カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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七話

「転校生?この時期にか?」

「うん」

 それは夕食の準備をしているときのことだ。

 静花が護堂のリクエストどおりにカレーの鍋をかき回しているところでの会話だった。

 キッチンに立つ静花は制服の上からエプロンを着ていて、勝気な視線を向けてくる。護堂のクラスにいる一部?の人間はそれだけで鼻血を出して卒倒するであろう光景なのだが、生憎と護堂は見慣れているためにそれほどのダメージは来ない。だけども、かわいいなとは思っていたりする。

「ほんとは新学期のはじめに来る予定だったんだけど、家庭の事情で遅くなったんだって」

「へえ。男子?それとも女子か」

「女子。どっちかっていったらかわいい系かな。高橋晶さん」

 どうやら、その転校生は高橋晶という名前らしい。聞いてもいないのにドンドン情報が流れてくる。

 女子は噂が好きなようだが、妹も負けず劣らずらしい。さすがに奇妙な時期の転校生がかわいい女子だったことで、静花は饒舌になっていたようだ。

「なんか名前の印象だとスポーツ万能って感じがするな。俺の一方的なイメージだと」

 (アキラ)という言い方は悪いが男でも通じる音がそういうことを想起させた。が、妹の反応は鈍い。

「どうかな。体育があったわけじゃないけど、でも体格は小柄なほうだったし、寧ろ文型って印象が強いかな。わたし」

 静花は、小皿にカレーを取ると味見をする。

「うん。美味しい」

 どうやら、納得のいく出来だったらしい。

 護堂もそうだが、静花の舌も相当肥えている。それは、幼いころからの母や祖父や親戚たちとの破天荒な付き合いによるものであり、ある意味での英才教育の賜物だ。それでいて、静花は料理をする際には結構こだわるので、ただの市販のカレーでも一味違うものに仕上がったりもする。

 いい妹だな、と護堂は感じ入っているのだが、それを口に出すことはなかった。

「あ。晶ちゃんね、明日家に来るからよろしく」

「はいはい」

 護堂は特に何も考えることなく、空返事をした。

 

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 草薙静花。十四歳。楠南学院中等部三年生で当人はまったく知らないが、一つ年上の兄は世界最強クラスの怪物である。

 そんな彼女の、本人すら知らないプロフィールを片手に晶はイスに腰掛けた。開け放たれた窓からは涼やかな春の風が吹き込んでくる。

 GWの前日に、彼女は楠南学院中等部三年二組に転入した。表向きは、家庭の事情。その実体は、正史編纂委員会からの指示によるものだ。

 一仕事終えたあとの休息は、ジンワリと身体の末端に血流を行き渡らせる。

「相変わらず、容赦がないね。君は」

「何を言ってるんですか馨さん。ずいぶんと加減したんですよ」

 出入り口にたたずむ凛々しき媛巫女。沙耶宮馨は高校三年生でありながらも東京分室の室長という肩書きを持つ。男装の麗人で、女性を口説くのが趣味という変り種だ。

 今回の任務に就くにあたって、晶は馨の指揮下に入った。いわば馨は直属の上司に当たるというわけだ。

「本気でやったら殺してしまいます」

 可愛らしい外見からは想像もできない一言が放たれた。

 それだけで、室温がガクッと引き下げられたかのようだ。馨も表情を引き締めた。それほどのものなのだ。高橋晶は。

 吹き込む風に煽られた髪が揺れ、その下に隠れた戦いの跡をさらけ出す。白い肌に、赤黒い斑点が無造作に散りばめられていた。

 血だ。

 闇を思わせる漆黒の冷めた瞳が足元を射抜く。

 六人の男女が倒れ臥していた。

 その四肢からは、血が流れてはいたが、胸が上下しているところから生きていることがわかる。

「…すこしやりすぎたかな?」

「いや、構わないよ。アメリカでも警官が相手を射殺することはよくあることだし、相手が犯罪を犯し、尚且つ凶悪であれば必要悪として認められる」

「ここは日本だからそれはおかしいんだけど。ま、いっか。魔術業界は一般社会から切り離されているものだしね」

 晶はこの部屋の中で六人もの魔術師と対峙して、これを撃滅してみせた。それも、大いに手加減をして、命を奪わないように細心の注意を払ってのことだ。

 それは、もはや戦いですらなかった。

 戦う前から、勝敗は決していたといっても過言ではない。

 忍びの術と、巫女の呪力、そして体術に剣術、槍術、その他火器類など、中学生が身につけるには過剰な技術と知識を持ち合わせ、それはただひたすらに他者を打ち倒すことに特化した才能だった。

「それ、使う必要があったのかい?」

 馨は晶を指差す。正確には、その右腕。

「近接で殴り合うのはこっちも痛い思いをするかもしれないという点で合理的じゃないですから。使える技術は使うものです」

 晶の手には、黒い鉄の塊。

 拳銃が握られている。もちろん、日本国内での使用はご法度。銃刀法違反であるのだが、彼女のような一部例外も存在しているのだ。

「わざわざ手足を狙いましたし、使う弾も開発室の9パラを使いましたよ。当たったと同時に止血するっていう制圧用」

「確かそれって銃創がすぐに治癒を始めるから使い物にならないって文句言ってた奴かな?」

「はい。改良できたんですよね。みんな根性を見せてくれました」

 治癒術を封入した弾丸による銃撃によって殺傷性を著しく低下させたものだ。以前は、せっかく傷をつけても、すぐに完治してしまうほどに回復力の高い代物だったのだが、涙ぐましい努力と研究の結果、止血と消毒、生体維持に効果を留めることに成功したのだった。 

 銃口から放たれた弾丸は、敵の皮膚に当たると同時に術式を展開、治癒を始める。よって貫通しても問題がない。

 和洋ともに、銃器を用いた呪術の研究は遅れ気味だ。それは、人類史において刀剣が占める時代が圧倒的に長かったということで、魔術もまた刀剣との相性が格段によくなってしまったことが要因の一つだ。銃が戦場を席巻して一世紀と少し。魔術と近代兵器が融合するには短すぎる時間だ。

「古い人たちはこれが理解できないんですよね」

 また、上の無理解ということも非常に大きな障害だった。

 歴史と伝統を重んじるということは、どこの世界の魔術にも言えることで、それが技術革新を遅らせていることにもつながっている。

 ここ二十年の日本の科学技術の発展は極めて急速だ。

 戦前や高度経済成長期を生きた老人たちと、技術大国となってから生まれた若手との間にジェネレーションギャップが生じるのも仕方のないことだった。

 捕獲した六人を縛り上げて護送車にたたきこんでから、晶は馨の運転する車に乗り込んで帰路に就く。

 世界はすでに暗闇に没し、家々の明かりが点々と続いている。

「それで、学校はどうだったのかな?」

「楽しかったです。静花さんもいい人でした」

 晶は直属の上司の隣、助手席に座っている。車高の低いオープンカーを我が物顔で乗りこなす十八歳は日本中を探しても彼女くらいのものなのではないか。しかも、これが決まっている。風に流れる髪も、ハンドル捌きも標識を確認する視線運びも至極自然な様子でいて人目をひきつける。かっこいいのだ。

「彼女は言ってみれば僕たちと魔王様との関係を維持するために必要な人材だ。くれぐれも危険に晒さないようにしておくれよ」

「はい。呪術に関係のない一般人を巻き込むわけにはいきませんからね」

「それは当然だけどね。彼女に手を出したのが曲がりなりにも正史編纂委員会の人間だってことになったら目も当てられない。カンピオーネと敵対して勝算があるわけないんだからね」

「ないからこそ、そういうことをしようとしているんでしょうか」

「ほとんど自棄になってるような気もするんだけどね。とにかくカンピオーネを怒らせてその矛先を委員会に向けようって魂胆だよ」

 魔王カンピオーネ。草薙護堂がいくら男子高校生であるといっても、そこに秘められた圧倒的な戦闘能力は、一国の魔術機関を相手に壊滅させることが出来るほどに強い。

 しかも、厄介なことに呪術が効かないという体質に加え、恐るべき直感と生命力をもっている。とても武力で対抗できるはずもない。

 その恐るべき直感を、今朝方体験したばかりだった。

 あのマンションの一室で叔父とカンピオーネを眺めていたとき、一キロもの距離を隔てて向こうはこちらの視線を感じ取った。

 あの直前、晶の心中にあったのは対物ライフルを呪術で強化してここから狙えば勝てるのでは、というちょっとした好奇心だった。

 彼女には、対物ライフルの心得もある。一キロ先の獲物を撃つくらいのことはできる。そのほんのわずかな害意が、カンピオーネに察知されていたというのなら、彼らはまさしく化物である。

 なんという非常識。どこから狙おうにも勘一つで探り当てられてしまうのなら、彼らに奇襲は通じない。スナイパーなど何の役にも立たない。理不尽の塊だ。

「ま、彼らからすれば現状の委員会の組織運営そのものが気に入らないんだろうね」

「よくわからないです。そういうの」

 本をただせば晶もまた、現在敵対している一勢力と同じ集団に属していた。

 彼らの目的が過激になっていったのは、何を隠そうカンピオーネの国内誕生の報がもたらされたときだった。それまでの鬱屈していた生活からの解放を、新たな支配者に託し、旧勢力を効率よく一掃しようと画策し始めたのだ。

 草薙静花及び、一郎を害することによって。

「これから、どうするんだい?」

「叔父さんが敵の本拠地の洗い出しを行っているのだから、掃討戦までそう時間はかからないでしょうし、とりあえず明日、草薙護堂さんにお会いして事情の説明をしようかと思います」

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 毎年、四月の終わりから五月の第一週あたりまで、大型連休とも呼ばれる至高の休日、即ちゴールデンウィークがやってくる。

 学生にとっては、新学年に上がって一月でゴールデンウィークに突入するため、ここまでの一ヶ月をどのように過ごしたかで、この期間の生活が大きく変わるというものだ。

 友人をたくさん作れた者は、充実した休みになるだろう。一方で新学期で躓いた者は、非常に残念な休みになってしまう。

 幸いなことに草薙静花は、前者である。

 友人は多く、また、迎合する付き合い方ではなく、人に頼られる生き方をしているのが特徴だろう。

 だから、護堂は、昨日やってきたばかりという転入生が我が家にやってきても、さほど驚くことはなかった。

 仲良くなるのが早すぎる気がしなくもないが、それは、母親の血を色濃く受け継いでいる静花のこと、友人を作ることにかけては右に出る者はいない。

「おじゃまします」

 インターホンが鳴り、静花が迎えに出る。

 玄関に入ったところで挨拶したのだろう。決して大きくはないのに、不思議と耳に残る声だ。

「じゃあ、お兄ちゃん。わたしたち部屋にいるからね」

「おお」

 チラリ、と見えた黒髪の少女が転入生なのだろう。

 顔立ちは整っていて、確かにキレイ系よりもかわいい系に分類されるだろう。化粧っけはなく、本気で着飾ればアイドルとしても通用しそうなのだけれども、そういったことをしていないからなんとなく地味な印象を受けるという感じだ。

 にもかかわらず、匂い立つ色香を感じる。惹きつけられるような、眼に見えない魅力。

 彼女を視界に入れた途端、護堂の内から湧き起こったのは不可思議な感覚だった。

 暖かい太陽の恵み。

 吹き渡る穏やかな風に乗り、小波の音にも聞こえるさざめきは、黄金色に実った豊穣の証。 

 豊かな実り、母なる大地の慈愛。

「どしたの?」

 茫洋としていた護堂を現実に引き戻したのは静花の声だった。

「なんでもない」

「そ」

 そういって、静花は友人を引き連れて自室に向かっていった。

 護堂はその背中を見送って、奇妙にざわつく心に疑問を持っていた。

 今の、少女になにかを感じている。具体的にはわからないが、彼女から漏れ出していたのは紛れもない呪力だった。

 直感が告げているこの気配は、大地と豊穣にまつわる力だった。

「なにもんだ?」

 と呟きはしたが、それ以上の追及をすることはなかった。

 気になりはするが、害意は感じなかった。護堂は非常に野生的感性の持ち主なので、敵意や害意があればなんとなくわかる。

 護堂は、冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注ぎ、一気に飲み干した。

 しかし、ガブリエルの勘にまで引っかかるほど明確で、濃い大地の気を内包する人間などいるのだろうか。

 その道の権威ではない護堂には、いくら考えても詮無いことだが。

 委員会の隠し玉であろうか。

 コップを置いたそのとき、虚空から現れた桃色の手紙。

 差出人の名は高橋晶となっていた。




晶の言葉遣いは身内とその他を区別しているから少し違うのです。
この章は一応委員会の内輪もめといいますか、成立過程みたいなのを勝手に想像してそこから生じる歪みを簡単に出していこうかというところですかね

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