ。

 そのため、とりあえず事情を知っているかもしれない祐理の下に集結する運びとなった。ひかりは護堂のところにいるし、小学生抜きに話をすべきだ。そう判断した。

 祐理が護堂に精神感応を施したのは、戦略上仕方がないと、その場は割り切った。そして、精神感応のおかげで、護堂の行動は祐理にも視える。羅濠教主が護堂を如何にして義弟としたのか、その一部始終を祐理が視ているかもしれないのだ。護堂に聞けないのなら、護堂の行動を視ていた祐理に聞けばいい。そう思ったのだが、結果は芳しくなかった。

「万里谷先輩がわからないとなると、先輩が羅濠教主と仲良くなったのは、このホテルにいた昨日の夜の間ってことになりますケド。このホテル、一応結界で守られてましたよね?」

「そうは言っても、人間の結界だからねー。あの人なら、簡単に侵入できそうだよ」

 恵那がそう言うと、残る二人は沈うつな表情を浮かべた。

 羅濠教主なら、ありえることだからだ。

 羅濠教主は護堂に敗北した。自らに土を付けた護堂に興味を抱いても不思議ではないように思える。そして、護堂以外に悟られることなくホテルに現れ、そこで何かしらのやり取りがあった末に、義姉弟の契りを結んだ。この流れならば、筋が通る。

「ん、でも、『わたくしよりも強い男を婿に迎える』とか言い出さなかっただけよかったんじゃない?」

「それは、確かに」

 羅濠教主が護堂のことを気に入っているのは、間違いない。少年漫画にありがちな思考回路をしていることも、彼女の言動の端々に見受けられた。鷹化から聞いた話も、それを裏付けるものだった。だから、護堂を婿に、という流れも否定しきれない可能性の一つだった。

 羅濠教主が、愛人関係を許すかどうかわからないが、許さないのであれば、恵那は護堂の女にはなれない。祐理や晶もそうだ。よって、羅濠教主が護堂に異性として興味を抱くのかに関しては危機感を覚えてしまうのだ。

「義姉弟で収まったのはよかったかもしれません。ヴォバン侯爵やサルバトーレ卿のように、出会った途端に戦端が開きかねない関係性よりはずっといいですから」

 祐理の言葉に、恵那と晶は頷いた。

 羅濠教主の拠点は中国。日本の護堂とは隣り合っている。航空機の発達で世界中どこにでも行けるので、距離自体はそれほど問題になりにくいが、それでも目と鼻の先にいる相手との関係性が険悪なのはいただけない。

「ま、それでもさすが王さまって感じだけどね」

「まったくです。まさか、同格のカンピオーネにまで手を出すなんて、戦慄すら覚えます」

 へらへらとした口調の恵那と腕組みしてむすっとしている晶。

「しかし、英雄色を好むとも言いますし、王者の気風なのかもしれませんし」

 と、言うのは祐理だった。困ったような表情をしつつも、泰然としている。

「へえ、祐理がそういうことに肯定的なの珍しいね」

「いえ、別に肯定的というわけではありませんけど」

「万里谷先輩は、四回もキスしてますから、余裕があるんですよ、きっと」

「あ、晶さん! どうして、そんなことになるんです!?」

 晶がジト目で告げた言葉に、祐理は真っ赤になった。

「いや、でも祐理のキスだって、王さまに意識がない状態でしたのが二回だから、カウントできるのは二回だよ。恵那たちとの差は一回だけ」

「ちょっとまってください、恵那さん。一回って……それではお二人とも?」

「封印術にかかったときにね。王さまに呪力を渡すのにしたんだ」

 恵那が照れながら答えた。晶も顔を紅くして頷いた。二人の告白を聞き、祐理は今度こそ愁情とした表情を見せた。

「そうだ。キスといえばアッキーに聞きたかったことがあるんだけどさ」

 恵那が手の平を握った拳で叩くという古典的な表現で、閃いたという仕草をする。

「はい? なんでしょうか?」

 恵那は、晶の傍に近寄って声を殺して囁いた。

「ここだけの話、舌を使うのってどうだった?」

「な、ななあわあ」

 言葉にならない悲鳴を上げて、晶は恵那から距離を置いた。

「な、なんでそんな話を」

「だって、恵那はそこまでしなかったし。最初だったから、緊張しちゃって。それで、アッキーの感想を今後に活かそうと。どうだった?」

「お、覚えてないです!」

「嘘だあ」

「嘘じゃないです。酸欠で朦朧としてました! 清秋院さんだって、そうですよ。夢を見てたんです!」

「五分は潜水できる恵那に酸欠とかないし」

「暗闇の中で見間違うことだってあります!」

「透視術は使ってたよ? 大体あの至近距離で見間違えたりしない」

 なんとか、恵那の追及から逃れようとする晶は、助けを請うように祐理を見た。

「その、晶さん。あまり破廉恥なのはよくないかと」

 だが、祐理は晶の言い分には耳を貸さず、恵那の言い分を鵜呑みにしているらしい。

 結局、晶は誰も味方がいないまま、恵那から追及され続ける羽目になったのだった。

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 どことも知れぬ、暗闇の奥。

 土壁に囲まれた洞穴のような場所。祭壇に置かれた二つのろうそくが、妖しい光を放っていた。 

 小さな祭壇を前に、翁は座っている。

 翁は、かつては神だった。もともとは外来の神であり、およそ千年前にこの国に降臨した。しかし、呪術を駆使して自由気ままに振舞ううちに、幽界の神々の加護を受けた人間の呪術師によって『まつろわぬ神』の座を追われ、蘆屋道満という名を上書きされることで神性を封じられてしまったのだった。

「それも、今しばらくの辛抱じゃ」

 道満は、トン、と地面を枯れ枝のような指で叩く。

 すると、空間が捻れ、暗闇が延長した。そして、祭壇の後ろにさらに一回り大きな部屋が出来上がった。

 真っ暗な部屋に、道満はゆるゆると歩を進める。

 そして、部屋の奥の壁を見上げてほくそ笑む。

 道満が手を叩くと、部屋の四隅から火の手が上がった。小さな焚き火程度の炎だが、暗闇を払うには十分だった。

「それを連れてくる意味があったのか?」

 ゆらりとした陽炎が立ち上り、道満に声をかけた。実体化できていない。幽霊のような状態。いまだ神霊の域を脱していないながらも、太く固い印象を受ける男の声は、十分に力強い。

「無論じゃ」

 道満は『それ』の白い頬を撫でた。

 『それ』は、部屋の壁に下半身と腕を埋め込まれた裸体の少女だった。顔は力なく下を向き、美しい金色の髪は血と泥に塗れたままになっている。道満が触れてもピクリともしない。

「ほとんど死んでいるではないか」

「構わぬよ。力が使えればそれでいいのじゃ」

 それから、道満は印を結んで呪力を練った。

「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」

 薬師如来の小咒。薬師とは即ち医者のこと。

 少女を取り込んでいた土壁から木の根が伸びてきて、少女の身体に絡まるや、その皮膚の中に潜り込む。

 苦しげな吐息を漏らす少女は、それ以降再び反応を示さなくなった。

「何をした?」

「大地の精をこやつの体内で循環させておるのじゃ。仮にも地母神に連なる者じゃからな。これで、少なくとも一年は持つじゃろう」

「なるほどな。それで、使えるのか。それは」

「うむ。むしろ死に際して力が極限まで高まるかも知れぬぞ。瀕死は極限まで幽界に近づく状態ゆえな。それにしても、神祖が手に入ったのは僥倖じゃった。本来、使う予定だったあの巫女が神殺しの側仕えになってしもうたからの。最悪の場合、危険を冒さねばならぬかと危惧しておったが、これで、当面は彼奴との衝突を避けることができそうじゃ」

「使えるのならば、それでいい。……ところで、俺の神剣はどうするつもりだ」

 道満は、不快そうに顔を歪めた。

「儀式には用意できそうもないの。多少格が下がるが、別物で代用するか。まあ、姫だけでも十分じゃがの」

「ふん。忌々しい神殺しめ。俺が復調した暁には、最源流の《鋼》として、彼奴を切り刻んでくれる」

「今しばらく待て。星はまだ揃っておらん。南蛮の神祖のこともある。姫の回収もしばらく先じゃ。お主は、まだ寝ておれ。いざ本番となってから力が振るえぬのでは話にならぬぞ」

 道満がそう言うと、陽炎は不承不承といった様子で揺らめき、消えた。

「では、その命。今度はわし等のために使ってもらうぞ。アーシェラとやら」

 道満は愉快そうに顔を歪めると、再び空間を閉じた。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 日本は四季の国と名高く、情緒的な国民性からか、季節を表現する言葉が多い。

 出典は漢籍だが、

 『天高く馬肥ゆる秋』

 などは、秋のすばらしい季節を言い表した言葉として、しばしば耳にする。

 しかし、この言葉の本来の意味は、決して秋を好ましいものとして捉えたものではなかった。

 

 『秋に到れば、馬肥ゆ。変必ずや起こらん』

              漢書、趙充国伝

 

 秋になれば、馬が肥え太る。何かしらの事変が必ず起きることだろう。

 事変とは何か。それは、戦争である。

 秋は収穫期であり、収穫物を狙って異民族が攻め込んでくるから防備をしっかりとしなければならないということである。

 現在の意味となったのは、中国北方の異民族、匈奴が滅び、一時的にせよ異民族の影響が弱まってからだという。

 

 

 

 護堂が見上げる空は突き抜けるように高く、澄みきった青さが眩しい。

 街路樹も色づき始めていて、空気も心なしか涼しさを増している。広告はハロウィンからクリスマスへと切り替わりつつあり、季節の移ろいを感じさせてくれる。

 過ごしやすい気候の心地よさに胸が浮き立つようではあるが、果たして、この『天高く馬肥ゆる秋』が、護堂に幸と不幸のどちらをもたらしてくれるのだろうか。

 この半年で騒乱に慣れてしまった護堂は、たとえ、『まつろわぬ神』が攻め込んできても、もうグチグチと言わず、粛々と討伐に乗り出す覚悟だが、中華最強の武神、斉天大聖を討ち果たしてからそれほど時が経っていないので、しばらくはゆっくりと休みたいと思っている。

 やはり、日常という冷却期間は必要なのだ。

 そして、戦いの傷も癒え、護堂は真っ当な高校生としての日々に戻ってきた。

 カンピオーネという肩書き以外にも、草薙護堂には私立城楠学院高等部一年五組に通う高校生という肩書きがある。

 最近は、漫画やアニメの登場人物のように、学生らしからぬ行動を取らなければならない場合がしばしばあるので、日常生活は、ある種の清涼剤として、護堂のメンタルバランスを整える一助となっている。

「何してんの、あんた」

 つっけんどんな言葉が真上から投げかけられて、護堂は閉じていた目を開いた。

「なんだ、明日香か。来てたのかよ」

 机から身を乗り出すようにして見下ろしてくる幼馴染に、護堂は対抗するようにつっけんどんな答えを返した。

「なんだとは言ってくれるじゃない。サボりを他の人に見咎められる前に注意してあげたのに」

「サボりじゃねえよ。うちのクラスには仕事らしい仕事はねえから寝てたんだよ……」

 護堂は頭を掻きながら立ち上がった。尻に付いたチョーク粉を叩いて払い、首を鳴らした。

「というか、なんで教室で寝てんのよ。せっかくの文化祭だってのに」

 明日香は、寝起きの護堂に呆れ顔でそう尋ねた。

 この日は、城楠学院の文化祭二日目だ。大学部の影響を受けた文化祭は、他校のそれに比べて出店のレパートリーが豊富で、参加人数も多く、東京都内の高校にしては広い敷地面積を目一杯に利用して執り行われる。そんな盛り上がりを見せる学内において、護堂のクラスは寂れていた。

 明日香は、人っ子一人おらず、ドアまで閉まっている教室内を見渡してため息をつく。

「郷土史のレポート展示なんて、文化祭でするものなの? 中学の文化祭のほうがまだ集客できそうよね」

「人を集める気ないからな、このクラスは。一番引っ張っていきそうな連中は軒並みクラスじゃなくて、別のところで忙しいし」

 三バカとして名高い連中は、学内にメイド喫茶を展開している。護堂が三バカの執拗な要求――――静花や祐理、晶にメイド服を着せたいというものを諦めさせるために、鷹化に協力を要請したのだ。香港陸家は日本でメイド喫茶を出店し、そこを日本国内の本拠とするつもりでいたために、あっさりと引き受けてもらえたのだ。

「見ての通り、わざわざ休憩室でもない、店でもない、そんなところに足を運ぶ物好きはいねえ。午前中に興味本位に人が来たくらいで、今は覗かれもしない」

「ドアを締め切ってたら、入りにくいわよ。人が来ないのは、経営方法に難があるからじゃないの」

「だったら、企画の段階から見直す必要があるわな。あと、人員整理も。やる気のないヤツが多すぎてな」

「あんたもじゃない」

「俺は教室にいるだけマシだろう。当番の連中は、勝手に出て行ったきり戻ってこないんだからな」

「で、あんたはここでぼっち生活なのね」

「ぼっちじゃねえっての……」

 護堂は、単にすることがなくて寝ていただけ。誘いもいくつかあったが、それを蹴ってここにいるのだ。人だらけでゴミゴミしているところに出るのが、億劫だったからだ。

「あんたのことだから噂の彼女と一緒にいるのかと思ってたけど」

「誰だよ、そりゃ」

「んー。何人か引っ掛けてるらしいじゃない。澤さんが言ってたわよ」

「澤? ああ、隣の。なんで、明日香が澤さんと知り合いなんだよ」

 原作では、確か明日香と澤は同じバイト先だったはずだ。だが、それを確認したわけではなく、迂闊に口に出すわけにもいかないので、尋ねたのである。

「わたし、澤さんとは同じバイト先なのよ。宮間さんも一緒。二人とも隣のクラスみたいね」

「じゃあ、そっちに行けばいいんじゃね? 郷土史なんぞ見てないで」

 護堂の言葉に、明日香は表情を曇らせた。

「ばか」

 一言呟いてから、

「あの二人は、今仕事中よ。喫茶店、かなり繁盛してるみたい」

「万里谷のクラスだからな」

 祐理が学内で人気なのは、もはや常識だ。彼女目当ての客だけでも、相当数いるだろう。

 明日香も頷いて、同意した。

「あの巫女さん、確かに美人だものね。護堂はやっぱりああいうのが好み? それとも、年下?」

「なんだよ、その限定的なチョイスは」

 祐理は巫女だし、年下も晶がいる。やけに護堂の身近な面々を髣髴とさせる問いだ。

「というか、明日香。万里谷のこと知ってんの?」

「え、ああ。まあ、伝聞? ほら、澤さんとかからさ」

「ああ、話は聞いてたのか」

 祐理は、容姿と性格と学力が揃った高嶺の花と認識されている。女子から妬みを買う真似もしないので、学内に敵はいない。そして、そんな祐理と同じクラスの澤や宮間が、噂をしないはずがなく、明日香の耳に入るのも、無理もない話だと思われる。

 しかし、妙に焦っているのが気にかかるが、そんなことを気にしても仕方がないので、護堂はその話題をさっさと棚上げした。

「てことは、明日香もぼっちじゃねえか」

「ぼっちじゃないわ! もともと午前中だけの約束だったの! 本当は、帰る予定だったけど、せっかくだからここに顔出してやったんだっての!」

「じゃあ、おまえ、これから暇なの?」

「まあ、そうね」

 明日香の答えを聞いた護堂は、ふうん、と言ってから、

「じゃ、一緒に回るか?」

「え?」

 明日香は意表を突かれたとばかりに言葉に詰まった。

「な、なんで急にそうなるのよ」

「は? いや、今はそういう流れだっただろ」

「でも、いきなり言われても困るというか……」

 オドオドとし始めた明日香は、ひどく困惑しているらしい。

「まあ、行かないなら行かないでいいけどさ」

「待ちなさいよ。誰も行かないなんて言ってないでしょ!」

「どっちだよ」

 珍しくはっきりしない明日香に、今度は護堂がため息をついたのだった。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 結局、明日香は護堂と行動を共にすることとなった。

 暇と公言していたのだから、そこに予定を組み込まれても、断る理由がないのだ。もちろん、嫌なら嫌と言えばいいし、明日香ははっきりとそのように言うが、護堂から文化祭を一緒に回ろうと誘われては、否とは言えない。別に、そこに力関係があるわけではないが、護堂の存在は明日香にとって非常に重要なのだ。それにはあらゆる理由があって、明日香自身まとめて説明することなどできないが、あえて言うならば『好き』なのである。そして、噂になっている万里谷祐理や高橋晶ではなく、自分が護堂と一緒に過ごせるということに、内心で優越感に似た喜びを感じていた。

「それじゃ、まずは6組から行くか」

「なんでよ」

 護堂の意見は、真っ先に否定した。

「隣なんだから、いいじゃないか」

「噂の彼女がいるところに、あんたと一緒に顔出せるわけないでしょ! 澤さんとかだっているのよ!」

「つまり、知り合いに会いたくないってことか……」

「ジロジロと見られたくもないわね」

 護堂が異性に好かれるということくらい、承知している。顔立ちは悪くないし、成績はダントツだ。運動神経だっていい。性格的に表に出て引っ張っていくということがあまりなかったので、知名度が高いわけではなかったが、彼と触れ合って不快な思いを抱く女子はほとんどいなかったと、明日香はかつてを振り返る。

 今までは特定の女子と一緒にいることはあまりなかった。強いて言えば明日香自身がそこに当てはまるが、彼女も自覚している通り、ただの幼馴染で話しやすいというだけだ。

 だが、高校の護堂には、祐理や晶といった特定の女子がいる。その内実まで詳しくはないが、周囲が噂をする程度には、頻繁に会っているのである。

 つまり、護堂は普段から人の噂に上るくらいには注目されている。

 その護堂が、他校の女子を連れているとなれば、その女子にまで好奇の視線が向けられるのは自明の理。

 よって、明日香は最低でも一年生のクラスには顔を出したくないのだ。

「かといって、誰も知り合いがいない所に行ってもなあ。文化祭ってのは、知り合いがやってる店に顔出すのも楽しみの一つだろ」 

 と言って、護堂は悩んだ。そして、パンフレットを広げて、学内の地図を眺める。どこかにいいところはないかと探しているのだ。

「あ、そうか。だったら、共通の知り合いなら明日香が顔を出してもおかしくないのか」

「共通の知り合い?」

 明日香は、首を傾げて護堂に問い返した。

 

「ふーん。それで、うちに来たわけ」

 護堂と明日香が訪れたのは、中等部三年の教室。静花のクラスだった。出し物は、焼き蕎麦で、昼を過ぎた時間帯なので、ほとんど品数も少なくなっていた。売れ残りを阻止するために、五十円引きセールをしているところだった。

 店番をしていた静花から、焼き蕎麦のパックを受け取った護堂は、明日香に話しかけた。

「中等部って、初めて来たけど、高等部の奴等も結構顔出してるんだな」

「懐かしの校舎だからじゃない? 高校から入ったあんたは実感ないでしょうけど」

「なるほど、確かに俺も中学校の校舎に入る機会があったら浮かれるかもしれないな」

 護堂は明日香とともに公立の中学校に通っていた。そのため、あの校舎に足を踏み入れることは、おそらくは、もうない。あるとすれば、十年近く後、保護者という立場になっている場合くらいだろう。

「あれ、先輩。来てくれてたんですか?」

 焼き蕎麦を買い、静花と話をして、これからどこに行こうかと相談していたところに、小柄な少女が現れた。

「おう、晶」

「こんにちは。先輩。と、あなたは……」

「コイツは昔馴染みの明日香だ」

 明日香が名乗るよりも前に、護堂が簡潔に教えた。『昔馴染み』もしくは『幼馴染』。それが、明日香と護堂の関係性を正しく伝える言葉だ。草薙護堂の幼馴染は徳永明日香だ。それ以外の回答はなく、その肩書きは、明日香だけのものだ。

 明日香だけに許された特権なのだ。

「よろしく、晶さん」

「あ、えと、はい。よろしくお願いします」

 そして、その特権は、時として非常に強力な武器となる。明日香と護堂の関係は、静花よりも長い。事実上母親の次に長く付き合っている異性が明日香なのだ。それゆえに、幼馴染という言葉を聞いた晶は、僅かではあっても戸惑わずにはいられないし、警戒せざるをえないだろう。

「あなた、時々商店街を歩いているわよね。家、あそこの近くなの?」

「はい。うちのマンションから、あの商店街まで、歩いて五分くらいです」

「ふうん、なるほどねえ」

 明日香は、意味深長な視線を護堂に向けた。

「なんだよ、明日香。晶の家のことなんてどうでもいいだろう?」

「いや、割りとどうでもよくはないけどね」

 明日香は、晶のことを知っていた。可愛らしい顔立ちをした少女だ。人目を引くのは当たり前だ。基本的に若い世代が多くない商店街だけに、晶は非常に目立つ。まして、その隣には時折護堂の姿がある。草薙一郎の孫がついに、とおばさんたちの話題になることも多々ある。知らぬは当人たちばかりだ。

「まあ、晶ちゃんは、あたしと一緒に学校に行っているのであって、お兄ちゃんはおまけなわけだけど。ね?」

 そこに、静花がやってきて、会話に加わった。

「え、ああ、うん。そうそう」

 晶は、うんうん、と頷いて静花の意見を肯定する。とはいえ、今の流れだと、一緒に学校に行くことと、おまけということのどちらを肯定したのかわからない。頷くだけだった晶は、失言したようなものだ。

「おまけって言い方はねえだろう。つーか、店抜けていいのかよ、静花」

「販促よ。販促。ほら」

 そう言って、静花が掲げるのはダンボール製の看板だ。白い紙を貼り付けて、マジックで焼き蕎麦値下げ中と書かれている。

「ふうん、販促ね」

 看板を持ってウロウロするだけ。働いていると見せかけて遊ぶことができるので、とても楽な仕事である。

「あ、そうだ。明日香ちゃん。今度、あたしのパソコン診てもらっていい? 最近調子が悪いんだ」

「そうなの? まあ、診るくらいはいつでもできるし、時間もかからないからいいわよ」

「ありがとう! 最近、重いんだよね。立ち上がりも遅いし、何が悪いのかわからないの」

 静花の頼み事を明日香は二つ返事で受け入れた。昔から、明日香は静花と仲がいい。思い返しても喧嘩をした記憶は一度もない。互いに勝気ではきはきしているところがあり、それでいて人の意見を容れるだけの精神性をしているから、気が合うのだ。歳も一つしか違わないのであれば、先輩と後輩というよりも、対等な友だちといった関係になる。

 明日香から見て静花は幼馴染の妹であると同時に、静花自身が幼馴染なのだ。

「明日香さんは、パソコンが得意なんですか?」

 晶が、明日香に尋ねた。

「うん。人並み以上には扱えるわ。こう見えてプログラマー目指して勉強中なの」

 明日香は、昔からプログラミングに甚く熱心だった。そのためか、理系の科目は軒並み平均をはるかに超える成績を誇っていたのだ。

 明日香は昔から頭がよかったし、護堂に並んで成績上位者だった。どちらも中学レベルの勉強はやり尽くし、カンスト状態だったのだ。

「プログラマー目指してっていうか、今すぐプロになってもおかしくないんじゃないのか」

 護堂は幼馴染なだけに、明日香がどれほどプログラミングに打ち込んでいるかを知っている。そして、その実力のほども。

「とりあえず、IT企業でキー叩かせてもらってる。バイトだけどね」

「すごいんですね。明日香さん」

「プログラミングって相性大事だと思うの。わたしは結構上手く嵌ってくれた感じ。それに、わたしにはこれくらいしかないし。いや、ほかにもできることはあるけど、そっちはねえ……」

 明日香は、物憂げな表情となって、言葉を濁した。

 

 

 

 後夜祭がある護堂は、一緒に帰ることができなかった。少し残念に思いながら一人、明日香は帰路を行く。

 橙色の空が、徐々に群青に変わっていく。赤と青が混じりあい、次第に黒へと変じていく。黄昏時。呪術の世界では幽界と現世との境が最も薄くなり、霊視術や降臨術の成功率が最も高まる時間帯とされている。それと同時に、この世ならぬものたちが色めき立つ時間帯でもあり、古来より黄昏時と丑三つ時は、百鬼夜行の時間として恐れられた。

 木枯らしが吹き、路上のゴミと枯葉を攫っていく。

 まだ、落ち葉の季節には遠いものの、秋の色味が強くなってた今日この頃。朝夕の冷え込みは、次の季節の到来を思わせた。

 あと、二ヶ月もすればクリスマス。昨年は、受験を目前に控えていたからまともに祝うことすらできなかった。

「さて、今年はどうしようかな」

 ハロウィンが過ぎれば、世の中はクリスマスに向けて本格的に動き出す。

 高校一年生の冬をどのように過ごすのか、今から頭を悩ませている。それは、決して不快なことではない。以前の彼女が死の直前まで求め続け、終ぞ手に入らなかった自由。今、それを謳歌しているのだ。悩みは多く、不安もある。しかし、それが生を実感させてくれる。だから、不快ではない。

 明日香は、公園の前で立ち止まって気分を害したとでも言わんばかりの表情になった。

「人がいい気分でいるときに顔を出すなんて。本当に空気が読めないジジイだわ」

 明日香が吐き捨てるように毒づく。

「相変わらず失礼な娘じゃ。そして、主は何も変わらぬ。かの神殺しはさらに力を身につけ、厄介な猿が消えたことでわしの計画も加速しておる。そんな中で、主が何も変わっておらぬ。それが、主が欲した普通かの」

 小さな公園の中央に、茫洋とした人影が現れた。それは、すぐに厚みを増し、一人の老人となる。蘆屋道満。千年前に都を騒がせた『まつろわぬ神』の成れの果てであった。

「あんたら怪物どもと同じ尺度で測らないでもらいたいわね」

「主が神殺しを為した魔王の傍にいるのも何かの縁、とは思わんのかの」

「思わないわね」

 口では否定するものの、実際は、そう思わなかったこともない。

 道満自身が邪悪の権化のような人物だったこともあり、そんな神未満呪術師以上の怪物に造られたと知られては、護堂との関係が悪化するかもしれない。そう考えると、真実を告げる気にはなれなかった。何よりも、護堂が転生者だということを知ったのは、つい最近。護堂がカンピオーネになってからだ。

 明日香は、かつて道満の術によってこの世に生れ落ちた転生者の最後の一人だ。道満が実験的に行った転生の秘術の被検体。道満が呪術を行う際に、護堂を転生させた安倍晴明の大呪法の術式を模したために、病死した一般人の魂が徳永明日香として新生することになったのだ。

 もう十六年も前の出来事である。

 道満は、生み出した明日香たちには、特に興味を持っていない。時折、ふらっと現れては何かしらの悪魔の囁きを残すだけだ。多くの同朋たちは、その囁きによって滅んだ。明日香のように、一般人として細々と過ごすという選択を拒否したからだ。

「あんたに関わると碌なことにならない」

「ずいぶんと嫌われたものじゃな。まあよい。主が神殺しとどのように接しようとも、わしにとっては関わりのない話じゃしの」

「自分のことを告げ口されるとは思ってないわけね」

「思っていないわけではないが、告げ口されたところで痛む腹はないからの。何せ、主は儀式の目的は知っておっても、それがいつ、どこで、どのように行われるか知らぬのじゃからな」

 確かに、その通りだ。護堂に警戒を促すことはできるかもしれないが、それでは何の意味もない。道満の言う儀式が何かすら知らない身としては、護堂に有益な情報を与えることができないのだ。

 だが、それに何が必要かくらいは知っている。以前、道満が呟いていたからだ。しかし、それを護堂に伝えることはできない。伝えてしまえば、護堂と明日香の関係はただの幼馴染ではいられないだろう。下手をすれば敵視されるかもしれない。今の、ぬるま湯のような心地よい関係が終わってしまうのが怖い。そう、明日香は、変化を恐れているのだ。

「で、あんたはいったい何をしに来たの?」

「我が敵手の観察じゃよ。ついでに、娘の前に顔を出しておこうと思っての。わしがまつろわぬ身になれば、主のことなど忘却の彼方じゃろうからの」

「むしろそっちのほうがありがたいわ」

「ほほ、何にせよ、精精思いのまま生きるのじゃな。かの神殺しの命も今年限り。わしが神性を取り戻した暁には、彼奴を真っ先に縊り殺すでな」

 そう言い残して、道満は消えた。

「はあ、本当に、どうしよう」

 いつまでも、このままではいられない。それはわかっている。護堂が神殺しを成し遂げたときから、変化は始まっていたのだ。ただ、明日香がそれを拒否していただけ、見て見ぬ振りを続けただけで、世界は刻一刻と回り続けている。変わらぬものは何一つとして存在しない。それは、明日香も同様である。

「つまり、そろそろ選ばなくちゃいけないわけか……」

 これから先、明日香が護堂とどうあるべきなのか。道満とどう関わるのか。どちらに味方をして、どちらに敵対するか。答えはすでに出ている。できる限り手を回した。あとは、本人に打ち明けるだけ。しかし、そこに至るまでの一歩が遠い。

「あいつが何を考えているのかわからないと、動きようがないのよね」

 道満は明日香の自由意志を認めている。しかし、それが自分にとって不都合なこととなったら、手の平を返してくるに違いない。そうなっては、家族にまで迷惑がかかる。だから迂闊には動けず、動くとしても道満に気づかれないようにコソコソとするしかない。明日香は、道満を警戒するあまり、自縄自縛状態となっているのだ。

 これから、何をすべきか。それがわからず、明日香は苛立たしげに小石を蹴飛ばした。




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