さて、僕の話をしよう。
僕は普通――よりも少し。
そう少しだけ一般よりも落ちこぼれた少年だった。
でも頭は悪くないし、運動だってできないわけじゃない。ただ個性がなかっただけで。
説明すると、この世界には『個性』って呼ばれる不思議なパワーが存在する。
そんなものが出たのはかれこれ数十年も前で、今では人口的に言えば個性持ちがほとんどの超人社会と呼ばれる時代だ。もうこれは、不思議パワーでも特別なものでもなくなっている。
そう。僕らみたいな『無個性』には、そう思えないけど。
こんな社会でも、その『個性』が発現しない人間は一定数存在する。
昔は当たり前だったはずのソレが、今じゃただのマイノリティーだ。
当然個性がない人間は、それだけで今の一般の人たちよりも色眼鏡で見られる。
何をやっても個性持ちに負けて。
どんなことを為しても個性持ちと比べられて。
いい加減うんざりだった。
――そんな惰性の日々に終止符を打ったのが一匹のクモとの出会い。
ある日、幼馴染に連れていかれた廃墟で迷子になった僕の手に、一匹のクモが噛みついた。
趣味としていろいろな生き物の知識がある僕だけど、初めて見る種類のクモだった。
なんだが赤く発光していて、赤と黒のツートーンの手足の長いクモ。
唐突な痛みと驚きに手を払ってクモは追い払ったけど――その日から僕は変わったんだ。
なにに変わったかって?
クモ男に、さ。
手に張り付いたものが離れなくなったり、
壁にそのままよじ登れたり、何なら二本足で歩くこともできる。
異常なまでの視覚、聴覚などの神経系が発達、危険予知までできちゃうスグレモノ。
その時僕はこう思ったんだ。
――これで僕も、ヒーローになれるってね。
それからは研究の毎日だった。
幸いなことに色々な個性のためにも、研究は日々進歩しているし、そういうのを見るのが好きだった僕は、自分で挑戦することは得意だった。
だって今までは挑戦することも許してもらえなったしね。
沢山訓練して、活動するために必要なガジェットを作って、それから何か月か過ぎて――。
季節が春から夏になったころ、僕はようやく変わった。
ただのデクから――スパイダーマンに。
作ったガジェットと、得た力で、それからは町の中でも活躍しまくり。
ひったくりから、猫さがしから、落とし物まで。
後はたまに――。
「キャアアア!」
絹を裂くような悲鳴。聞こえた先にいるのは女性と、それを腕に抱え込む大型の――ヴィランだ。
「近づくんじゃねぇ! この女がどうなってもいいのか!? 頭ねじり取ってやろうか!!!」
「だれか! 助けて! いやぁぁぁあああ!」
その脅しに対して、警察がたじろぎ、迷っている。
警察が動けず、そしてヒーローはここにいない。
じゃあ、誰がやるべきかなんて決まってる。
「やぁ、ゴツゴツ君。君すっごいね、所でそのシャツどこで売ってるの? 何サイズ?」
そう声を掛け、ヴィランの意識がこちらに向くのと同時にウェブシューターから目に向かって糸を射出!
目をつぶされ女性を投げて目を押さえ、投げられた女性が宙に舞う。
「きゃああああああ!!」
「おっとここでスパイダーマン余裕のキャッチ! やぁご婦人、君には特別僕のウェブベッドにご招待。……内緒だけど僕最近これじゃないと寝れないくらいヤミツキ」
しかしそこも見逃さず、僕は女性の落ちる先にクモの巣を用意してキャッチ。
怪我もなさそうだ。
「あ、ありがとうスパイダーマン……」
「え!? 僕の名前知ってるのマジで!? いやー非公認ヒーローなのに困るなぁ。僕のことは内緒でお願い。でもツイッターとインスタとフェイスブックとYouTubeでなら話してもいいよ。あとチャンネル登録とフォロー宜しく」
女性を下ろして警官たちに受け渡す。
警官もなかなか微妙な立場だ。
だって僕は非公認ヒーロー。
個性が文化の一部として認められた昨今、安易な使用や違法的なものが無いように法律もかなり整備されている。ちなみに僕は『無免許でのヒーロー活動』という立派な犯罪を起こしてるけど……人助けだから仕方ないよね。あと口調についてはわざと変えてる。恥ずかしいから人には言わないけど、少しでも僕につながる情報は少ないほうがいいからだ。
そんなわけで、警察の人からは白い目で見られること請け合いだ。
現に目の前の警官はすごい顔でこちらを見ていた。
「スパイダーマン協力感謝する。だが君は無免許ヒーロー。本来は取り締まるべき対象だ」
「知ってるよお巡りさん。えーと、名前は伊藤さんね。でも僕は残念ながら止まらない。助けの声が僕に届く限り、僕は救い続ける」
「……知ってるさ。なんせ俺の娘は君のファンだ。俺は捕まってしまえと思ってるがね。そして残念なことに今日は手錠を忘れてきた。行きなさい」
そういう警官の腰には、しっかりと銀に輝く手錠がついていた。
「ありがとお巡りさん! 今度キミの娘さんにDMで連絡するよ! でもその前に」
ぶちぶちと何かが断裂する音が聞こえる。
それは僕らの後方で、目をふさがれたヴィランが、ついにその拘束を解く音だった。
「お前ええええ!! 許さん! お前だけでもひねりつぶしてやるぅううう!」
「カルシウム足りてる? 僕いい牛乳知ってるんだけど、あのオールマイト印のやつ。CMいいよね。『私の骨に栄養が──きた!』ってやつ。ちゃーんちゃーちゃ」
「しねぇえええええ」
ズドン! 振り下ろされた拳の先から地面が陥没し、舗装された地面がめくりあがる。
その光景にだれもが悲鳴を上げた。
「へへへ……粋がるからこんな目に合うんだザコが」
「いやキミちょっと重すぎ。何食べたらこんなになるの」
「なに!?」
まぁ実際、僕は無傷なわけだけど。
なんたって崩壊したビルをクモの糸で支えられるほどの筋力だ。
こんなパワーにだって、僕は負けない。
「ンぐぐ……せい!!!」
掛け声と共に、僕は拳を起点にその巨体を持ち上げ、そのまま投げ飛ばす。
純粋なパワー型は、それだけがすべてでテクニックに欠ける。
ほら、足場がなくなっただけでこのざま。
こうなったら最後、君はクモの巣にかかったエサと一緒だ。
瞬時にウェブシューターで四肢を拘束し、そのうえでクモの巣でからめとる。
「く、くそぉおおお! はなせぇえええ! 俺は変わるんだ! もう力だけのバカとは言わせねぇ!!!」
「放しません。でも、確かに君のパワーすごかったよ。ナイスガッツだ。でもその力をいいことに活かせたら、もっとずっと良かった」
「……俺の力を、認めてくれるのか?」
どこか呆けたようにつぶやく声に頭をコツンと叩く。
「当たり前さ。見てよ僕の腕、殴られてまだびりびり震えてる。……ちゃんと反省して、怖がらせたことを謝って、全て終わった後、また君に会えるのを楽しみにしてる。その力を、何に生かしたいか。その時は教えてね」
その言葉を最後に、僕はクモの巣から飛び降りてスウィングしながら去っていく。
これが僕の今の生活。
緑谷出久としての日々と、スパイダーマンとしての日々。
やりたいことができて、夢がかなって、何も不満はない。
ただ……一つだけ後悔がある。
急いで僕はスーツを脱ぎ、周りにだれもいないのを確認してから糸を出して窓を開け、自室へと滑り込む。
「やばいやばいやばい」
時間がない! 僕は天井にスーツを張り付け、ベッドにもぐりこんだ。
ちょうどそのタイミングで、ドアがコンコンとノックされ開かれる。
その先にいるのは僕の母さんだった。
「出久? あなた、まだ起きてたの? ……それになんでパンツだけなの?」
「え? あははー、いや眼が冴えちゃって! ほら、最近の健康法っていうか、流行ってるらしいよ!」
後悔してること。
それは僕がスパイダーマンであることを、誰にも話せていないこと。
「……あんまり夜更かししないようにね」
「勿論。母さんもお休み! ……ふぅ、何とかなった」
ウェブで上に張り付けたスパイダースーツを手元に引き寄せ、そのマスクをじっと見つめた。
いつまで僕はこうしてるのだろうか。
結局スーツがなきゃ、臆病なデクのままなのだ。
こんな状態では、仲間や師匠たちに顔向けができない。
そんなときだった、僕のスパイダーセンスが反応し、反射的に窓を見た。
なんだ!? この感覚は!?
初めてだった。思わず身構えるほどの圧。
ベッドから飛び降りて窓を凝視したまま構える。
そして聞こえた。
あの声が。
画面越しでなら幾度も聞いた。
何度も再生して、その憧憬を胸に焼き付けた。
この聴覚が嘘ではないと告げている。
このスパイダーセンスが、その存在を本物と教えてくれる。
「わ〜た〜し〜が〜」
ストン! 足音を極力立てず、しかしその男は威厳を持って立ち上がる。
「夜分遅くに迷惑なので、控えめに──来た!!!」
僕の原初のあこがれ、オールマイトだった。
ありがとうございました。