カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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七十一話

 ランスロットという神は、良くも悪くも一直線だ。《鋼》というカテゴリーに属する神々の中でも、特にその性に忠実な神と言ってもいいだろう。

 斉天大聖のように、様々な民族の神話や伝承を織り交ぜて誕生した神ではない。

 だから、非常に分かりやすい性格をしている。

 彼は騎士。曲がった戦いは絶対にしない。正面から戦うことを信条とし、奇策を用いた戦いは好まない。そのため、対峙する護堂とアテナは、罠の警戒などをする必要は無く、一先ずは目前の敵に注意することができた。

 とはいえ、如何に相手が愚直な騎士で搦め手を好まない性格と雖も、楽に勝てる相手ではない。むしろ、一五〇〇年もの長き年月を、誰にも討伐されることなく生き抜いてきたことからも分かるとおり、彼は尋常ならざる力の持ち主である。

 また、かつてはブリテンにて最強の《鋼》に随従し、多くの神殺したちと死闘を繰り広げた対神殺しのスペシャリストとも言うべき経歴の持ち主でもある。

 アテナという世界最大級の守護神を味方にしていても、それだけで優位に事を運べるわけではない。

 ランスロットは乗馬したままアテナと交戦する。

 武器は自分が跨っている神馬と逆棘状の馬上槍。斬り付けるのではなく、勢いに任せて突き殺すタイプの武器である。

 ランスロットは、巧みに馬を操ってアテナに接近すると、目にも止まらぬ刺突の連撃を放つ。

 一息のうちにどれくらいの刺突が放たれたのか。

 槍がアテナを捉え損ねて地面を抉るたびに、呪力が弾ける。

 土埃が舞い上がり、四方に土砂が飛び、破砕音は、大分遅れて護堂の耳に届いた。

 一瞬にして、広場の整備された地面を畑のように掘り返したランスロットは、当然ながらそれで満足することなくアテナ(えもの)を狙う。

 基本は馬の脚力で接近しての刺突。

 単純であり、その外見から十分に想像できる戦い方だが、威力、速度がともに想像の範疇を凌駕していた。

 それを初見で難なくかわして見せたアテナはさすが戦女神の中の戦女神だと感服する。

 ランスロットとアテナの戦いは、文字通り斬り合いだった。

 ランスロットは馬上槍、アテナは身の丈ほどの大鎌。両者共にリーチは一メートルから二メートル。攻撃範囲が被っているのだから、どちらか一方に有利ということはない。

 ランスロットは攻撃の速さも重さも図抜けている上に、全身を覆うプレートアーマーが死角のない鉄壁の防御を実現している。一方のアテナであるが、こちらは防御力に不安がある。なにせ、見た目は小柄な少女に過ぎない。纏った鎧は確かに頑強ではあるが全身を覆うものではなく胸元と脛当、そして籠手だけである。それ以外の箇所は、薄い布を纏っているか、白い肌を露出させているかという軽装だ。とはいえ、アテナがランスロットに劣っているということにはならない。アテナの鎌には死の呪詛が込められており、地母神としての高い不死性はランスロットの単純な力攻めで覆すのは難しいというレベルのものだ。物理攻撃でアテナを倒そうとするならば、それこそ全身を破壊し尽くすか頭を潰すくらいの攻撃でなければならない。知恵の女神でもあるアテナがそのような攻撃を許すことはなく、ランスロットの神速の連撃は、尽く見切られて虚空を突くに止まっている。

「冥府の吐息よ、軍神に死を届けよ」

 アテナの鎌が、さらに内包する闇を強くする。

「さすがに、それを受けるわけにはいかんな」

 ランスロットは鎧で受け止めるという選択肢を除外し、神馬ごと飛び退いた。アテナの鎌に触れた地面や木々が、腐臭を発して崩れていく。

「《鋼》を力で砕くのは少々面倒。だが、こうすれば話は別だ。あなたもそうなのだな」

 以前、護堂の剣を腐らせたときのように、アテナは単純な頑丈さでは防げない攻撃を繰り出したのだ。あれに対抗するには、防御力のほかに、呪詛に抵抗する呪力や能力が必要になる。

「不死は《()》等も得意とするところであるがな……」

 生命力の象徴である不死を持つ《蛇》に対して、戦場における不死の体現者としての《鋼》。同じ不死ではあるが、その性質は異なるのだろう。

「如何なる戦士も、死という結末を避けることはできぬ。覚悟せよ、ランスロット・デュ・ラック!」

「なるほど、確かに。我等にも死はあろう。しかし、だからこそ面白いのだ。この世のどこかに、余に死を与える猛者がいるのではないかと放浪すること、実に一五〇〇年。未だにこの命に届いた者はいない。果たして貴女にできるものかな?」

 ランスロットの動きが変わった。神馬を操り、細かいステップを踏んでアテナと戦っていたときとは異なる動き。より直線的な、高速移動。

 アテナの鎌を、槍で突き、勢いのままに弾く。アテナは体勢を崩し、踏鞴を踏む。ランスロットは、一息でアテナから距離を取り、反転して再び駆け出した。

「俺を忘れんなよ」

 機を見て護堂が介入する。

 ランスロットとアテナがハイレベルな近接戦闘を行っていたときは、さすがに手が出せず観戦に徹していたのだが、距離が開けば攻撃することができる。

 槍を十挺待機させ、ランスロットに掃射する。

「ぬうッ!」

 鋭利な刃は、見事な槍捌きに阻まれた。

「この程度じゃダメか」

「ハハハ、まだまだ詰めが甘いな!」

 ランスロットは哄笑し、右手で馬上槍をぐるりと回して肩に担ぐ。

「人のことは言えぬな、軍神!」

 ランスロットの意識が護堂に向かっている間に、アテナは素早く距離を詰めていた。

 飛び掛り、鎌を振り下ろす。

 神速にすら反応するランスロットが、真正面から挑みかかってくるアテナに対応できないはずがない。馬上槍に呪力を込めて、アテナの呪詛に抗する力を与えて、迎え撃つ。

『弾け!』

 そこに、護堂が言霊を放つ。

 狙うはランスロットの右腕。叩き付けた言霊が、ランスロットの右腕をあらぬ方向に弾く。

「何ッ」

 結果、アテナの鎌が防御が崩れたランスロットの胸に突き立った。

「ぬ、うおあッ!」

 ランスロットの咆哮。神馬が嘶き、棹立ちになる。アテナは振り回され、鎌の刃がすっぽ抜けると、そのまま宙に放り出された。

 アテナは猫のように空中で体勢を整えると、地面に難なく着地する。

「草薙護堂。あなたは手数で攻めよ! 彼奴を走らせてはならぬ」

「なるほど、確かに!」

 ランスロットの特技は全力疾走からの突撃戦法。その体当たりは、アテナの守りを突き崩すほどの威力があり、さながら隕石の衝突のようでもあるという。 

「我は鉄を打つ者。我が武具を以て万の軍をまつろわせよ!」

 一目連の聖句を唱えて剣群を創り出す。

 一つ一つは簡素な刃で、装飾性は欠片も無い。しかし、それでいい。今はとにかく速度と量で圧倒せねばならない。

「なるほど、これは厄介! だがッ!」

 護堂が降らせる刃の雨に、ランスロットは正面から突っ込んだ。

 行動を制約しようという面制圧を試みた護堂は、予想に反した結果に衝撃を受けた。

 ランスロットの鎧は、想像以上に頑強だった。また、神馬と一体になった突撃は、燃える呪力を身に纏っての体当たりだ。鎧の上から、呪力がコーティングしているので、刃のほうが蹴散らされるという始末だ。

 それでも、

「ぐ、く」

 ランスロットは無傷というわけではなかった。

 いくつかの刃が、白き呪力の壁を突破し、彼の鎧を傷つけた。さらにそのうちのいくつかはランスロット自身にも届いたようだった。高速で突っ込んでくるのだから、単純に受け止めるよりも受ける衝撃は大きいのだ。

「はあッ!」

 剣群を突破したランスロットを待っていたのは、アテナ。黒い鎌が、神馬の足を薙ぐように襲い掛かった。

 ランスロットが駆る神馬は、並ではなかった。アテナの攻撃を、強靭な脚力で地を蹴り、宙へ逃れることでかわしたのだ。

「逃がすか!」

 護堂は鎖分銅を投じた。

 幾重にも重なる鎖の膜は、蜘蛛の巣のようにランスロットの行く手を遮る。

「これは手の込んだことを! しかし、この程度で余を捉えられると思われては困るな!」

 ランスロットが蜘蛛の巣の中央に馬上槍の穂先をピタリと向ける。

 白き閃光が迸った。

 続いて耳を劈く雷名が響き渡る。

 雷撃だ。なぜかランスロットは雷を眷属としているのだった。馬に乗って大地を翔ける遊牧民族たちの中では雷は馬を象徴することがあるという。ギリシャ神話に取り込まれたルウィ人の雷神ピハサシがゼウスの雷を運ぶ天馬となったように。

 ランスロットは、まさに雷のように空を翔ける。

「草薙護堂。あなたは空を飛べるか?」

「雨が降ってれば問題ないんだけどな。今でもできないわけじゃないけど、あれには追いつけない」

 護堂の飛行手段は伏雷神の化身と『強制言語』による空間制御の二つ。前者は雨や高湿度のときにしか使えず、後者はいつでも使えるが、柔軟性に欠ける。

「なるほど、ならば空を妾に任せてもらおう!」

 アテナの背からフクロウの翼が生える。

 フクロウはアテナの聖鳥。同朋にして配下である。

「天空の鳥王でもある妾の羽ばたきを見るがいい、軍神!」

 そして、壮大な空中戦が始まった。

 アテナは音速に僅かに届かない程度の速度で空を舞い、ランスロットは、音速を軽々と突破する超高速で夜空を切り裂いた。

 単純な速度ではランスロットが勝っている。だが、空中戦を優位に運んでいるのはアテナのほうだった。

 もとより、戦闘機の空中格闘戦(ドッグファイト)ではない。ただ速いだけでは、勝利を得ることは難しい。

「アテナは小回りが利くけどランスロットはそうじゃない、か」

 護堂は、二神の戦いを見て、そう分析する。

 アテナの飛翔はまさに鳥。空中で自在に方向を変え、ランスロットを矢で狙撃している。一方のランスロットは、地上と変わらずひたすら直進するだけだ。速度は尋常ではないが、真っ直ぐにしか進めないのなら脅威にはならない。

 だが、アテナの攻撃はなかなかランスロットには届かない。届いても、弾かれる。アテナ優位に進みながらも、膠着状態に陥っていた。

 空中を自在に飛び回られると、護堂には攻撃手段がなくなってしまう。遠距離攻撃は可能だが、誘導性はなく、当てられるかわからない。間違ってもアテナに当ててしまうわけには行かないのだから、慎重にならざるを得ない。

 だが、それは射撃に限った話だ。

 狙いも何もなく、ただ相手に直接干渉できる権能が護堂にはある。

 草薙護堂第一の権能『強制言語』。ガブリエルより簒奪した、万象に働きかける精神干渉能力である。

 

 

 アテナが呼び寄せた闇とフクロウを蹴散らし、ランスロットは疾走する。

 夜を斬り裂く白銀の鎧姿。あまりのまぶしさに、仔細は見ても分からず、ただ白き恒星が光の軌跡を残して飛び回っていることしか理解できない。

 それだけの速度を出しながら、未だにアテナを仕留めることができていない。さすがに戦神にして知恵の神。ランスロットの動きは、ランスロットが動き出す前から予測されているようだ。進路上に矢が放たれたことは一度や二度ではなく、鎧を着ていなければ致命傷を受けていたことは想像に難くない。

「やはり、戦はいい。女人のために剣を振るうのも悪くは無いが、血肉が踊るこの感覚こそが、健全なる騎士の道というものだ」

 雷を引きつれ、アテナのフクロウを消し炭にし、ランスロットは走る。人馬一体の攻撃は、『まつろわぬ神』の中でも随一の威力を誇るだろう。

 戦争を司るアテナに対して、ランスロットは戦闘を司ると言える。一対一の戦いは、最前線で戦う騎士の独擅場だ。多少の不利はあるが、それで追い込まれているわけではない。

 アテナとの幾度目かの交錯の直後、右肘に違和感を覚えた。

 その直後、突然万力で締め上げたかのような強烈な力が肘にかかる。

「何ッ! これはッ!」

 あらぬ方向に捻じ曲がっていく肘に、あらん限りの力を込める。

 しかし、それは、アテナを前にして致命的な隙になったといえよう。不意を突くのは誇りに反する行為かもしれないが、戦場に於いては隙を作るほうが悪いのである。

「冥府の吐息よ。我が鏃に宿れ」

 光を吸収するかのような、黒曜石の鏃。

 それは死の呪詛の塊でもある。触れれば、冥府の毒が全身を侵して死に至らしめる。

 アテナは死の呪詛を込めた矢を三矢番えて、放った。ランスロットの頭と胸、そして騎馬を狙った。そのどれもが必殺。掠ることすら許されない。だが、ランスロットは右肘を空間に固定されている。しかも、その拘束は僅かでも気を緩めれば、即座に腕を食いちぎる悪辣な物だ。

 矢を避けねば死ぬ。しかし、肘を固定された状態では満足に回避行動が取れない。

 ランスロットの決断は早かった。

「オオオオオオオオッ!」

 ベキゴキ、と鉄が砕ける音がした。

 ランスロットは騎乗している愛馬ごと身を捻ったのだ。結果、アテナの矢をかわすことはできたものの、右腕の肘から先は使い物にならなくなるまでに破壊された。

 肘を犠牲にして必殺を避ける。その判断は合理的だが、極限の状況で素早くその判断を下すとは、やはり只者ではない。勝利への執念を感じさせる一幕であった。

「これで、右手は封じた!」

「ああ、実に見事だ。草薙護堂!」

 右手が使えなくなったことは、騎士であるランスロットにとっては大きな痛手だ。まず、あの逆棘状の馬上槍を取り落とした。拾うにせよ、新たな武具を呼ぶにせよ、左手一本で扱わなければならない。これは、右利きのランスロットにしてみれば、不利な状況であろう。

「してやられたぞ。その権能は知っていたが、まさか、これほどの威力を出そうとはなッ! いや、君たち神殺しはいつの時代も余の予想を超えてくる。それを失念していたことこそが余の失態か!」

 右腕を痛々しくぶら下げているにもかかわらず、軽快に話すランスロットには、片腕の不利を不安視する様子はない。

「ふむ、こちらの腕で槍を持つことはないのだがな。こうなってしまっては致し方あるまい」

 ランスロットは、左手に馬上槍を持つ。いつのまに拾っていたのか。転送の呪術に近いものを使ったのか、神はどこからでも自分の武器を呼び出せるようだし、深いことは考えなくともいいのだろうが。

「はあああッ」

 アテナが、ランスロットに斬りかかる。

 漆黒の刃は、白銀の馬上槍に弾かれて火花を散らす。

「武器を持たぬ者に斬りかかるとは、礼がなっていませんな」

「戦場で武具を取り落とすことこそ恥と知るがいい。首を刎ねられても文句は言えまい」

「なるほど、それは確かに一理ありますな」

 ランスロットは左手一本でよく凌ぐ。さすがは、騎士の神。

 とはいえ、さすがに旗色が悪くなっている。片腕のハンデに加えて、護堂が言霊と槍の遠距離攻撃でアテナを支援しているからだ。

「その言霊の権能、なかなか厄介。事あるごとに余の邪魔をする」

 憎らしげにランスロットが護堂に言う。

 それも当然だろう。ランスロットが行動しようとすると、その行動を阻害するように言霊を飛ばしてくるのだ。込められている呪力自体がそれほどでもないため、弾くことは容易だが、ワンテンポ行動が遅れる。すると、その間隙を縫ってアテナが矢を放ち、鎌を振るう。護堂のしていることは、非常に細々とした嫌がらせレベルであるが、それがとてつもなく厄介なものとなっていた。

 ランスロットが馬上槍を振るって護堂の言霊を散らす。それと同時に胸をそらし、アテナの矢を避ける。

「このままでは一騎駆けもできぬか」

 ランスロットが好むのは、一撃離脱戦法。思うままに駆け抜け、敵を討ち果たすことが信条だ。ちまちまと技を競い合うのは性に合わない。

 それに、ランスロットは完全な『まつろわぬ神』ではない。

 今の状態でも、重荷を背負っているような倦怠感が襲っている。

 グィネヴィアを守るために、自身に施された守護は、ランスロットが、『まつろわぬ神』へ変化することを防ぎ、それによって本能ではなく、理性によって行動することができるようにしていたのだ。

 その代償として、ランスロットは十全の力を発揮することができない。

 一撃離脱戦法は、長時間の戦闘に耐えられない身体の都合を考えても最適な戦い方なのだ。

 しかも、ランスロットはすでに右腕を失っている。呪力も大分失った今、無駄に時間をかけていては敗北の色が濃厚になっていくだけだ。

 時間は、ランスロットに微笑まない。

「ならば、多少強引に事を運ぶしかないようだな!」

 アテナが距離を詰めようとしたところで、ランスロットの姿が消えた。

 アテナは目を見開く。護堂は、舌打ちをした。気温が低下していく。見る見るうちに公園内に霧が立ち込めてきた。

「霧。湖の乙女の加護か」

 霧に紛れて身を守る守護の術。ランスロットの湖との関わりを具現化した力だ。この状態では、斬撃はもちろん、雷も炎も効果がない。実体がないものには、ダメージを与えることができないからだ。

『払え』

 しかし、言霊は別だ。

 万象への命令は霧にも通じる。

 火雷大神やメルカルトとの戦いでも、雷雲を晴らすのに使用した。霧程度が払えない道理はない。

 護堂を中心に、球状に霧が押し広げられていく。ただの一言で、ランスロットの護身の術は効果を失ったのだ。

「あやつめ、雲に逃れおった」

 雷雲の中で、眷属である雷を従えて力を蓄えているのだ。

 おそらくは一度に決着をつけるために。

「迂闊に動くな草薙護堂。今、空に向かえば迎撃されるぞ」

「分かってるよ。何も好き好んで敵のテリトリーに入らないって」

 空に向かうには、言霊を使うしかない。ランスロットの一撃、一騎駆けの威力の凄まじさは知っている。まともに喰らえば跡形も無く消し飛ばされるだろう。アテナが警戒しているのも、それだ。であれば、今は防御を如何に固めるかを考えるべきだろう。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

 

 ランスロットは雷雲の中を、愛馬と共に駆けている。

 相変わらず全身には倦怠感が重たい鎖のように絡みついているが、それに反して心は燃えたつ炎のように熱く、勇んでいる。

 雷を受けて身体に鞭を打ち、呪力を集中するのだ。

 本調子には程遠い。利き腕は使い物にならず、必殺の一騎駆けに身体が悲鳴をあげることも重々承知。

 だが、全力を振り絞っての戦いでなければ、面白みが無い。

 これまで、数多の敵と戦ってきたランスロットだが、女神と神殺しが協力し合うところに遭遇することになるとは思っていなかった。それも、ギリシャ最大の守護神アテナと、新進気鋭にして高い成長率をたたき出している若き神殺しだ。実に面白い組み合わせではないか。

 ランスロットは、目を地上に向ける。

 強大な気が二つ。

 中空にアテナ、地上に草薙護堂。

 どちらも、ランスロットの一騎駆けに備えているに違いない。特にアテナは、一度その身に受けているだけに、生半可な攻撃ではその守りを突破することは叶うまい。

「この戦いをこれ以上堪能すれば、余はまつろわぬ身へと立ち返ることになるかもしれぬ。何れにせよ潮時ではあるのだろうな」

 ランスロットは、全身に雷を浴びる。ランスロットの身体に触れた雷は、すべて白銀の鎧に吸収されていく。

 ランスロットはすぐに神速に至ることができるわけではない。大量の雷を吸収しなければならないという制約があるのだ。

 そして、その制約を解除するのに十分な雷をその身に蓄えた。後は、下方に向けて一気に放出するだけだ。

「さあ、いざ行こうぞ」

 愛馬に声をかけ、横腹を蹴る。

 アテナを蹴散らし、護堂を押しつぶす。そうと決めて、ランスロットは雷雲を飛び出した。白銀に輝く、雷光となって。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 途方も無い呪力が雷雲の中で弾けるのを、護堂は感じた。あれほどの高みにいながら、はっきりとその力の程が理解できる。

 そして、ランスロットが雷雲を貫いて天下るのを見た。

 それはさながら白き恒星。そしてその突進は、隕石の落下のようであった。上空から降り注ぐ呪力が深海にいるかのような圧迫感を護堂に与えている。

「今ここに顕現せよ。天を翔け、地へ降り下る者。蛇にして豊穣の主。地下深く眠る死者の総帥よ、大いなる雷の神威を我が前に顕し給え!」

 その中でも、護堂は冷静に大雷神の聖句を唱えた。

 どこから敵が来るのかも、どこを狙っているのかも、護堂には分かりきっていた。もちろん、アテナもそうだろう。互いの位置関係からすれば、真っ先にアテナを仕留め、その後で護堂を倒そうとすることは十分に予想できることである。

 つまり、ランスロットはアテナに向かって落ちてくる。

 『強制言語』の直感力もあり、狙いをつけるのは容易であった。

 白き隕石に、青白い雷撃が喰らいついた。

 大雷神の雷撃は、まるで対空砲。単純な威力では護堂の手札の中でも最大級。イタリアでは紆余曲折あったものの、アテナの最大の守りを突破した一撃だ。

 真っ白な天蓋を支える青い柱。

 遠くから見れば、そのようにも見えるだろう。

 事実、護堂の感覚はそれに近いものがあった。

 ランスロットが手負いとはとても思えない。大雷神の化身に拮抗し、さらにジリジリと降下しているのだ。勢いを殺すことには成功したが、ランスロットを押し返すには至っていない。

 重圧が凄まじい。

 目に見えない圧力が、空から護堂を圧迫している。

 しかし、今、護堂は一人で戦っているわけではない。護堂がランスロットの突撃を辛うじて受け止めている間に、アテナは自由に身動きが取れるのである。

「我が半身たるゴルゴンよ。妾を助けよ!」

 ランスロットには接近できない。周囲は呪力と雷の乱流で、護堂の大雷神の雷撃も方々に散っているからだ。

 よって、ここでアテナが選んだのは呪詛。

 アテナを構成する三神の一つメデューサの石化の権能である。

 瞳輝くアテナ。

 ギリシャ古典文学に謳われたとおりに、彼女の瞳が淡い輝きを宿す。

 その瞬間、ランスロットの馬が石になった。左足も、続けて石化する。ランスロットは、すぐに呪詛に抵抗すべく呪力を練り上げるが、それによって強大無比であった突撃の威力が目減りした。

 そこを護堂は見逃さない。

 ランスロットは満身創痍。これ以上突撃の威力が強まることは無い。

「ウオラアアアアッ!」 

 だが、護堂は未だに気力を十分に残している。

 気合の咆哮と共に、呪力を砲身(みぎて)に込める。

 一際強く輝く青い閃光が、白き恒星を呑み込んでいく。

 そして、目が眩むほどの爆発が夜空を明るく染め上げた。大地に響もす爆音が、護堂とアテナを強かに打ち据える。

 白き恒星は、消滅した。

 護堂とアテナの連携が、万夫不当の騎士の必殺を打ち破ったのだ。

 

 

 

 

 ■ □ ■ □

 

 

 

「あの一撃を打ち破るとは、大したものだな」 

 アテナが護堂の隣に舞い降りてきた。心なしか、その表情には微笑を湛えているようにも見える。

「あなたが、石化の呪いを当ててくれたおかげだ。そうでなければ押し切られてたと思う」

「ふむ、まあ、確かにそのような一面もあろう。忌々しき《鋼》のランスロット。あやつは我が手で討ち果たさねばならぬと思っていたが、このような仕儀となったのも天地の定めか」

 呆れたような、安堵したようなそんな色を帯びた呟きだった。

 ランスロットは、アテナにとっては天敵中の天敵。聖杯のことも含めて戦うにはあまりにもリスクが大きい相手だった。

 そして護堂からしても、魔王殺しの神剣を使うという時点で天敵なのである。今回の戦いは、まさに敵の敵は味方という状態を生み出していたのだ。

「ああ、実に見事であった」

 弛緩した空気が一気に凍りついた。

 護堂とアテナは驚愕に目を剥いて声がした方向を見た。

 そこにいたのは、ランスロットだ。

 大木に左手を付いて、なんとか身体を支えているという状況ではあったが、それでも倒れることなく立っている。

 左足は石化している。愛馬も失い、右手は半ばから砕かれた。しかし、それでもなおこの騎士は戦いを止めようとはしていないのだ。

「ほう、あの一撃を凌いだか。さすがだな軍神。だが、その身体では妾たちに勝利することは叶わぬぞ」

 アテナは聖杯に命を削られてはいたが、大地から呪力を吸い上げるなどして着々と力を回復している。聖杯との縁が切れたことで回復能力が万全に機能している。そして、護堂は消耗こそしているが、目立った怪我はない。近接戦闘の大部分をアテナが受け持ってくれていたおかげだ。

 こちらは体力と呪力だけが削られた状態。しかし、ランスロットはそれに加えて数の不利と身体的なハンデを抱えている。

 カンピオーネに対して数的不利を覆す能力をもつ『まつろわぬ神』であっても、相手がカンピオーネと『まつろわぬ神』のタッグであった場合は能力が機能しない。一対二という戦力差は、純然として存在している。

 護堂としても、ランスロットが、如何に武勇に秀でていたところで、この状況を覆せるとは思っていない。常識的に考えれば、ランスロットは撤退を選ぶべきなのだ。しかし、それを選ぶことなく、無防備な姿を曝している。それは何故だ。どう考えても、優劣をひっくり返せる要素はないはずなのに。

「あッ」

 護堂は焦燥に駆られて、後ろを振り返った。

 ――――聖杯が、ない。

「やられた、クソッ」

 護堂とアテナがランスロットにかかりきりになっている間にグィネヴィアが回収したに違いない。聖杯との縁を結びなおすのには十分な時間を与えてしまったということか。

 恵那や晶はどうなったのか。それを考える間すらも与えられなかった。

「気付いたようだが、もう遅いぞ。ふふふ、卿の雷撃は目も覚めるようなすばらしい一撃であった。余もまた秘儀の一つくらいは見せねば締りが悪かろう」

 ランスロットの左手に、燦然と輝く一振りの槍。

 聖槍にして聖剣。

 魔王殲滅の英雄が振るうべき究極の一振り。

 それは、星をも斬り裂くと称される、絶対斬撃を具現するものである。

「軍神、貴様!」

 アテナが牙を剥くように吼えた。 

 もはや問答は無用と、ランスロットは槍の切先を護堂とアテナに向ける。明確に狙う必要はない。その槍の一撃は、文字通り世界を斬り裂く救世の光なのだから。

「今こそ大地を斬り裂くとき。我が主の神剣よ。今再び余に力を分け与え給え!」

 

 


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