東方機人伝 ~機械人形と写影の賢者~   作:倫鈴

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第5話[戯れ]下

「寝たのか」

「えぇ、そうみたいね。

 全く、世話のかかるやつなんだから」

 あうんは霊夢の膝を枕にしてすやすやと寝ていた。

 霊夢はうす緑の髪を優しく撫でる。

 あうんの顔は向こうを向いているのでわからなかったが、きっと恍惚な顔をして眠っているだろう。

 霊夢も先ほどとは変わって穏やかな顔をしていた。

「見苦しいところを見せて悪かったわね」

「いや、特に気にしていない。

 その子に大変懐かれているようだな」

「別に長い付き合いじゃないんだけどね。

 異変解決の時にいきなり表れて、『神社の守護をします!』って言ってきたのよ。

 めんどくさいし害も加えないからボコして放置してたけど、いつの間にかこんな犬みたいに……」

 いや、最初から犬だったか、と付け加えた。

 あれこれ言ってはいるが、目の前の少女を大事に思っているのだろう。

 この際目の前の赤い少女に、諸々と聞いてみることにした。

「あうんは自身のことを、『狛犬』と言っていたがそれは本当なのか? 

 私は石像のものしかそれを見たことがないのだが」

 霊夢の視線は完全に警戒を解いている様に見える、犬の少女に向けられていた。

「そうよ。元は狛犬の石像に宿ってた霊。その霊が色々あって実体化したってコイツは言ってわね。

 詳しくは忘れたけど」

 霊。

 科学ではその実在は証明されず、いないものとして判断された。

 妖怪や妖精といったものもそうだ。

 ……神だけは誰も触れることはなかったが。

「では妖怪や妖精といった類いも、この世界にはいるのか」

 そう尋ねると、霊夢は心底うんざりした顔で答えた。

「うん。それはもう、うじゃうじゃと。

 実はあと2匹、居候してる妖怪がいるぐらいよ」

 うじゃうじゃいるのか。ここに来た道のりでは会わなかったが、そこらを歩いてれば待たずとも会えるのだろう。

 そして驚いたのは妖怪が神社に棲み着いているということだ。

「2匹も。

 それは大丈夫なのか? 

 神社に妖怪が棲み着くなんて」

「さあ。

 わからないけど、暴れだしたらボコるだけよ。それでおとなしくなるから」

 ……なかなか過激的な思考だが、相手は妖怪だ。それくらいがちょうど良いのかもしれない。

「さっきも言ったけど、この“幻想郷”は忘れ去られたものが集まる所なの。

 あなたの世界では多分妖怪とか、妖精とか信じられていないでしょう? 

 そういったものがここには多いのよ」

 あうんもその一例だろう。

 しかし私たちの場合は信じられていないというより……。

「いや、存在が科学的に否定された。

 妖怪や妖精はいないと。

 もっとも、神のことを否定すると色々面倒な事が起こるから公にはされなかったが」

 完全否定だ。

 それが発表されたときには当初、大きな話題を呼んだが、時が経つにつれ次第にその事実は社会に溶け込んでいった。

 妖怪、妖怪などの幻想はなくなり、世界は科学による恩恵を存分に受けることになった。

「そんなに外の世界って進んでたの? 

 そんな完璧に否定されたわりには妖怪とかが増えたようには見えないけれど……まあいいわ」

 今度は霊夢が私に質問をしようとした。

「そう、あうんは衣狩りに遭ったって聞いたけど、実際はどうなの……って、あなた衣狩りを知らないんだったか」

 そういえばあうんから何度か聞いた“衣狩り”。

 話を進められたり、事故が起きたりしてその言葉の意味を聞くことがまだできていなかった。

「また説明……面倒だから今回だけよ」

 そういうと霊夢は“衣狩り”について話始めた。

 衣狩りってのは、まあほとんど追い剥ぎと変わらないけど、なんかちょっと変な追い剥ぎなのよ」

 変? 

 変な追い剥ぎとは何だろうか。

 黙って霊夢の話を聞く。

「追い剥ぎってのは脅迫したりして衣服や金品を盗むことよね。

 だけど衣狩りは衣服だけを奪っていくのよ。

 どんだけその人が、お金や珍しいものをたくさん持っていたとしてもね」

 なるほど。

 確かに金品を奪わずに衣服だけを奪っていくのは腑に落ちないところがある。

「服を着ているなら妖怪も対象になるらしく、妖怪だけでも……何体だっけ。7体ぐらいは被害に遭ったと聞いたわ。しかも一番の謎は、人間だけは気絶させるだけで、妖怪は殺してるようなの。妖怪はどれも頭を潰されて死んでいたらしいわ」

 ちなみに人間は、裸のまま放っておかれるようだ。

「普通、激しくなった縄張り争いぐらいでしか、妖怪が妖怪を殺すなんてことはないから、実際よくわからないのよね」

 ふむ。種族で選別もしているのだろうか。

 しかし一点、少し気になることがあった。

「妖怪は別の妖怪を殺すことはあまりないのか?」

 霊夢の口振りから、妖怪が妖怪に手を出すことは珍しいことなのかと推測した。

 すると、

「そうね、血気盛んな知能の低い妖怪は幻想郷にはほとんどいないから、そんな同じ種族なのに同種を殺すなんて、あまり聞いたことがなかったわ」

 と霊夢は答えた。

「そうなのか」

 人間からは衣服だけ、妖怪からは服とさらに命も奪い取るもの。

 それがいま衣狩りと言われる者の現時点でわかっていることだった。

「私は衣狩りに遭ったかどうかはわからない。

 目覚めたときには服がなかったから、判断のしようがない」

「切れ端も落ちてなかった? 

 服を乱暴に破いて奪ってるらしいから、だいたい服の切れ端があとには散らかってるらしいよ」

 目覚めの時の記録をos内で再生するが、辺りは草と木と土だけで、服の切れ端のようなものはなかった。

「あぁ、そのような物はなかった。

 それにここに来た原理も不明だ。

 何かしらが犠牲になるのは仕方がなかったのかもしれない」

「ふーん、あなたの場合、服ってこと?」

「服……はおそらくおまけ程度だろう。

 私は記憶だ。それも、大事なものとの記憶が欠落してしまったんだ」

 博士との記憶、仲間との記憶。

 障害が起こっているのはすべてそのような記憶だけだった。

 それは解決しなくても活動に影響はないが、大事なものを失った喪失感だけはポッカリと残っていた。

「……そう。ま、あなたが衣狩りにあってないのならもう用はないわ」

 霊夢はあうんを抱くようにして立ち上がり、畳まれた寝具の上にあうんを寝かせた。

 それからタンスの中をごそごそと探し始めると、一枚の紙を取り出し、私の前に差し出した。

「この幻想郷の地図よ。昔知り合いから貰ったものだけど、あなたにあげるわ」

「いいのか、もらっても」

「もう覚えてるからいらないのよ。

 ここから人里に行きなさい。

 今あなたがいるところは博麗神社ってとこ。

 階段を下がって、右からね」

 霊夢から地図を受けとると、床に広げて見る。

 そこには数々の地名が載っており、[博麗神社]と書かれた場所から近いところに[人里]という場所が位置していた。

「人里にはなにかあるのか?」

「文字通り、人の里よ。私はこれから忙しくなるからあなたの面倒見れないし、そこに行きなさい。

 人里なら比較的安全だから」

「理解した。恩に着る」

 人間がたくさんいるだけ情報が手にはいる。

 霊夢の言葉を信じてないわけではないが、情報は多いにこしたことはない。

 私は縁側から立ち上がると、あがってきた階段の方へ行くことにした。

 人里へ向かうのだ。

「──その作務衣はあなたにあげるわ。せいぜい、奪われないようにね」

 後ろから聞こえてきた霊夢の忠告に、私は頭を下げ、そして歩き始める。

 “衣狩り”に襲われているようじゃ、この世界では生き抜いていけないのだろう。

 戦闘機能に異常はない。

 道中では警戒レベルをあげておこう。

 目的地は人間の多くが住まう地、人里。

 日は刻々と落ちていき、夕日がアイの顔を照らす。

 幻想郷に迷いこんだ機械人形はこれからどんな出会いを果たすのか。

 ただあるのはしっかりとした足どりだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ、人間じゃないね。良いのかい? あれをほっといて」

 アイを見送った後、神社の中でなにかの身支度をしている霊夢にどこからか声がかけられた。

「そんなことわかってるわよ。だけど妖怪ってわけでも、妖怪になりかけてる人間って訳でもない。なら特にすることはないでしょう、萃香」

「あいつ自身、わざと考えないようにしてたのかもしれないけど、″忘れ去られた″のは彼女の方かもしれないこと、言わなくて良かったの?」

「それとこれとは関係ないわ。それにその事を言ったところで、私は面白くもなんともないわ」

 空気中に拡散していた超低密度の霧がひとところに集まる。

 そうして姿を表したのは、縁側に座って酒を飲む小さな鬼、伊吹萃香だった。

 手には彼女専用の瓢箪が握られている。

「というか、あんたいつからいたの。いつもはこの辺りでダラダラしてるくせに」

「いつでもいるさ。珍しい客が来たものだから、姿を隠していたけどね」

 そういうと、また瓢箪に入った酒をごくごくと飲む。

「今から異変解決かい? 今日また妖怪が2匹やられたそうだよ。人間よりは数はいるからまだいいけど、放っておいたら紫やら別の妖怪やらが黙ってないだろうね。どんなやつか一回会ってみたいものだよ」

「あんたに来られたらもっとめんどくさくなるからやめて。……はぁ、とんだ馬鹿な妖怪もいたものね」

 心底面倒だという風にため息をつく。

 霊夢の手にはお祓い棒が握られていた。

「じゃ、留守番は頼んだわよ」

「ほいほいさー」

 そういうと霊夢はどこかへと飛んでいった。

 後には縁側で足をぶらぶらさせている酒飲みな鬼と、積まれた寝具の上ですやすやと寝ている狛犬の姿が残った。

「それにしても、何て言ってたかなあいつ。

 ええキカ、キカイ、機械人形か。

 これまたややこしいことになりそうだねぇ」

 あうんの茶の出来事を思い出す。

 あんな一瞬の時間にそこまでの判断とその動きが、普通のやつにできるわけがない。

 落ちていく湯呑みを片手で2つもとり、極力縁側に溢さないようにするなんて。

 また瓢箪の口を自身の口へ持っていく。

 もしあいつが強いやつなら、闘ってみたいな。

 赤く染まった日差しのなかで、萃香はひそかに、そんなことを思うのだった。








アイの幻想入りの他にも、なにやら良からぬことが起こっているようです
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