1つは食事。
人間は食べたものを胃で消化し、栄養を得る。
家庭用機械は機体内で食物を燃焼し、エネルギーへと変換させている。
その際に、栄養というものは関係ない。
重要なのは、燃やせるかどうかにある。
それ故、原始的な燃料源である石炭などの方ですら、エネルギー生産効率的は食事よりも上回る。
上がる蒸気が圧倒的にそちらの方が多いからだ。
しかし口内に入れるものが人間の食べ物ではなければ、osが拒否反応を示す。
有事の際には強引に食べることも可能だが、基本許されていない。
独立した私の補助頭脳、osがそれを許さない。
そういう風に家庭用は設計されたのだ。
もう1つは睡眠。
簡単に言えば、システムをスリープさせ、その分の電力を、発電のモーターを回すために使うということ。
いわばモーターを回すことにだけ集中するため、無防備にはなるが、エネルギー供給は食事よりも多く行える。
これにより、機械はより人間に近い生活を送れるようになった。
もっとも戦闘のために作られた、戦闘用は、食事、睡眠がなくとも、活動しながらのエネルギー生産ができる仕組みなのだが。
博士は嫌がって作ってくれなかった。
『エネルギー充電完了。スリープモードを解除します』
osからの信号を受信。
機体の様々な機能の稼働が再開される。
『全システム異常なし。五感システム、モーションシステム、オンライン』
スリープ開始から10時間経過。
ただいまの時刻、午前8時。
朝になった。
窓からは光が漏れている。
私は壁の隅に寄りかかり、左足を伸ばし、右足を曲げていた。
突き出た膝には右腕をのせていた。
家の中には誰もいない。
昨晩、目を覚まさなかったルーミアもここにはいなかった。
布団も仕舞われていた。
静寂。
すぐ横のちゃぶ台に、縦に長く折り畳まれた紙と、鍵があった。
私はちゃぶ台に向かって自然と正座する。
その紙を手にとり広げると、墨で書かれた綺麗な文字が数十行に渡って書かれていた。
慧音からのメッセージだった。
『アイさんへ。
おはようございます。
布団が必要ないと言うものですから、寝心地が悪いんじゃないかと思ったのですが、大丈夫でしたか? 妹紅と寝方が同じで心配になります。
さて、1つお伝えする事があります。
朝、ルーミアが目を覚ましました。
いつも通りのルーミアで特に変なところはないようですが、ここ数日の記憶が思い出せないと言うので博麗神社に連れていきました。
しばらく様子を見るということで、神社預りになったことだけ報告しておきます。
あとついでに聞いておきましたが、霊夢も紫の場所を知らないようです。
それも報告しておきます。
これから寺子屋に行って子供達のところへ行ってきます。
私は家にいませんが合鍵を置いておくので、しばらくは私の家にお泊まり下さい。
香霖堂へ行くのですよね。
最近香霖堂の近くにある“魔法の森”は危険な魔物が多いと聞きます。
用心してください。
早くあなたが外の世界へ戻れるよう、こちらでも色々調べてみます。
上白沢慧音より』
妹紅は慧音の話によく出てきた人物の名だ。
慧音の親友だと聞いた。
それに加えて慧音との晩食の時、外の世界への帰り方について聞いた。
すると彼女から“香霖堂”という店の店主、“森近霖之介”を尋ねることを勧められた。
幻想郷から外の世界に行くには特殊な結界を越えなければいけないらしく、半端な人間や妖怪では、その結界は越えられないらしい。
“八雲紫”という大妖怪ならば、外の世界へ帰らせてくれるらしいのだが、いかんせんどこにいるか慧音は見当もつかないと言っていた。
だが紫と親密な関係にある者ならば何か知っているかもしれない。
慧音はその代表例に博麗霊夢と森近霖之介をあげた。
手紙によると、霊夢は知らないと書いてある。
ならば残された目的地は1つ。
森近霖之介という人物のいる香霖堂だ。
そこへ行き、紫の場所を聞こう。
私はちゃぶ台に慧音の手紙を置くと、家の合鍵を懐にいれて立ち上がった。
帰るべき拠点があると何かと便利だ。
しかしなぜ、慧音はここまで親切にしてくれるのだろう。ルーミアを保護した事に加えて外来人であるからだろうか。
それとも私の事を人間だと思っているから?
そんなことを思考しながら、私は扉を開けた。
確認できる建築物は全て木造。
ほとんどが一軒家。たまに二階建てのもある。
ガスなどのライフラインも通っていないようだ。電柱の1つも見当たらない。まさか埋まってはいないだろう。
慧音の住まう家屋には、昔魔理沙から貰ったという、電力を必要としない光源(原理は不明だがマジックアイテムというらしい)があり、それによって夜も明るくできたが、他の人間の持つ光源はろうそく程度しかないと聞いた。
夜に活動する人間などこの人里には、全くと言っていいほどいないらしい。
人間の忘れ去られた暮らしではあるが。
これはもはや、歴史となった暮らしだと思える程だった。
作務衣や着物を来た人間達がまばらに歩いている。
人口は多くないようだが、一人一人に活力があるように見える。
朝だからか、妖怪に怯えて暮らしているという訳でもなさそうだ。
香霖堂の開店は12時。ここから香霖堂までは1時間程だという。
香霖堂に行く前に人里を回ってみるのが良いだろう。
知識というのは自身の目と耳で得た方が信頼性が高い。
家を出て扉に鍵をかけて、私は特にあてもなく人里内を歩いてみることにした。
話の中で、慧音の、半分人間で半分妖怪だという自白を聞いた。
半人半妖には驚いたが、自分は人間と、人間に友好的な妖怪の味方だと言っていた。
現に私は人間ではないが──私を保護してくれたのだからその言葉は事実だろう。
人間の教師という職業であることもその裏付けとなっているのだと思われる。
それに目的の森近霖之助も、半人半妖という種族のようだが、人間を襲って食ったりはしないということらしい。
慧音の職場である寺子屋を見てみるのも良いかもしれない。
半人半妖である彼女がどのように人間の子供達に教鞭を振るっているのか、個人的にも興味があった。
慧音の家から出た私は、歩道の右沿いを歩いていた。
歩道と言っても自動車の気配はなく、人間しか通ることのない砂利道だ。
横幅の広い道だが、それを2つに割くように、中心には川が流れている。
簡易な柵が川に沿うようにたてられ、丸太を加工したベンチは一定の間隔に設置されている。
人間達の木造の家屋は、この川と一定距離を置いて挟むようにして立ち並んでいた。
この長い川には二ヶ所に橋がかかっていて、そこから向こうへ渡るようだ。
のどかな空気に触れながら、そのまま歩いていると1つ目の橋にたどり着いた。
橋はしっかりした木材と、少々錆びついた鉄で作られている。
劣化が進んでいるが多くの修復の跡が見える。
架けられてからかなりの時間が経っているのだろうが、長く使われていることがわかる。
この橋のような、“年季の入ったもの”を、博士はよく好んでいた。
そういったものが身の回りに、あまりに少ないと嘆いてもいた。
橋の先は大通りとなっていた。
大きな店が立ち並び、人の行き交いが少し多い。
ここが人里の中心部なのだろう。
昼時になればより人が集まると推測する。
橋を渡らずにそのまま川沿いを歩く。
川の水質は良さそうだ。
昇ってきた太陽に照らされ、透き通る輝きを放っていた。
川から視線を移せば、依然として、同じような家屋が立ち並んでいる。
大きな蔵や商店がその中に数軒見られた。
2つ目の橋へ着くのも時間はかからなかった。
同じく年季の入った橋であり、渡って真っ直ぐ、奥の突き当たりには他の店や家よりも明らかに大きな建物があった。
慧音が教師をしている“寺子屋”だ。
『二番目の橋から見える一番奥の大きい建物』と慧音は言っていた。
間違いないだろう。
私は橋を渡って川を越える。
ふと視界にはいったのは、扉の上部にある厳かな木片。
そこには“鈴奈庵”という文字が墨で書かれていた。
何かの商店のようだ。
入り口には、暖簾がかかっている。
この文明レベルの集落に、いったい何が売っているのだろう。
私は、少しの興味をもった。
まだ、時間はある。
探索の一環として、寄り道をしていくのも良いだろう。
鈴奈庵に近づくにつれ、中から男達の話し声が聞こえた。
なかなか大きな声で会話しているようだ。
「そうなんだよ! せっかく仕入れた珍しい衣服だったのに盗みに入られちまってなぁ。
とれんち、こーととかいうやつだっけな?
見るだけで暖かくなりそうな服だったのに残念だぁ。
全く季節外れだけどな!」
「なんだそのヘンテコな名前の服は。もしかして外の世界のやつか? 何でお前がそんなの仕入れられるんだよ。
というか盗まれたんなら早く町奉行の旦那に行かんかい。なんでそんな落ち着いているんだ。この狭い里じゃすぐ犯人は見つかるやろうに」
「いやそれがな──」
そんな会話を聞き流しながら店へ入る。
「あぁ待て待て、お客さんだ。その話はまた後でな」
店の者と思われる男が、カウンター越しに話しかける男を静止する。
話しかけていた男は適当な言葉を伝えると店から出ていった。
「いらっしゃい。
何かお探しのものはありますか?」
黒っぽい着物の男が話しかけてくる。
この店の店主のようだ。
「いや、特には無い。
どんな店なのか少し気になってな」
「おや、初めてのお客さんでしたか。
ここは貸本屋です。文字通り、本を貸す店です。代金は本に応じて違いますので、本の裏をご確認ください」
「そうか、ありがとう」
「ではごゆっくり」
周りは複数の本棚が並び、恐らく本が中に並べられている。
正面をカウンターとして、左右に本棚のスペースがある。
左右で本に違いがあるのかは分からない。
私は右の本棚のスペースへと歩き、無作為に1つの本を手に取った。
うす緑色の表紙。
少し硬めの和紙で作られているようだ。
パラパラとめくると、墨で書かれた文字が縦向きに書かれている。
くずし字だ。『下克上』という題名であることはわかったが、ほとんど読むことはできない。
あまりに不必要と判断された情報はosの中で選別し、消去されるからだ。基準はその時の時代による。
再度ラーニングすれば、すぐに読めるようになるだろう。
……ここでは、私の時代の情報は全く使えないだろうが。
裏表紙を見る。“三日二十文”とかろうじて読めた。
高額か低額かは不明だ。
うす緑の、この古い本を本棚に戻す。
本棚に入れて店を出ようとしたその時、先ほど出ていった男が息を切らせながら店内に戻ってきた。
「本居! 大変だ! 今すぐ来てくれ!!」
顔には恐怖と驚愕の表情。
目は大きく見開かれている。
「どうした、何があったんだ。
お客さんがいるから静かにしてほしいんだが……」
「そんなこと言ってる場合じゃない!」
男はちらっと私を見ると店主に耳打ちをした。
すると店主の顔がみるみると変わっていった。
「それで今は?」
「あぁ、自警団が人払いしているが、これからもっと集まるだろうよ。
中はまだ誰も入ってねぇ。今掃除の奴と坊さんを待ってるとこだ」
「私もこれから行こう。小鈴! 少し早いが店番を頼む!」
「はーい、どこ行くのー?」
カウンターの奥の方から少女の声が投げ掛けられた。
「権兵衛んとこだ! すぐ戻る!」
そういうと息切れをしていた男はまた急いで店を出る。
店主も私に申し訳なさそうに軽く会釈すると、店を出ていった。
人里で何か事件でも起きたのだろうか。
さっきの男達の会話は、小声で話されたため聞こえなかったが、二人の表情はどちらも青かった。
その店主の変わりに、カウンターの奥から丸眼鏡をかけた少女が、何かの本を読みながら椅子に座った。
赤よりは薄い、紅色とそれよりも薄い、薄紅色の市松模様の着物を着ている。
小鈴と呼ばれた少女だろう。私に気がつくと、少女も軽く会釈をした。
「いらっしゃいませ。お父さんは自警団の長なんです。最近は何だか騒がしくて、すいません。お探しの本などあれば、気軽に聞いてくださいね!」
「あぁ。今は特にはない。
随分読書に熱中してるようだが、なんという本を読んでいる?」
二人の後を追っても良いが、彼女が熱心に読むその本に、多少の知的好奇心が出た。
少女は眼鏡をカウンターに置いた。
そしてニコッと笑うと、中のページを私に見せてくれた。
「これは妖怪の著した本、妖魔本です。多分読めないと思うのですけど……」
小鈴が本の中身を見せる。
そこには私の記録のどれにも当てはまらない、謎の言語が記されていた。
「これは、文字なのか? 君はこれが読めるのか?」
「はい! 正真正銘、妖怪が書いた文字です! この文字を見ると、その意味が頭に浮かんでくるんです。今のところ私だけしか読めないみたいですけどね。ここには昔の妖怪の事が書かれていて──」
小鈴の声が止まる。
プツッと切れるように。
顔がガクッと下を向くと、重力に従うように本もカウンターに置かれた。
「……どうした。どこか具合でも悪いのか?」
フリーズしている。頭をこちらに向け、目の前の少女はピクリとも動かない。
「──」
「何か不味いことでもあったか? なら大丈夫だ。君との会話は聞かなかったことにしておくから──」
「お前が人でも妖でもない、キカイっていう奴ですか?」
少女の雰囲気が変わった。
手はぶらんと力なく垂れている。
「なんだ、随分雰囲気が変わったな。それが本性なのか?」
「質問に答えてくれるかい? あなたがキカイという身体が鉄で出来た種族ですか?」
おどろおどろしい雰囲気だ。
まるで中身が変わったかのようだ。
「……キカイとはなんだ? 私は人間だ。そのようなものは知らない」
「あくまで否定するんだ。ハッ! こんだけ“妖力”を放ってるのに普通の人間ならそんな反応はしないですよ。
妖怪でも何らかの反応は示してくれるさ。
私としては驚く声の1つや2つくらいあげてほしいんですけどね」
妖力。
慧音から聞いた。
妖怪の力の源。それを妖怪は気として放つ事が出来るようだ。
妖力か強ければ強いほど、その気は激しい威圧感を放つことになるそうだ。
試しに慧音に気を放ってもらったが、何も感知出来なかった。
あまり自分は妖力が強い方ではないから、そのせいかもしれないと慧音は言っていた。
「君の妖力が弱い、という可能性はないのか?」
「おっ、言ってくれますね! 私の妖力が弱すぎて感知すらできないと。ふふっ、威勢が良いのは嫌いじゃないよ」
疑問のつもりで言ったのだが、明らかに挑発と受け取られてしまったようだ。
「だけど自分の正体を偽るのはあまり良い行為じゃない。博麗のとこの狛犬に言ったじゃないか。『機械人形』だと」
「なぜ、それを」
軽い調子で話す少女。
しかし幾何か、声に鋭さがある。
あの時は状況がわからず、あうんにだけ機械人形だと言ってしまっていたのだ。
私の言葉を無視して、少女は話を続けた。
「それでね、機械人形さん。このボロ家にしか妖力を発してないとはいえ、上にいる私のお母さんがすごく怯えてるみたいだから、手短に話すね」
垂れていた手がゆっくりと動き出す。
少女は両肘をカウンターにつき、両手を組んだ。
その手は目元だけを隠していた。
それはまるで、祈るように。
「“トレンチコートの男”に気をつけろ。お前は大丈夫のようだが、“あいつ”は違うみたいだから。
“あいつ”には決して、“黒鉄の身体”を返してはいけないよ」
声が一層鋭くなった。
見た目相応の雰囲気ではない。
妖力というのも、より強く出ているのだろうか。
それに、黒鉄の身体とは一体なんだ。
私の記録にはそのようなものはない。
「そこらの人間にはわからないだろうけど、お前にはわかるのだろう? あ、トレンチコートの話ね。ごく普通なベージュのものです。黒鉄のやつは、どうせ紫に会いに行くんだろ? ならその時は来る。お前もそれを見たら、きっとわかるさ」
「“トレンチコートの男”を見かけたら、そうだな。不運な事が起きると思っておいて良いですよ。流石は異次元の存在というわけなのか。適応力が速くてびびるね」
「……? なるほど。助言は有り難いが、その助言のためにわざわざ少女の身体を奪ったのか? それを言うだけならば、わざわざ乗っ取る必要はない。口調は乱れ、乗っ取りを隠す気すらないように思える。『正体を偽っている』なんて、私に言えないと思うが」
「手厳しいですね。まぁ私はそういうものだから。方法はお前と同類の奴の手段を真似てるんですけど。キマグレにね」
「私と、同類? どういう意味だ」
「ん? うん。それも時期わかる。それにあのコートは私の唯一の友人に渡すつもりだったんですけどねぇ。
“あいつ”の駒の、スケベ地蔵“だったもの”に取られちまったんです。元々の名前すら忘れられた、力の弱い妖怪だったんですけどね」
ふむ、なにやら遠回しに言うのが好きらしい。
博士が一番嫌いな部類だ。
「あら、もっと話していたいのですが、時間みたいです。母親にこの子が妖怪だと勘違いされても可哀想だしな。ま、いつか妖怪になりそうだが。忠告もしたし行ってください。このままだとあなたが疑われますよ?」
足音が2階から聞こえてくる。
誰かが1階に降りてくるようだ。
「疑われるとは? 私はなにもしていない」
「人間は見たいように見て、信じたいように信じるのです。娘を襲った、人の皮を被った妖怪だと、あらぬ疑いをかけられて人里を動きづらくはなりたくないでしょう?」
「それは、そうだが」
彼女の、いや、彼女に乗り移った誰かの妖力は、母親には伝わっているということか。
彼女は、母親が怯えていると言っていた。
意を決したということか。
「安心しなさいな。お前がこの店を出ればこの子はすぐに解放する。元より長居するつもりもないしね。それに」
彼女はいまだ目を隠している
その口元はニヤリと笑っていた。
「可愛らしく抵抗もしてるみたいだし」
一体何だというのだ。妖怪には、人間を乗っ取る力というのも備わっているのか。
しかし今はこの少女の安全を確保することが先決だ。
周囲に刃物や尖ったものなどはないが、得体のしれない何かが、身体を操って少女を傷つけることはあってはならない。
「私が行けば、解放するんだな」
「あぁ。まぁ、どちらでも、お好きに? 選択は自由さ。後悔は伴うかもしれないがな」
「……」
私は少女を見つめながら、店の出入口へ後ろ向きに下がる。
暖簾のすぐ近くまで来たときだった。
「あ、そうそう。私ってある呪いで、宿主の身体の一部が真っ黒に変色するんです。
持ち主に返したら大方元通りになっちゃうんですけどね。まぁ少し違和感は感じるかもしれないですが」
急によくわからないことを言い出してきた。
行けと言ったら呼び止めて、なにをしたいのだろうか。
「……何が言いたい?」
「そうそれで、私がお邪魔してる、この身体なんですけど」
祈るように顔を支えていた両手が、ゆっくりとカウンターの上に置かれる。
『参考までに聞きたいんだが、一体どこが黒くなっているか、教えてくれないか?』
そして隠されていた少女の顔があらわになった。
「……!」
「やっと驚いたような顔になりましたか? まぁ見えないから分かんないけどね。この身体は外れだった」
先ほどの可愛らしく微笑む少女の顔。
しかし目だけは、何物も吸い込むような漆黒に染まっていた。
「はじめまして。わたし、そう、この“わたし”は逢鳥 梢(おうとり こずえ)。では後程ね。」
『幸か不幸か、お前とは長い付キ合イになりそうだ。な、そう思うでしょ?』
その語りかけは、まるで虚空に話しかけるようだった。