慧音は、ルーミアの話を始めた。
「チルノ、ミスティア、リグル、そしてルーミア。
この4匹はよく、生徒たちの学び舎に遊びに来ていました。
窓から覗いてはチルノが授業中に、私や生徒に変顔をしたり、鬼ごっこをしたり。
放課後に生徒と、その4匹の遊ぶ光景は、私の中である種の日常となっていたんです」
魔理沙が言っていた、妖怪に良識があるということはこのことだろうか。
この教師自身についての興味も尽きないが、今はルーミアと教師についての関係について、話を聞く。
「少し前、一週間前ぐらいの事です。
その日も妖怪たちが学び舎に遊びに来たんです。
だけどいつもの4匹ではなく、3匹だけだったんです。
ルーミアを除いた、3妖怪」
「私はチルノ達に、ルーミアはどうしたのか聞いたのですが、彼女達は『寝てるんじゃない?』と。
その時は珍しいなとしか思ってなかったんです。
また明日には来るだろうと、そう思っていました」
視線が落とされる。慧音の顔が俯く。
「しかしその次も、そのまた次の日も、ルーミアが私の学び舎に来ることはありませんでした」
「さすがにおかしいなと思ったんだろう。
もう4日間も来なくてね。
チルノ達は幻想郷全体を探し始めたんです。
いつもは幻想郷をふよふよと浮いているから、誰かルーミアをみているはずと思ったみたいです」
事情が分かってきた。
つまりルーミアは急に行方不明になってしまったのだろう。
そのチルノとやらのグループがルーミアを捜索し始めたのだが、上手くいかなかったのだろう。
ルーミアと私が出会ったのだから。
「『ルーミアがいなくなった』と聞いてから私も心配だったので、授業が終わってから探すのを手伝っていました。
生徒達も心配していましたしね。
私は人里で、3人は色んな場所で聞き込みをしたようですが、結局見つからず……」
「今日は寺子屋が休みだから、皆で手分けして幻想郷中探していたんですが、やはり見つからなくてね。
私は明日の授業の準備があるから、夜はチルノ達だけで探す予定になってたんです」
「だから見つかって本当に良かった。
チルノ達にも伝えないと──」
その時玄関のドアが勢いよく開かれた。
「先生! ルーミア見つかったってほんとか!!」
幼い声が元気よく放たれる。
そして集まってきたのは3人の──独特な羽や触角が生えた少女達だった。
「あ、あぁ。今から君たちを呼びに行こうとしてたんだ」
氷の羽? がついた少女と、緑髪でマントを着たまるで少年のような少女が、布団の上のルーミアに駆け寄った。
鳥のような少女もルーミアの所へ駆け寄った後、慧音の方へ振りかえった。
「途中出会った魔理沙さんにダメ元で聞いてみたら教えてくれたんです!
先生の家にいるって!」
「ルーミア! お前どこ行ってたんだよ、あたいらむちゃくちゃ探したんだぞ! って、寝てるのか?」
「でも無事で良かったぁ~。ほんと何かに巻き込まれちゃったのかと思って……」
家の中が一気に騒がしくなる。
慧音が手をパンパン! と2回叩く。
すると家の中が一気に静かになった。
「お前たち、この人がルーミアを見つけてくださったんだ。ちゃんとお礼を言いなさい」
「ルーミア見つけてくれてありがとな!」
「あ、ありがとう」
「ありがとうございます! 探しても見つからなくて心配だったんです」
3人が同時にそれぞれの言葉で私へお礼を言う。
「私からも、ありがとうございます。
生徒ではないとはいえ、いきなりいなくなったのは私も不安でしたから」
慧音もそう言うと頭を下げる。
「私はたまたま会っただけだ。
だが、あなた達の大事な仲間が見つかって良かった。
ここまでルーミアを連れてきてくれたのは魔理沙であるから、彼女への感謝を推奨する」
実際彼女は私の事も助けてくれた。
優しい人間なのだろう。
しかし思っていた反応は予想とは違うものだった。
「そうなんだ! 魔理沙も結構良いとこあるんだなー。いつもどっかから本盗んだりしてるけど」
そ、そうなのか。
盗みという行為は確か犯罪だと認識していたが。
被害者にはバレていないのだろうか。
「というかここに来れたのも魔理沙のお陰だから、後で鰻でも持っていこうかな」
「うそ! それ私も食べたい!」
「え~どうしようっかな~」
家の中がまた騒がしくなる。
「こら、もう夜だから騒ぐんじゃない!
私は明日の準備があるから、お前たちは早く帰りなさい。
ルーミアは預かっておくから」
「「「はーい」」」
3人が元気よく返事をすると、その後チルノがルーミアに別れの言葉を言った。
「ばいばいルーミア!
慧音、もしルーミアが起きたら、“明日は霊夢の妖怪神社で集合”って伝えといて!」
「あぁ、起きたら伝えておくよ」
慧音に伝言を頼むと、3人は雑談しながら外へ出ていった。
「妖怪神社って、霊夢が聞いたら怒るよ。
せめて貧乏神社でしょ。
ミスティアもそう思うよね?」
「リグル……それが一番怒られると思うわよ」
そうして少女達の声は聞こえなくなった。
他愛もない雑談だったが、3人はとても仲が良いと感じられる。
ルーミアの事も大変心配していたようだ。
きっと4人は親友同士なのだろう。
「ルーミアが見つかって良かったな」
「はい、とりあえず安心はしたのですが……」
慧音に話しかける。
彼女は安心していると思ったのだが、よく見ると少しだけ深刻な表情をしている。
「なにか引っ掛かることがあるのか?」
慧音に尋ねる。
「……ルーミアは見た目は少女ですが、彼女は妖怪です。
それなりの力はあります。
並みの妖怪や人間には手を出せないと思うのです。
ですが、突然の行方不明。
リボンは機能しているはずなのに姿が変わったこと。
そして人を襲っていた。
引っ掛かることはあるんですが……」
慧音は腕を組んで難しい顔をしていたが、膝に手を置いたあと、少し微笑んだ。
「いや、今日は素直に、ルーミアが帰ってきたことを喜ぶことにします。
行くあてがないのなら、今日はここで休んでいってください。
幻想郷に来て疲れたでしょう」
慧音に、この家に泊まっていくことを推奨された。
機体の疲労というものはないが、エネルギーの回復は必要だ。
ここは慧音の申し出を受け入れるべきだろう。
「この世界の金銭は持ってないのだが、良いのか?」
「ふふっ、取るつもりなど元からないですよ。
恩は返すものですから。
今から夜ご飯を作りますね」
慧音は正座から立ち上がると、台所で準備をし始めた。
──その姿を見て、私は懐かしい記憶がこみ上げてきた。
博士の娘、エリン。
彼女はよく私たち機械のために、料理をふるまってくれた。
お世辞にも最初は美味いものではなかったが、経験を積むうちに上達していったのを記憶している。
内気な人間だったが、元気にしているだろうか。
そしてもう1つ思い出した。
私は元々家庭用アンドロイドだった。
私は、ある高層マンションで、3歳の女の子の世話を任されていた。
名前はアイリという。
その女の子の親は二人とも軍の人間で、家に長くいられなかった。
そのため私は娘の面倒を見るために購入されたのだ。
ごく一般の家庭用アンドロイドを。
私はよく、あいりの遊び相手になっていた。
時には料理を作り、共に食べていたこともあった。
プログラミングされた行動ではあったが、あいりとの日々は平和な時間であった。
少なくとも、その時までは。
あいりの6歳の誕生日の次の日、彼女は両親からのプレゼントにもらった人形で、遊んでいた時のことだった。
テロリスト集団、『ニヒル』
突如軍の基地に侵攻してきた彼らは、軍所有の保管していたミサイルをハックすると、無差別に国中へと放った。
私はまだその事を知らなかった。
何かの警報を受信したが、メッセージは解読不能で、外ではなにやら騒ぐ声が聞こえた。
アイリを置いて、何があったのかとベランダから外を見た。
人間や機械が何かから逃げるように走っている。
そして空を見ると、飛翔体がこちらに向かって急速に迫ってきて──
私は急いでリビングにいるアイリのところへ戻ろうとした。
彼女は私を見て笑っている。
私は彼女に手を伸ばした。
その光景を最後に、強い衝撃と破壊で視界が途絶えた。
その手は届かなかった。
それから幾何かの時間が経ち、自動で再起動された。
体の3分の2は瓦礫に潰されていて動かない。
あの子も、私の機体も、平和だった時間も、すべて崩れて瓦礫に潰された。
奇跡的にosの基幹システムは無事で、思考回路は動いていたが、遅かれ早かれエネルギー切れで停止することはわかっていた。
守るべき対象を守れず、私だけが生き残っている。
なにも思考することができなかった。
その後だった。
暗闇の中で朽ちるはずだった私に光が差した。
瓦礫がどかされて外の光が入ってきたのだ。
視界には曇天の空に、白衣の老人が一人。
そうして出会ったのが、アイリの両親の、年の離れた同僚だったという、博士だった。
博士は私を修理しようとした。
当初私は拒んだ。
守るべき存在を守れなかったのに、私だけのうのうと生きることはできない。
捨て置いてくれと。
途切れ途切れの声で私はそう言うと、博士は驚いたが、彼は頑固な人間だった。
なにがなんでもお前を直すと。
どれだけ私が言おうとも、博士はその意志を曲げなかった。
私を彼の家へ持ち帰るために、上半身だけとなった私を背負った。
上半身からはコードが露出し、垂れ下がっている。
博士に背負われながら、灰色でいっぱいの瓦礫の景色を見た。
その時博士に言ったのだ。
直すのならば、戦闘型にしてくれと。
到着したのは、地下にある博士の研究所兼隠れ家の中の、ボロい研究室だった。
戦闘用への改造の時。
私はエネルギー切れの寸前、博士に言った。
戦闘に必要のない機能は無くしてくれと。
エネルギー供給も、食物から取る方式ではなく、直接供給できる、戦闘用と同じ方式にしてくれと言った。
だが博士はそれを無視して私を改造した。
確かに耐久性能、攻撃性能は、前とは比べ物にならないものになっていた。
スキルはその際つけられたものだ。
しかし戦闘に必要のない機能のそのほとんどは、まだ私のosにプログラムされていた。
結局味覚の機能も、エネルギー補給の方法も引き継がれたのだ。
人口皮膚から、太陽光によってエネルギーを生成できるという、謎の機能もつけられた。
博士が発明した機能らしい。
アイという名前はその時に貰った。
最初は全く、その行動が理解できなかった。
なぜ私の願いを聞いてくれなかったのか。
機能が増えればエネルギー消費も増える。
戦闘にとって足かせでしかないものだと思っていた。
だがわかったのだ。
博士は私に復讐を果たさせるために戦闘用にしたのではない。
私が守りたい物を、今度こそ守れるために、私に力を与えてくれた。
私は復讐したいと言ってはなかったが、何処かでその思いに気づかないフリをしてただけだった。
あの時私の手がアイリに届いていたら、彼女を守れたかもしれない。
彼女は今、生きていたかもしれない。
もしもの話をしても、生産性はない。
だが、だからこそ、今度こそ私の大事なものを守ってみせると誓ったのだ。
自分に、そしてあいりに。
それに気づく事に、決して短くない時間をかけてしまったが。
博士達との日々の中で、出来事の中で、それがわかったのだった。
博士の隠れ家には、博士の親戚の娘、エリンと、エリンが飼っているという機械犬のエルも、博士が保護してそこで生活していた。
色々な事があった。
戦争中ではあったが、博士達と共に過ごした時間は、今の私をを作ってくれた。
これらの記憶もまた、障害で隠されていた記憶であった。
思い出せて本当に良かった。
自分自身を見失う訳にはいかないから。
ルーミアを捨て置けなかった、思考と行動の解離のバグは、もしかしたらこの記憶を忘れていたからかも知れない。
体に染み付いている、なんて私にはおかしな話だと思っていたが。
「慧音、私も料理を手伝ってもいいか?」
慧音は料理の用意にとりかかっている。
思い出に浸ってばかりいられない。
料理機能も、改造時に受け継がれた機能だったので、大方手伝う事ができるだろう。
慧音から許可が出たので一緒に料理をした。
白米、味噌汁、サンマに、野菜。
どれも時代相応の質素なものだった。
しかしなぜだろうか。
2人で共に作ったその晩御飯は、どこか懐かしく、とても美味しく感じられたのだった。
アイは外の世界に出るために行動していきます
アイの話はここまでにして、これから東方キャラとの絡みが多くなっていきます