みなさんに言いたいことがあります。はい。
まずは名乗ります。はい。
俺の名前は「小隅 夕」です。「た」ではありません。「こすみ ゆう」と言います。はい。
性別は男です。はい。そこの男ども、なんで残念そうな顔をしている?
では、言いたいことを勝手に言います。
すうぅぅぅぅぅ…
ぴた。
「隙間には妖精さんが本当に居るんだぜ!
ぶわぁーーーか!」
小隅 夕、25才までの出来事である。
小隅 夕、もとい小隅さんは幼い頃から変わった子どもであった。
隙間に向かって手を振ったりすることが多々あるのだ。
隙間とは物と物の間の空いた空間のこと。大きな物の隙間だったなら分からなくもない。
しかし、小隅さんは明らかに何も(虫などの小動物を除く)入れない隙間に向かって手を振る。
当時幼稚園児であった彼は、
「よーしぇーしゃんがいりゅの!」
と言って両親をよく困らせた。
小学生になってから、外向きには普通に振る舞っていた。それ以降も親しい友人以外にはその話をすることはなかった。
しかし。彼には見えていたのだ。
隙間に潜む「彼ら」のことが。
結論から言うと、小隅さんは気づいた。
自分が見ている「彼ら」は、普通では見えないはずのモノであると。
そして更に、その「彼ら」は妖精などという可愛らしいものでもなかった。
まずは小隅さんがよく体験する隙間に関する事例をあげようではないか。
①棚の下に物が入ってしまった。
小隅さん、屈んで隙間に手を突っ込もうとする。
ぬぅっと手が出てくる。この場合、手には物が握られている。小隅さん、絶叫。
若しくは、よくわからない小さな何かが隙間から物を運んできてくれる。小隅さん曰く、妖精さん。
②襖、若しくはドアが少し開いている。
隙間の闇に目が浮き上がっている。目だけが見える。
小隅さん、無視してすっと閉める。ナニモミテナイヨー。
③机の引き出しに欲しいものが入っている。
小隅さん、手を突っ込んで探す。
不意に、がしっと手を掴まえられる。
小隅さん、絶叫して手を振り払う。引きずり込まれたらヤバかった。
④本を探している。見つからない。
本棚の隙間が光っている。辿っていくと探している本が見つかる。
小隅さん曰く、妖精さんのお手伝い。
⑤ポーチ・カバン等のチャックが少しだけ開いている。
しばらく観察していると静かに手が出てきて、しゃっとチャックを閉める。
恥ずかしいらしい。
これの応用として、砂を吐かせている貝の口が突如閉じられるという迷惑がたまに起こる。
小隅さん曰く、この恥ずかしがりやさん♥キャッ☆
番外・室内の隙間にストーカーが潜んでいる気配がする。つまり、隙間に「生きている人間が潜んでいる」場合がある。普通は警察に助けを求めないといけない。
小隅さんの友人が1度被害に遭い、神聖な隙間を汚すとは!と妙に興奮した小隅さんが対策を講じることがあった。
その対策とは…隙間の前に鏡を置くこと。
結果は成功であった。
現実の隙間に潜んでいるストーカーを、鏡に映った隙間の中にいる小隅さん曰く妖精さんが鏡の中の隙間に持っていった様なのである。
妖精さん、結構えげつないことをする。
だが、ストーカーは犯罪。ダメ、絶対。
次に、なぜ小隅さんはいきなりこのようなことを言い出したのかということだが。
これは簡単な話である。
遥か昔、小隅さんがまだ立って歩けない程に小さな赤ん坊の頃。なんと、彼の両親が1食与えるのを忘れてしまったのだ。何もできない赤ん坊にとって1食でも食事を抜くというとは考えられないこと。死活問題である。
当然、小隅さんは泣いた。寧ろ、哭いた。
その時、たぷんと当時赤ん坊であった小隅さんの前に出されたのは温いミルクが入った哺乳瓶である。
またある時は、家に一人きりの留守番でおやつがなく、泣き出しそうになった彼の目の前に出されたのは1枚の板チョコである。
そう。つまり小隅さんが頻繁に「妖精さん」と言っていたのは、隙間から出てきたモノに餌付けを何回もされてきたからである。
簡単な話である。
というように、小隅さんはこれまでに妖精であったり、妖精?のようなものであったり、明らかに妖精ではないものたちと親交を深めてきた。弱冠小隅さんの中に間違った信仰心が芽生えはじめているのは否めない。
つまり、小隅さんは側に隙間があるかぎりその隙間から自分が見られていると思ってきたわけである。
「彼ら」は自分を見ている、と。
どんな時でも自分を見守っていると。
同時に、隙間へ引きずりこもうと狙っているのだと。
逆の言い方をすれば人も隙間を見ているとも言えるのであろうが、これは当てはまらない。
隙間はあくまで意識しなければ隙間として存在しないのだ。意図をもって作られた空間はただの間隔である。別のものと距離をおくための間隔なのである。
対して隙間には意図も意味もない。ただ漠然としてぽっかりと空間が空いているものが隙間なのだ。
何もない空間だからこそ隙が生まれ、隙間に棲み着く「彼ら」を呼び寄せるのだろう。
しかし、それらは意識して見ることができるものでもない。隙間は数えきれないほど身近にあり、意識しなければ無いにも等しい。
隙間を意識すれば、隙間に棲む「彼ら」を見ることができない。
小隅さんが言う「隙間の妖精さん」とは、なんとも矛盾した存在なのであった。
そして、25才になったばかりの梅雨の時期である。
小隅さんは行方不明になった。
梅雨の時期ではあるがその時は特に降水量が多かった。
三日三晩豪雨が続き、朝刊の週間天気予報にまた雨マークが並ぶのかと誰もが思う、そんな朝に行方不明となっていた小隅さんは大雨の日の、雨が少しだけ小降りとなった朝に発見された。
前日の夜、勤務先から帰宅しようとしてそのまま行方不明となった小隅さん。
Q.小隅さん、貴方は何で行方不明になったのですか?
A.はい。
俺はあの晩、雨が尋常じゃないくらい降っていたので、特に気を付けて車で帰宅したんです。
自宅の近くに借りていた駐車場に車を停めて、家に向かいました。
いつもだったら徒歩3分位の距離なんです。
でも、そのときに限ってマンホールの蓋がずれてたんですよ。多分雨のせいですね。
ちょっと隙間が開いてまして…
ああ、隙間に引きずり込まれたのですね?
半分そうです。
半分、と、言いますと?
はい。
その時、本当に連日大雨だったんですよ。
俺の膝下位まで水が来てるところもあるくらいでした。
でね。いろんな物が流れて来るんですよ。そりゃもういろんな物が。
…パイプが流れて来てたんですよ。
俺の住んでいる所はそこそこ田舎なんで、結構農業やってるとこがあるんです。そこのビニールハウスの骨組みのパイプが流れて来てたんです。
なんでか知らないけれど。
風も強くて、しかもそこは坂になってたんです。家は坂の上、俺は坂の下。
雨水の流れは速い。上から流れて来るパイプ。
避けれませんね。はい。
大怪我確定です。
いや、結局怪我どころじゃなくなったんですけど。
ああ、もうダメだーって思ったとき、急に足が引っ張られたんですよ。えっ?って思ったときにはもうパイプは通過していて。ただ、引っ張ってくれたのが隙間の妖精さんだったのでそのままマンホール行きでした。
はい。水が溢れているマンホールでした。
溺れました。
ぶっちゃけ、苦しかったです。
こうして行方不明になった小隅さん。
翌日の朝、遺体となって発見されたのは近辺の川である。
マンホールに落ちた後、下水道を流され終点の川まで行ってしまった小隅さん。
これにて、25年の人生に幕を閉じたのであった。
めでたし、めでたし。
そして始まる第2の人生。
人生終了のお知らせを受けた小隅さん。
引き続き、第2の人生を送ります。
さあ、今日から貴方は隙間暮らしの仲間です!
という茶番も程々に、小隅さんは隙間に棲む「彼ら」の仲間となった。
小隅さんは「彼ら」のことを度々「妖精さん」と呼んではいたが、今では当の自分が妖精さんである。
隙間での暮らしは意外に便利であった。
なんと、全ての隙間は繋がっていたのである。どこへ行くにも自由自在。そして、自分の存在自体自由である。
気紛れに悪戯をし、気紛れに人助けをし、気紛れに制裁を加え、気紛れに神隠しをする。
これこそ正しく「隙間暮らし」。
やったー!俺、自由!
歓喜に吠える小隅さんであったが、すぐにおとなしくなりいそいそと何かの準備を始めた。
彼は言う。世話になった人たちに、しておきたいことがあるんだ。と。
準備が出来たのか、どこかの隙間へ向かう小隅さん。
向かった先は、自分の棺。
まだ火葬されていない小隅さんの遺体は、未だ自宅にある。
棺の周りには小隅さんの家族を始め、親友たちや職場で特に世話になった、世話をした人たちが揃っていた。
そしてとうとう、最期の。最後の最期の別れがやってきた。
誰もが彼との別れを惜しみながらも、涙を流して列を作る。
そして、最初の1人が彼の死に顔を見ようとしたその時。
棺の隙間から手がにゅっと出てきた。
当然ではあるが、この手は遺体である元小隅さんの手ではない。新小隅さんの手である。
驚いて引く最初の1人。その手はゆっくりと握手を求める。
最初の1人は、ある日小隅さんが言っていた「隙間の妖精さん」のことを思い出す。
恐怖に震える手を出すと、隙間から出された手は意外な程に優しく手を握ってくる。
この握手は、小隅さんの握手だ。
気づいてしまえば、後から後へと涙が溢れ出してくる。
この手は、あの小隅さんの手なのか。
小隅さんは最期の別れとして、親しい人たちに話していた「隙間から」メッセージを贈る。
ある人には借りていたボールペンを。
(貴方の助けはいつでも嬉しかった。ありがとう)
ある人には肩を思い切り叩き。
(笑え笑え。お前の笑顔はいつでも周りを明るくする)
ある人には拳をぶつけ合い。
(最後まで競えなくてごめんな。後は任した)
ある人には居酒屋のクーポンを。
(来週の約束、守れないな。みんなで笑って行ってきてくれや)
ある人たちには日記の仕舞われた引き出しの鍵を。
(今までありがとうございました。俺は幸せでした)
ある年下の人には自室の鍵を。
(じゃあな。あそこにある物、全部おまえにやるよ)
そして最後に
小隅さんは隙間から出した手を大きく振って、さよならを告げた。
なんとも小隅さんらしい最期である。
そして、静かにその手は隙間に戻って行く
ように思われたが、ここは小隅さんである。
親指を上に立ててグッと拳を握り、ゆっくりと隙間に沈んでいくような演出を見せた。
(あいるびーばっく…)
(俺はいつでも隙間に、お前たちの側にいるんだぜ)
最期の最後にやらかしたこれには、その場にいた誰しもが顔を笑顔にさせた。
これにて、小隅さんの人としての人生は幕を閉じた。
ここからは「スキマハンター・小隅さん」の誕生である。
昔から憧れていた正義のヒーローになるチャンスだ!
やりたいようにやっていくぜ!
まずは毎日子どもを見守るだろ?
ストーカーは全て排除しなくては。
机の中からいじめとカンニングを防止するだろ?
パパラッチの鞄から手を出して、恐怖映像にしてやるのもいい。
政治家のポケットからキャラマスコットをチラ出しして笑いの種にしてやろうか。
みなさんに言いたいことがあります。はい。
俺は隙間に棲んでいる「小隅 夕(こすみ ゆう)」です。元人間です。はい。
今では立派な隙間の妖精さんです。はい。
みなさん、聞いてください。
隙間には「妖精さん」が棲んでいるのです。
俺のような正義のヒーロー気取りの「妖精さん」がわんさかいます。
悪いことをしても、悪いことをしなくても。
良いことをしても、良いことをしなくても。
俺たち隙間の妖精はみなさんを見ています。監視しています。
警察より、何より近いところから見ているんですよ。
だって、一番近い隙間は貴方の「心の隙間」でしょう?
俺たちはそこにだって潜んでいます。
じゃね。
最後になるが、我ら「隙間の妖精さん」たちについて補足をしておこう。
我らの歴史はおそらく皆さんが思っているよりも遥かに長い。
日本神話の「天岩戸(あまのいわと)伝説」をご存知であろうか?太陽の神・天照大神(あまてらすおおかみ)が引きこもる話である。
まだ神々がこの地にて生活をしていた時の神話であるが、実はこれらの神話は実際に起きた話である。ただ、昔過ぎて実証出来ないだけだ。
さて、この天岩戸伝説だが、最終的に賑やかな外が気になった太陽神が岩戸の隙間からちらりと顔を出しそこを他の神々が引きずり出すというちからわざで幕を閉じる。
実はこの時、岩戸に引きこもっていたのは太陽神だけではなかった。太陽神以外は見向きもされず、岩戸に引きこもったままであったのだ。
つまり、この残されたものたちが我らの始まりである。
「引きこもり組」というのもなんなので、このまま「妖精さん」と呼んで欲しい。
つまり、我らは神の下っぱというわけである。見向きもされなかったが、下っぱといえども神の端くれなのだ。
そして、小隅さんは本当にいい目、観察力を持っていた。
これまでの話では、人が隙間を覗き込むように言ったかもしれない。実際は何かわいわいやっている人が気になって、我らの方が興味本意に隙間の内側から外であるそちらの様子を覗きこんでいるのである。
小隅さんは覗いている我らの視線に気づいていたのだ。
更にもうひとつ。
小隅さんはなかなかにいい才能を持っていた。我らに好かれるという才能である。
彼の最期はアレではあったが、我らに好かれていた故に死後隙間の住人となったのだ。
小隅さんは今では、立派に「隙間の住人」としてこの国を守る神のひとりとなっているのだ。