「に、人形!? 本当に?
てっきり人間かと思ってました……。
いやその、あまりに自然に動いてるように見えるので……」
しかしそれは無理もないことだった。
不気味の谷を越えた時期から、アンドロイドか人間かを外見で判断することは難しくなった。
もちろん細かい動作を見れば機械か生物かの見分けはついてしまうのだが。
「私は機械人形。人間ではない。
だが人間に最大限似るようにつくられた。
『人間かと思った』は誉め言葉だ。
感謝する」
本当はその感想は博士に向けられるべきものだが、今は博士の代わりに礼を述べる。
「そんな、本当に人かと思ったんです。
……立ち話もなんですし、縁側に座っておいてください! 今、お茶を持ってきますね!」
ニコッと笑うと部屋の引き戸を開けて小走りに出ていった。
勝手な散策はできないので白っぽい木材でできた縁側に座った。
神社の回りを囲う、整えられた土の道の先には森林が揺れている。
その待ち時間中、突然、上空から尖った女の声が聞こえてきた。
「さっきから我が物顔で私のお気に入りの場所使ってるけど、あんた誰よ?」
声の方へ顔をあげると、タンスの中に大量にあった服と同じものを着た、なんとも不機嫌そうな少女が、そこらの木より少し高いところで浮かんでいた。
「あ! 霊夢さん! お帰りなさい!
“衣狩り”の手がかり、なにかつかめましたか?」
トレイに2つのお茶を乗せて、あうんが戻ってきた。
「まあ、ほどほどにね。
勝手に私の茶葉を使っているのは今はおいといて、この人は誰? 見ない顔だけど」
霊夢と呼ばれた赤い少女は空から地に足をつけると、ぶっきらぼうな口調で私の顔をまじまじと見た。
「この人はアイさんです!
衣狩りに遭われたようなので保護しました。
これから色々話を聞こうと思ったところなんです」
「ふーん。
あなた、衣狩りに襲われたの?」
「わからない。“衣狩り”についても疑問だがそれよりもまず聞きたいことがある」
紆余曲折あったが、やっと尋ねることができる。この違和感を。
「ここはどこだ? 位置情報が取得できないことに加えて、どうにも実物では見たことのないものがたくさんある。
ここは大規模な研究所かなにかなのか?」
「……え?」
あうんが思わずトレーを落とした。
重力の働きにしたがって、2つの湯呑みも空中を湯を巻き散らしながら落ちていく。
このままでは縁側は濡れて、湯呑みは割れてしまうだろう。
落ちていく湯呑みの軌道を刹那計算した私は、その2つのそれを片方の手の人差し指と中指、薬指と小指で掴まえると、既に撒き散らされた液体も捉えるようにして外へと液体だけを捨てた。
人体を再現した機体の造り上、長くは湯呑みを持つことはできないので遠心力を使い、縁側を汚さないこと、湯呑みを壊さないことに重点をおいたが、それでも少量の茶が縁側に落ちてしまったのと、遠心力のせいでこれまた少量、霊夢の足に熱いお茶がかかってしまった。
「あ゛っづっ!!」
飛び上がるというよりは数回跳ねる感じで悶えていただろうか。
あうんがそれに気づいたときにはもう遅かった。
霊夢から恐ろしく禍禍しいオーラが見え、握った拳は怒りのあまり震えていることに。
「あ~う~ん~~??」
「す、すぐ雑巾持ってきますっ!!!」
あうんはまたどこかの部屋へと行ってしまった。
その姿は恐怖に怯えた子犬そのものだった。
「すまない、出来る限り被害を抑えようとしたのだがあなたにかかってしまった。謝罪する。
あうんにはあまり怒らないであげてほしい」
扇状に液体を撒いてしまったのが直接の被害の原因だ。それにあうんは私の言葉に衝撃を受けたようでもあった。
あうんの不注意があったにせよ、責任は私にも十分にある。
「霊夢でいいよ。別に私もそこまで怒ってないからそんなに気にしてないわ」
……あの状態でさほど怒っていなかったというのか。
やはり人間は難しい。
私は奇妙な形で掴んでいた2つの湯呑みを、落とされたトレイの上にそっと置いた。
「それにしても……なるほどね。どうりで見ない顔だと思った」
霊夢は縁側の濡れていないところに腰かける。
私とは少し離れた位置で、縁側にあげた右足を抱えるようにして俯き加減になった。
「これから言うことは少しショックなことかもしれないけど、真実だから聞いてほしい」
淡白にそう言うと、
霊夢は私の目を見た。
「ここはあなたのいた世界とは別の世界。
外の世界で忘れ去られた物が最後に流れ着く地、“幻想郷”というところなの。
あなたのいうケンキュウジョ? という場所ではないわ」
………………なるほど。
私のいた世界とは異なった別の世界。
そこに私は迷いこんでしまったということか。
「……あら、あんまり驚いてないみたいね」
意外だという顔をする霊夢。
「いや、驚いている。
本当にそんなことがありえるのかとな」
今まで私の世界とは違う“別の世界らしきもの”を観測することには成功していた。いわゆる異世界だ。
しかしその異世界へ渡ることは不可能であるとされた。
数々実験はされてきたがどれも失敗に終わったからだ。
この世界が例の観測された世界かはわからないが、されどここが異世界ならば、一連のエラーにも説明がつく。
問題はここが本当に異世界かということと、元の世界へ戻る方法だ。
「信じられないかもしれないけど本当よ。それに気になってると思うから言うけど、基本的にこの幻想郷から出ることはできないわ」
私の思考を見透かすかのように、聞きたいことを丸々答えられた。
「アイさん、霊夢さん。
まさか外からの人だとは思ってなくて……私の不注意ですみません……。
火傷はしていませんか?」
あうんが恐る恐る戻ってきた。
手にはくたびれた雑巾が握られていた。
「あぁ、私は元々大丈夫だ。こちらもすまなかった。ビックリさせてしまったな」
後ろを振り向いてあうんに言う。
霊夢はなにも言わない。
「いえいえ、そんな謝らないでください……」
あうんはそう言って縁側に膝をつけると、涙目になりながら零れたところを拭きはじめた。
あうんの尻尾は力なく垂れていた。
そこに鋭い声が投げ掛けられる。
「あうん」
「ひっ」
霊夢に呼ばれて、あうんの体がビクッと震え硬直する。
「な、なんでしょうか……?」
恐る恐るあうんはゆっくりと振り向いた。
視線はあうんの方ではなく左上の空へと向いていたが、抱えていた右足を下ろして膝上に手を置く霊夢の姿があった。
「そこでそんな情けない姿を見せられては客人に、というか私に迷惑だわ」
そう言うと膝上に置いた手でポンポンと叩いた。
このサインは──。
「わふっ!」
あうんが素早い動作で霊夢の膝に飛び乗った。
──おすわりだ。人間が犬にしつけるために覚えさせる仕草さ。あうんは霊夢の膝の上で完璧におすわりをしていた。
尻尾はぶんぶんと、元気よく揺れていた。
「このっ! 誰が来て良いって言ったよ!」
ちょこんと座ったあうんの両頬を引っ張る。
さっきのサインはどう考えても「こっち来なさい」のサインに違いないのだが……。
頬を引っ張られたり、押さえつけたりされてるあうん。
当の本人は「んー!」と声にならない声を発している。
大変に満足そうな顔をして。
……犬だ。
完全な犬。
狛犬を、当然私は石像でしか見たことがないからよくわからないが、ただ1つ言えるのは、哺乳類の犬とはあんまり変わらない、ということだった。
こんな光景を見たことがあっただろうか、いや、記録の中では1度もない。
しかしその少女と犬少女の戯れる様子に、私はとても懐かしいなにかを、温かく感じていたのだった。