ノートの用意はいかがかな?
今日はとてもいい天気。風も穏やかで雲もそこそこ。そんな青空に立つ、一人の天使がおりました。天使はバケツを持って視線を様々な土地へと向けています。
「今日はどこにしようかな」
呟く声はまだ高く、大人になるかならないかくらいのものです。
彼はバケツの天使。名前はつけられていません。
彼の仕事はただひとつ。バケツの中身を地上へ降らせることでした。
生まれた瞬間に神様から贈られたバケツを大事に大事に抱え、彼はバケツの中身を神様にいただきに天国へと翼をはためかせるのです。中身を注いで貰った天使は、それはそれは喜びます。大好きな神様から頂いたお仕事だったのです。
中身が入ったバケツを抱え、天使は地上の空へと舞い戻ります。彼は適当に場所を選んでバケツの中身を振りかけます。天気のように気分屋な彼は、地上のことなど気にもかけずにバケツを空にしていきます。例えば、それが誰かの真上であったとしても、彼は気にもしないのです。
だって、それがバケツを持った天使の仕事だったのですから。
「今日は何を降りかけよう」
中身が入ったバケツを手に、天使は空を飛んでいきます。
バケツの中には、神様からの地上への贈り物が入っています。贈り物の意味も知らずに、天使は空を飛んでいきます。
今日も変わらず青い空。バケツの天使が通ります。
「なんにもなくて、つまんない」
バケツの中には水がたっぷり入っています。天使は山を越えると、一面田畑の広がる農村を見つけました。天使はちょうどいいとばかりに、バケツの中身をばしゃりと撒きました。
「今日のおしごと、これで終わり」
天使はそういうと、バケツの中身を貰うため天国へと飛んでいきました。
はたして、水を撒かれた農村では雨が降ったのです。
そこでは、何日も何日も雨が降らずに田畑は渇れ果てていました。偶然ではありますが、バケツの天使が水を撒いたことで農村に潤いが訪れたのです。
人々は言いました。
「恵みの雨が降り注いだ」
空を仰ぎ、人々は感謝をしましたとさ。
今日は雨が降る風が強い空。バケツの天使が通ります。
バケツの中には水がたっぷり入っています。
「これじゃあ、どこに撒いても変わらないね」
天使はそう言って、真下に向かってバケツをひっくり返しました。大量の水が一気に地上へと落ちていきました。
「早くおうちへ帰ろう」
そう言って天使は天国へと飛んでいきました。
はたして、水が落ちていった地上では大雨が降り注いでいました。
何日も何日も止まない雨が降り注いでいた地上では、留まりきれない水が川やダム、堤防を乗り越えて人々に襲いかかっていたのです。
人々は悲鳴をあげて逃げ惑い、呑み込もうとする水から生き延びようと必死でした。しかし、そこへ天使が大量の水をぶちまけたため、人々の住む町は激流に押し流されてしまったのです。
流される直前、ある人はこう言いました。
「不幸が降り注いだ」
次の一瞬後、もうそこには誰もいませんでした。止まない雨を呪う人も、降り注いだ不幸を嘆く人も、命が消えることに恐怖する人も、そんな人々の住んでいた町も。もう、そこにはありませんでした。
すべては水に流されてしまったのです。
「あんなところに町なんてあったっけ」
数年後には誰かが呟くのでしょう。不幸が降り注いだ雨の日でしたとさ。
今日も変わらず晴れの空。バケツの天使が通ります。
バケツの中にはずっしりぎっしりキャンディたち。赤、青、黄色、緑にオレンジ。色とりどりの丸いキャンディたちが入っています。
「今日はここかぁ」
天使はそう言ってざっかざっかとキャンディを地上へ降らせます。最後の1個は遠くへぽい。
はたして、地上へは甘い雨が降り注いだのです。
地上では毎日毎日懲りもせずに銃を撃って戦争ごっこが続きます。大人たちは躍起になって隣の国の資源を手に入れようと、自国の資源を無駄に使います。食べ物も飲み物も着る物も住む所も、全てを削ってくだらない「戦力」へと変えられていきました。国民は腹を空かせ、子供たちはそんな大人たちを見て育ったため誰も「お腹がすいた」「おかしが食べたい」などと言うこともできませんでした。兵隊さんはこんな戦争を早く終わらせたくて、毎日毎日終わらない戦地へと足を足を運ぶしかありませんでした。国のお偉いさんは「これが正しい」と笑います。
ああ、なんてバカらしい戦争ごっこ。本当は誰も命を脅かしてなどいないのに、自らの欲によって自分の首を絞めているのです。
そんな地上へぽつりと、いえ、こつりとキャンディが降りだしました。
誰もが驚きました。
ある子どもが降ってきたキャンディを口に入れ「あまぁい」と笑顔で言いました。子どもたちは次々とキャンディを口の中へ入れ、甘い甘いと笑顔になります。ある大人がキャンディを口に入れ、初めて口にした甘いキャンディに驚き「あまい」と涙を流しました。
誰もが天使の降らせたキャンディを口に入れ、手を止めて笑いました。
いくら銃を撃っても、我慢をしても手に入れることのできなかったものが、気紛れなバケツの天使によって空から降り注いだのです。
人々は気づくのでしょうか。自分達が欲しかったもののために「戦争ごっこ」は本当に必要であったのか。
銃声の止んだ地上を見下ろしながら天使は呟きます。
「こんなキャンディ一つで争いが終われるんだったら、どれだけ簡単だろうね」
天使は天国へと飛んでいきましたとさ。
かくてあめの日。時に恵みを、時に不幸を、時に飴を降らせるバケツの天使でありました。
今日は何が降るのでしょうか。
明日は何を神様は与えるのでしょうか。
今日も変わらず青い空に白い雲。バケツの天使が通ります。
「ぶぇっくしゅ」
バケツの中からはいい香り。天使には少し鼻をむずむずさせる、花の匂い。今日のバケツにはたくさんの花びらが入っています。
「そーれ。飛んでっちゃえー」
天使は片手でバケツを抱えたまま、花びらを撒き散らしていきます。花びらはひらひらと地上へ降り注いでいきます。それは風に乗り、遠くの方まで飛んでいくものもありました。
「ふんふふーん♪」
天使は鼻歌を歌いながら、機嫌良さげに天国へと飛んでいきました。
はたして、地上のいたるところへ花びらは降り注いだのです。
地上では、まだ夜が明けきれない薄暗い空の時間でした。あるところでは地平線へ、あるところでは水平線へ太陽が顔を覗かせようとしていました。
早起きの人が家の外へ出て来ました。箒を手にしているので掃除をするつもりなのでしょう。そこへひらりと花びらが落ちてきました。なんだろう? 箒を置いて地面を見ると、そこには花びらがぽつりとありました。どこから? ふと上を見ると、空からはまるで雨のように花びらが降ってくるではありませんか。驚いたその人は家の中へ駆け込み、家族を叩き起こしました。隣の家でも同じような声が聞こえます。
次に外へ出て来るときには、彼らの何人かはカメラを手にしているのでしょうか。それとも、籠を持って花びらを集めに出かけるのでしょうか。
ほんの些細で不思議な奇跡が、一日の始まりに降り注いだ朝だったとさ。
地上からは歓喜の声が響き渡ります。
今日は青い空時々もくもく曇りの日。バケツの天使が通ります。
「………………」
珍しく無言の天使が持つバケツから、何やら生臭い臭いと何かが跳ね回るビチビチという音がします。バケツの中には程よい脂が乗ったまだ生きている大ぶりの魚たちが入れられていました。天使は魚の尾をひっ掴み、
「……」
無言で地上へ落としていきました。掴んでは落とし、掴んでは落とし、その作業を淡々と繰り返しました。最後の一匹となったその時、天使と魚の目が合いました。離さないで。そんな声が聞こえた気も、しませんでした。
魚は落ちていきました。
天使は天国へと飛んでいきました。
「…達者でな」
そんな声が羽根越しに聞こえてきたかもしれません。
はたして、魚が降り注いだのです。
なんという生臭い日。
地上では人々が口をぽかんと開いて魚の降ってくる空を見ていました。そして、誰かが包丁を手にしながら叫びました。
「獲物が空からやって来たぞー!」
歓喜の声をあげた人々は 地上へと落ちてきた魚を仕留めて、保冷剤の入った容器へ詰め込んでいきました。売れそうにないものは、そのまま捌かれ皿の上に乗せられたりもしました。美味しそうなお刺身です。
魚が落ちてきたところは、すぐ近くに海がある漁村でした。水は良質、温度も温かい海はたくさんの恩恵を村にもたらしていました。しかし、その年に限って全く魚が捕れないのです。売りに出す魚もない、自分達が食べる魚もない。そんなときに空から魚が降ってきたのです。魚には特に毒もなく、彼らが見知った種類だったため笑顔で出荷されていきました。
漁村に住む人々のお腹と財布は膨らみました。
そんな日が数日続きました。
あるとき、パタリと魚が降ってこなくなりました。
魚も貯蓄もまだたくわえがあったため、人々は不思議に思うこともなく生活していました。その頃には、以前のように海からも大小の魚が捕れるようになっていました。
それから数日後、空から降ってきていた魚だけが捕れるようになりました。
更に数日後、何も捕れなくなりました。まだ、たくわえはありました。きっとまたどうにかなるだろう。人々はそう思っていました。
しかし、それから何日たっても海からも空からも魚はやって来ません。
たくわえは尽きました。
漁村の人々はどうしたのでしょうか。何もしませんでした。
以前と変わることなく毎日海へと出てはぼうずのまま帰ってきます。いつかなんとかなるだろう。いつか空から降ってきたように奇跡が起きるだろう。そう思い、困難な現実から脱出する術を探そうとする努力をしなかったのです。
始めに魚が捕れなくなったのは偶然でした。そういうこともあるでしょう。次に空から魚が降ってきたのは天使の気紛れでした。そういうこともあるでしょう。最後に魚がいなくなったのは偶然と気紛れが招いた結果でした。
もともと海には魚がいたのです。それは一定のバランスが保たれるものでした。そこに天使が魚を降らせたため、降った魚がもともといた魚を全て食べてしまったのです。そして、漁村の人々は降ってきた魚も、海に残った魚も全て捕り尽くしてしまったのです。
村の人々は気づきも考えも知ろうともしません。
今日も漁村の人々は海に出て、残った子どもたちは空を仰いで魚を待ちます。
いずれはみんな、腹を空かせるのでしょう。
3時のおやつが恋しいと、溜め息だけが空にのぼる空の村でしたとさ。
いずれはこの村には、誰もいなくなるのでしょう。それが今日か明日か何十年後かは、彼らの努力次第で変わるのです。
かくて晴れの日。
奇跡と驚きを降らせるには絶好の降らせ日和でございます。
それらが招くものが笑顔か溜め息かは、バケツの天使の知るところではありません。
天使の仕事は「降らせる」ことまでなのですから、降った後のことなどどうでもよいのです。
今日は何が降るのでしょうか。
明日は何を神様は与えるのでしょうか。
今日はどんより曇り空。バケツの天使が通ります。
バケツの中にはたくさんのシャボン玉。勝手にふわふわ飛んでいかないように蓋がされています。
山のように高いビルが建ち並んだ場所へ着くと、天使は蓋をパカッと取りました。
「しーらないっと」
シャボン玉はふわふわ下へ降り落ちていきます。中身がおもいシャボン玉は下へ下へと落ちていきます。
天使は落ちていった下を見向きもせずに天国へと飛んでいきました。
はたして、七色に色彩を変えるシャボン玉が降り注いだのです。その光景は一見美しく幻想的でした。しかし、中に入っているものを聞いた天使には全く美しく見えませんでした。
シャボン玉が降りた地上にはたくさんの人がいました。人々は毎日仕事だ学校だと狭苦しい空間に押し込められて、自分より立場の上の人の意見に「はい、そうですね」と笑って頷く時間を送っていました。誰もが怒られることを、間違いを指摘されることを恐れたのです。
人々の関係は酷くギシギシしていました。心はすり減って渇き、血を流すほどガサガサにささくれ、疲れていました。苛立っていました。自分一人のことで精一杯で、満足にできないことも多々ありました。意見の合わない嫌いな人に対して「ああ、そうだね」と投げやりに返事をしてそれ以上の接触を拒絶するのです。
自分より上の人に対しては頭を下げる。では、自分より弱い下のものに対してはどうなのでしょうか。地に膝をつかせて頭を下げさせ、足で踏みつけるのです。自分がそうさせられたように、自分もまたそうすることを人は繰り返すのです。
もちろん全ての人がそうだとはいいません。しかし、そこに住む大半の人はそうであったのです。高いビルがはえる森に住む生き物達は、かたく冷たいビルで囲まれ森の外に出ることすらできずに生きてきました。森の外の世界にある考え方を受け入れようとは一切してこなかったのです。
自分を理解できない他人はイヤなもの。違うのものはイヤなもの。弱いものはイヤなもの。イヤなものは消してしまわければ。そのような考えだったのです。
そんな町にシャボン玉が降ってきました。なんて綺麗なシャボン玉。そう思った人々は割らないようにそぅっと手で包み込もうとしました。
その瞬間、シャボン玉はパチンと弾けてしまいました。そして、シャボン玉の中からは驚くものが次々と飛び出してきたのです。
アイツが嫌い
アイツはイヤだ
これは違う
これはこうに決まっている
なんでわからない
低レベルだ
辞めろ
違う違う
信じられない
こんな奴よく生きてられる
恥ずかしくないの
シャボン玉の中からは次々と暴言が飛び出してきたのです。それは人々が心の中に沈めていた言葉でした。シャボン玉が次々と弾ける度に暴言は飛び出します。町がその言葉で溢れる頃、もうそこは「社会」として機能はしていませんでした。
暴言に傷つき立ち直れない人はうずくまって動けません。
シャボン玉の中身と同じことを思っていた人たちは笑い出しました。そうか、思っていたことは言葉にして口にしていいものだったのか! そうかそうか、言ってしまえばこんなにも心が軽くなるものなのか!
シャボン玉が全て弾けた後も、町には暴言が響いていました。心に押し込んで溜めることを止めた人たちが、シャボン玉の中身のような言葉を空に吐き出すのです。彼らは、その言葉に傷付いた人たちのことなど省みませんでした。
その町では酷くうるさい音がいつまでも響いています。それはもう、誰かに対して思っていることではありません。ただ、彼らはうるさい音を吐き出したいだけなのです。
耐えきれなくなった人たちは、彼らが知らぬうちに耳を塞いで町から逃げ出していましたとさ。
うるさい音を吐き出す人たちは、もともと耳が聞こえないのですよ。誰かが、そう言っておりました。
かくて曇りの日。
心も空も晴れきれず、雨も降りきれないどんよりと様々なものが溜まっている、そんな天気。
そんな日には、天気をはっきりさせるアイテムを降らせるバケツの天使でありました。
今日は何が降るのでしょうか。
明日は何を神様は与えるのでしょうか。
今日も天使は天国でバケツをいっぱいにし、中身を降らして空にして、そしてまた中身を入れるために天国へ飛んでいくのです。
そんな天使と、バケツの中身が降り注いだ地上を見つめて神様は思うのです。
「今日はバケツの中に何を用意しよう」
今は全く地上を見ようとしないバケツの天使。
いつか天使は大人になったとき、彼は自分が何を振り撒いているのか理解するのでしょうか。
いいえ、その時はきっと来ないでしょう。
もし大人になったとしても、天使は降らすことを止めないのです。だって、バケツの天使は、バケツの中身をまくという仕事を神様からもらっているのですから。それは、神様からの「バケツの天使」への贈り物なのです。天使はきっと、やめることをしません。
今日も空にはバケツの天使。
空から降り注ぐバケツの中身は、まるで雨のよう。
今日は何が降るのでしょうか。
降ったものは、地上に生きる人たちに何をもたらすのでしょうか。
今日も空からバケツの天使。
ざあざあざあざあ
あめがふ
かつて、空の更に上にある天国には神様とたくさんの天使達がいました。
あるとき、一人の天使が神様からバケツとお仕事をもらいました。
「今日からお前はそのバケツの中身を降らせなさい」
「わかりました、神様」
あるとき、一人の天使が神様に尋ねました。
「神様、雨ってなんですか?」
「お前の持っているそのバケツの中身だよ」
あるとき、一人の天使が神様にもう一度尋ねました。
「神様、雨ってなんですか? ボクが持っているバケツの中身が雨なんですか? バケツに入れられたら雨なんですか?」
「バケツの中身をお前が地上へ降らせたら、それはどんなものでも雨になるんだよ」
かくて、今日も雨を降らせる天使でありましたとさ。
彼にとってバケツの中身はなんでもよいのです。バケツの中身を降らせることに意味があるのです。
彼が地上へと降らせれば、それはどんなものであっても「雨」となります。結局、彼にとって雪も霰も雹も霞も霜も雲も雷でさえも降らせればただの「雨」なのです。
今日も地上は雨天気
空から「なにか」が降ってきます
空を仰げば一人の天使
バケツを持っておどってる
天使が通れば雨が降る
降ってみなけりゃバケツの中身はわからない
雨雨降れ降れ、今日も降れ
ラッキー ハッピー アンラッキー
どれが降るかは天気次第
どれが降るかは神次第
雨雨降れ降れ、もっと降れ
バケツの中身よ、もっと降れ
降らせる天使は雨天使
バケツを持った雨天使
さあさあ、地上のみなさん
ご覧あれ
今日も今日とてバケツの天使が通ります
傘のご用意はいかがかな?
明日はきっと、槍の雨が降るでしょう。
終末の準備はいかがかな?