護堂とランスロットは、十メートルの距離を挟んで対峙している。
護堂は決して目立つことのない普通の私服。ジーンズにパーカーという出で立ちで、とても命のやり取りをしようとしているとは思えない。少なくとも、外見からは。
対するランスロットは普段通りの戦支度。西洋甲冑は曇りなく、太陽光を反射している。跨る愛馬も、一流の騎士が乗るに相応しい筋骨隆々でありながら、無駄をそぎ落とした、すらりとした巨躯である。
右手に持つエクスカリバーが、神々しくも妖しく光る。
「この前、大分痛めつけたと思ったんだけど、腕も足も再生するんだな」
護堂は、エクスカリバーに意識を向けつつ、何食わぬ顔で話しかけた。
「うむ」
ランスロットは、敵と話をするのを否とは言わない。
《鋼》の軍神であるランスロットにとって、戦いが存在意義であり、強者こそが友である。討ち果たすべき敵であろうと――――討ち果たすべき敵であるからこそ、一時の友誼を楽しむのだ。
酔狂ではあるが、これが戦いに生きる神の性である。
「余は《鋼》の軍神。アテナのような《蛇》が生命力からくる不死性を持つのであれば、余は戦場における不死性を体現するのだ。数日もあれば、あの程度の怪我は問題なく完治する」
「目茶苦茶だな。それは」
「ふふ、卿こそ不死の権能を持っているというではないか。人のことは言えぬよ」
護堂は眉を顰める。
若雷神の化身を知られている。
グィネヴィアが情報を渡したか。それとも、どこかで見られていたか。
「では、問答はこれくらいにしよう。まだ、語るべきことがあるのであれば、剣にて語ろう」
「そんな器用な真似、できるかよ」
言うや否や、ランスロットが騎馬を走らせる。十メートルなど、一息で詰められる。対する護堂は、軍神を相手に近接戦を挑むほど驕っていない。
騎馬の疾走には、槍衾で対処するのが古来からの作法だろう。
生成した槍を、穂先を揃えて一纏めにする。
それはまさに槍の壁。
突如出現した刃の群れに、突進する騎馬は勢いのまま突っ込むしかない。
自分の突進力で串刺しになる。そんな未来を幻視した軍神の判断は早かった。
「エクスカリバーよ。殲滅の光をここに!」
己の槍を槍衾の中心に向ける。
放たれた白き閃光は、射線上のすべてを薙ぎ払う。それは神槍を纏めた槍衾でも変わらぬ道理である。
ただの一撃で槍衾に大穴を穿ったランスロットは危なげなく死の壁を突破する。
「ぬッ」
その先に、いるはずの護堂がいない。
どこに、と思考するよりも先に身体が動いた。エクスカリバーを振るう。柄と穂先で火花が生じる。地面に落ちたのは、二つの黄金の鎌。
『弾け!』
続けて言霊が、エクスカリバーに叩きつけられた。
万象に働きかける強制力、だとグィネヴィアに聞いた。
自分の腕をへし折った権能だ。二度も三度もいいようにされるわけがない。
ランスロットは呪力をエクスカリバーに注ぎ込む。白銀に発光する穂先が、護堂の干渉を断ち切る。
「お返しだ!」
薙ぎ払う一撃は大地に断層を形成する。
音もなく、エクスカリバーは世界を断つ。
一撃を食らえば、即死は確実。
楯を何枚重ねたところで、受け止められるものではない。
故に、護堂が取るべきは回避のみだ。
護堂はランスロットとの距離を一定に保っている。それは、エクスカリバーを確実に回避できる距離を維持しているということである。
土雷神の化身を使い、辛うじて成功する程度の危ういものだが、希望はある。
エクスカリバーはそもそもランスロットの権能ではない。グィネヴィアと聖杯のサポートがなければ十全に機能しないはずだ。
そのグィネヴィアも、アレクサンドルに倒されたらしい。
ならば、エクスカリバーの使用には大幅な回数制限がかけられているはずである。
無駄撃ちさせれば、何れ聖杯の呪力が尽きるに違いない。それに、偽りのミノスを出したことで、聖杯は呪力を大分消費しているはず。
すべては推測に過ぎないが、かなりの確度で事実だろう。
「逃げてばかりでは、楽しめぬではないか。どれ、ならば余のほうから攻め立ててみせようか」
白銀の鎧が弾ける。
露になるのは、蜂蜜色の短い髪を持つ、見目麗しい女性。艶めかしい肢体に豊満な胸。どこをとっても完璧な美女である。
重厚な甲冑に代わって身体を守るのは、鎖帷子。面貌のない兜はその美貌を隠しはしない。
ランスロットとしての名は、先代のグィネヴィアが世間に広めたものでしかない。彼女は女性でありながら《鋼》という稀有な存在。すでに神話と名を失った流浪の神で、軍神アーレスと縁深いアマゾネスの系譜に位置するとされている。
それがランスロットの正体。
そして、彼女が自らの姿を曝すとき、彼女の周りには数百からなる騎馬の軍勢が集っている。
「自分の鎧で騎士団を創るか。こうして見ると、本当に数の暴力だな」
「ふふ、なかなか壮観であろう。我が配下は」
「言ってろ」
護堂は大きく距離を取った。近くにいては、敵の軍勢に呑み込まれてしまうから仕方がない。神速で回避だ。
十分に距離を取ってから、護堂は一目連の聖句を唱える。
生成するのは、数百はあろうかという剣。
性能は雑の極みだが、とにかく数を揃えて撃ちまくることにしたのだ。
「卿も乙なことをするな!」
笑いながら、ランスロットは配下と共に前進する。
大地を響もす騎士団の行軍。蹄が地面を抉り、甲冑が間断なく金属音を放っている。
それはもはや白銀の大津波だ。
「織田信長って知ってるか?」
護堂は静かに呟いた。
相手に問いを投げかけたのではない。ただ、言っただけ。脳裏に描くのは、あまりにも有名な合戦シーン。
「本当に、こんな感じだったかもな!」
護堂は右手を挙げた。
ランスロットは、反射的にその手の先を目で追う。上空に浮遊する、数え切れない星々。落ちてくるのであれば、好きにするがいい。と、ランスロットは余裕を見せる。乗り越えられぬほどではないと。しかし、次の瞬間、彼女は瞠目する。
自信を持って召喚した騎馬軍団。
その先頭が崩れた。
馬は倒れ、騎士は宙に投げ出される。
それはあたかも、テトラポットにぶつかる冬の荒波のように、粉々に打ち砕かれて霧散する。
「なんと!」
右手はフェイク。
護堂が号令をかけたのは、空ではなく地面。
土雷神は地中を移動する権能。地下に罠を仕掛けることも可能なのだ。そして、大地を駆ける騎馬兵は突如として突き出してきた馬防柵に衝突して、その行軍を妨げられた。
護堂の前に三重の柵。
杭のように、逆棘状に刃を突き出し、ランスロットの軍勢の勢いを殺してしまった。
騎兵の長所は速度と重量。それらを最大限に活用した突撃は旧時代の戦争において最大級の破壊力を持っていた。
しかし、騎兵は動きを止められた瞬間に、著しく弱体化するものである。
小回りが利かず、自慢の速度が活かせなくなる状況は、彼らにとって死を意味する。
狙い澄ましたように、空から降り注ぐ星の群れ。
黄金、白銀、赤に青。様々に輝く、剣の大群は次々とランスロットの配下を刺し貫いていく。
幸いだったのは、この剣がそれほど頑丈ではなかったことか。
とにかく数を用意したために、質にまで拘りきれていない。結果、鎧でも辛うじて防ぐことができていた。
それでも、一騎、また一騎と数を減らしていく。
ランスロットは如何したものかと思案する。
空に逃れることはできない。剣は空を覆い尽くさんばかりの勢いで増殖と落下を繰り返している。彼女の真上は、もはや剣の雲に覆われているようなものだ。
「この一撃のために、ずいぶんと時間をかけたものだな」
おそらく、ランスロットと戦う前から、護堂は剣群を用意していたに違いない。空からの一騎駆けを警戒してのものか。まさか、騎士団に対処するためということはあるまいが。
「なるほど、確かに卿は強敵だ! すばらしい! 心が躍るぞ!」
ああ、なればこそ、堂々と彼に比肩せねばならない。
「さあ、進め! 馬防柵など乗り越えよ! 聊かなりとも恐れる必要なし!」
ランスロットの配下は、俄然勢いを取り戻した。
速度ということではなく、士気ということである。戦は士気。ランスロットに呪力を注ぎ込まれた騎馬兵は、傷つくことも構わず馬防柵を乗り越え、踏み潰し、打ち砕く。砕かれた兵は、ランスロットが己の武具で補充する。
矢筒と矢が騎士となり、次いで兜が騎士となる。
「戦力の逐次投入は、愚策だって有名だろうに!」
目の前でバタバタと倒れていく騎士たち。
しかし、屍を踏み越えて、次の騎士が押しかける。
三つの防波堤のうち、すでに二つが打ち砕かれた。想像以上に、敵の防御力が高い。空の剣群では、足止め程度にしかならないというのか。
近づかれる前に、一気に数を減らしてしまうのが最善だ。
護堂は呪力を高め、聖句を口にする。
「今ここに顕現せよ。天を翔け、地へ降り下る者。蛇にして豊穣の主。地下深く眠る死者の総帥よ、大いなる雷の神威を我が前に顕し給え!」
大雷神の化身で、薙ぎ払う。
「おお、その力は先日の!」
青き雷撃が、自慢の配下たちを呑み込んでいく。ランスロットは、これが護堂の最大の攻撃だと知っているが故に、まずは防御を固める。
下した号令は、雷よりも速く騎士たちに伝わった。
最前列が雷撃に呑み込まれたとき、ランスロットの前にはずらりと並ぶ白銀の壁が完成していた。降り注ぐ刃をその身に受けながら、世界最速の組み体操。見事な連携で積み上げられた甲冑の山が、雷撃を受け止めた。
無論、護堂の最大の一撃はそう易々と防げるものではない。
瞬く間に白銀の騎士は灼熱に炙られ融解していく。
だが、それでも僅かな時間を稼ぐことはできた。
その隙にランスロットはエクスカリバーを構え、甲冑を貫いた閃光に向けて白銀の光を一当てする。
「ふ……卿の雷撃、すばらしい威力だな。余の配下がここまで削り取られるとは」
大雷神の化身を上手く打ち消したランスロットは、その後に残された惨状を見て笑みを深くする。
エクスカリバーはあとどれくらい使えるだろうか。
正面の騎士たちは全滅。残りは左右に展開していた計五十騎と、己の残りの武具から得られる分だけ。すべて足しても百には届くまい。
「あんたはもう、丸裸も同然だな」
「ふふふ、事実ではあるが女人に使う言葉ではないな」
エクスカリバーを当てさえすれば、勝利は確実。こちらには必殺の武器があり、向こうにもまだいくつかの隠し玉がある。
今はまだ前哨戦に過ぎない。
だが、その前哨戦で、ここまで消耗してしまうとは。
愉快だ。愉快で仕方がない。戦いとはかくも甘美で情熱的だったか。久しく忘れていた興奮を、今、ランスロットは感じている。
「行くぞ、神殺しの少年よ! 雌雄を決しようではないか!」
声高らかに、蒼穹の空に宣言する。
それは言霊だ。
剣群が消え、透き通った青空にたちまち雷雲が立ち込める。
落雷が、ランスロットを打った。
爆音が、周囲に放射状に広がる。
「力を出し惜しみはせぬ。卿を、ここで討ち果たすために、余は全力を尽くそう」
護堂は、ランスロットの言葉に先んじて、可能な限りの楯を前面に展開した。
『縮』
空間を圧縮して、真横に跳ぶ。
一息で二十メートルは移動できたか。勘が冴えているのはいつものことだが、それでもギリギリだった。
一瞬、判断が遅かったら。
もしくは、一メートル、短く跳んでいたら。
護堂は、消し炭になっていたことだろう。
ランスロットがしたのは、ただ駆け抜けただけ。
神速で、雷光を身に纏っての突進は、護堂の楯を紙屑も同然に蹴散らして大地に疾走の跡を刻み込んだ。
威力に関しては、まあ、こんなものだろうと納得する。
この程度の破壊は、どんな神様でもできるだろう。護堂も可能だ。何より、ランスロットの突進の威力は、以前の戦いで十分理解できている。
だが、それでも。
それでも、この
何の予備動作もなしに、瞬間的に神速に突入する。それが、どれほど厄介か。普通、神速は速すぎるためにいくつかの制約を受ける。
その代表例が、速すぎるために、格闘戦が難しくなるということである。
それは戦闘機の格闘戦にも良く似ている。
相手が視認できたときには、すでにすれ違っている、というように。
だから、神速は細かい制御が難しい。
しかし、直進するだけならば何の問題もない。
しかも、ランスロットは斉天大聖と異なり、徐々に加速するタイプではないらしい。
瞬間的に最高速度に突入できる、護堂と同じタイプの神速使い。それでいて、体当たりが基本的な戦い方というのは、反則と言っても差し支えない。
「神速での体当たりって、普通に走ってるのと大して威力は変わらないってのに……」
護堂は呟く。
神速は移動時間を短縮することで、相対的に速度を速めている。だから、単なる加速と異なり、空気抵抗を受けることなく移動できるという利点がある。
その反面、速ければ速いほど、衝突の威力が上がるという当たり前の法則は適応されない。
もしもそれが適応されるのなら、神速使いは移動した瞬間に、空気の壁にぶつかって粉々になってしまうだろう。
だが、騎馬による重量級の突撃が、神速で行われた場合。目で追うこともできない騎馬突撃となる。
騎馬の突撃はただでさえ強力なのだ。
本来、歩兵が相手にするべきではない。
「エクスカリバーに、これに、本当にあんたは目茶苦茶なヤツだな」
「誉めても槍しか出んぞ」
目の前に迫る槍の穂先を護堂は半身を引いてかわした。
遠距離ではエクスカリバーに狙い打たれる。
中距離では神速の突進があって危険。
近距離は並外れた武芸を披露してくる。
さて、どの距離で戦うのがベストか。
「瞳輝く女神の祝福よ。我を勝利に導き給え」
大地の力をその身に宿す。
アテナから与えられた権能は、瞬く間に護堂の身体を絶好調なものにする。
『やっと軍神と決着をつける頃合か。待ち侘びたぞ』
アテナの声が脳裏に響く。
この権能を使うのは二度目。この声の正体も、大体理解できている。
(あんた、アテナじゃないんだな)
『無論。妾はアテナの人格を模した導き手よ。あなたたち人間風に言えば、なびげーしょん・しすてむというヤツだな。数多の英雄豪傑を勝利に導いてきた、女神アテナの権能の具現よ』
(なるほどね。だったら、ランスロットを倒すための道を示してくれよ!)
護堂は右手に天叢雲剣を召喚する。
刃は、あらゆる色の存在を許さない漆黒。
『この権能を使う以上、時間はかけていられぬぞ。あなたの身体にかかる負荷は極めて大きい。《鋼》を合力させるのだ』
脳裏に響く、アテナの声。
「その剣は、黒き星を生み出したあの《鋼》だな。卿も切り札を出してきたか」
ランスロットは愛馬を巧みに操って、護堂の目前に迫る。
「とはいえ、この距離ではあの破壊力の剣は振るえまい。卿が苦手とする近接戦で首を挙げさせてもらうぞ」
一息で、突き出されたのは五連撃。それが、まるで同時に放たれたかのように思えた。
護堂の勘が危険性を脳に訴える前に、身体が動いた。
護堂は軍神も驚くほど見事な体捌きで、この槍撃をかわしたのだ。
「何?」
ランスロットは、いぶかしみながら護堂と向かい合う。
そして、さらに槍を繰り出す。
振り下ろし、突き、払い。フェイントを織り交ぜながら、技を尽くし、護堂を討ち果たそうとする。しかし、護堂はこれを軽々と避け、太刀で払いのける。
受け止めることはせず、穂先が身体に向かないよう喰らいつく。
その動きは、素人のものとは思えない。
そう、まるでこれは――――
「アテナの権能。なるほど、そのような力であったか!」
「それだけじゃねえよ!」
護堂は力強く踏み込み、ランスロットに斬りかかる。もちろん、これを防ぐのは難しくない。簡単に弾いて仕切りなおしだ。
身体が勝手に動く。
あのランスロットを相手に接近戦をすることができるとは。
それにしても、恐ろしいのはこれが護堂の実力ではないということだ。
「まるで、身体が技を知ってるみたいだな」
『当然だ』
と、語りかけてくるのは、アテナではなかった。
(おまえ、もしかして天叢雲剣か)
『然り。巫女とより深く同調したことで、
『《鋼》。無駄口を叩く時間はないぞ。ヤツが来る。左からの振り下ろしぞ』
『言われずともだ。王よ、己と同調するのだ』
すると、ランスロットの槍を勝手に跳ね上がった右手の太刀が弾いた。
アテナの権能は、あくまでも道を示すだけ。しかし、天叢雲剣は《鋼》として数多の戦闘経験があり、アテナの示す道に従って、最適な身体運びを実現してくれるのである。
護堂が消費するのは体力のみ。
頭の中で口喧嘩が繰り広げられることによる精神的疲労を除けば、文句の付け所がない。これほど万能の近接戦用の権能は他にないだろう。
『エクスカリバーを潰さねば話にならぬ。例の破魔の太刀を当てるぞ』
『己を使うとなれば、身体は王自らで操らねばならぬ。気を引き締めるのだ』
「ああ、分かったよ」
斬り合って、すでに三十合。
護堂は防戦一方ながらも、ランスロットの苛烈な攻めを捌ききっている。
しかし、身体が徐々に重くなっているのを感じる。アテナの権能のフィードバックが始まったのだ。
思っていたよりも、持続時間が短い。
少しまずいか。
『前、来るぞ!』
アテナの警告。
エクスカリバーの穂先が護堂の心臓をピタリと狙っている。
護堂は右足で地面を蹴り、身体を捻って左に回転する。同時に、エクスカリバーが光を放つ。空中で仰向けになった護堂の直上十数センチを殲滅の光が駆け抜ける。
「あっぶねえッ」
「ハハッ。良く避けた! が、そんな風に寝ていては、馬蹄にかけられるのも仕方ないのではないかな?」
見れば、地面に仰向けになる形の護堂に巨大な蹄が迫っている。
鋼の蹄は、地面を大きく陥没させる。でたらめな威力。
「おっと。さすがだ」
ランスロットは、上を取った護堂の斬撃を、白い穂先で受け止める。
土雷神の化身で地面を移動して回避していたのだ。地中にいたのは一瞬。すぐに飛び出して斬りかかった。
「出し惜しみはせぬ、と言ったぞ」
ひらり、と地面に降りた護堂にランスロットは妖艶な笑みと共に槍を向け――――。
キラリ、と光る白銀に、先んじて漆黒の刃がその穂先を跳ね上げる。
空に打ち上げられる閃光。
『後ろに跳べ!』
アテナの声が、身体を後方に導く。
地面が揺れたのはまさにその時であった。
ランスロットの愛馬が、強靭な前足で護堂に襲い掛かっていたのだ。仕損じた前足は、再び地面を蹴り穿った。
――――しまった、距離が。
接近戦だからこそ、容易にエクスカリバーをかわすことができた。
放射状に広がる攻撃は、射手の近くにいたほうが攻撃面積が狭まる。その上、撃たせないように攻撃を畳み掛けることもできた。しかし、僅かに距離が開いてしまった。すでに、敵はこちらに狙いを定めている。
「ならッ」
呪力を刀身に注ぎ込む。
護堂も同じ。出し惜しみはしない。
「さあ、星を断ち切る破滅の光を見よ!」
「黒き星よ。一掃しろ!」
それは、先の戦いの再現であった。
白き星と黒き星。
二つが互いの中間地点でぶつかり合う。
直線を撃ち抜くエクスカリバーに対し、天地開闢の剣は重力球。以前は、これを刃状に加工したものだが、生憎、それだけの出力を出すには時間がない。
そこで、護堂は黒き重力球の制御を放棄した。
白と黒のぶつかり合いが世界にばら撒くモノクロの光に紛れ、護堂は土雷神の化身を行使する。
他の神速との違いは、地中を移動するので、心眼でも見切れないことだ。
エクスカリバーが、天地開闢の剣を貫いたその時、護堂はランスロットの真横に再出現を果たしていた。
「な、んと!」
ランスロットは驚愕しつつも、手綱を操り護堂から逃れようとする。
すばらしい反応速度だ。不意を突かれ、防御が不可能と悟ったのだ。反射的に身を守ろうとする身体に理性の力で強引に回避行動を取らせる。
しかし、狙いはランスロットではない。
あくまでも、エクスカリバー。
彼女を仕留めようとは思っていない。
「我が前に敵はなし。我が道を阻むもの、皆尽く消え失せよ。之、魔を断つ一斬なり」
破魔の力を一刀に凝縮した一撃。
これを以て、ランスロットとエクスカリバーの霊的繋がりを断ち切るのだ。
この一振りを、回避する術はランスロットにはなかった。
バチ、と火花が生じ、ランスロットの手からエクスカリバーが弾け飛んだ。
これで、最も危惧すべき武具は失われた。
護堂有利かと言えばそうではない。
呼吸が苦しくなってきた。
アテナの権能の副作用が、身体を蝕んでいる。
残り数分か。
勘ではあるが、タイムリミットはそれくらいだと思えた。
「エクスカリバーを封じるために、アテナの剣を犠牲にしたか。大した判断だ。やはり卿はすばらしい」
切り札を囮に相手の切り札を封じる。そうそう選べる選択肢ではない。
護堂にはまだ、奥の手が残されているからこその判断でもあるのだが。
「今の卿を、我が配下で攻め立てても潰せぬか。であれば、残る力を振り絞り、一度で叩き潰すべきだな」
ランスロットが指を鳴らすと、彼女の配下とその残骸が光の粉となって消えた。直後、ランスロットは甲冑に身を包んだ姿となった。ただし、美しい顔は表に出したままだ。初めに着ていた甲冑に比べると、幾分か防御力には劣るタイプか。
護堂に殲滅され、跡形もなく消し飛んだ分を再生するには、時が必要なのだろう。
「霧……」
ランスロットの姿が、発生した濃霧に消える。
『払え』
これも、前回の焼き回しだ。
霧の権能など、護堂の言霊でいくらでも払いのけることができる。
ただし、これは身を隠すためのものではない。
すでに敵の神気は上空の雷雲に消えている。
逃げたわけではない。
雷雲が秘める雷のエネルギーを己のものとして、白き恒星の体当たりを行う腹だ。
威力だけならエクスカリバーに匹敵する、ランスロット唯一にして最大の秘儀。
『たいみんぐは妾が計る。あなたと《鋼》は迎撃の用意だ』
『王よ。夷狄まつろわす剣の真価を見せ付けるときぞ!』
アテナと天叢雲剣のサポートを受け、護堂は剣を構える。
残る呪力をすべてこの一刀に託す。
敵も残る力をすべて費やしてくるだろう。
正真正銘、これが最後の撃ち合いとなる。
心臓の拍動が、はっきりと分かるくらいに集中できている。
これならいけるだろう。
大地を踏みしめ、剣に呪力を注ぎ続ける。
漆黒の刀身が、薄らと光を放ち――――――――そして、白銀に輝いたとき。
『来るぞ!』
雷鳴とともに、白き光が落ちてきた。
■ □ ■ □
すばらしい戦いだった。
雷雲の中でランスロットは胸を高鳴らせながら神馬を走らせる。
雷に打たれ、その都度呪力が高まっていく。
ランスロットの欲求は、十二分に満たされたと言えるだろう。これほどまでに強い敵には、なかなか巡り合えるものではない。
できることならば、もっと長く楽しみたい。
まるで逢瀬を楽しむ男女のような思いで護堂との戦いを振り返る。
しかし、そのような感傷に浸ることは、ランスロットの主義に反する。
残念だが、ここまでだ。
空の下では、護堂がランスロットの攻撃に備えて抜かりなく何かの準備をしている。
罠。関係ない。今のランスロットの全力には多少の姦計で対処することなど不可能だ。
「さあ、行くぞ。余の一撃、手向けと受け取れ!」
ランスロットは、愛馬を鞭打ち雷光と化した。
遂に解き放たれたランスロットの一撃は、瞬きの間に護堂ごと擬似アヴァロンを消し飛ばすだろう。
その威力は、アテナと戦ったときの比ではない。
『まつろわぬ神』として放つ、最大の一騎駆けは実に千年ぶり。自身としても最高の威力が出せていると確信する。
天下る雷光を、アテナの啓示と冴え渡る直感で予測した護堂は天に掲げる神剣を解放する。
白銀に輝くその剣は、先ほどまでランスロットが振るっていた光と同一のものを宿している。
ランスロットと打ち合う中で、権能を複製したのである。敵の切り札を、己のものとして利用する。まさに、まつろわす神剣の面目躍如である。
空から落ちてくる重圧は、もはや常人が耐え得るものではない。
直撃を受ければ、為す術なく死ぬと理解できる。だが、それでも負けるつもりはない。
振り下ろす一刀は、ただの一撃のみ許された神世の一撃。
ランスロットの莫大な呪力が、肌を焼き、身体を押し潰そうとする。神速。それは、あまりに速く、苛烈。このままでは、護堂は死ぬしかない。
それでも、護堂は冷静に前を見る。
「エクス――――」
ランスロットの槍が護堂を貫くのに先んじて、輝く刃は振り下ろされる。
「カリバー!!」
解き放たれるのは、星を斬り裂く《鋼》の刃。
――――――白銀に輝く彗星が、白き恒星を包み込む。
目を焼くような、激しい光の激突は護堂とランスロットの世界を真っ白に染め上げる。
目を剥いたのはランスロット。
まさか――――まさか、このような反撃があろうとは。
激突は一瞬。
世界は変わらず白く染まっている。
だが、その身に感じる灼熱はランスロットに敗北を認めさせるには十分である。
この灼熱こそが、追い求めていたものに相違ない。
激烈なる戦いの果てに、剣折れ、矢尽き、楯が砕けたその場こそ、己の死に場所と定めていた。
「ああ、これこそまさに――――」
そこから先は、言葉にならなかった。
《鋼》の性に生き、《鋼》の性に死ぬ。
思い残すことなど何もない。
視界に次いで、思考も白く染まる。
肌を焼く灼熱が、思いのほか心地よい。
ランスロットは、薄らと微笑み、慣れ親しんだ灼熱に身を任せた。
次章予告。
ランスロットの死によって、邪魔者が消えた道満が動き出す。
そして、晶の秘密が明らかに!
最終章突入