お兄ちゃん、いただきます!   作:雨宮照

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妹の笑顔。

改めて、自分の置かれた現状を見つめ直す。

こうなった以上、俺は今日から左腕のない日々を過ごさなければいけないらしい。

その過酷さを考えると血の気が引いていくようだ。

妹に腕を齧られ、身を捧げている。

その事実は確かに尊いことだと思えるし、快感を得ているのもまた現実だ。

かといって、日常生活で不便が生じるのは考えものである。

身を削って自分の一時の快感や妹の快楽のために尽くせるか、と問われれば素直に首を縦には振れないだろう。

と、そこで再び、芽衣の八重歯が肩のあたりに突き刺さったために注意が痛覚へと引き戻される。

再来する激しい痛みの感覚を脳内から排除するかのように、全力で意識を自分の殻の外へと逸らすべく、考え事をした。

 

やはりこの場合、痛みや苦しみの感情は俺の芽衣への愛情や想いなどと切り離して考えた方がいいらしい。

喧嘩をすることもあったけれど、小さい頃から二人三脚で共に育ってきた妹だ。

友達のように深い絆もあるし、もちろん家族としての特別な思い、それから後輩や子どものようにかわいらしく思っている部分もある。

そんな多くの愛情の行先である妹の行動であっても、ここまでの苦痛がともなうってことは、愛情と痛みはなんら関わりがない要素のようだ。

本人の快楽に関しても同じことが言えるらしい。

気持ちでは彼女に捕食される、その快感に溺れていたいという考えが強いように想える。

しかし、無意識下の自己防衛として、他のことを考えるための力が冴えすぎている。

きっと、これほどまでの痛みを直接意識しては、頭がおかしくなってしまうからだろう。

恐怖と快感の脳領域は同じだと聞いたことがあるが、スリルを快感と捉えるのはきっとそういう事だ。

その理論では恐らく、直接死の危機に瀕している現在の俺の頭にはドーパミンが何リットルも溢れ返っているはずだ。

 

こうして別のことを考えている間にも、意識は何度も途切れている。

圏外との狭間を何度も行ったり来たりしている。

こんな状況に陥ると普段は考えないような思考が生まれるもので、現在俺の脳内には「機械」「人間」「信号」「神」といった、取り留めのない単語が星空のように散って浮かんでいた。

限界になった人間が神に縋るのはいつの時代も普遍的なのだろうか。

俺の脳は既にいくつかの部品を星空に失くしてきてしまったらしい。

さあ、おもしろい。狂い始めたぞ。

後頭部で何かが暴れ始めた。

妹に狂わされるなら狂ってしまえ。

悪魔のような、天使のような。それが表裏一体となった欲望の化身が俺に語りかけている。

全身を取り巻き循環するその誘惑に対して抗う術を、今の俺は微塵も持ち合わせていない。

しかし、手放しの俺はそこまで弱くないらしい。

彼女に狂う覚悟はあったが、彼女のことを真に思えば思うほど、自分を保つことが芽衣の望む俺の姿だと主張する理性が思考に釘を打ち続けた。

いつ理性が白旗を掲げてもおかしくない状況ではあるが、暫くは欲望を殺し続けてくれるんじゃないかと楽観視することに決めた。

 

依然として妹に噛みちぎられること数分間。

ふと、そこで突然痛みが少しだけ和らいだ。

ずっと感じている連続的な痛みは続いているのだが、不定のリズムで刻まれる猛烈な痛みがなりを潜めている。

不思議に思い芽衣のほうを見るが、別に腕を齧るのをやめたわけではないらしい。

むしろ我を忘れたかのように全身をうねらせて腕にしがみつき腕を啄んでいる。

あのかわいらしい小さな口で既にあれだけの量の腕を食っていると思うとそら恐ろしいものがある。

しかし、それならどうして痛みが和らいだのだろうか。

芽衣が痛み止めでも打ってくれたのか、それとも俺の痛覚がお釈迦になったのか。

痛みを和らげるために覚醒した頭をフル回転させて色々なアイデアを出してみるも、ピンと来る答えには辿り着かない。

そこで、改めて芽衣に視線を向けてみる。

頭の先から、段々と下の方へ。

すると、床に伏して血肉を啜る彼女の口元に先程とはなにか違う光景を見た。

俺の腕が、胴体からすっかり離れてしまっているではないか。

「……そういうことか……」

呟いてみるも、芽衣は食事に夢中で気づかない。

光のない瞳ではあるが、小さい頃に動物園に連れていってもらったときにも浮かべていたような素直な笑顔で血肉を貪っている。

それは人間を獣として再認識せざるを得ないと、俺一人の種に対する認識を変えてしまうほどに恐ろしく、インパクトのある光景だった。

それを、俺はやはり、快感と捉える。

人々にとって一度目にすれば忘れられないであろうこの凄惨な光景は、俺にとっても等しく忘れられないものだ。

しかし一般人にとってトラウマになるシーンであるはずのこの光景が、近親間の愛を極限まで募らせた俺にしてみれば、初めてのキスと同程度のものとして、ポジティブな方面で忘れられない一瞬となっているのだった。

 

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