人間……? アンドロイド……?
両手をあげながら振り向いた先には1人の少女がいた。
警戒と困惑の入り交じった視線を私に送るが、私も同じ行動をとることになろうとは夢にも思わなかった。
犬のような耳と尾が生えた1人の少女に私は最大限困惑した。
裸体の女が恥ずかしげもなく立ち尽くしているのに戸惑いを隠せない少女の気持ちもわかるが。
私の場合人間に寄せた作りをしているから、スキンも人間とほとんど変わりないものが使われている。
それがかえってめんどくさいことになってしまったようで、お互いがその容姿に困惑するといういかにも奇妙な事態が起こっていた。
目の前の少女については、特殊性癖をもつ科学者かなにかが作り出したアンドロイドかと思ったが、センサーによるスキャンではアンドロイドであるという反応はなかった。
人間……であるのだろうか?
昔、玩具の動物の耳を頭部につけ、奉仕していた人間がいたらしい。
時代の流れと共に衰退していったと聞くが、現在、周りにはどれも人間達の事情で消滅はずのものばかりが何故か存在している。
もしかしたらこの少女の耳も装着されたものなのかもしれない。
新たな未知である目の前の少女を見つめながらそんなことを思考していた。
するとその犬のような少女の顔が、私に向けていた怪訝な顔から急にハッとした顔になると、興奮まじりにこんなことを訪ねてきた。
「もしかして、あなた“衣狩り”に襲われた人ですか!?」
きぬがり? ついに学習記録にない言葉が出てきてしまった。
少女にその言葉を聞こうとしたが、私が声を発するよりも先に話を進められてしまう。
「いけない……被害に遭われた人達のための服、この辺りは出てないからってけーねさんに返したんだった……どうしよう……」
目の前であたふたし始める犬の少女。
よくわからないが私は何かの被害を受けた者と思われているようだ。
「あっ、そうだ!
神社のなかになら霊夢さんの古着とか適当な服があるかもしれないわ!」
そう言うとふさふさそうな尾をブンブンと回しながら、犬の少女は踵を返し神社の方へ少し走ると、また振り返った。
「あなたに適当な服をあげるからついてきて!
いくら暖かい季節だからってそのまま外にいたら風邪引いちゃうわ!」
そう言うと犬の少女は神社の方へと走っていった。
その姿を認めると、私は軽くあげていた両手を下ろした。
先ほどとはうってかわって、少女の声に敵意は感じられず、むしろ知らぬ相手であるのに衣服を用意してくれるらしい。
もう少し私を警戒するべきでは……とは思ったが、とにかく今はあの少女についていくのが賢明だろう。
そう考え、私はしっぽを揺らしながらとことこと走る少女の背中を追うことにした。
osの学習記録によれば、賽銭と書かれた箱に、神社特有の大きな鈴が釣り下がっている所は『拝殿』といい、その奥の、神が祀られている場所は『本殿』というそうだ。
本殿の横側の『縁側』と呼ばれるベランダのような場所に案内された。ここから本殿にあがるようだ。
「履き物までとられたみたいだね。
縁側を汚すと後でこの神社の巫女さんにヤバイぐらい叱られるから、あなたもこの雑巾で足を拭いてからあがってね」
『巫女』……信仰する神に祈りを捧げる導き手のことだと記録に載っている。やはりそういった宗教的建築物にはある種の導き手が存在するようだ。
自分の足を見ると踏みしめてた土や泥で少し汚れていた。
目の前の座敷をみると少量の埃や、神社を構成している木材の……劣化によるものだろうか、傷つき汚れているように見えるものの、土や泥が、縁側や座敷の床である『畳』というものについていることはなかった。
この神社において中を汚さないことがルールとならば、それに従うべきだろう。
私は犬の少女に渡された古びた雑巾で、汚れた足を軽く拭くと、こっちこっちと言うように、奥の部屋に案内された。
その部屋には、『布団』という人間の寝具が畳まれた状態で部屋の隅に積まれおり、その横には年季の入った木材でできたタンスがぽつんと。
その2つだけがこの空間に存在していた。
この部屋自体そこまで広くはなかったがそれにしても物が少なく、閑静な印象を私に与えた。
犬の少女はその古いタンスの前で正座になり、重そうな引き出しをあけるとごそごそと中を探し始めた。
「ええっと……霊夢さんが長らく使ってないような服あるかな……。
……うわ、ほとんど赤い装束しかないじゃん。
霊夢さん、寝巻きと仕事服以外の服持ってるのかな……
これはちがくて……ええっとこれは……お、ちょうど良さそうなのがあった!」
タンスから畳まれたなにかの衣服を取り出し、後ろにいる私に正座のまま体をひねってそれを渡した。
「紺色の作務衣。色はちょっと地味だけど今はこれで我慢してね。けーねさんの所に行ったら可愛い柄の服あると思うから!」
綺麗に畳まれたその『作務衣』という服を受けとる。
それは確かに質素な色合いだった。
敵からの攻撃を防ぐことは到底出来ないであろう薄い服だが、衣服としての機能は十分に果たすであろう。
これで人間から奇異の目を向けられることはないはずだ。
「しかしいいのか? これはこの神社の巫女とやらが持ち主なのだろう。許可はとってあるのか?」
「う、うん……まあ……大丈夫だと思う……
それすごいタンスの奥の方に入ってたし……」
頬をかきながら左上に目線をそらす少女。
心理学的な観点からそれは嘘の可能性が高いと分析されたが、そこは言及しないことにする。
渡された紺色の作務衣に着替え終わると、そういえば、と言って私に話しかけた。
「私の名前を言ってなかったわね。
私は高麗野あうん。この博麗神社を守護する狛犬だよ!
気軽にあうんと呼んでね!」
高麗野あうんと名乗る少女は自慢するようにその握った右手を自身の胸にポンッと置いた。
……狛犬? 記録では神社の魔よけに使われる獅子のような石像とのことだが……。
「あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「……あぁ、構わない」
名前……名前。
識別番号を答えるべきだろうか。
私はアルファベットと数字の混合された、製造時に登録された識別番号を答えようとしたその時、ふと、いつかの日の“博士”の言葉を思い出した。
『har3659-3。お前の名前はそんな鉄屑のようなものじゃない。わしが今からお前に“本当の”名前をつけてやろう』
白い服を着た頑固そうな老いた人間が、私を見据えてニヤリと笑う。
『これからお前は名を聞かれたとき、こう名乗るんじゃ。
いいな、今日からお前の名は────』
「“アイ”。
機械人形の、アイだ」
神社を吹き抜ける優しい風は2人の髪をそっと揺らす。
空はまたいっそうと青く、どこまでも澄み渡っていた。