美しさの秘訣はこのリップ、唇に彩りを、ビューティーカラー新発売!
昼過ぎのお茶の間、学校の宿題を四苦八苦しながら書き進めているシャミ子を眺めながら、テレビを見ていた桃の目に入ってきたのは口紅のコマーシャルだった。
「うぐぐ…なぜ数学って公式がいっぱいあるんですか…全部わかりやすくしてくださいよ…1+1は2くらいのやつでぇ」
「口紅かぁ」
「ん?桃どうしました?」
「テレビ、口紅のCMやっててね。そういえばシャミ子って時々お化粧してるよね」
「そうですね。私は昔から体調が悪い時が多かったので、顔色を隠すためにお母さんから少し教えてもらってたんです」
「それは…ゴメン」
「え!?突然なんです!?謝らないでくださいよ!!」
「いや…可愛くなりたいとかそういう安直な理由かと思ったらそんな深刻な内容とは思わなくて…ほんとゴメン…」
「そ、そんな!?気にしないでください!!ほら!今は結構おしゃれで使っているんですよ!」
シャミ子が持ってきたポーチから取り出したのは、数多くの化粧品、どれも大切に使われている形跡がある。
一本の口紅を手に取りフタを取る。ちょっと色が濃い紫に近いリップ、シャミ子にしてはちょっと大人の色目だ。
「意外といっぱい持ってるんだね、高くない?」
「今は500円とか1000円ぐらいで売ってるんです!まぁほとんどお母さんからのおさがりなんですけど」
「へぇ…こんなにいっぱい必要なのかなって思ってさ」
「私はポーチに入れられるくらいにしか持ってませんよ?みかんさんの洗面台、この前見せてもらったらいろいろ置かれてて驚きました」
「服もいっぱい持ってるからね、ん?これ…」
桃が見つけたのはシャネルのロゴの入った口紅、さすがの桃もシャネルがブランド品であることぐらいはわかる。思わぬ高級品に驚きの表情で聞いてしまう。
「シャミ子、これって…」
「あ!それはデパコスの口紅です。お母さんがプレゼントしてくれたんです」
「???でぱこす?」
「あ…桃はわからないですよね…すみません」
「なんか馬鹿にされてる気がする」
「ば、馬鹿になんてしてません!ただやっぱり桃って桃だなって」
「…いいよどうせ私はクソダサだから…」
「あぁ!また桃が闇堕ちフォームに!戻ってくださいぃ!」
桃は自作新フォームの酷評を受けて、ダサい自分を指摘されると闇堕ちフォームに切り替わることが多くなっていた。
あれやこれやと励ましていると、機嫌が治ったのか元の私服に戻っていた。シャネルの口紅を手に取り説明を続ける。
「デパコスってのはワンランク上の化粧品のことです。そうだ、桃はどんな化粧品持ってるんです?」
「みかんが置いてった化粧水が洗面台にある」
「…他には?」
「・・・・・・・・・・」
「え?」
まるで宇宙人をみるような表情で桃を見るシャミ子。
「じょ、冗談ですよね?」
「だって運動したらどうせ落ちるし…」
「えぇ!!?それでなんでこんなフレッシュフェイスに!?」
化粧一つしたことない桃は、ナチュラルメイクどころかずっとすっぴんのままだった事実に驚き、思わず頬に手を伸ばすシャミ子。
その肌は綺麗で、思わず頬ずりしたくなるほどにぴちぴちだ。
「化粧水も使わずにモモのようにピチピチ…卑怯ですよ桃!」
「知らないよ!姉さんもあんまり化粧とかしなかったから…」
「桜さんおおざっぱだから化粧苦手だったそうですね、みかんさんから聞きました」
「そう、だから興味も無かったし必要ないからやってこなかっただけ」
ピタッと手が止まる。
なんだろうとシャミ子を覗き込むと、口をぷくっと膨らませ、不満げな表情を浮かべている。
「も…もったいない!もったいないですよ!」
「え?もったいない?」
「だって桃はこんなに綺麗で可愛い顔をしているのに…お化粧したことないなんて、もったいないです!」
「べ、別に化粧して変わるわけじゃ…」
「変わります!いえ変えて見せます!桃!いまからデパートに行きましょう!」
「え、いまから?もう私修行に行く時間なんだけど…」
「修行は変更です!今から修行を美容に変更です!」
興奮状態のシャミ子を止めるすべはなく、なすがまま、デパートに連れて行かれる桃。
化粧品コーナーは所狭しに商品が置かれ、独特なにおいを鼻に感じながら、様々な色彩が視覚に入り込み、落ち着かない。
「そういえば私と焼肉に行ったとき、ちょっとお化粧してましたけどどうしたんです?」
「あれはみかんにコーディネートしてもらったんだ、なんかいろいろ持ってきてやってくれた」
「珍しい恰好でお化粧もしてると思ったら、そういうことだったんですね…」
店内を一通り巡り、シャミ子の背中についてくる桃。
いろいろと物色していたが、一つのコーナーにたどり着く。
「いろいろ考えたんですけど、やっぱりまずはこれですね!」
「これって…口紅?けど私はあんまりこういうのは…」
「いつもつける必要はないんです。気分を変えるときにつけると意外と楽しいですよ?ほら、これなんてどうです?」
シャミ子が持ってきた口紅は、赤よりは薄いピンク色に近いカラー。
知らぬ間に後ろに付いてきていた従業員に連れられるまま、化粧台に連れていかれる。
リップブラシで丁寧に唇に色をつけられ、ちょっと恥ずかしいが、鏡面に映った自分の姿に思わず目を見開く。
「ふわぁっ!キレイです!!桃!!」
「キレイな色だね、これ」
「そう、これ桃色っていう色の口紅なんです!だから桃に似合うと思って!」
「これだと色が目立たなくて結構好きかな」
「じゃあこれプレゼントします!待っててください!」
「え!?いいよ?シャミ子に悪いよ」
「たまには私にもお返しさせてください!これはそんなに高くないので、行ってきますね!」
シャミ子はバタバタとお会計を済ませに従業員とともにレジへ向かう。戻ってくるまで手持無沙汰で少し売り場を見回す。
「あ…これって」
一本の口紅が売り場の隅に飾られている。先ほどシャミ子の持って行ったカラーとほとんど同じ色の口紅。
そっと手に取り、商品紹介のpopに目を通す。
見覚えのあるその色は、唯一彼女の知っている口紅の色だった。
「お待たせしました…ってあれ?」
お会計を済ましたシャミ子が桃の元に戻ってきたが、そこに桃の姿はない。少しすると後ろから桃がやってくる。
「あれ、どうしたんです桃?」
「なんでもないよ、ちょっとトイレにいってただけ」
「ふーん、買ってきましたよ!どうぞ使ってください!」
紙袋を受け取り、デパートを出る。あたりはすでに暗く、外灯と月明かりで道が照らされている。
「知らない間に夜になっちゃいましたね。晩御飯が待ってます!急いで帰りましょう!」
「シャミ子、ちょっといい?」
「どうしたんです、桃?」
「これ、貰ってほしいんだ」
そういってシャミ子の手のひらに置かれたのは一本の口紅だった。
「え?これって…」
「これ、桜色の口紅なんだ」
シャミ子に手渡し、その手を口紅とともに握りしめる。
「姉が使ってて」
シャミ子の瞳を桃はじっと見つめる。
「シャネルのこの色の口紅だけは使ってたの思い出して」
その瞳は夜の月明かりに照らされ、輝いている。
「『大人になったらあげるね』っていわれて」
すっと一筋の光が目を伝う。
「桃」
伝う光を両手で拭う。
「こんどはファンデーションを買いましょう。その次はマスカラ…桃と私でいつまでもキレイでいましょう?」
「うん…ありがとう」
「それと約束です」
「約束?」
「目を閉じてもらえますか?」
いわれるがまま、目を閉じる。
すっと唇に何かが触れる感覚。
「目を開けてください」
シャミ子の手に持っているのは桜色の口紅、口紅の先が少し削れている。
その口紅を私の手に手渡す。
すっとシャミ子が目を閉じる。
「・・・・・・・」
彼女の意図を汲み取り、すっと彼女の小さな唇に口紅の先を当てる。
お世辞にもキレイには塗れていないが、彼女の唇は桜色に染まる。
おそらく私と同じ色に。
「桃が私の口紅をつけたら私も桃の口紅をつけます。私が桃の口紅をつけたら桃も私の口紅をつけてください」
「…うん、わかった」
「さぁご飯が待ってますよ、帰りましょう」
シャミ子が桃の手を引っ張り、口紅を二人で握りしめ。彼女達はパンダ荘へと帰っていった。
桜色と桃色、色はほとんど一緒だが、それは同じ色ではない。
闇と光、相反する属性は交わらない。
だが二つの色、属性が交わるとき、きっと彼女たちは美しく、そして強い存在になるだろう。
頑張れシャミ子、桃さん可愛く立派な女性になるのだ!!