カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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六十九話

 土雷神の化身の利点は神速ではなく、地中を移動するという性質上、心眼でも見切られないということだ。それは近接戦では相手の不意をうつことになり、逃亡では移動先を隠すことにもなる。

 が、さすがに知恵の女神であるアテナから完全に逃れるのは難しい。無論、それは護堂が隠れるつもりがないからでもあるが、全力で隠れたとしても隠れきれるかどうか。ガブリエルの精神感応が、アテナに通じれば、なんとか隠れられるだろうが。

 そんなことを考えるのは、神速で移動してきたのに、目の前にすでに女神が立っているからだ。

「さすが。お早いお着きで」

 護堂が皮肉げにそう言うと、アテナは周囲を見渡してため息をつく。

「ここがあなたの選んだ戦場か。なんとも貧相な森よな」

 ここは浜離宮恩賜庭園。

 東京湾のすぐ傍に位置する有名な景勝地だ。

 この庭園は、江戸時代甲府藩主の徳川綱重がこの地を拝領した際に、海を埋め立てて別邸を建てたことに始まる。

 そのため、この庭園内の木々には樹齢百年を優に超えるものもあり、足を踏み入れれば日頃の生活では久しく嗅ぐことのない土の匂いが漂っている。

 見所でもある庭園内の池には海水が取り込まれている。

 護堂とアテナが向かい合うのは、この池の畔にある広場だ。

「人間どもはしばしばこのような小賢しい真似をするが、この島の民は別してそうだ。闇を払い、大地を石で覆い隠して形を変える。まったく不可解だ。命あるもの、闇を恐れるが故に生を謳歌する。命の営みを無碍にするに等しい蛮行よ」

 闇の女神にして大地の女王であるアテナにとって、現代日本人は神に唾する害悪であるようだ。自然を破壊するという点に関しては、困ったことに人間側も危機感を抱き始めている今日この頃。極端に言えば、アテナの言は、日本人の内的危機感をピンポイントで射抜いている。

「生憎と、文明人は軽々しく光を捨てることはできないんだよ。自然の中で暮らしたいのなら、白神山地にでも行けばいい。あそこは、太古の自然が残っているからな」

 葉を散らした木々に囲まれて、護堂とアテナは向かい合う。

 冷たい風が、木々をすり抜け護堂とアテナを叩いた。

 しかし、外気の寒さは、もはや気にならない。互いに、戦いに際して気持ちが昂ぶっているのだ。心身は既に戦闘に都合のいい状態になっていて、凍えて動けないなどということはない。

「では、行くぞ、草薙護堂」

「来いよ。相手してやる」

 アテナは闇色の鎌を、護堂は槍を手に持って、同時に呪力を爆発させた。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 グィネヴィアは遠隔地の映像をリアルタイムで見る魔女の目という呪術を使って護堂とアテナの戦いを眺めていた。

 グィネヴィアにとってアテナは死神であるが、そのアテナと敵対している護堂が救世主かと言うとそうではない。

 彼女はアテナ以上にカンピオーネを嫌っている。しかし、憎んでいるわけではない。いっそ憐れだとも思っている。なにせ、彼らは強大無比な力を持ち、不遜にも神々に挑戦し続ける愚か者。その末路は、往々にして決まっている。戦場での討ち死にだ。どれほど強いカンピオーネであっても、それこそ世界各国の戦神を集めても勝てないような魔王であっても、結局はグィネヴィアが敬愛する『最後の王』によって殲滅される運命にあるのだ。

 ならば、憎んだところでなんになろうか。

 そのような愚かで実りのない生き方しかできない人間を憐れむことはあっても、わざわざ憎むことはない。そして、そんな生き方を、彼女は嫌っているのだ。

 グィネヴィアの視界に映る戦いは、とてつもなく激しい。

 達人と達人の戦いは一瞬で決着するか、膠着状態になるかの二通りと言われることもあるが、カンピオーネと『まつろわぬ神』の戦いにそれは当てはまらない。彼らの戦いは、基本的に膠着状態から始まる。

 それは、カンピオーネが尋常ならざる生き汚さの持ち主であることと、『まつろわぬ神』が常軌を逸した権能の持ち主であることが重なった結果だ。

 いかに強大な『まつろわぬ神』と雖も、必ず勝機を見つけ出すともされるカンピオーネを一瞬で倒すのは不可能に近い。

 カンピオーネの異常なまでの執念に、これまで何度煮え湯を飲まされてきたことか。

 思い出されるのは、アレクサンドル・ガスコイン。

 彼に足を掬われたことは一度や二度ではない。

『なかなかの接戦ではないか』

 グィネヴィアはランスロットも戦いを見ることができるように、水に自分が見ているものを投影する術を使っていた。

 銀の水盤に並々と注がれた水は、今や小さなスクリーンと化していた。

「ええ、本当に。命を削り取られていながら、よくあそこまで戦えます。さすが、ギリシャ最強の戦女神」

 映像の中で、アテナは、白銀の衣装に身を包み、白銀と黄金に彩られた楯を持った姿で護堂と激闘を繰り広げている。

 闇の女神としてではなく、今回はギリシャの戦女神としての側面を大いに表に出しているらしい。

『下手に策を弄するより、正面から戦いを挑む。実にアテナらしいではないか』

「そして、その結果草薙様は劣勢。もともと武芸は修めておられぬとのことですし、近接戦を苦手とするのかもしれません」

『では、そろそろか』

「ええ、そろそろ、草薙様は呪句を口になさるでしょう。それが、グィネヴィアの狙いだとお気づきにもならず」

 護堂に伝えた聖杯の情報。その目的は、聖杯を起動させることにある。護堂がグィネヴィアの教えたとおりに呪句を口にすれば、それだけでアテナに押さえ込まれた聖杯は起動し、急速にアテナの命を吸い上げるはずだ。そこに隙が生まれる。

「聖杯がアテナの拘束から逃れた瞬間に、エクスカリバーと聖杯を繋ぎます。グィネヴィアにかかれば造作もないこと」

 グィネヴィアは微笑みながら戦いの趨勢を見守る。

 その顔に浮かび上がるのは勝者の笑み。

「まさに竜虎相搏つ。どちらが勝利されてもグィネヴィアを利するのみ……女神も魔王も戦うことしか考えない愚かな方なのです」

 カンピオーネの性質は嫌というほど知っている。あの獣のようなしぶとさを持つ、人の皮を被った怪物たちは、勝利のために手段を選んだりはしない。

 どれだけ理性的に振舞ったところで本質的には野獣であり、隙を見せた相手の喉下にはすぐに喰らいつくし、敵を倒すのに都合のよい道具があれば、容赦なく利用する。たとえ草薙護堂がグィネヴィアが与えた知識を不審に思っていたとしても、アテナのを倒すのに有用だと思えば使わないわけにはいかない。それが、カンピオーネという生物の愚かな性質なのだ。

 グィネヴィアは、見た目以上の長きに渡って世界を放浪してきた魔術の女王。

 カンピオーネの性質は、熟知している。

 アテナと護堂は絶えず攻撃を繰り返している。互いに決定打を与えることができないままに時が過ぎ、整えられた庭園だけが徐々にその形を失うばかり。

 グィネヴィアは、アテナと護堂が距離を取って様子見に入ったところを見計らって声を飛ばした。

「さあ、今です草薙様。どうぞ、アテナをお討ちあそばしませ」

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 グィネヴィアからの声が届いた。

 音によって意志を伝える通常の意思疎通方法ではない。念話だ。頭に直接語りかけてくるようなもので、突然の干渉に護堂は眉を顰めた。

 アテナの中に眠る聖杯を動かす起動術式。

 確かに、護堂はそれを持っている。使おうと思えばいつでも使うことができる。

 だが、それを使うことによる弊害も同時に理解している。

 もしも、ここで護堂がグィネヴィアの策に乗って聖杯を起こしてしまえば、その時点で聖杯の支配権はグィネヴィアに移ってしまい、エクスカリバーを使用可能にしてしまう。いや、このままではどうあってもエクスカリバーの相手をしなければならない。アテナがどうなろうとも、聖杯を破壊できない以上は魔王殲滅の権能が振るわれる可能性は常に存在する。

 だから、それに関しては割り切るしかない。

『いかがされたのです。草薙様。アテナを討つ、好機でございます!』

 グィネヴィアが催促してくる。

 彼女にとっては、アテナは自分を狙う敵。手負いで、聖杯によってもはや命尽きる寸前ではあっても、侮れない相手だ。護堂を使ってその敵を倒せるのであれば、こんな好機はない。

 つまり、今、この状況下で呪句を唱えることは、護堂の行動がすべてグィネヴィアの手の平の上だったということになる。

 いろいろと考えたが、結局、いいように扱われるのは嫌だという感情論が勝ってしまった。負けず嫌いの護堂はグィネヴィアのようなお高く止まったキャラクターの天狗鼻を折ってやろうと思っても、利用されようとは思わない。

 護堂もカンピオーネの一員である。確かに、グィネヴィアの言うとおり、如何なる手段を用いても敵を打倒するのがカンピオーネではあるが、気に入らないものは、とことん気に入らないというのもまたカンピオーネなのだ。

 感情論で動く。それが、彼らの共通項であるのなら、護堂が反感を覚えるという時点で、まともな交渉事はできないのだと知るべきだった。

 それに、グィネヴィアを利用しているのは、護堂も同じだ。

 なぜ、わざと隙を作ってまで、グィネヴィアから聖杯の知識を得たのか。

 いくぞ、相棒。

 護堂は右手に宿る《鋼》に心の中で声をかける。

「我が前に敵はなし。我が道を阻むもの、皆尽く消え失せよ。之、魔を断つ一斬なり」

 アテナに向かって走る。

 芳醇な香りが世界を満たす。

 破魔の神酒が、護堂の右手に集い渦を為す。

「む? 変わった手管だな。草薙護堂!」

 アテナが目を細め、護堂の力に歓喜する。アテナは、護堂が天叢雲剣を得ていることを知らないのだ。仇敵の成長を、まるで自身の事のように喜んでいる。

「闇よ来たれ。我が敵にその牙を突き立てよ!」

 アテナは闇色の刃を鞭のように振るう。接近戦を挑んでくる護堂に対して、九本の刃が蛇のように襲い掛かる。

 だが、護堂は止まらない。もとより、アテナの権能による攻撃は意味を成さない。

 護堂は右手を一閃する。

 渦巻く神酒が剃刀のように伸び、アテナの闇を駆逐する。

「何ッ!?」

 アテナが目を見開いて驚き、その間にも護堂は接近する。

「くッ……!」

 アテナはバックステップで距離を取ろうとするが、全力で走る護堂のほうが速い。

 アテナを射程に収めて、護堂は最後の聖句を口にする。

「然れども、我が敵は魔に非ず。一斬にて、古き盟約の鎖を断たん!」

 護堂の目に映るのはアテナの中で眠る聖杯。

 そして、聖杯とアテナを繋ぐ聖なる糸。グィネヴィアの知識とガブリエルの『強制言語』を活用し、アテナと聖杯を繋ぐ力を視た。

「セイヤアアアアアア!」

 気合一発。

 振り下ろした破魔の一斬はアテナの身体を袈裟切りにした。

 

 

 時が止まったような気がした。

 アテナは驚愕に目を見開き、護堂は剣を振り下ろした体勢のままアテナを睨みつける。

 アテナの身体には傷一つない。

「な、こ、これは!?」

 アテナは自分の身体に傷がないことを不思議に思い、続いて異変に気付いた。

 アテナの小さな身体が、黄金色に輝く。

 目が眩むほどの眩い光は、膨大な呪力そのものだ。

「な、ぬうああああああッ」

 急激な変化にアテナの身体が弾かれるように飛んだ。そして、アテナの反対方向に、黄金色の甕が飛び出す。

 莫大な呪力の塊だ。

 まさしく、この神具こそが、伝説に謳われる究極の逸品。名高き聖杯(グラアル)のオリジナルに相違ない。

 ゴロゴロと転がる聖杯の淵を護堂は掴んで、立たせた。大きさは護堂の腰あたりまでになるか。黄金の地肌に青い紋様を浮かべた神具は、見ただけで魂を虜にしてしまうような妖しい美しさが漂っている。

 なによりもその呪力。

 『まつろわぬ神』数柱分の呪力量に匹敵するほどの呪力が、この聖杯には蓄積されている。

「改めてみると、とんでもない代物だな……」

 呟いて、護堂は、頭をかいた。

 首尾よくアテナから聖杯を分離させたが、これをどうしようかと。

「まさか、初めからこれが狙いか。草薙護堂」

 弾き飛ばされたアテナが、護堂の傍にやって来ていた。

「まあ、な。グィネヴィアから聖杯を起動させる呪文を教わったんだが、それを利用してあなたと聖杯との繋がりを斬った。俺の力に、魔術破りの権能があったからな」

 アテナは忌々しそうに顔を歪めた。

「何ゆえに妾を助けた」

「あなたを助けたのは結果に過ぎないんだけどな。俺は、とにかくグィネヴィアの好きにさせたくなかっただけだ。あなたの命が聖杯に取り込まれると、後々面倒になるだろ?」

 エクスカリバーとか、『最後の王』とか、その辺りがより強大になるのは目に見えている。アテナ一柱でも、信じられないくらいの呪力量なのだ。それをエネルギー源とするエクスカリバーに対処するのに、まず燃料の供給をストップするべきなのだ。それでも、聖杯に蓄積された呪力量が相当のものなので、焼け石に水かもしれないが、無駄にはならないだろう。

「あなたは、どこまで知っている?」

 アテナの声音には、多少の驚愕が混じっていた。

「どこまでって?」

「あの婢女についてだ」

「大昔の女神様が零落した神祖の生まれ変わりで、『最後の王』ってのを探す旅の真っ最中。そして、この国にソイツが眠ってることを掴んで慌てているところってくらいか」

「なるほど、相手の素状はほぼ把握済みか。小気味良いな。あの婢女め、あなたを利用したつもりでいて、その実、利用されていたと知ったらなんとするだろうか」

 アテナは楽しそうに頬を緩ませた。

「あなたも、なかなか成長したと見える。甘さはあるが、敵すらも利用する抜け目のなさは、さすがに神殺しか」 

「そんな大層なこと言われてもな。俺は、結局、あのままあなたを倒していたら、聖杯があなたの呪力を吸い上げる手助けをするだけになっちまう。それが嫌だっただけだ」

 護堂がそう言うと、アテナは機嫌を悪くしたようにあからさまにむっとした。

「ほう、あなたは妾を倒せると言ったか。大した自信ではないか」

 護堂はアテナに対して言葉を選ぶべきだったと後悔した。好戦的で武に自信を持つこの女神を相手に今の発言は、謙遜ではなく挑発になってしまうだろう。

「忌々しいが、形はどうあれ、妾はあなたに命を救われたことになるか。神殺しでありながら、その甘さはいつの日かあなたを滅ぼすことになろうよ」

「今まさに俺を滅ぼそうとしていた女神様に言われたくない」

「だが、これで憂いはなくなったわけだ。これで、何者にも憚ることなく全力で雌雄を決することができるというものだ」

「おいおい、まさか、続きをやるってんじゃないだろうな!?」

「無論だ。妾との戦は、あなたにとって、あの婢女を出し抜いた褒美となろう」

「なるかッ! さっさと闇を払って東京から出て行けッ!」

 アテナは、先ほどまでとはうって変わって清清しい笑みを浮かべて闇色の鎌を用意した。まさか、戦いが褒美などと言い出すとは思っていなかった護堂は、慌てて剣を生成して、周囲に待機させた。

 更なる異変が起こったのは、そのときである。

「ッ!?」

「なッ!?」

 護堂とアテナが同時に空を見上げる。

 漆黒の闇の空に、輝く雷光。響き渡るのは太鼓のような雷鳴。

「やはり来たか、ランスロット・デュ・ラック!」

 アテナは鬼のような形相で空を見つめ、護堂もまた、来るべきときが来たと、覚悟を新たにした。

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 グィネヴィアは焦っていた。

 予想に反していつまで経っても護堂が呪句を唱えなかったからだ。

 聖杯が起動しなければ、エクスカリバーと結びつけることができない。

 とはいえ、それ自体に問題はないのだ。護堂が聖杯を起動しなくても、聖杯が破壊されることはない。不滅不朽の神具は『まつろわぬ神』ですら破壊することはできないのだから。

 ゆえに、グィネヴィアはただ待つだけで勝者となれる。

 聖杯は、アテナが死した後に回収すればいい。

 しかし、グィネヴィアとしては、この場で確実にアテナを始末し、その命を吸収した上で護堂を排除したい。何よりも自分が立てた計画が、覆されるのが、とにかく不快でたまらない。

 若干苛立っていたときに、護堂の手によって聖杯とアテナとの繋がりが断ち切られてしまった。

「そんなッ」

 グィネヴィアは悲鳴のような声を上げた。

 それはありえないことだった。

 聖杯に囚われた地母神は、どうあっても命を捧げる宿命にあるというのに、その前提が覆されてしまった。

 恐らくは聖杯ではなく、聖杯とアテナとの繋がりを切断したのだろう。

「まさか、グィネヴィアと聖杯との繋がりまで……ッ」

 グィネヴィアは歯軋りする。

 想定外の事態だった。グィネヴィアは聖杯が世界のどこにあってもその状態を感知することができる。それは、彼女の元となった女神が、聖杯の創造主であるからであり、生まれながらにして聖杯と繋がっているのである。その彼女が、聖杯との繋がりを感じない。

 聖杯はどうなった。アテナはどうなった。

「叔父様!」

 グィネヴィアの呼びかけに応えたのは一人の騎士。プレートアーマーに身を包む『まつろわぬ神』は、その顔も兜に隠れて見ることができない。

 彼こそが、ランスロット・デュ・ラック。湖の騎士とも呼ばれる、最源流の《鋼》の一柱なのだ。

「うむ。なにやら、問題が起こったようだな。愛し子よ」

「はい。至急アテナと草薙様の下へ向かってください。聖杯を回収しなければなりません」

「ふむ。しかし、愛し子よ。そなたであれば、すぐに聖杯を回収できるのではないか?」

 グィネヴィアは聖杯の継承者だ。どこにあろうと手元に呼び寄せることは可能である。少なくとも、以前までは。

「草薙様の権能によって、グィネヴィアと聖杯との縁が断たれてしまいました。再び繋げるのには、多少の時間を要します」

「なるほど。では、その時間を稼げばよいのだな」

「はい、お願いいたします。叔父様」

 グィネヴィアに頼まれたランスロットは、快活に笑った。

「何、神と神殺しを相手に武勇を示す。それこそ、騎士の誉れというものだ。そのように頼まずとも、喜び勇んで戦場に向かおうとも!」

「それでは、よろしくお願いします」

「我が武勇、とくとご覧に入れよう!」

 言うや否や、白銀の騎士は、神馬に跨り勢いよく空に駆け上る。

 雷雲を運び、雷と共に敵地を目指す。

 その勇ましい姿を見送って、グィネヴィアは背後を振り返る。

「さて、もう隠れん坊はいいのではなくて。顔を見せてちょうだい」

 グィネヴィアの前に現れたのは、黒い長髪の少女。

 名は清秋院恵那。しかし、グィネヴィアには、その少女の固有名詞はどうでもいい。

「草薙様にお仕えしている巫女ですね。ええ、あなたのことは存じております。神々の降臨を賜る巫女よ」

 恵那の登場に、グィネヴィアはまったく動じない。

 それもそのはず、神祖であるグィネヴィアにとっては、稀代の媛巫女である恵那であっても良くできた後輩程度の感覚でしかない。

 神憑りですら、グィネヴィアからすれば恐れるほどの技能ではない。

 聖杯はランスロットに任せたので、万に一つも間違いはない。だからこそ、余裕を持って恵那と対峙する。

「魔女の王たるグィネヴィアの前路を塞ぐは愚行の極み。まさか、邪魔をするような真似はしませんでしょうね?」

「残念ながら、そういうわけにもいかないんだよねー。あんまりおいたが過ぎると、ひどい目に会うってことを、あなたは知るべきだよ」

 恵那は大太刀を召喚する。

 童子切安綱。 

 かつての相棒ほどではないものの、霊験ある霊刀だ。特に、魔性のモノを斬るのにはうってつけ。数多の信仰と呪術による処理を受けて、その刀身は鋼を上回る硬度と柔軟性を持つに至った。

「愚かな娘。その僭越の代価を、あなたは命で支払うこととなるでしょうに」

 グィネヴィアが、大仰に手を挙げる。

 恵那が刀を振りかざして突進する。神風を纏った恵那の突進は、並の呪術師の守りでは防げるものではなく、展開された結界を尽く、紙切れの如く切り裂いてしまう。

 恵那はグィネヴィアが張った簡易な結界を突き破って肉薄する。

「まあ」

 それでもグィネヴィアは余裕を崩さない。

 小手調べ程度を突破したからどうだというのか。人差し指で虚空をなぞる。それだけで、呪術が完成する。

「多少は楽しめそうね」

 発生したのは水の怒涛。

 空間をつなげて大量の海水を呼び出したのだ。

 恵那は、風で押し寄せる水を吹き散らすものの、進撃は食い止められた。

「まだまだ、この程度ではないのでしょう。さあ、あなたの力を見せて御覧なさい」

 グィネヴィアは、恵那を導くように、手を広げる。

 恵那はその余裕が気に入らなかったが、単純な実力差ゆえに仕方がないと割り切った。

 戦いは、始まったばかり。何よりも、格上相手に一人で戦うほど、恵那は考えなしではないのだから。

 

 

 

「清秋院さん。もう少しがんばってくださいね」

 恵那とグィネヴィアの戦いは、とあるビルの屋上で行われていた。護堂とアテナが戦う浜離宮恩賜庭園までは一キロほどで、目視でも戦場がある程度見える位置にある。グィネヴィアとランスロットは、特に隠れるということをしていなかったために、探すのは容易だった。呪術を使わなくても、監視カメラにしっかりと映っていたのだ。

 もしも、呪術で探していたならば、グィネヴィアに悟られていただろう。

 科学の力は、こうした場面で有効なのだ。

 晶は、グィネヴィアと恵那が死闘を繰り広げるビルから、さらに一キロほど離れたビルの一室にいた。

 東京は高層建築だらけだ。目標を目視で捉えるのであれば、より高い建物に上ればいい。

「微風が、北北東から……」

 晶は環境を確認しつつ、大口径の対物ライフルを構えた。

 XM109ペイロード。25mmという規格外の銃弾は、決して生身の人間に使用するものではない。

 狙うは、グィネヴィアが大きな隙を作り出した瞬間。

 極力察知されないように、呪術を用いず、ただ己の技量のみで、相手を撃ち抜く。

 呼吸を整えて、晶は引き金に指をかけた。


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