カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

8 / 132
八話

 時刻は夜の十一時。高校生とはいえ、真面目に生活しているものであれば外出を憚る時間帯だ。

 そして護堂はおよそ非行とは無縁の生活を送ってきたし、これからもそうありたいと思っている。が、現実はなかなかどうして思うようにならない。

 中学を卒業するまでは、まったく普通の生活だった。それがたったの二月で、全国の不良を掻き集めても歯が立たないような大騒動を引き起こしてしまっているのはどうしたことだろうか。

 戦いになるのは仕方がないと割り切った上で、被害を抑えようと考えたのにもかかわらず、大きな災害に襲われたに等しい被害がでてしまっている。

 護堂が暮らす根津にも、主戦場ほどではないにしろ多少の被害があった。窓ガラスが割れた家などが、今でも散見される。

 そんな傷跡を眺めながら、護堂が向かうのは近所の公園だった。

 高橋晶という妹の同級生からの呼び出しである。

 妹の友人からの呼び出し。しかも深夜というシチュエーションは、学友に見咎められでもしたらいったい何を言われるか。-------------想像できるだけたちが悪い。

 しかしながら、護堂が普通の男子が舞い上がるこの状況にあって、冷静であったのは、相手の目的が青春物とは意を異にするものだとわかっているからだった。

(さて、鬼が出るか蛇が出るか)

 

 

 

 

「お久しぶりです。草薙さん」

 公園に着いたとき、真っ先に目に留まった人物がそのまま挨拶をし、しかも見覚えがあったので護堂は少々意表を突かれた。

「甘粕さん?これは、意外でした」

 護堂を出迎えたのは、冬馬だった。

 以前会ったときと同じ、黒のスーツ姿だ。

「こんな時間にお呼びして申し訳ありません。ただ、できるだけ早くお伝えしないといけないことがありまして」

「はあ……それで、俺を呼び出したのは実は甘粕さんだったってことですか?」

「ああ、いえ。私はあくまでも付き人だと思ってくれればいいでしょう。あの娘は、今、月光浴の真っ最中なんですよ。あと少しで終わるはずなんで、それまで待っていただけませんか?」

「それは構いませんよ。それにしても、月光浴って、またロマンチックなことを。儀式かなんかですか?」

 見上げる空には真円を描き出す月が鎮座していた。夜でありながらも闇が深くないのは、この月のおかげだった。

「そうです。あの娘も祐理さんと同じ媛巫女の一員なんですが、その中でも特殊な立ち位置にいまして」

「大地に関わりのある力に月って言ったら地母神みたいですね」

 護堂が感じたところを述べると、冬馬は驚いたように目を見張った。

「なぜ、それを?」

「晶さん、でしたっけ。今日見かけたときに大地の力を感じたので」

「驚きました。確か魔術を嗜んだことは一度もないのですよね。カンピオーネの力なんでしょうか」

「さあ、どうでしょう。勘任せですけど」

 護堂は苦笑した。

 カンピオーネになった途端、呪力を肌で感じることができるようになったのは事実だ。だが、それの種類まで判別できるようになったのは、経験からくるものだろう。

「おわったよ、叔父さん」

 そこに晶がやって来た。

 その姿からは、精気に満ち満ちているような印象を受ける。

 その晶が、護堂を見て、深々と頭を下げた。

「今朝は、お会いしておきながら満足なご挨拶もせず、誠に申し訳ありませんでした。改めてご挨拶申し上げます。私は」

「待て待て、畏まりすぎだ!もっと砕けていいって!」

 護堂は、前世持ち。その時の生活が、どのようなものだったかは十五年もこっちで暮らしてきたので大分薄れているが、このような丁寧で畏まった挨拶を中学生にさせたことは一度もないはずだ。

 これは、あまりにも外聞が悪い。

「ということです晶さん。普通に先輩後輩の関係でいいと王は仰せです」

「わ、わかりました。では、おそれながら。草薙先輩とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、そのほうがいい。これからはそうしてくれ」

 おずおずと尋ねてきた後輩に極力明るく返答する。何もしていないのに、年下の女の子におそれられる自分にへこたれそうになる護堂だった。 

 そこで、冬馬が半歩前に出た。

「さて、ではそろそろ話をもどしましょう。晶さん。自己紹介の続きを」

「はい」

 冬馬に促された晶が自己紹介の続きを始める。

「楠南学院中等部三年高橋晶です。今は正史編纂委員会の東京分室に所属してます。基本的な任務は戦闘が主ですが、今回は草薙静花さんの護衛を任されています」

「今なんていった?」

 聞き逃してはならない言葉を聴いて、護堂は双眸を細めた。

 それが、威嚇のように捉えられてしまったのか、晶は顔色を失う。

「単刀直入にいいますと、あなたのご家族を狙っている輩がいます。それも、かなりの数です」

「な!?」

 冬馬が説明を加え、今度こそ、護堂は言葉を失った。

 カンピオーネの親族に手を出そうという愚か者が、かなりの数いるということがまず驚くべきことだった。この世界の常識ではありえないことだ。

「そのために、この娘を側に置いたのです。ご想像の通り、この娘は大地の力と誰よりも深い関わりがあります。先祖返りのようなもので、その力と生来の才能をあわせて---------本当に残念ながら、とてつもない戦闘能力をもっています。単体での戦闘力は、媛巫女でも最上位にいるくらいです。彼女を護衛に付け、私たちは、敵を探り殲滅します」

 媛巫女最強。この少女がそれほどの力を有していることには、さすがの護堂も気づかなかった。原作にでてきた清秋院恵那とどちらが上になるのか、気になるところではある。

「殲滅って、殺すんですか?」

「場合によりますね。私たちも今のところは、命を奪わないように心がけています。ですが、それこそ映画に出てくるような戦いがありますしね。完全とはいえないでしょう」

 実のところ、敵の命を奪わないのは、護堂の性格を慮ってのことでもある。殺してしまうと有益な情報が得られないという捜査上の問題よりも、そちらのほうがずっと大きいのだ。

「じいちゃんは?今、日本にいないんですが?」

 護堂は心配そうな声色で尋ねた。

 草薙一郎のフットワークは、同年代の一般男性に比べ、驚くほどに軽い。なんと、ゴールデンウィークに先駆けてインドネシアに旅行していたのだ。

 彼のことだ、ただの旅行ではないのだろうが、そちらに手は回してもらえるのだろうか。

「それでしたら問題ありません。向こうにも腕利きを送り込んであります。現地の魔術師とも連携協力ができていますのでご安心ください」

 冬馬の表情はいつもと変わらない軽薄な笑みだが、それがこの場においては余裕を感じさせてくれる。

 当面、静花と祖父の安全は確保されているということだろう。油断はならないが、かといって悪戯に不安視する必要もないといったところだろうか。

 いざとなれば、護堂自身が戦いに赴くという選択肢もありえる。

「じゃあ、俺たちに手出ししようってのはどういう連中なんですか?かなり無謀な気もしますけど」

「そうですねえ。まあ、大雑把に言えば、侍の末裔が中心になってるんですよねえ」

「はあ?なんで、また」

 護堂は自分のこれまでの行いを即座に思い返す。

 原作護堂にくらべ、破壊活動は小規模、真面目に日々を過ごしてきた。少なくとも、侍たちに恨みを買うようなことは、ないはずだった。

 とすれば、護堂本人への恨みではなく、委員会内の争いということになるだろう。

「それを説明するには、日本の呪術界について説明する必要がありますが……」

「お願いします」

「はい」

 そして、冬馬の解説が始まった。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 日本の呪術業界は政治的に大きく分けると二つに分類される。一つは正史編纂委員会に属する呪術者、つまり『官』に属する公務員であり、もう一つは『民』に属する在野の術者たち。この分類も、平安の時代から存在し呪術界を形作ってきたが、今はまた別の視点から分類する必要がある。

 呪術の形体で分けるならば、日本式の呪術は『公家』と『武家』に分かれることになる。

 日本の呪術は神道、仏教、陰陽道など日本で育まれた思想と大陸の思想を融合した独自のものだが、それを扱う者の身分や目的によって、改変が繰り返されてきたという背景がある。

 儀式や形式を重んじ、媛巫女を多数擁する『公家』と即座に術を構成する必要のある戦闘特化の術を好む『武家』では当然、その呪術の扱いに違いが生じるのである。

 特に、鎌倉以来、朝廷から独立しはじめた『武家』の術式は、大本となる『公家』の術とはまた違うものとなるのも至極当然のことだろう。

「今、正史編纂委員会を含め、日本の呪術界を牽引しているのはどういう氏族かご存知でしょうか?」

 冬馬の問いに、護堂はどう答えたものか悩んだ。

 知識としては知っている。しかし、それは前世での知識であり、それをここで披露してもよいのかどうか見当がつかなかったからだ。無難に、知りませんと答えることにした。

 護堂の答えを聞いた冬馬は頷いた

「今、日本の呪術界は、『四家』と呼ばれる古くから朝廷に仕えた一族が勢力争いをしているところなんです。それが、正史編纂委員会のオーナーでもあるわけです」

「ああ、それで侍ってことですか」

「はい。とはいえ今の正史編纂委員会は民主主義の組織ですから、武士系だからといって差別はないんですがね。やはり、気に入らない人はいるわけですね」

 曰く、『武家』と『公家』の対立構造は、明治維新から始まるのだそうだ。

 幕府を倒した後、朝廷は東京に本拠を移し、それによって朝廷に仕えた魔術師たちも東京にやってきた。そこにいた旧来の、幕府お抱えの魔術師たちは、権益を侵された挙句に追放となったという苦い歴史がある。

 現在、関東を守る媛巫女も、その大部分は旧華族の家柄。それも、『公家』の出自だ。それは、媛巫女を宮中で管理しようとしていたのだから仕方のないことかもしれない。

 しかし、政治的に見れば、別の見方もできる。

 関東は古より武士の力の強い土地。江戸時代は言うに及ばず、平将門、鎌倉幕府、後北条氏に至るまで、中央と距離を置く勢力は多数存在したわけだし、彼らは彼らで呪術の管理を行っていたのだ。媛巫女を重要な土地の守りとして配置するということは、そうした武士による呪術の管理の歴史に幕を閉じる象徴的意味合いもあったはずだ。

 おまけに拙速とも言える急激な西洋化とそれに伴う合理化によって『民』の魔術師として生きるのも難しくなった。政府が非合理的として、表立っての呪術を批判したからだ。未だに正史編纂委員会の業務の大半が呪術の秘匿にあるのも、世界的な流れであると同時に、そうした影響を受けているからである。

「明治維新で多くの士族は呪術者としての立場を失いました。正史編纂委員会も、当時は士族の術者を冷遇したこともあったようですし、鬱憤が溜まっていたのでしょう。カンピオーネの国内誕生が呼び水になって、彼らの子孫たちの中から急進派とも呼べる勢力が生まれてしまったのです」

「ようは、いつまでも昔のことを引きずる連中がわがままを言っているんです」

 非常にキツイ言い回しで晶が要約した。

「実際そうです。もうこうした対立構造は戦前から指摘され、改善の努力は為されてきました。明治新政府だって西南戦争でいたずらに士族の反感をかうのはまずいってことに気がついたわけですし、それ以降は扱いが軟化していったんです」

「ようは、武士の魂が忘れられないって人たちが未だに呪術界を占拠している『公家』系統に対して反乱を起こそうとしているということかな」

「そうです」

 晶が頷いた。

 しかし、厄介なことになったと護堂は思う。表の士族の反感はおそらく西南戦争で一気に噴出し、鎮圧と共に失せていった。この戦いが政府に従えない侍たちを一掃する膿みだしになったのだが、呪術の世界では、それに何とか対処しようと画策した結果として、大規模な戦いが起こることはなかった。そうした態度へ向かったのは、攻撃能力の高い呪術者を多く失う可能性があり、諸外国との外交において不利益極まりないという政治的判断も含まれていたからだ。

 しかし、この対処は、見たくないものにとりあえず蓋をしただけだったので、その下に燻る火は消えることがなかった。護堂の存在は、そこに油を注ぐことになったに違いない。

 張り詰めた緊張が一気に崩れ、暴走を止めることができなくなったのだ。

「しかし、不幸中の幸い。この前の『まつろわぬ神』とあなたとの戦いで、これは無理だ!と離反者が相次ぎましてね、おかげで敵の戦力はがた落ち。いやはやさすが魔王様なだけのことはあります」

「残っているのは、命は惜しくないっていう人たち。やっぱり、こういう人はかなり厄介で、文字通り死兵になって襲ってくるんで対処に困りますよね」

 聞くところによると、残る敵勢力は百人ほどで、もともと委員会の関係者だったために顔も名前も実力もすべて明らかになっているらしい。

「わたしたちは、この問題はゴールデンウィークのうちには解決したいと思っています。ですので、先輩にはその期間中、静花さんが一人で外出することのないように目を光らせていて欲しいんです」

「なかなか難しい注文だな」

「大丈夫です。静花さんのことですから、先輩にここにいろって言われたらなんだかんだで言うこと聞くと思いますよ。まだ会って二日ですけど、なんとなくわかります」

 この評価を静花が聞いたら顔を真っ赤にして怒り出しそうである。

 しかし、静花をゴールデンウィーク中に目の届くところにおくというのは、一体どうすればいいのだろう。

 護堂は手を組んで悩んだ。

「はい、先輩。一応用意はしておきました」

「これって、チケット?」

「千葉にある某遊園地も上野動物園もご要望とあれば貸切にだってできます。ご一考を」

「そんなことまでしなくてもいい!だけど、うん、これは使わせてもらおうかな」

 護堂はとりあえずチケットをいくつか受け取ることにした。

 




週間ランキングが二位になっていました。ありがとうございます!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。