カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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七十話

 恵那が一対一の戦いで劣勢に陥る機会はそう多くはない。

 神霊の力を借り受ける禁忌の呪法を体得しているという時点で、凡百の呪術師をはるかに圧倒するスペックを持っているのだ。同じ能力者が西洋に於いては、ここ数世紀に渡って一人として現れていないというレベルの逸材。そして、武術に於いても天性の才能を持っている。呪術、武術双方で、清秋院恵那を上回る者など、片手で数えられる程度ではないか。

 そんな恵那でも、今回は相手が悪かった。

 何せ、魔女王グィネヴィアだ。

 恵那たち媛巫女が有する特異能力も、元を辿ればグィネヴィアの同族である神祖である。

 ならば、本家本元であるグィネヴィアの能力が恵那に劣ることなどありえない。

 分かっていたことだった。

 グィネヴィアには及ばないということを覚悟して、この場にやってきたのだ。肉体に《鋼》の神気を降ろし、常人では捉えることすらもできない疾風となって翔けたところで、グィネヴィアは対応する。武芸を修めていないグィネヴィアでも、呪術に関しては規格外だ。魔女の王というだけあって、その呪術は質、種類ともに圧巻の一言だ。

 おまけに、

「神獣は反則過ぎるなッ」

 大きく飛び退いた恵那。一足遅れて、恵那がいた場所を巨大な触腕が叩いた。ズズン、と響く音。一撃で、床面が砕かれた。

「こんなところで、大暴れか」

「ふふ、アテナのおかげで人目は気になりませんので、多少派手にしても問題はないでしょう」

 グィネヴィアが召喚したのは、巨大なイカ。クラーケンとも呼ばれる海の怪物だ。

「水と大地がグィネヴィアに味方してくれますの。この程度は昔取った杵柄というものです」

 グィネヴィアは得意げに語る。

 そして、恵那はグィネヴィアの実力を過小評価していたことを思い知る。

 神獣を召喚するだけでなく、完全に使役している。上位の呪術師を何十人も集めて対処しなければならない怪物を、手足のように操っている。

 グィネヴィアが上位の存在だと理解していたが、まさかこれほどとは思っていなかった。

 八本の足と二本の触腕が、恵那を攻め立てる。それなりの広さがあるビルの屋上でも、クラーケンを相手にするには手狭に過ぎた。

「この、面倒だなッ!」

 恵那が振るった刃が、クラーケンの足の一本を斬りつけた。接触した瞬間に、轟、と風が吹き、足は半ばから断ち切られた。

 《鋼》の風を纏った刃。水と大地の化身にとっては天敵と言えるだろう。

「さすがね。けれど、いつまで持つかしら」

 グィネヴィアは泰然とした表情で、恵那に微笑みかける。

 その態度に、命のやり取りをしているという感覚は見られない。

 グィネヴィアにとって、恵那を縊り殺すのは、児戯にも等しい行為なのである。

 感覚としては、子どもが興味本位にアリの巣を穿り返すようなもの。そこに殺生という概念はなく、命を奪うという実感もない。ゆえに罪悪感は生じず、当たり前のものとして相手を殺害するのである。

 しかし、その対象となった恵那からすれば堪ったものではない。

 圧倒的な実力差を前に、神に祈るという逃避的な行動を取るわけにも行かず、ただただ愚直に抗い続けるのみだ。刀を一振りするごとに削り取られる精神力。積み重なった疲労は、フルマラソンを全力で走りきるのと同じくらいになるだろう。

 神の力を借り受けるというのは、それだけ身体にかかる負担が大きいのだ。

 だが、それほどまでに死力を尽くしていながら、未だに一太刀も与えていない。

 恵那は、刀を振るいながらも歯噛みする。

「スカハサの槍よ。グィネヴィアの敵を貫いて」

 ザア、と闇が凝縮する。

 一挺の槍を、グィネヴィアは投じた。槍投げの体を為していない、ただ放り投げただけの槍が、恐ろしい速度で恵那に迫る。おまけに空中で三十に分裂する。

「セエエエエイ!」

 恵那は、風を呼び込む。

 吹き荒れる暴風が、恵那を取り巻き竜巻状に回転する。グィネヴィアの槍も、クラーケンの足も、この竜巻に触れた途端に表面から削り取られて、あらぬ方向に弾かれる。

「あら、大層な守りね」

 グィネヴィアは賞賛するように手を叩き、恵那に微笑を向ける。

「ですが、もう限界のよう。さすがに、神気を呼び込みすぎましたね。あなたの身体は、すでに戦える状態ではありませんよ」

「さすがに気付くかー。まあ、当たり前か」

 恵那は苦笑しながらも刀を構える。

 身体中の骨や関節、筋肉が悲鳴を上げている。頭も茫洋として集中力に欠ける。今の状態を維持することができるのは、持って一、二分といったところか。

 ならば――――

「突っ込むだけ突っ込む!」

 宣言するや否や、恵那の周囲の空間が捻れ、爆発した。

 膨大な風が瞬間的に圧縮された後、ジェット噴射のように後方に放出された結果である。

 吹き荒れる烈風は、床面を蹴散らし、恵那の身体を弾丸のように射出する。

 全身に護身の術をかけ、神気を帯びた恵那は、音速に近い高速機動にも耐えることができる。身体が大きく、機敏な動きができないクラーケンは、急激な加速についていくことができない。恵那は、自分を捉えようと蠢く足と触腕をすり抜けて、ついにクラーケンの本体に体当たりをした。

 爆発的な衝撃が屋上を駆け抜ける。

 猛烈な体当たりを食らったクラーケンは、恵那を受け止めきれずに大きく身体をぐらつかせた。

「なッ……!」

 グィネヴィアは驚愕に目を見開く。

 クラーケンの胴体に突き立つ刃。恵那は、そこに風の神力を一気に注ぎ込んだ。

 如何に強大な神獣と雖も、身体の内側からスサノオの風に斬り刻まれては一たまりもないだろう。

「イヤアアアアアアッ!」

 ボゴン、と刀が突き立った箇所が膨らみ、内側から風と体液が噴出し、恵那を弾き飛ばした。

 しかし、体内に存分に風の刃を残してきた。今も、クラーケンはのた打ち回り、グィネヴィアの制御を受け付けない。

「なんて非常識な娘なの! この子を身体の内側から壊そうとするなんて!」

 グィネヴィアは慌てて、クラーケンの手綱を握ろうとする。どうにかして暴走を止めねばならない。現状、クラーケンはグィネヴィアを巻き込んでしまう可能性があり、恵那を相手にするのに足手まといになる可能性がある。

 そして、グィネヴィアの注意が恵那から逸れたそのとき、彼女の白魚のような美しい手が真っ赤に弾けた。

「あ……」

 グィネヴィアは何が起こったのかわからず、忘我する。

「ギ、イガアアアアアアッ」

 そして、理解した瞬間に、激痛に苛まれて膝をついた。

「が、くう。いったい――――ッ」

 悪寒を感じて、身体を捻る。

 突き飛ばされたような衝撃を肩に感じ、僅かに遅れて痛みが走る。

「う、ああああ!」

 何も感じなかった。これは、呪術によるものではない。

 銃撃だ。

 忌々しい現代火器による狙撃。右手の手首から先は辛うじて繋がっているが、動かすことはできない。右肩には貫通射創。常人よりも頑丈な身体のおかげで肩を吹き飛ばされずに済んだものの、真っ赤な血が絶えず流れ出ている様は美しくも痛々しい。

「あの娘ね。出来損ないの紛い物……人間のからくり兵器に頼る不届き者」

 烈火の如き形相で、狙撃手が潜伏するビルを睨む。グィネヴィアがその気になれば、潜伏など意味を成さない。

 赤い光。それが、マズルフラッシュだと認識するよりも速く、グィネヴィアは防御術式を展開する。

「そう何度も、いい様にはさせませんよ!」

 宙に浮かび上がったルーン文字。音よりも速い弾丸が、グィネヴィアの目前で停止する。しかし、グィネヴィアはすぐに冷や汗をかくことになる。

 停止した弾丸に、なにやら呪文が書き込まれていたからだ。

 矢に破魔の言葉を書き込むことはよくある。だが、まさか弾丸に同じような処理を施していようとは。

 弾丸は、赤く発光したかと思うと、激しい炎と煙を吐き出して炸裂した。

「きゃあッ」

 弾丸を受け止めた停止の術は、あくまでも移動する物体を止めるものでしかない。爆発を防ぐものではないのだ。

 小さな手榴弾程度の小規模な爆発でも至近距離から受ければ相応のダメージになる。常人以上に頑丈な神祖でも、不意を打たれた状態で防ぎ得るものではない。

 グィネヴィアは衝撃を受けて、地面に転がった。

「こ、の!」

 動く左手を宙に走らせて、水刃を放つ。敵の居所は掴んだ。離れていようとも術を届けることはできる。

「恵那を忘れてもらっちゃ困るな」

「うッ……!」

 恵那が、そこに斬り込んだ。弱りきった身体に鞭を打って、グィネヴィアに刀を振り下ろす。

 ザク、と刃が斬り落としたのは割り込んで来たクラーケンの触腕だった。

「ああ、もう。まだ動けるのかッ」

 恵那はバックステップを踏んでクラーケンから遠ざかりながらグィネヴィアに風刃を放つ。

 クラーケンが大きな身体で、これを防ぐ。恵那が力を振り絞っているように、クラーケンも主を守ろうと、なけなしの力を振り絞っている。我が身を楯に主を守ろうという気概を感じる。

「凍てつく炎よ、地の底より来なさい」

 グィネヴィアが呪術を行使する。青い炎が、恵那に向かって押し寄せる。燃えているのに、熱くない。氷のように冷たい炎は、命を凍結する地獄の炎だ。

「うわ、ヤバッ」

 恵那が慌てて避けようとするが、足場が悪すぎる上に、範囲が広い。屋上全体を呑み込まんとする炎の津波に逃げ場などあるわけがない。唯一後方の床面に空いた穴があるが、そこまでが遠い。呪力も神力も限界が近く、床面を抜くほどの威力を瞬時に出すことはできない。

 しかし、恵那はこんなときでも冷静だった。

『恵那さん。伏せてください!』

 脳裏に響く声。慣れ親しんだ祐理の声だ。

 晶とは別のビルから、祐理は戦闘を監視していたのだ。グィネヴィアに悟られないよう、呪術ではなく携帯電話で晶と連絡を取りながら、情報をやり取りしていた。

 すべてはタイミングを計るため。

 恵那の下に向かう晶に恵那の状況を逐一報告するのが祐理の役目だったのだ。

 その祐理が、精神感応で恵那に連絡をよこしてきたということは、そうするべき状況だということだ。恵那は頼れる友人の言葉に素直に従って前方に身を投げた。

「南無八幡大菩薩!」

 そして、崩れ落ちた床面。その穴から飛び出てきた晶が神槍を投撃する。

 地獄の青い炎を吹き散らし、グィネヴィアに向かう神槍。それは、破魔と狙撃の力を宿し、圧倒的な破壊力で射線上のすべてを破壊し尽くす砲弾だ。

 晶が持つあらゆる攻撃手段の中で、最大級の威力を誇る神槍の投撃。

 この一撃に、晶は可能な限りの呪力を込めていた。

 その一撃は、直撃すればグィネヴィアですら葬り去ることができるほどのものだ。ゆえに、グィネヴィアは呪力を総動員して最高の防御――――つまり、クラーケンという楯を使う。

 クラーケンが身体で槍を受け止めた。呪力が炸裂して、激しい光を放つ。

 クラーケンは神槍を受けてその体躯の半分を吹き飛ばされ、海水に還りながら夜の東京の闇に溶けていく。だが、己の犠牲で主を守りきることができたのだ。さぞ、誇らしい思いを抱いていることだろう。

「清秋院さん。大丈夫ですか」

 晶は伏せていた恵那の安否を確認する。

「うん。大丈夫。ちょっと力が入んないだけ」

「それ、結構まずいですよ」

「あははー。ごめんね。恵那はちょっと休憩するわ。後はよろしく」

 危機感のない笑顔で、晶に後事を託した恵那。晶は神槍を手元に戻してグィネヴィアと向かいあう。

「大分、早かったですわね」

「おかげでずいぶんと息が上がりました」

 晶は深呼吸して肺の中の空気を入れ替えた。この場に逸早く駆けつけるために、ビルの屋上から屋上に飛び移るという離れ業をしていた。一つ間違えば地面に落下するという危険な賭けを、持ち前の運動神経と集中力で成し遂げたのだ。

「なるほど。そういうことですか……」

 クラーケンを仕留められて、守りを失ったグィネヴィアは、晶を睨みつけて呟いた。

 グィネヴィアは怒りに顔を歪めていながらも、美しさは微塵も失われていなかった。黒いドレスは、彼女の血で赤黒く変色した部分もある。しかし、撃ち抜かれた右手首と右肩の傷は、すでに治癒していた。

「驚きました。そんなに早く治癒ができるんですね」

「元は《蛇》の末席に連なる女神ですもの。治癒などは得意分野。あなたも、本来はそうなのですよ」

 晶はついつい聞き返す。

「どういうことです?」

「ふふ、それはご自身でお考えになることです。ですが、あなたは様々な過ちの上に立つ存在。たとえ、真実を知ったとしても、立ち返ることは叶わぬでしょう」

「何が……」

 晶は、グィネヴィアの言葉の意味を図りかねて当惑した。

 しかし、グィネヴィアはそれ以上を語ることはなかった。

「口惜しいことですが、さすがのグィネヴィアも消耗しています。あなたと戦えば万が一があるかもしれませんので、ここで失礼します」

 いい終えたときには、すでにグィネヴィアは白い光に包まれて、空に駆け上がっていた。

「あ、しまった」

 グィネヴィアとの問答に気を取られていた晶は、槍を構えるも遅く、グィネヴィアを取り逃がすことになってしまった。

 やってしまった、と項垂れる。

「すみません、清秋院さん。逃げられました」

「いやー、いいんじゃない。空飛ばれたらどうにもなんないって」

 恵那は身体を起こしてケラケラと笑う。

 討伐できる絶好の機会だったのに、失敗してしまった。恵那が命を削ってまでお膳立てをしてくれたのに、活かせなかったことが申し訳なかった。

「とにかく、恵那たちにできることは全力でやったわけだし、後は王さまだよ」

「はい」

 晶は気を取り直して護堂の戦いに意識を向けることにした。

 しかし、グィネヴィアの言葉が、どうしても頭から離れなかった。

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 ランスロット・デュ・ラック

 アーサー王伝説に語られる伝説上の騎士。

 十二世紀後半にフランスで活躍した吟遊詩人クレチアン・ド・トロワの『ランスロまたは荷車の騎士』を初出とする。

 《鋼》の神格であるが、《鋼》らしき記述が少なく、その神としての出自も謎のまま。

 アーサー王伝説に登場する初期の円卓の騎士たちは、ケルト系やピクト系の神話や伝説を源流としていることが分かっている。しかし、このランスロットはそういった背景がまったく分かっていない。ある時期に突然名前が挙がり、そして今では主流となったアーサー王伝説の要諦を為す騎士にまでなった。そういう謎多き神格なのである。

 白き神馬に跨る騎士が、悠々と空を舞う。

「アテナよ。貴女の生が尽きぬうちに久闊を叙せて、よろこばしく思う。そして神殺し・草薙護堂よ。卿とは初めてとなるが故に、名乗ることとしよう。余はランスロット。ランスロット・デュ・ラック。湖の騎士と人は呼ぶ」

 快活で涼やかな声で、清清しく名乗った白銀の騎士。

 堂々たる名乗りではあるが、護堂にとって無視できない敵だ。警戒心を緩めることなく、睨みつける。

「こんなところに出てきていったい何の用だ?」

「さしずめ、聖杯を回収しようというのだろう。あの婢女に強請られてな」

 アテナが嫌悪感を露にして吐き捨てるように言った。

 よほどランスロットとグィネヴィアのことが気に食わないらしい。

「まあ、確かに一杯食わされた相手だしな」

 アテナの様子に護堂がそんな呟きを漏らすと、アテナは不機嫌そうに護堂を睨む。それを、護堂はあえて黙殺して、ランスロットに問う。

「で、ランスロットか。アテナはこう言ってるが、あんたはどうなんだ。アテナの言ってるとおりか?」

「うむ。概ねその通りだ。確かに、余は麗しの乙女の願いを叶えるため、聖杯を回収しに参った。卿らを相食ませ、共倒れを狙うは、武人の風上にも置けぬ所業。なれども、余は剣と槍をかの乙女に捧げた身。敢えて謝罪はするまい」

 語りながら神馬は地面に降りてくる。

 アテナの闇の中にあって、なお燦然と輝く白銀の鎧がまぶしい。

「ふん」

 アテナは、ランスロットの口上を鼻で笑った。

「誑かされるがままに己の武を振るう。それこそ愚かよ。如何な名剣と雖も使い手次第では枝にも劣るものぞ。あなたがそれを知らぬはずもないだろうに」

「如何なる使い手であれ、勝利を捧げるのが剣の役目。余を振るうのが愛し子であれば、愛し子に勝利を齎すために奮戦するのみ。ふふ、これに関しては見解の相違というものか」

 ランスロットは、掲げていた槍の穂先をアテナに向ける。白き神馬が高らかに嘶き、前足で地面を掘り返す。

 主の高揚を、感じ取っているのだろうか。

 戦に生きる軍神は、己の生き方に僅かばかりの罪悪感も見せない。あるがままに振舞うこと。それだけが、己の存在理由であり、それ以外は瑣末事に過ぎない。その果てに力尽き、戦場の露と消えても本望、というのがランスロットの死生観なのだ。

 《鋼》は、その存在自体が剣のメタファーとされる神の分類。最源流の一柱となれば、戦うという一点に特化した思考回路を持っていてもおかしくはない。

「ふむ、やはり神槍は動かぬか。聖杯との縁が完全に絶たれている。見事な手並みだ、神殺しの少年。この神槍をこのような形で止めるなど、この千年、終ぞなかったことだ」

 ランスロットは、槍を手放し、変わりに逆棘状のランスを召喚する。

 どうやら、護堂の破魔の一太刀は、聖杯と神槍との繋がりすらも絶ったらしい。警戒していたエクスカリバーが使用できないのであれば、危険性は大きく低下する。

「ソレが使えぬとすれば、どうする?」

「知れたこと。聖杯を取り戻す役目に変わりなし。貴女が邪魔立てするのであれば、せっかくの拾った命を捨てることとなろう。無論、卿も」

「言ってくれるな」

 護堂はせっかく聖杯を分離したのだから、わざわざグィネヴィアに渡す必要はないと判断し、ランスロットの前に立ちはだかることを決める。

「二度も後れを取ると思うなよ、軍神。その大言壮語は高くつくぞ」

 アテナとしても、ランスロットを見逃す道理はない。もはや、聖杯との縁が切れた以上は、十全の実力を発揮できる。かつての雪辱を、今ここで晴らす好機である。

「草薙護堂。あなたとの決着は持ち越しだ。まず、妾はあやつを討つ」

「いや、俺にもランスロットを倒しておく理由があるし、手は出させてもらうぞ」

 敵は強大だ。まして、《蛇》のアテナと《鋼》のランスロットは相性が悪い。もちろん、そのようなものは状況次第でいくらでも覆すことができるのだろうが、それでもランスロットの強大さは、対面するだけで十分すぎるほどに伝わってくる。

 数で勝るうちに倒しておきたい相手だ。

「どういうつもりだ、草薙護堂」

「ここまでされて黙ってられるか。この国で好き勝手させるわけにはいかないんだよ」

 これから先のことも視野に入れて、護堂は言った。

 ランスロットとグィネヴィアを放置することは、『最後の王』に近づけることでもある。それは、まずい。

 アテナはため息をついた。

「まあ、あなたの言うことにも一理あるか。仕方ない。くれぐれも足手まといにはなるな」

「さっきまで内側から命吸われて、死に掛けてたヤツに言われるのは釈然としないな……」

 アテナの高飛車な言い回しに、護堂は頭をかいて呟く。

「ふふふ、ギリシャの女神と極東の神殺し。なるほど、確かに珍しい組み合わせだ」

 ランスロットは笑いながら、鷹揚に事実を受け止める。

 もとより二人まとめて相手にする覚悟だった。アテナを謀り、護堂を陥れようとしたのは共にグィネヴィアであるが、彼女の剣を自負するランスロットは、彼女が背負うべき罪障も含めて己が蹴散らす対象と認識している。

 ならば、数的不利は至極当然。

 恨みに思われるだけのことをしてきたのだから。

「二人同時で構わぬ。このランスロット。剣に誓って逃げはすまい。いざ、お相手いたそう」

「よく言った、ランスロット・デュ・ラック!」

 アテナは、歓喜にも似た笑みで軍神に対峙する。

 さすがにギリシャの戦女神。アテナとは、一度戦ったから分かる。アテナは武人というわけではないが、戦争の専門家であり、己の武勇を示す機会を見逃さない。今、アーサー王伝説に名を残す最高の騎士を相手にして、心が燃え立っているのだ。

 首尾よく共闘まで持ち込めた。エクスカリバーも封じることができている。後は、純粋に力を比べるだけ。単純明快な殺し合いだ。

 護堂もまた、ランスロットという強敵を前にして怖気づくことなく戦意を高揚させている。

 アテナとの戦いで負った傷も、このにらみ合いの間に粗方治癒している。

 即製のコンビではあるが、まさしく最強のコンビだ。

「それじゃ、行くか」

 槍を肩に担いで、ランスロットと向かい合う。傍らの女神が小さく頷いた。

 これから始まるのは、イタリアでの闘争に比する一大決戦。

 臆することなく、護堂は最初の一歩を踏み出して行った。

 




遂に七十話に突入しました。また、ランキングの累計で七位(2014年1月19日現在)に入っていました。数ある作品の中で、この順位に入れたこと、これも、皆様の応援のおかげです。これからも、鋭意執筆に取り組んで行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

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