「えっと……恥ずかしいから、あんまり見ないでね……?」
芽衣の部屋に足を踏み入れて、数秒。
若い木の色の家具で統一された整った部屋からは、女の子のみが有することのできる独特な甘い香りがする。その香りが俺の意識の鮮明なところにもはっきりと「女の子の部屋にいる」という事実を刻みつけていて、現実逃避を許さない。
いつもより早く打ち付ける心臓の鼓動も、この緊張を自覚させるには充分な要素だった。
そんな緊張を解すために、俺は一度大きく息を吸い込む。芽衣の、匂いがした。
同じシャンプーを使っているはずなのに、どこからこの匂いの違いは来るんだろう。
いい匂いを感じるってことは生物としての相性がいいってことだと聞くし……俺にとって芽衣は、実は生物としてぴったりの相手なのではないだろうか。
だとすると、俺が彼女を好意的に思うのも必然なのかもしれない。そして逆も然り、である。
だめだ、また緊張してきてしまった。
思考が正常に戻ってくれない。
心を落ち着かせるため、再度彼女の部屋を見渡す。
寝起きであるにもかかわらず、布団はきちんと整頓されていて、床や机の上はさっぱりと片付いている。それでいて、かわいらしく配置されたぬいぐるみたちはここが閑散とした場所でないということを明確に主張している。
ちゃんと、女の子の部屋だった。
「だ、だから、あんまりジロジロ見ないでよ! 恥ずかしいんだからね!」
「す、すまん」
……咎められていたのに、思いっきり解説しながらジロジロ部屋を眺めてしまっていた。
いけないいけない。
部屋をあまり見てはいけないと言われたので、心を入れ替えて、視線を一点に集中させる。
「……じー」
「……部屋を見ちゃダメって言ったからって、私を眺めないでよ! 私を見るのも禁止!」
「じゃあどこを見ればいいんだ!」
……視覚を全否定された。
抗議の声を上げると、さすがに不可能な要求をしてるということに彼女も気づいたんだろう。
顎に指を置いて、しばらく考える。
そして、考えた末に結論を出した。
「……仕方ないから、私を見るのは許す」
「……あ、そっちを取るんだ……」
一部禁止が、解除された。
さて、本人から許可もおりたことだし、芽衣を観察することにしよう。
ピンク色のパジャマ姿のままで紅茶を淹れる彼女の姿は、非常に愛らしい。
童顔で背も低いため、庇護欲を掻き立てられる。
なんというか、食べてしまいたくなるかわいさだ。
と、そこで俺はなにかに気がつく。
この思考こそが今芽衣が陥っている思考なのではないだろうか、という発見だった。
だとすると、やはり彼女は俺のことを異性として好いてくれているのだろうか。
最近では男のことをかわいいと感じる女性が増えているというネットの記事を読んだこともあるし、芽衣がそういう思考に至っても不思議ではない。
「や、やっぱり恥ずかしいから見ないで!」
目をバッテンにして恥ずかしがる芽衣。
耳まで真っ赤にしている彼女は、とても愛らしい。そんな彼女が、俺のことを想っている。
そう思うと、余計に芽衣のことが愛おしく感じられるのはなぜだろう。
「あーあ、見られてたら熱くなってきちゃった。パジャマ脱いじゃおっかなー」
目の前のかわいい生物が、お腹の辺りのやわらかそうな布地に手をかける。
その一挙手一投足が、異様に艶やかだった。
「お兄ちゃん、そんなに見たら変態みたいだよ?」
からかうように言う芽衣。
残念だったな、みたいじゃなくて、お前のお兄ちゃんは変態なんだ。
心の中ではそう思うが、本気で変態だと言われたら凹むのは事実で。
冗談のように軽く笑いながら話す彼女は、やはり気遣いもできてあったかい空気を保てる、素晴らしい人間だと思った。
そして、それこそ愛のある間柄じゃないと冗談を言い合うことなんて出来ないはずで。
それが自然とできる二人の間柄は、決して昨日今日で作られるものじゃないはずだろう。
その事実が、純粋に嬉しかった。
そんなことを考えていると、芽衣は握っていたパジャマの裾を離し。
「ちょっと、着替えてくるから!」
そう言い残して、部屋を出てしまった。
部屋の主なのに。
というか、これから行為が始まるというところで着替えるものなんだろうか。
用意周到な彼女が俺を誘う前にあらかじめお気に入りの下着をつけていないとは考えられないし、なんなんだろう。
まあ、俺は真剣に行為について調べたこともなければ実際に経験する機会もなかった。
創作物で仕入れた知識なんて役に立つはずもないから、そういうものなんだと認識しておこう。
しばらくして部屋に戻ってきた芽衣は、ここ数年存在を見ていなかったワンピースを着ていた。
「久しぶりにその服見たな。かわいい服だったからよく覚えてるけど、まだ着られるんだな」
「うん。汚れてもいい服を着る機会があったらそれで最後にしようと思って。……っていうか待ってお兄ちゃん。私の発育が遅いのはほっといてよ! いまにモデルさんみたいになるんだから!」
右手と抗議の声を上げる芽衣。
ワンピースの隙間からきれいな脇の下が見えていて、とても艶めかしい。おいしそうだ。
「あーあ、もう、お兄ちゃんが変態で困っちゃうな」
そういいながらカーペットに座り直す彼女からは、パンツが丸見えだった。白だ。
「白だ」
「……?」
口に出すと、彼女が俺の視線を辿っていく。
そして、彼女の視線の先が真下へと到達したところで……。
「ど、どこ見てるのお兄ちゃん! えっち! へんたい!」
今度こそちゃんと怒られてしまった。
「もう……まあ、いいや。お兄ちゃん、じゃあここに横になって」
いつになく積極的な芽衣。
ぶっきらぼうに言っているように見えるが、真っ赤に染まった頬と耳はその緊張を絵に書いたようだ。きっと、それだけ俺のことを想ってくれていたんだろう。ただの緊張だけじゃなく、期待や喜びの感情も見え隠れしている。
「……ベッドで、すればいいのか?」
恥ずかしながら今までそういった経験のない俺は、そんなことすらも不確かだ。だけど、こういうことはベッドでする、そのくらいは知っている。ベッド・インなんて言葉があるし、そのくらいは知っていたんだけど……。
「……ベッドだと汚れちゃうじゃん。床でいいの、床で」
芽衣が、そんなことを言ってくる。
基本的に男嫌いの芽衣だって経験はないと思うが、自分から誘う以上調べているはずだから、一般的なことなんだろう。
実際にそういうことをするときは、女子のベッドではしないほうがいいのか。
慣れていないのが、バレてしまった。
少しだけ、恥ずかしい。
ここは素直に、彼女に従うとしよう。
その場で、仰向けに横になる。
「……それじゃ、お兄ちゃん」
芽衣が、俺にまたがって馬乗りになる。
「お兄ちゃん……いただきます」
……ほんとに、一線を超えちゃうんだな。
これまでそういったことに縁が微塵もなかっただけに、実感が湧かない。しかも、兄妹でなんて……。
でも、俺は覚悟を決めた。
だって俺は、目の前の彼女をずっと見てきたんだから。誰よりも、彼女のことを知っているんだから。絶対に彼女との縁が切れることは、ないのだから。
「……ああ、芽衣、来てくれ……」
彼女を、受け入れる。
すると、彼女は段々とワンピース姿のまま身体を俺に近づけてきて……俺の腕を、ノコギリで断ち始めたのだった。