カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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六十六話

 見た目の強壮さに比べて、竜は非常にあっけなく散った。

 もともと、それほど高位の存在ではなかったこともあって、カンピオーネである護堂にとっては脅威とはいえないレベルの相手だった。

 問題は、その後だ。

 蘆屋道満と名乗る老人と、その老人に従う正体不明の牛頭人身の怪物。

 護堂の宿敵とも呼べる存在だけに、道満が去った後も、護堂の気持ちは晴れない。

 敵は動き出している。

 これまでは、まったく情報を得ることができなかった相手だ。それが、カンピオーネである護堂の前に姿を見せたということは、『まつろわぬ神』への回帰が秒読みに入ったのではないか。

「どう思う、万里谷」

 まどかの家からの帰り道、護堂は祐理に尋ねた。

 祐理は、護堂の言いつけを守り、まどかの家の前から動かなかったおかげで、道満の襲撃に巻き込まれずに済んだ。周囲は吹き飛んだアスファルトや、衝撃で割れた窓ガラスなどが散乱している状況だったのだが、祐理がいた場所は奇跡的に被害がなかったのである。

「蘆屋道満を名乗るご老人が、如何なる素性なのかにもよるかと思いますが、一度神性を失われた以上、そう簡単に復活できるとは思えません。何かしらの大規模な儀式を執り行うと見て間違いないのではないでしょうか」

「儀式か。まあ、順当に考えれば、竜を使うつもりだったんだろうケド……」

「はい。そうでなければ、わざわざ危険を冒して草薙さんの前に姿を見せる必要はありませんから」

 護堂は道満の飄々とした様子を思い返す。

 あれは、危険と安全を天秤に乗せて遊ぶタイプだ、と結論する。

 興味本位で危険に手を出して、火傷をする典型例のような性格に違いない。

 だが、それゆえに、何をしでかすかわからない。今回だって、護堂の前に姿を見せる必要はなかった。祐理の言うのは尤もなことであるが、それに加えて竜が殲滅された時点で撤退してもよかったはずだ。それなのに、護堂の前に姿を見せた。

 目的があるのか、ないのか。その辺りが判然としない。だからこそ、不安が払拭できないのである。

「わたしの方からも、馨さんたちに連絡を取ってみます。馨さんたちとしても、道満様の件は懸念材料ですから、調査により一層力を入れてくれるかと思います」

「ああ、そうだな。よろしく頼むよ」

「はい」

 祐理は笑顔を浮かべて頷いた。

 道満がこれから先、どのように動くのか、意識しておく必要がある。護堂一人では限界があるが、幸いにして心強い味方がいる。彼らの協力を得て、調査を重ねる。今は、それくらいしかできない。

「竜が倒れた直後に蘆屋道満。先輩は、本当に騒動に愛されているようですね」

「嬉しくないなあ、それ」

 晶はやれやれといった様子で祐理と護堂を挟んで反対側を歩いている。

「ところで、後始末はどうするんだろうか。沙耶宮さんとかから聞いていないか?」

 護堂は、気になっていたことを二人に尋ねた。

 短時間とはいえ、竜が東京都の上空に現れたのだ。目撃者は、不特定多数という形で表現せざるを得ないほどにたくさんいるに違いない。

「ぶっちゃけてしまえば、放っておいても問題にはならないんですけどね」

「なんでだよ」

「だって、誰も信じないじゃないですか。東京に竜が出たなんて。たとえ撮影されていたとしても、CGで言い逃れできるのが現代のいいところですよね」

「確かに、そうなんだけどさ」

 それを言ったらいけないような気がする。

 晶の言うことは、何一つ矛盾のない説明なのだが、どうしても納得できないのは働けという気持ちからだろうか。

「まあ、放っておいても、というのはさすがに言いすぎだと思いますけど。一応、催眠系の術が得意な術者がカウンセリングという名目で病院に入っているはずですし、テレビなどには制限がかかっていると思いますよ」

「最低限の対応はしているってことか」

 それでもダメな場合は夢でも見ていたんじゃないの? という形で言い逃れるわけだ。

「それなら、伏見さんは?」

「特に、この件を言いふらさなければ何も」

「そうか」

 その辺りの釘は、誰かが刺すだろう。護堂の知ったところではない、というと無責任かもしれないが、正史編纂委員会の活動に口を挟むのは彼らの邪魔でしかないはずだ。

 それに、護堂が何も言わなくても、まどかに対して寛大な措置がなされたのだから放置して構うまいと思えた。

 実際のところ、正史編纂委員会が対象とするのは、この事件を積極的に言いふらそうという者たちであり、それ以外には特に干渉することはない。晶が言ったとおり、竜が現れたことを信じる人間がいない上に証拠もないからだ。

「それでは、わたしはこれで。草薙さん、晶さん。今日は、ご迷惑をおかけしました」

 祐理の家と護堂、晶の家はそこそこ離れている。そのため、最後まで一緒に帰るというわけにはいかない。

 この日の事件は、ある意味で祐理が発端となったものだ。それに関しての謝罪であった。

「いやいや、気にしなくてもいいって。大したことなかったしな」

「はい。そうですよ。万里谷先輩。わたしなんて、そんなに仕事してませんし」

 これが、護堂と晶の偽らざる本音だ。

 『まつろわぬ神』との戦いに慣れたためか、竜程度では脅威とも思えない、というのが護堂の感想。そして、晶は、まどかを連れて逃走しただけだったので、働いたという実感もなかった。

「それじゃ、またな」

「はい。……失礼します」

 祐理は、再度一礼してから、踵を返して自宅へ向かった。

 そして、護堂と晶もまた自宅を目指して歩を進める。

 それから、しばらくの間、二人の口数は少なかった。互いに、朝の出来事が脳裏に焼きついているためで、それを意識していることが感じられてしまったからだ。

 竜の出現という一大事があったために、棚上げしていた告白未遂だったが、竜の討伐が終わり、祐理と別れて二人きりになったことで改めて意識するようになってしまった。

 護堂は晶の表情を盗み見る。

 俯き加減で歩く晶は、顔をほんのりと紅くしている。

 頬の紅潮は、何も夕日のためだけではあるまい。

「あのさ、晶」

 と、護堂は語りかけてみるが、

「あ、は、ひゃい!」

 と、このように緊張しているのが丸分かりである。

 静花から度々鈍いという評価を得ている護堂も、さすがに晶が自分に好意を寄せていることに気づいていたし、だからこそ、このように緊張されてしまうと、護堂からどう話しかければいいのかわからないのだ。

 前世も含めれば、実に晶の二倍近い人生を歩んできた護堂であるが、その人生はすべて学生。大人の世界に足を踏み入れたことはなく、そういった意味ではまだ子どもだ。おまけに、この世界に生を受けてからは、恋愛事は後回しにしてきたため、十六年間浮いた話はない。

 もちろん、場数を踏んだからどうなる、というわけではないのが、この手の話の厄介なところなのだが。

 護堂は、なんとも気まずい雰囲気の中で、どうしたものかと思案していた。

 そうしているうちに、商店街が見えてくる。このまま、何も話をせずに別れてしまえば、この件は有耶無耶のまま風化する、そんな気がする。だが、それでいいのか。晶の気持ちを知り、中途半端ながらも告白までされて無視するのは、さすがに良心に反する。

 都合よく、公園が見えてきたところで、護堂は晶に話しかけた。

「なあ、晶。ちょっと、そこで話さないか?」

「え、うえ?」

 奇妙な声を発した後、晶は公園に視線を移し、それから護堂を見て、コクン、と頷いた。

 

 

 

 □ ■ □ □

 

 

 

 護堂と晶は、並んで公園のベンチに腰をかけていた。 

 秋の夕暮れは、見た目にも美しい黄金色で、高天の雲は赤紫色の尾を引いて流れている。

 冷たい風は夜の気配を帯びていて、吹くたびに地面を掃き清めていく。

「そういえば、ここ、先輩と初めてお話した場所ですね」

 晶が、周りを見回しながら、そう言った。

「ああ、そうか。確かにそうだったな」

 晶に言われるまで、護堂はそのことに思い至らなかったが、ここは、この年の四月に護堂が晶に呼び出された所である。

 呼び出されたのは夜中で、晶は静花や一郎に迫る危険を護堂に説明する場をこの公園に設けたのである。

 あれから、かなり長い時間が経ったような気がする。振り返ってみれば、一年も経っていない。ほんの最近の話である。しかし、これまでの半年が、あまりにも濃厚だったからか「まだ一年しか経ってないのか」という心境だ。

「……なあ、今朝のことなんだけどさ」

 しばらく、会話が途切れてから、護堂は思い切って切り出した。

 慎重に言葉を選ぼうとして、どのように話せばいいのかわからず、仕方がないので思ったことをそのまま伝えることにしたのだ。

「もしも、勘違いだったら笑ってくれ。その、俺のこと好きか?」

 我ながら滑稽なことを聞いているなと呆れながら問う。そして、問われたほうは、一瞬だけ身体をビクつかせてから、小さく頷いた。

「あ、わ、わたし、その、すみません」

「なんで謝るんだよ」

「だって、今朝、変なこと言っちゃって。それで、先輩を悩ませちゃって」

「別にいいんだよ。そんなことは」

 晶は、膝の上で指を組み替えていて、落ち着いていないことが見て取れた。

 こんな状況で、冷静に話ができるはずがない。話し手である護堂ですら、心臓が締め上げられるような緊張に襲われているのだ。

「……結論から言えば、付き合うってことはできない」

「そう、ですか」

 晶は、唇を噛んで俯き、ギュッと、膝の上で拳を固める。

「ただ、それは晶のことが嫌いってことじゃなくて…………これは、俺の問題なんだ」

 極力、正直に話をしよう。そう決めて、護堂は言葉を紡ぐ。

「俺は、カンピオーネだ。これまで、何度も死にかけてきたし、これからもそうなると思う。そんな中で、誰かと付き合うとかってのは、正直考えられない」

 それが、偽らざる護堂の本音だった。

 いつ死ぬかわからない中で、誰かに自分の命を背負わせていいのだろうか。あのサルバトーレ・ドニですら、側近に無理矢理やらされたとはいえ遺言書を書いている。護堂が生きているのは、そういう世界だ。

「身勝手ですね。先輩は」

 護堂の答えを聞いた晶は、脱力したように言葉を吐き出した。

「今の、ちゃんとした答えになってないと思います」

「そうだな。すまない」

「いえ」

 晶は、首を振った。

「今のわたしは、たぶん先輩の言葉では納得できないと思いますから」

「そうか」

「はい」

 そして、晶は深呼吸をしてから話し始めた。

「でも、これは先輩が気にすることではありませんよ。誰だって、好きな人からの答えは、最高の結果であって欲しいものですから。……自分が望まない結果だったら、どれだけ正論を並べられても納得できませんよね」

 理性ではなく、感情が認めないから、どれだけ相手が言葉を尽くしたところで意味がない。晶も、護堂が懸命に言葉を選んで、本心を語ってくれていることを察していたし、感謝もしていた。しかし、それとは別の部分で、護堂の答えを認められない自分がいる。

「だから、……これは、わたしの問題なんです」

 感情のコントロールは、媛巫女にとって必須とも呼べる技能だ。心を研ぎ澄まし、無我の境地に至ることこそが、媛巫女には求められる。霊視の才能がない晶であっても、それは同じ。だが、こと護堂のことに関しては、どうあっても乱される。正負双方の感情が、入り混じる。それが、辛くもあり、心地よくもあった。

「でも、まあ、不思議とほっとしたところもあるんです」

「?」

「だって、万里谷先輩とか清秋院さんとかもいますから。わたしが先輩を独占、ってわけにもいきませんし」

 祐理のことも恵那のことも、大切に思っているから、彼女たちとの関係を壊しかねない事態は避けたかった。それが、たとえ護堂との関係を停滞させることになっても、みんなが一緒にいられたら、それが一番かもしれないと。

 その考え方は、結局のところ消極策であって、祐理や恵那を相手に勝負をする勇気がないことを示すものでもあったが、それなりの説得力があった。だから、こうした「言いわけ」を思いついた晶には、それが正答であるようにも感じられたのだった。

「先輩はカンピオーネですから、その辺りはもっと自由でいいと思いますよ」

「自由って。それこそ無責任じゃないか」

「カンピオーネですから、責任なんて考えなくていいんですよ。そんなものは、周りに押し付けてしまえば。そのために、正史編纂委員会(わたしたち)がいるんですから」

「そういうもんか」

 責任云々は、これまでにも何度か言及があった。しかし、心情面での抵抗もあり、ヴォバン侯爵やサルバトーレがしているようにはいかないのだった。

 護堂は無鉄砲な生き方をしている自覚はあるが、それは、行き当たりばったりな生き方ではないと思っている。だから、当然、自分の行動による結果はある程度考慮に入れて行動するし、そのあたりは常識の範疇に収まっていると思っている。

 それが、護堂なりの王道なのだろうが、実際どこまで達成できているかは疑問符が付くところだ。

 無論、意識しているのとしていないのとでは、大きく異なってくるのは言うまでもないので、結果はともかくとして護堂の存在は人類にとって良心的であろう。

 護堂のそうしたところは、晶も好ましく思っている。

 晶は、立ち上がって、数歩歩いた。

 腕を組んで頭上に掲げ、背伸びをする。

「先輩」

 晶は、振り返って護堂を見た。沈み行く太陽を背に、真っ直ぐに護堂を見つめる。

「ん?」

「今日のお返事。はっきりとしたのが、欲しいです。あなたの傍にいてもいいのか、悪いのか。すぐにとは言いません。先輩の事情も、理解してますから。だから、いつか、……いつか、ちゃんと聞かせてくれますか?」

 懇願するような、切実な気持ちが声色に表れていた。

 そんな言葉を投げかけられて、正面から受け止めなければ男ではない。ただでさえ、中途半端な回答しかできなかったのだから、誤魔化しは、絶対にできない。

「わかった」

 護堂ははっきりとした口調で、晶の頼みを聞き入れた。

「俺の覚悟ができたら、そのときは、今日の答えをはっきりとした形で伝えるから」

 護堂の答えを聞いた晶は、固かった表情をやっと綻ばせた。

 その背に背負った赤い夕日と相まって、その笑顔はとても魅力的に見えた。

「ありがとうございます、先輩」

 呟いて、おもむろに護堂に近寄る。

 護堂の正面、手が届くところに立った晶は、笑みを妖艶なものに変え、囁く。

「今の約束、絶対に忘れないでくださいね」

 そう言って、前屈みになって、護堂の両頬に両手の平を添えた。

 そして、

「ん……」

 護堂が何かと思ったときには、すでに晶は護堂の唇を奪っていた。

 ぐっ、と晶は護堂に自分の唇を押し付ける。

 しばらく、時が止まったように二人とも動かなかった。

「これなら約束、忘れないですよね」

 唇を離した晶は、護堂の瞳を覗き込むようにして、そう確認をした。

 否と答えられるはずがない。突然のことに混乱しつつ、護堂は頷いて認めた。

 晶は、クスクスと笑って護堂から離れた。

「それじゃ、先輩。また、明日。わたし、がんばりますからね!」

 そう言うや否や、晶は元気よく走り去って行った。

 去って行った晶を見送った護堂は、ため息をついた。緊張から解放され、思考がクリアになるにつれ、人間関係が大きく動いてしまったことを実感する。

 答えを待ってくれた晶のためにも、しっかりと考えなければならないと思った。

 

 だが、「しっかりと考える時間」そのものが、そもそも存在しないのだということを、このときの護堂は知る由もなかった。




戦国恋姫がエロいと思って買ったらエロくなかったので那珂ちゃんのファンやめます。
つか、戦国物にするんなら、鬼とか出さずに戦国して欲しかった。

まあ、それは別として、今回、ついに晶が行動を開始しました。
正直、この手の作品で告白ってのは鬼門じゃないかと思いながら、でも敢えてといった感じで。
晶は、もともと原作に無いをコンセプトにしたキャラなので……原作はなぜかロングヘアばっかりなので髪を短くしてみたり、銃火器や槍を持たせてみたり、後輩にしてみたり、そんな感じなので、性格も原作には無い、等身大の女子中高生をイメージしつつ護堂にあわせる感じに。

最初に考えたときには、隠れMだったり、イメージアニマルがシェパードだったりしたけれど、前者は消滅状態、後者はしばいぬ子さん状態になっているような気がしないでもない。

そんな裏設定は置いといて、晶が時々感情に従った行動をするのにも理由があったり。その辺りは本編で取り上げる予定で。
クリスマスは免許センターで過ごしたよ。

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