窓越しに、僕の知るあの笑みを浮かべながら立つオールマイトの姿に、動揺が隠せない。
「何故あなたが……ここに……」
あまりの出来事に呆然とした僕が、うわ言のように漏らす。
「やぁ。ちょっと失礼するよ。何分目立つもんでね」
「あ、ど、どうぞ! 狭い部屋ですが!!!!」
なんで僕上ずってるんだ。
オールマイトは僕の椅子に座り、こちらを見た。
「あー……そうだな。まずはっきり言おうか。君のことは調べさせてもらった。緑谷出久君」
そこから始まるのは、僕の出生からのこれまでの人生の軌跡だ。
「そしてこの中学校に通っていると。ここまでは普通の学生だな」
「えっと……事実そうですが……」
ここまで聞いて、さすがの僕でも嫌な予感を感じざるを得なかった。
「ほう、緑谷少年。君の知ってる普通の学生は、クモの糸で宙を飛び、壁をよじ登ったりするのかい?」
「っ!」
ヤバい。完全にバレてる。
でもしらばっくれるしかない。
僕がこんなところで捕まれば、もう雄英校に行くことなんてできないんだから。
「そ、そんなわけないじゃないですか…。そ、それってスパイダーマンのことですよね? 僕ファンなんです! 彼のことわかったんですか?」
「あぁわかったとも。だってこんなところに彼のコスチュームがあるしね」
「あ゛っ!?」
そういってオールマイトの手に収められているのは、僕のスパイダーコスチューム。
「あ、あはは。やだなぁオールマイト。僕がファンって言ったじゃないですか。これ僕の自作なんですよ」
「そうだったか、それは失礼したね! 緑谷少年。時に君、今の今までずっと部屋にいたのかい?」
「当たり前じゃないですかオールマイト! もうぐっすりここで眠ってましたよ!」
その言葉に、オールマイトがただでさえ深い彫りの笑みを、さらに深めた。
「ン? だとするとおかしいな。実はさっき、街中のほうでヴィラン騒ぎがあってな。その時にスパイダーマンがヴィランに殴られ、丁度このスーツの解れてるのと同じ場所に傷があるそうなんだ。……もしこれが本物のスーツなら、あのヴィランのDNAが出てきてもおかしくないね?」
終わった。早々と負けを悟った僕は地面に崩れ落ちる。
「ごめんなさいオールマイト。僕がスパイダーマンです」
「よし。ま、そんなこと言わなくても君が帰ってくるまでの一連の映像があるからわかってたんだけどね! HAHAHA!」
こういうの一回やってみたかったんだよ、と笑うオールマイトにさらに崩れ落ちた。
「それで僕、この後どうなるんですか」
「……ン~。実刑で言えば、正直殆どないだろう。ただキミの活躍でくいっぱぐれたヒーローたちもいたはずだから、そこからお叱りは覚悟しておけよ?」
「……でもそうしたら、雄英には入れませんよね」
「そうだな。前科扱いにはなる。前科のある生徒が通るとは、思えないだろう」
「ですよね……」
終わった。
僕のヒーローとしての夢が、僕の安易な行動によって。
ただ受け入れないわけにはいかない。
法を破ってまでヒーローになった僕は、バレたときはしっかりと法に則って裁かれようと。
そう決めたはずだ。
諦めた僕は両腕をオールマイトに出した。
「謝って許されることじゃないのはわかっています。本当にごめんなさい。後オールマイト、本当にあなたを尊敬している。僕の分まで、世界を守り続けて」
「……一つ聞くが、なぜ君はそこまでする? 君は中学生だ。もっとやりたいことがあるだろう? 友達と遊んで、とかさ。ヒーローに憧れてやる領分を、とっくに越しているじゃないか」
その言葉に、僕は思わず噴き出した。
確かにそうだ。始まりはそうだった。
「確かに、最初は憧憬でした。ただあなたに憧れた。あなたの様に笑顔をもたらしたかった。でもそうじゃない――そうじゃないんだオールマイト。僕はもう、あなたに憧れるだけじゃない。様々な敵と戦い、たくさんの悪を見た。沢山の仲間を見た。時空の旅も、復讐の灯火も、いくつもの旅路が僕に教えてくれた」
迷いはない。胸にともるこの希望だけは、間違いではないのだから。
正義は僕に問うた。
「それは何を?」
僕は答える。僕の正義をもって。
「人を救う事こそが――僕の使命だ。この先どんなことがあろうと、何が現れようと、僕がいる限り必ず立ち上がる」
「正規のヒーローになれなくても?」
「正義のヒーローには、誰だってなれる」
にらみつけるように、オールマイトを見た。
そのまま、暫く見つめ続ける。
これだけは、絶対に譲れないから。
そしてそのにらみ合いは突如終わりを迎えた。
――オールマイトの吐血によって。
「ガッフ!!!」
「!? お、オールマイトォ!?」
体勢を崩したオールマイトを支え、イスにおろ……す?
なんだこの違和感、どんどんオールマイトが、小さく……?
「Oh……シット! 君のあまりの熱意に制限時間を忘れていた…! まぁいい。君ならいい!」
シュウウ。聞こえる空気が抜けるような音とともに現れたのは、
オールマイトには似ても似つかない、まるで骸骨の様に痩せた男だった。
しかしわかる。
だぼだぼのスーツも、どこか似た髪型なのも。
あなたは…。
「オールマイト……」
「や。緑谷少年、もといスパイダーマン。君が正体を現すのであれば、私もそれに則ろう――これが私なんだ」
そこから聞いた話はどれも衝撃の事実で、あまりにも信じがたいものだった。
これまでの戦いで身体が限界を迎えていること、オールマイトの力が、後天的で、なおかつ譲渡ができるものであること。
懐かしむように、どこか悲しむようにその口から聞かされた物語は、夜の闇に滲んで消えていくようだった。
「そんな……。オールマイト。あなたは大丈夫なんですか? そんな怪我、素人だってわかる! 安静にしていなきゃ…」
「HAHAHA! 耳タコだよ緑谷少年。それでも正義は象徴として輝かねばならない。だから言うだろう? 私が来たってね」
「……」
その覚悟はあまりにも悲壮で、あまりにもヒーロー的だった。
「なぜ僕に教えたんですか? あなたなら僕みたいな子供一人、どうだってできたはずだ」
「キミになら教えてもいいと……いや違うな。教えなければならないと思ったからさ。実は私はね、君を私のーーオールマイトの後継者にしたいと思ってる」
「……はへ?」
僕がオールマイトの後継者?
「後継者って……なんの?」
「勿論、平和の象徴としてのさ」
その言葉に、思わず首を振る。
「無理です! ……僕はオールマイト見たいにはなれない! 今だって誰にも言えずこそこそとヒーローのまねごとをするだけの子供だ! 僕はあなたのようになれない!」
「私みたいになれなくてもいいさ。君は君のようなヒーローであれ。救うんだろ? それに君、これからヒーローになるなんて無茶言うな」
そう言って、オールマイトはケータイを取り出し、僕の眼前に突き付けた。
そこにあるのは……『スパイダーマン署名』?
「これ知ってたかい? 君を正規ヒーローとして登録してもらうための署名活動だってさ。現に10万人が署名してる。実は管理局には君宛のメッセージが数え切れないほど届いてるんだぜ」
「あ、あ、あぁ……」
その中に見た。
今日僕を逃がした、あの警官の名前が一番上にあったのを。
「ヒーローのまねごとだって? 私みたいになれないだって!? 冗談きついぜスパイダーマン!! 君はもう、ヒーローだろう!?」
「僕が、ヒーロー?」
「確かに君はまだ正規のヒーローにはなれない。年齢制限だってある、その為の資格もない。でももうヒーローたる一番の資格を、君は持っている――その心だ」
「誰かを助けたいと、救うことが自分の使命だと! そんなことを胸張って言える人間に私は平和の象徴を託したいんだ」
「……オールマイト」
その思いを真正面から受け止めて、僕は逡巡してから意を決して言葉を紡いだ。
ありがとうございました。