ザ・サードとムシウタの新刊はいつ出るんですかねえ……
六十四話
街を吹きぬける風には、刺すような冷たさが混じり、日を追うごとに冬が近づいていることを感じさせる。
文化祭が終わって、大きな学校行事はすべて終了した。これから先は、クリスマスへ向けて個々人がイベントを作っていくことになる。
白い雪が舞い、イルミネーションに照らされた街並み。その下を歩くカップルたち。近くそうした光景が彼女のテリトリーにも入り込んでくるだろう。
伏見まどかは自他共に認めるオタクである。
外見は至って普通。昔から眼鏡をかけていて、運動は苦手。クラスでも、アニメ好きが知れ渡っている。隠しているわけではないので問題なし。そして、今日も今日とて秋葉巡り。池袋は対象外。彼女は『萌え』に関して、自らの琴線に触れるのであれば三次元でもいける口だが、やはり基本は二次元。萌えこそが重要で、性別やカップリングは後回しというのがまどかのスタンスである。
リア充どもの存在は気に入らないが、クリスマスになればゲーム業界も活気付く。
セールなども行われるだろうし、両親からお小遣いももらえる。子どもの頃のように手放しにお祝いはできないが、それでも彼女なりに楽しめるイベントのはずだ。あと一月と少し。それまで、平々凡々とした日常を過ごしていくのだろう。
なんといっても、伏見まどかは何のとりえもない一般ピープルなのだから。
そう思っていた時期もありました。
「いったい、なんなの。これは」
まどかは呆然と立ち尽くしていた。
秋葉原で新発売のラノベを買い、うきうきしていた矢先の出来事だった。
帰宅して自室に戻り、いざ読書というところで、カバンから取り出した袋に水が溜まっているのに気がついた。
慌てて中から本を取り出すと、時すでに遅し。ぐっしょりと濡れて、水滴を滴らせている。ここまでになると乾かしてもごわごわになってしまう。
返品に応じてもらえるだろうか。濡らしてしまったのは完全にまどかの落ち度だ。だが、カバンの中には飲料水の類はなく、雨も降っていない。なぜ、カバンの中がずぶ濡れなのか皆目見当がつかないが、濡らしてしまった事実は変えようがない。納得できないが、結果としてこれは自損ということになるのだろう。
とすると、返品できるとは思えなかった。第一、レシートは不要だと思って捨ててしまっている。いずれにしても我慢して読むか、買い換えるかしかない。
「はあ……」
ついてない。
腑に落ちないところは多々あるが、その日のうちは運がなかったと思って諦めた。
□ ■ □ ■
ここ数日、流れ込んだ強烈な寒気の影響で真冬並みの気温を記録していた日本列島だったが、この日は全国的にさわやかな秋晴れが広がり、天気予報を見ても、昼間の気温は平年並みか、それ以上になるということだった。
雲ひとつない快晴など、何日ぶりだろうか。
放射冷却の影響で、この日の朝の気温は低い。これから上昇するにしても、朝が寒いのは辛いことだ。
寒さのためか、いつもよりも早く目が醒めた護堂は、学校に行くまでの時間を潰すために、ジャージに着替えてランニングをすることにした。
あまり走りこみをするタイプではない護堂だが、時折こうして走りたくなることがある。
この半年間、局所的に命がけの運動をしてきただけに、十キロ二十キロ走ったところで体力的に余裕を残せそうなくらいになった。よって、体力作りのための運動というのは、あまり意味がない。陸上部で、本気になってマラソンに取り組むくらいでなければ、護堂にとっての激しい運動というレベルには至らない。
気休め程度のランニング。
しかし、それでも気分転換などには重宝する。
適度な運動は心身を整える効果がある。
外に出ると、まだ顔を出したばかりの太陽が放つ光が網膜を焼く。肌寒い朝の風がジャージの内側に入り込み、思わず身震いする。
護堂は、運動部だったころを懐かしみながら人気のない道を走る。
通り抜ける商店街は、いまだに暁を覚えず、聞こえるのは鳥の鳴き声だけだ。
吐く息が白い。
よく見れば、道の端に落ち葉が積もっている。
本格的な冬の到来が近くなってきたのだ。
濃密に過ぎて、瞬く間に過ぎ去った一年だった。
今年も残り一月と少し。それまでに、あと何回戦場に出ることになるのだろうか。
一年前には、カンピオーネになりたくはないと如何にして原作から乖離させるか悩んでいた自分が懐かしい。今となっては、カンピオーネになったことも悪くないと思える程度には順応してしまった。落ち着くべきところに落ち着いたのだろうという感じ。スサノオとの会談で、初めからこうなる運命だったと知らされて、妙に納得したのも、現状にしっくりきていたからだろう。
護堂はランニングの最後に根津神社を訪れた。
大きな神社だ。境内は広く、落ち着いた佇まい。静謐な空気が流れていて、この神社の中は外部から時間が切り離されているような錯覚すらも覚える。
吹く風が秋色の梢を揺らす。
息を整えながら、護堂は参道を歩いた。
根津神社の祭神は確か、スサノオだったと記憶している。
千九百年の歴史があるという由緒ある神社で、幼い頃は明日香とよくここを訪れて遊んでいた。
それにしても、最も身近な神社がよりにもよってスサノオを祀っているとは。何かしらの縁を感じてしまう。
メランコリックな感情を抱きながら、ゆるゆると歩いていると、ある木の下に見覚えのある人影を目に留めた。
彼女も、護堂に気がついて、驚いたように目を見開いた。
「晶?」
「え、先輩?」
そこにいたのは晶だった。
晶もジャージを着ている。白いジャージだが、袖と下は黒で、赤のラインが入っている。ショートヘアと相まって、如何にも運動している女の子という雰囲気を醸し出している。
「おはようございます。こんな、朝早くにどうされたんですか?」
駆け足で近寄ってきた晶の明朗な挨拶が、護堂がこの日聞く最初の他人の声だった。慣れ親しんだ声ながら、新鮮に感じるのは、やはり早朝の空気のおかげだろうか。
「俺は、早く目が覚めたから走ってみようと思っただけ。晶も走ってたのか?」
「はい。毎日ではないですけど、週に二、三回は走ってるんです。なんと言っても朝は空気が澄んでますから」
「そうだな。俺も、朝に走るのは久しぶりだけど、やっぱり気持ちがいいもんだな」
「はい。それに、先輩と違ってわたしの場合、ちゃんと身体を動かしていないと鈍ってしまうんです。清秋院さんは日頃から野山を駆け回っているようですし、負けていられません」
清秋院恵那は刀を主要武装として戦う媛巫女。霊視に関する才はないようだが、それ以上に稀有な神憑りという能力を持っている。晶とは似て非なる近接戦闘特化型の媛巫女の登場は、晶に対抗意識を燃やさせていたようだ。一時は、本気で命のやり取りになった二人だが、斉天大聖の一件の後にずいぶんと意気投合したようで、現在は切磋琢磨する間柄となっている。
「まあ、清秋院はランニングって柄じゃないよな」
恵那のことを思い返しながら、護堂は呟いた。
なんといっても、恵那は野生児だ。血筋としては千年続く正真正銘のお嬢様だが、彼女の育った環境は苛酷を極める。携帯の電波すらまともに届かない山奥で何日もサバイバル、ということすらも平然とこなしてみせるくらいになるには、かなりの苦労があったと思われる。
晶は護堂の呟きを聞いて頷きながらも、非難がましい視線を送ってくる。
「そんなこと言って、清秋院さんに聞かれたら怒られますよ」
「そうか?」
「あの人、あれで繊細ですから」
繊細――――凡そ清秋院恵那という少女とは無縁そうな言葉だった。
「俄かには信じ難い」
「もう、ダメですよ。そういうこと言ったら。女子を相手にするなら、誰であっても丁重に扱わないと、思わぬところで傷つけてしまいますよ」
「う、うむ。気をつける」
注意されてしまった。しかも、言われたことが正論なので、非を認めて口ごもるしかない。これが、祖父の一郎であれば見事に切り抜ける、もしくはそもそもこういった注意を受けなかっただろう。一郎の武勇伝を知るだけに、見習いたいとは思わないが。
そんな護堂を見て、晶は、呆れたようにため息をついた。
「先輩、きちんとしているようで、ところどころ隙がありますね」
「要するにダメってことか……」
「いえ、そこまでは。あ、でも、いいとは言い難いかも」
首を捻る晶の中には、どうやら護堂に対する複雑な思いがあるらしい。高い評価は受けられそうになく、護堂は落胆した。
「ちなみに何がよくなかった?」
「えっと、そうですね。うーん」
晶はしばらく言い難そうにした後で、
「その、何人かの女子とキスしてるとことか」
「ぐ……」
胸を抉る指摘だった。
護堂は日光での一件で、なし崩し的に祐理、恵那、晶の三名とキスしている。
気にかからないということはなかった。しかし、どうその話題に対応するべきか判じかねたまま、結局一月経ってしまったのだった。
「その……すまなかった」
とりあえず、護堂にできるのは謝ることだけだった。
「え、いや。それは、もういいんです。緊急事態でしたし、ああするのが一番の方法でしたから。ただ……」
晶は、言葉を尻すぼみにしながら俯いた。
「その、したからには、もう少し意識してくれても、いいんじゃないかと……」
「え……」
護堂は自分の耳を疑った。
晶は護堂と目を合わせることなく、地面に視線を落とし、両手の指を絡ませている。
晶にしては珍しい、しおらしい態度に護堂は動揺した。
ここまで走ってきたこととは別で、紅くなっているのがわかるために、余計ドギマギさせられる。
なんと言えばいいかわからないまま、言葉に詰まる。
晶は何も言わず、護堂も突然のことに対応できずに無言。
次に口を開いたのは、晶だった。
唇を噛み締めたような表情で、真っ赤な顔を上げ、そして一歩踏み出した。
「わたし! ……好きでもない人とは緊急事態であってもキスしませんからッ!」
叫ぶように言った晶は、その直後に固まった。
それから、慌てて数歩下がる。
「あ、あの。今のは……」
晶は見るからに狼狽している。両手は行き着く先を知らず、わけのわからないジェスチャーを繰り返し、言葉は先に続かない。
「あ、晶」
「ッ」
護堂が声をかけると、晶はさらに一歩退いて、泣きそうな顔を両手で隠す。
「ご、ごめんなさい。その、今朝のところは、もう帰りますから。帰りますので、すみません、失礼しますッ」
「あ、おい!」
呼びかけるも、晶は持ち前の身体能力を十全に発揮して、脱兎の如く駆け出してしまっていた。
瞬く間に参道から姿を消し、気配が遠のいていく。
そして、護堂はその後を追いかけることができず、暫しの間、その場に立ち尽くした。
□ ■ □ ■
抜けるような秋晴れが窓の外に広がっている。
気持ちのよい快晴だ。しかし、天気がどれほどよくても、心の中まで晴れ晴れとするわけではない。
伏見まどかは憂鬱な気持ちでこの日を迎えていた。
理由は、最近頻発する水難。
手を洗おうとすれば、蛇口から水が噴き出し、自室の天井からは雨漏り。挙句の果てには、水気が一切ないにも関わらず、カバンの中が水浸しになっているということもあるくらいだ。
不自然なまでの水難。
初めはそんなこともあるかと適当に流していたまどかだったが、さすがに連日連夜何かしらの水に関するトラブルに見舞われては、さすがにグロッキーだ。
ありえないとわかっていても、呪われているのでは、と不安になってしまうのも仕方がない。
「そんなことないよー」
「まどか考えすぎー」
このように、頼りにならない友人たちはケラケラと笑ってまともに取り合ってくれない。
当然と言えば当然か。まどか自身、これが他人事であれば冗談だと思っただろう。
「でも、本当なんだってー。絶対あの壷が原因だって。だって、あれが家に来てからだよ」
異変の原因に心当たりがないわけではない。
父親が買ってきた壷。なんでも紅海に関わる貴重な品だそうで、非常に大切にしている。異変が始まったのは、その壷が家にやってきたときからだ。
結局、友だちにそんなことを言っても何の解決にもならないことはわかっている。単なる愚痴でしかないし、あまり言い募って変な娘のレッテルを貼られたくもない。昨今オタクも市民権を得てきているとはいえ、難しい環境にあるのは変わらない。
だから、おどけて冗談めかす。あくまでも、日常の中の不思議話ということにして、お茶を濁すのだ。
しかし、それで一件が解決するわけではなく、まどかは憂鬱になりながら一人、廊下に出た。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
そんなまどかに話しかけてくれる人がいた。
「え、万里谷さん?」
さらさらのストレートロングがまぶしい。
同じクラスに属していながら、会話をした記憶がない。なんといっても万里谷祐理は学園のアイドル。高嶺の花にして、現存する数少ない大和撫子。一笑千金の美人であり、科挙圧巻の才媛だ。所詮アニメや漫画知識で四文字熟語を覚える程度の日陰者とはレベルというか次元が違う。自分がどこにでもエンカウントするザコキャラなら、祐理は洞窟の奥底に眠る伝説級である。レア度が違う。そして、萌え度が違う。そんな祐理に話しかけられて戸惑わないはずもなく、まどかはどうしたものかと、次の言葉を待った。
「突然、すみません。先ほどのお話が気になったので。今から、どこかに向かわれますか?」
「いやいや、なんとなく外に出てみただけで。それで、さっきの話って」
「はい。壷がどうとか」
「壷って、さっきの水難の話?」
「はい」
祐理は頷いた。そして、まどかは驚いた。まさか、祐理が自分のくだらないオカルト話に興味を持って話しかけてくれるとは。それが嬉しくもあり、奇妙でもあった。
「なるほど、そういうことですか」
できるだけ真剣味を出さないように、砕けた口調で経緯を説明したのだが、祐理は事の外真剣な表情をしている。
「お父さんが海外から持ってきたんだけどね。なんでも、向こうの神様に関わる由緒ある壷だってさんざん自慢されたんだ。でも、その壷が来てから、変なところが濡れてたりしてさー」
などと話していると、ますます祐理の顔が強張っていく。憂いの陰が浮かぶ秀麗な表情には、異性のまどかもドキッとする。そもそも、祐理はまどかが認める三次元萌えの対象であるから、話ができるだけでも壷様様だ。
「そういえば、万里谷さんって巫女さんのアルバイトしてたよね。なんかあったら安くお祓いしてもらえないかなー、なんちゃって」
祐理が巫女のアルバイトをしているのは有名だ。それが、彼女の魅力をさらに押し上げている要素でもある。美人、性格良し、頭いいの三拍子に加え旧華族、巫女というずば抜けた属性を持っている。お嬢様と言っても過言ではないのだ。
「そうですね。あまり、放置していてよい感じはしませんし。でも、ただのお祓いでどうにかなるほど、簡単な事例ではないかもしれません」
しかし、まどかの軽はずみな言葉に対する祐理の答えは、意外と深刻だった。
「え?」
そして、やってきたのは屋上。
初めは隣のクラスに行った。しかし、そこには目的の人物がおらず、ここにいないのならと向かった先が屋上だった。
昼休みの屋上は、快晴ながらも人気は疎らだ。気温が低く、風があるためだろう。
ドアを開けると、目の前に目的の人物はいた。どうやら、屋上から屋内に戻ろうとしたところだったらしい。
「草薙さん。やっぱりここにいらっしゃいましたね」
相手の名は草薙護堂。
最近話題の男子生徒だ。
「万里谷、に、そちらは……確か万里谷と同じクラスの」
「伏見まどかさんです。実は、まどかさんの件で草薙さんに相談したいことがありまして。今、お時間はよろしいですか?」
「ああ、さっきまで静花がいたんだけどな。なんでも委員会の仕事とかでさっさと帰っちまってな。今は暇しているとこ」
「そうですか。それは、よかったです」
祐理は、花が咲くような笑みを浮かべて護堂と話している。
草薙護堂。
隣のクラスに在籍する男子生徒。顔立ちは中の上から上の中。学力は非常に高く、運動神経抜群。特に英語はネイティブ並でいけるらしい。中学時代から非常に異性にモテるらしいが、実際に付き合ったという話はない。しかし、この半年で、学園のアイドルである祐理に、中等部のかわいい娘を引っ掛け、さらに学外の女子と出歩いているところが目撃されるなど、浮名を流している危険人物。それが、伏見まどかの護堂に対する認識である。
複数の女性と関わりがあるという時点で、大抵の女子は敬遠する。
もちろん、そういった男性のほうがいいというのもいるが、それは少数派だ。
しかし、護堂は浮名を流している割に否定的な意見を聞くことはない。男子からの嫉妬ややっかみはあるみたいだが、それも表立ってのものはない。相手が祐理ということもあるのだろうし、女性関係を除けば高物件なのも確か。人格的にも、女性関係を除けば問題ないらしい。そして、その女性関係自体も、現状は噂レベルに止まっている。祐理に対して不義理を働いたとなれば、学園中が敵になるだろうが。もちろん、そのような場合にはまどかは真っ先に立ち上がり、悪の権化を殲滅する覚悟である。だが、今のところは祐理にも護堂にも取り立てて悪い噂は聞こえてこない。付き合っているにしても健全なお付き合いの範疇を出ていないと思われる。
と、勝手な人物論を頭の中に描きながら護堂を睨みつけるまどか。その視線に護堂はたじろぎながらも、祐理に説明を求めた。
「こちらのまどかさんが、怪異に困っているということで、ご相談しようと思いまして」
「怪異? だけど、それって普通甘粕さんたちのところを通さないか? 俺は、門外漢だぞ」
「はい。ですが、今回は正史編纂委員会よりもまず草薙さんにお話すべきだと感じたのです」
「万里谷がそう言うってことは、神様関係ってことか」
なにやらわけのわからない会話をしている二人に、まどかは置いてけぼりを食った気分だった。しかし、護堂が『神様』という言葉を発したところで、まどかはハッとした。自分の壷が神様に関するものだということは祐理にしか言ってない。それなのに、護堂が言い当ててきたということは、本当にこういった問題に対しての知識があるのかもしれない、と。
「神が関わっているかどうかまでは。しかし、悪霊や怨霊の類ではないと思います」
「なるほどね……えーと、伏見さんだっけ。とりあえず、ここではなんとも言えないし、放課後にでもその壷ってのを見せてもらえるかな」
「あ、はい。見るくらいなら」
□ ■ □ ■
放課後、護堂と祐理はまどかの家の前までやってきた。
祐理は晶にも声をかけようとしたのだが、どうにも今日は学校を欠席しているとのことで、遠慮することにした。
結果、護堂と祐理は二人で問題の調査に当たることになった。
「ああ、なるほど。これは、確かに」
「ずいぶんと、重々しい空気ですね」
まどかの家を見るなり、護堂と祐理は口を揃えて言った。
「あの、何が?」
まどかには、祐理が言う重々しい空気などはわからない。まどかからすれば、二人がおかしなことを言っているようにしか思えないのだ。
「どう視る、万里谷。俺にはここに呪力が流れ込んでるってことしかわからないんだけど」
「この土地そのものが、ちょっとした霊地になっているみたいですね。怪異が生じる地盤そのものは元々あったみたいです」
祐理の視立てでは、まどかの家が建つ土地自体が、一種の霊地になっており、そこに呪具の類が持ち込まれたことで、怪異が発生したのだという。
「それで、それが件の壷ってことか」
まどかが家の中から持ち出してきた壷を見た護堂が尋ねた。
赤茶けた陶器の壷だ。デザインは何もなく、手に持てる程度の円柱状で、同じ材質の蓋がしてある。
「うん。でも、本当にこれただの壷だよ。お父さんは、ああ言ってたけど、あのお父さんに手が出せるのなんてそう高いものじゃないし」
「値段とかは俺、よくわかんないけど、……うん、原因は間違いなくソレだと思う」
「なんで、そう言い切れるの?」
「そう聞かれると説明しにくいけど、勘っていうか慣れ?」
「慣れって……」
祐理が頼りにできると言っていたから連れてきたが、適当なことを言っているようでまったく頼りにならない。まどかは呆れてため息をついた。
カタリ、
と、壷の蓋が揺れたのはそのときだった。
「ん?」
まどかは、手元が揺れたのを不思議に思い、
「いけない! その壷を放してください!」
焦った祐理が叫んだ。
そして、その瞬間、壷の蓋が勢いよく弾けとび、中から大量の水が噴き出してきた。
「きゃあ!!」
まどかは堪らず尻餅をついた。
そして、空を見上げて唖然とした。
「な、何これ」
空には一匹の竜がいた。巨大な蛇のような身体に一対の翼を広げた姿は、まどかが愛好するゲームに出てくるボスを想起させる。
その怪物が、大きな口を開いた。
竜がファンタジーなら、その力もまたファンタジーだ。水から産まれた竜は、やはり攻撃にも水を使うらしい。口から猛烈な勢いで巨大な水塊を吐き出した。
――――終わった。
まどかは、本気でそう思った。
『散れ』
魂を揺さぶる力強い何か。
頭に響く声。
まどかを圧殺するはずだった水塊は、空中で破裂して消滅した。
「東京のど真ん中で、迷惑なヤツだ」
護堂が、竜とまどかの間に立つ。
「神獣って感じもしないな。けど、『まつろわぬ神』でもない。なんかよくわからんが、騒ぎになる前に片付けさせてもらうぞ」
なんだか嬉しそうだ。
それが、槍を構えた護堂を見たまどかの感想だった。
実習終わりました。代表として、いろいろと挨拶する機会があったり仕事があったり面倒でしたが、最後のお別れ会で子どものほうが泣いてくれて感動しました。
純真ゆえかどうしたらいいものかという場面も多々ありました。
以下その例
①担当クラスでブームの「ワニごっこ」なる遊び。
要するに鬼ごっこ。逃亡しようとするワニ役を飼育係役が捕縛(ガッツリホールド)するゲーム。
暗黙の了解でワニは男児、飼育係は女児が担当するらしい。
②「うちのクラスって女子のほうが強いんだ。だから、可愛い系の男子にミ○ーちゃんの耳つけたりして遊んでる」
「遊ばれてるー(隣の男児)」
嬉しそうにするな
③「先生って小さい子好きなのー?(純真)」
「まったく小学生は最高だぜ」←問題発言
「いや、そうでもない」←問題発言
無言←問題行動
そもそもそんなことを考える時点で魂が汚れている、ということを自覚させられた瞬間だった。