カンピオーネ~生まれ変わって主人公~《完結》   作:山中 一

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八十四話

 蘆屋道満は、大災害を発生させ、高橋晶を誘拐するという事件を立て続けに起こしていながら未だにその行方を眩ましたままである。

 理由としては、まず道満が現代の呪術師では歯が立たないほどの強力な呪術師であるということ。

 道満の情報を収集し、分析する職務を一手に引き受けていた東京分室が、その実、道満の情報を隠蔽する方向に動いてしまっていたこと。

 そして、近畿を中心に発生した地脈の異変によって道満の捜索に割ける人員が大幅に制限されていることなどが挙げられる。

 特に東京分室の職員にかけられていたという道満の暗示が非常に厄介で、どの程度の術が、どれくらいの範囲にかけられていたのかを特定しなければ、今後の業務に支障が出るのは間違いない。そして、その調査及び検査にも多額の費用と、多くの時間を消費することになる。

 祐理を始めとする媛巫女も検査対象になる。

 道満の暗示が、霊視のような媛巫女の能力にも干渉している可能性があるからだ。

 実際、限定的に霊視を封じる術は存在する。

 霊視は呪術関係の調査や危機管理に於いて伝家の宝刀となる能力だ。それに干渉する術をかけられていたとすると、それも今後の業務に障る。

 こういった問題が山積みとなっているために、蘆屋道満の捜索は芳しい成果を挙げていない。

 そもそも、まだ攫われてから一日と経っていないのだ。それで足取りが掴めるとは思えなかった。

 

 しかし、唯一、徳永明日香だけはこの現状を変え得る可能性を秘めていた。

 

 彼女は、蘆屋道満の関係者であり、護堂の側に寝返った人間だからだ。

 晶を守るために戦い、敗れたものの、有益な情報を握っていると考えられる。状況証拠から、晶が狙われているという情報の提供者と同一人物とも見なされているため、明日香が持っている情報次第では今すぐにでも道満を追うことができるのだ。

 護堂は、逸る気持ちを抑えきれず、明日香の病室に向かう。

 歩調は速く、息も上がっている。

 期待と不安が、緊張を身体に強いている。

 病室の前で一呼吸し、ノック。

「そうだ。明日香と二人で話をさせてくれませんか?」

 一緒に来た馨や冬馬、祐理に、護堂はそう言った。

 聴取することもたくさんあるだろう。けれど、今は明日香と余人を交えずにきちんと話をしておきたかった。

 どうぞ、と馨は許可してくれた。三人は、外で待ってくれる。

「明日香、俺だ」

 端的に、扉越しに声をかける。

「護堂。……うん、入って」

 許可を得て、室内に入る。

 消毒液の匂いと白く清潔感に溢れた部屋。

 ベッドは一つだけで、明日香は上半身を起こして待っていた。

「よう。調子はどうだ?」

「大丈夫。もともと、そんなひどい怪我はしてなかったから」

 病衣を着た明日香は、髪を解いている。当然だが、新鮮に思えた。

「久しぶりに見たな。その髪型」

「そうだっけ。でも、そうかも。外では髪留め使ってたから」

 いつ頃から明日香は髪留めを使い始めたのだったか。校則に髪型が定められた頃、中学の頃か。

 長年つるんできた相手だ。ここ半年、学校が分かれたことで会う頻度こそ減ったものの、それでも付き合いは相変わらずあった。

 それでも、こうして面と向かって改まった話をすることは、これまでなかったように思う。

「ごめん」

「ん?」

「道満のこととか……いろいろ。あたし、あんたを騙してた。晶ちゃんも、助けられなくて……あたし、もっと早く……」

 目尻に涙を溜めて、明日香は謝罪の言葉を口にする。

 初めて見る、弱弱しい姿。

「何、言ってんだよ。明日香が謝ることなんて、何もない。悪いのは、道満だ。それに、俺も」

「なんで、護堂が悪いのよ」

「判断を誤った。東京から離れるべきじゃなかったんだ。晶が狙われていると分かっていたなら尚のこと、傍にいるべきだった」

 晶と恵那の実力、馨の能力、マンションに張られた結界や派遣された職員など、簡単には突破できない構造になっていたはずだった。その大半が、最初から機能しなかったなどということは想像もできなかった。何かあっても、神速ならばすぐに戻れると過信していたこともあった。

 道満の力を甘く見た、護堂の失策だった。

「護堂。あたしはね、一度死んでるの」

「は? おまえ、いきなり何言ってんだ?」

「いいから聞いて。あたしは、徳永明日香として生まれる前、別人として生きてたわ。でも、死んだ。十六年前にね。こうして、今生きているのは、道満が魂を移し変えたから」

 護堂は、心臓を貫かれたような衝撃を受けた。

 唐突すぎて、いまいち何を言っているのか理解できない。

 明日香が、転生者だという。

 それを、真っ正直に受け入れるのは、無理があった。

「どういうことだよ」

「道満は、安倍晴明を意識してる。当然だけど。それで、泰山府君祭に目を付けた。魂を操る呪術よ。――――あんただって、知っているでしょ」

 それは、問いではない。断言。つまり、護堂が転生者だと、知っている。

「知ってたのか」

「道満から聞いたわ。その可能性があるとだけだけどね。ずいぶん、昔に」

「そう、か」

 護堂は力が抜けたように、イスに座り込んだ。

 生まれ変わりという問題は、中々デリケートだ。誰かに言っても、信じてもらえるものでもない。だから、今まで誰にも言ってこなかった。それにもかかわらず、これほど身近な人間が知っていたとは。

「秘密なんて、そうそう守れるものでもないか」

「大丈夫。あたし、あんたのことは人に言わないから」

「そうか。そりゃ、ありがたい」

「あたしだって、頭がおかしい女なんて言われたくないしね」

 少しずつ、以前のように会話が進むようになってきた。

 お互いに、相手の様子を探るような会話ではなく、自然なリズムで言葉を交わす。

 最大の秘密を打ち明けあい、それが互いに共通するものだったということが、より親近感を増す結果に繋がった。

「護堂。晶ちゃんもあたしと同じなの。転生してるのよ、あの娘」

「……なんだって?」

「道満はあたしのことを実験だと言ったわ。そして、その先に晶ちゃんがいるとも言ってた。だから、きっとそういうことなんだと思う。高橋晶って媛巫女の魂を、あの身体に移したってことじゃないかな」

「それ、本当か。甘粕さんの姪の晶と、俺たちが知っている晶が同じだってことだよな?」

「甘粕さんの姪御さんは、あたし知らないけど。……甘粕さんって、あの忍者の人だよね。共通の思い出があるなら、たぶん同じだってことになるんじゃないかな。個人の記憶は操れるかもしれないけど、複数の人が共有している過去の思い出を、矛盾なく設定するのって手間だし、状況から考えても、同一人物と考えたほうがいいでしょうね」

「そうか」

 よかった、と思った。

 晶が誰であれ、助けることに変わりはない。けれど、晶が自分の知っている晶であったということが、気持ちを軽くしてくれる。

「護堂。こんなこと、敵側だったあたしが言うのもおかしいかもしれない。ケド、あの娘を助けてあげてほしい。辛い思いを、たくさんしてると思うから」

「言われなくても、助ける」

 当たり前のことだ。

「だけど、情報がないんだ。何も。道満の居場所が分からない」

 護堂は、膝の上で拳を固く握った。

 悔しさが滲み出る。焦りと憤りが、どす黒い感情となって表出しそうになる。

「道満の居場所は、あたしも分からない。あたしは、アイツとは距離を取って生活してきたから。けどね。もしかしたら、晶ちゃんの居場所は、分かるかもしれない」

「ほ、本当か!?」

「う、うん。上手くいってくれればだけど。あたしの部屋にある、ノートパソコンがあれば」

「明日香の部屋のノーパソだな!」

 護堂は素早く立ち上がる。反動でイスが倒れたが、気にしなかった。

「ちょっと、護堂。どうするのよ!」

「取ってくる」

「え? はあ!? ちょっと、待って、あたしを連れて行きなさいよ!」

 

 

 

「危なかったわ。本当に」

「すみませんでした」

 土雷神の化身を使って、明日香の部屋からノートパソコンを入手、病室に戻ってくるまでに一分とかからなかった。 

 雷の速度で移動するというのは、伊達ではない。

 護堂が何も考えずに、その場の勢いで土雷神の化身を使おうとしたものだから、明日香は危機感からすばやく護堂に飛び掛った。

 呪力で身体を強化した問答無用のフライングクロスチョップであった。

「まったく、これでも女の子なのよね。許可も得ず部屋に押し入ろうとするなんて」

「申し訳ありません」

 深く、頭を下げる。

「ところで、徳永さん。晶さんの居場所をどうやって掴むんだい?」

 護堂と明日香が二人で話すべきことを話し終えたので、馨たちも病室に入っている。

 すでに、明日香の転生の話は、馨たちにしてある。これは、晶の転生の秘密と大きな関わりがあることだけに、秘密にしておくわけにはいかなかったからである。

「あたしは、あの娘に道満が目を付けていることを知ってから、何かアイツの裏をかく方法はないかと考えていました。まあ、結局いい方法が思いつかなかったんですけど……」

 そう言いながら、明日香はベッドの上でノートパソコンを立ち上げる。

 立ち上がるのを待つ間に、馨がいくつかの質問をして、それに明日香が答えるという簡単な事情聴取が行われた。

「でも、一つだけ。確信したことがあります」

「それは?」

「道満は、科学技術に疎いということです。千年以上前に降臨した呪術の神様なので、呪術に関しては非常に興味を持っているようですが、こうした最新の技術は理解できないようなんです。今回、念話の妨害は念入りにしていたようですが、メールはあっさりと護堂のところに届きましたから、間違いないと思います」

「なるほどね。それは、確かにそうだ。神様が、人類の技術に興味を示す例は少ない」

 馨は神妙な顔つきで頷いた。

 護堂も分かる気がする。

 多くの神々は、前時代的だ。その神話や歴史が、数百年から数千年と古いこともあり、彼らは人類の進歩から一歩も二歩も遅れた知識を基に行動する。アテナのように、建造物すら自然を破壊するものとして、嫌悪の対象と見る神までいるくらいだ。

「呪力は遮断しても、電波は遮断しなかったか。迂闊と言えば迂闊だけど、神様の性質上仕方ないのかな」

「はい。それで、あたしはそれを逆手に取ることにしました。趣味のプログラミングで、こういうのを作りました」

 明日香がノートパソコンの画面を見せる。

 それは、日本地図。マップアプリのようなものだ。

「世間に出回っているものを、流用しただけですけどね。要するに、GPSです」

「なるほど。道満は機械に疎いから、GPSでなら追えるということですね」

 冬馬が身を乗り出すように確認した。

 彼にとっては、姪の一大事である。少々取り乱しているところはある。

 明日香はキーを叩きながら、頷く。

「でも、いつ仕掛けたんだ? 大分前からか?」

「うん。あの娘、痴漢撃退用の呪具を持ってたでしょ。あそこに仕込んでたの」

「な、あ、あれに!?」

 晶が持つ痴漢撃退用の呪具とは、痴漢バスターMKⅡセカンドというクリップのような形をした物体のことである。

 痴漢に対して自動的に迎撃行動を行い、相手の指の骨を折らんばかりに噛み付くという代物だ。

 晶は、これを、正史編纂委員会に属する女性呪術師から渡されたといっていたが。

「あれ、あたしの仕込みなの。電車の中のこともそう。怖い思いをさせちゃったけど、あの呪具の有用性と痴漢の不快感を知れば、きっと肌身離さず持ち歩いてくれると思って」

「晶を痴漢に巻き込んだ?」

「そう。余罪がある連中に、簡単な暗示をかけた。狙うなら、晶ちゃんを狙うようにって」

 唖然とする。

 痴漢をするように暗示をかけるなど、最悪の行いである。とはいえ、相手はすでに集団で痴漢を繰り返す常習犯のグループだった。放っておいても、新たな被害者を生むだけだっただろうから、検挙に繋がったと判断すべきだろうか。

 だが、そのおかげで晶は、常に明日香のパソコンに信号を送り続けるようになった。

「これで、よし」

 明日香が軽快にEnterキーを叩く。

 晶が持つ発信機から送られた電波を受信すれば、その位置が特定できる。

 画面を覗き込む。

「何もでねえじゃん」

 画面は相変わらずの日本地図。赤い点が示されるはずだが、それもない。

「むう。きっと、電波の届かない場所にいるのよ。建物の中とか、深海とか、地下とかね。ちょっと待ってて」

 明日香はさらにキーを叩く。

 すると、画面に赤い点が表示された。

 東京都内。それから、点が増えていく。

「これは?」

「晶ちゃんの現在地を時間ごとに追いかけてるのよ。かなり細かく、追跡できるようにしてあるわ」

 赤い点が、移動を始める。

 東京から、山梨、岐阜、京都と点が連なっていく。神速とまではいかないものの、かなりの速度で移動していることが分かる。飛行機よりは、速い。近畿を通り抜けたところで、明日香はさらに地図を拡大し、時間を細分化して、より細かく表示する。そして、最後に表示されたのは、

「島根か」

「これ、出雲です」

 赤い点が消失したのは、出雲の近辺だった。

「道満は、晶ちゃんのことをクシナダヒメと呼んでいました」

「ははあ、なるほど。しかも、従属神に牛頭天王までいる。そういうことですか」

 馨はそれだけで、大体のことを理解したようだった。

「ちなみに、他に情報はありますか?」

「そうですね。えーと……たしか、星辰が関係するとか。あと、巫女がどうとか言っていたかと」

 どういうことだろうか。

 護堂は首を捻る。

 聞くところによれば、大魔術を使う際には星の並びを考慮するべきだというが。それで、特定できるものだろうか。

「すると、もうすでに巫女を確保していることになりますね。その辺りも確認を取る必要がある」

「どういうことですか? 沙耶宮さん」

「やはり、かなりまずいことになっているようです。蘆屋道満が、どのように封印を破り神になるのか、その方法が見えました」

「本当ですか!?」

「ええ、間違いないと思います」

 馨は、持ち前の頭脳と、呪術の知識を動員して考えられる可能性を整理している。

 キーワードは、『牛頭天王』『クシナダヒメ』『星辰』『巫女』。

「晶さんは、きっと触媒です。そして、巫女と星辰。司祭は道満本人が務めるのでしょう」

 星辰は、星の並び。それに、巫女と司祭。触媒を配置。

 それが、どうにも記憶に引っかかる。

 以前、聞いたことがあるような。

「まさか……!」

 護堂よりも先に、祐理が息を呑んだ。

 口元に手を当てて、青ざめた顔をする。

「そう。おそらく、道満の言う儀式は、『まつろわぬ神』の招来だ。狙いは、ほぼ間違いなくヤマタノオロチだろうね」

 『まつろわぬ神』を招来する儀式。

 極めて高度で危険な儀式だ。

 四年前、祐理がヴォバン侯爵に攫われて、無理矢理その儀式に参加させられたことがある。その際、巫力の弱い魔女や巫女は、発狂してしまったという。

 そういえば、ヴォバン侯爵が祐理を狙って日本を訪れたのも、近く星辰が調うからではなかったか。

「ッ……そうか。それで牛頭天王か。牛頭天王はスサノオと習合しているから、ヤマタノオロチを相手にすれば、《鋼》の性が刺激されて力を強められる。従属神が強くなれば、その主も力を増すから」

「いけません。このままでは、晶さんが!」

 危険性を知る祐理が、悲鳴のような声を出す。

「草薙さん。出雲には僕が通達を出します。すぐに向かってください! あそこは、ヤマタノオロチに最も縁がある土地。そこで間違いありません!」

「よろしくお願いします!」

 折り良く、雨が降ってきた。

 窓を叩く雨は、非常に激しい。

 伏雷神の化身が使える。

 護堂は、窓から外に飛び出し、雷光となって風雨の中に飛び立った。

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

 儀式は穢れを流すことから始まる。

 流水を以て身体を清める行為。

 世界各地にそういった宗教行為があり、沐浴と訳されることが多い。日本では、仏教の温浴が俗化して入浴の文化に繋がったとされる。

 沐浴を、神道では特に禊という。

 地下牢に現れたのは、二体の鬼だった。牛頭鬼と馬頭鬼。地獄の獄卒として有名な鬼であるが、これは道満の式神だろう。

 晶は、白装束の湯着に着替えさせられた。そして、引きずられるように連れて行かれたのは、洞窟の中にある、地下水が溜まったような場所だった。

 そのまま、突き飛ばされるように、泉に投げ込まれた。

 真冬の地下水は、身体を引き千切らんばかりの冷たさだった。心臓が止まらなかったのが、不思議なくらい。

 凍りつく。心すらも。何も感じない。感じることは、止めた。このまま水底に沈んで消えることができたらいいのに。

 晶がこの洞窟に連れてこられたのは、五年前だそうだ。

 正確な年月は、覚えていない。

 きっと、本当の高橋晶は最初の数日で壊れてしまったに違いない。

 教育の名を冠した魂への干渉は、幼い晶の身体を徹底的に陵辱することで為された。

 恐怖を忘れ、痛みを忘れ、死にながら生き返り、ただひたすらに快楽に漬け込まれる日々の中で、晶という少女は自我すらも忘れ去り、五年という月日をかけてじっくりと魂に手を加えられた上で、新たな肉体を与えられた――――らしい。

 けれど、そんなことは、もはやどうでもいいことだ。

 すでに、晶には守るべきものがない。

 そんなものは、初めから奪い取られていた。

 身体も記憶も心も、何もかも価値がない。

 人形。正しい。人の形をしているだけの、肉の塊に過ぎないのだ。

 想い人の敵の手によって作られた身体。

 汚され、あらゆる快楽を教え込まれた魂。

 そして、これから、生贄として儀式の中核を為す。

 すべて、敵の思うままに。

 護堂の敵を利するためだけに、存在した命だった。

 

 

 禊では、この穢れは雪げない。

 どんなに呪術的に清らかであっても、記憶に刻まれた忌まわしい事実が消えるわけではない。

 

 

 引き上げられて、また別の部屋に連れて行かれる。

 濡れたまま連れてこられた部屋は、四方に松明が焚かれていてぼんやりと明るい。ここが、彼らの言う儀式場なのだろうか。

 吐息は白く、濁った空気は剣のように鋭い。

 濡れた身体からは体温が失われていき、寒さに息が止まりそうになる。

 背後の壁に、少女が埋め込まれていた。

 見覚えのある顔。

 変わり果てた、神祖の姿。今の自分と大差ない。

 晶の心は暗い暗い闇の奥底に沈む。

 光を失くした瞳は茫洋と虚空を見つめている。

 抵抗する気力も、体力も晶には残されていなかった。

 初めから、護堂の傍にいる資格などなかったのだ。

 ああ、それでも。

 最期にもう一度だけ、顔を見たかった。

 晶の瞳から、一滴の涙が流れた。

「さて、時間じゃ」

 道満が、晶の傍らに立つ。

 どす黒い呪力を、身体中から発散させる。

「う、ぐぅ……」

 苦悶の声が擦り切れた喉から漏れた。

 晶の身体から呪力が抜け落ちていく。

「神話をなぞるぞ。クシナダヒメはここにある! さあ、まつろわぬ蛇よ! 降臨せよ!」

 道満の声が洞窟に響き渡り、床に描かれた大きな魔法陣が輝きだす。呪力は吹き荒れる嵐となって松明を蹴散らし、白銀の光が暗闇を払う。

 日本神話最強にして最大の竜蛇の神格を招来する。

 そのために、魔王の存在は必要だった。

 斉天大聖孫悟空は、日本国内の《蛇》を駆逐する役割を担っていた。道満にとっては目の上の瘤であった。それが倒されたと思ったら、海を渡って最源流の《鋼》の一柱が渡ってきた。結果、ここまで動き出すのが遅れてしまった。

 それでも、招来の儀に相応しい星辰には間に合った。

「きあああああああああああああああああああああッ!!」

 アーシェラが白目を剥いて奇声を発する。

 道満によって、強制的に生かされていた神祖は、地上のあらゆる巫女を上回る巫力を持つ。危険を冒して万里谷祐理と他の媛巫女を確保するよりもよっぽど確実性があり、安全だった。

 アーシェラの巫力が限界まで引き出され、儀式が大詰めに入る。

「あ……ぐあ……うぎあ、あぁあああああああああああッ」

 身体が砕ける。

 痛みを通り越した苦痛が、晶の身体を駆け抜ける。

 右も左も分からない中で、ただ晶は叫び続ける。

 ミシミシと、骨が軋む。

 身体の内側が、熱い。

 晶を構成する要素に罅が入っている。

 痛くて、苦しくて、寒くて、辛い。言葉にならない苦痛が身体を這いずり回る。焼けた刃で斬り付けられたかのような痛み。焼き鏝を押し付けられたかのような灼熱。全身の骨という骨が砕かれたかのような、地獄。

 やがて、光が一際明るく輝いて、

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 大山を鳴動させる雄叫びが、世界を駆け巡る。

 

 




ウソ予告

ヤマタノオロチを取り込んだ晶は、最強最悪の蛇神となって東京を襲う。
「牛頭天王? 蘆屋道満? ああ、いましたねぇ、そんなの。あんまり搾り取れなかったし、美味しくもなかったなぁ……」
 くすくす笑ってゴーゴー。
「あははッ。あのメスなら芋虫の相手をしてますよ。だぁいじょうぶですって。死ぬほど気持ちよくなれますけど、絶対に死なせてくれませんから☆ わたしが保証します」
 闇を引きつれ、
「先輩、ダメじゃないですか。獣姦は犯罪ですよ。そのメス犬。さっさと屠殺しないと」
 狂気を振り撒き、
「あまのむらくも? なんですこれ、キャハッ。なまくらー♪ 食べていい?」
 神剣すらも歯が立たず、
「ハーレムエンドは許しません。だから、他の女も要りません。先輩。わたしだけを見てください。わたしだけを可愛がってください」
 秩序を砕き、命を溶かす。
「ああ、でも先輩の頭の中にも女神様がいるんでした。大変。綺麗にしないと」
 狂乱に狂う魔物は東京を恐怖のどん底に叩き落す。
「でも、困ったなぁ。……先輩って、どこの誰だっけ」
 血の海の中に、一人で佇む。
 かつてない強敵に、護堂はどのように立ち向かう!?

 

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