雨が降って、それが大雨だった。公園の遊具の中に身を潜めて、雨が止むのを待った。
雨はどんどん強くなり、膝を抱えて遊具の中で小さくなった。もう、そんな歳ではないのに。
手元には傘などなくて、ただその雨が止むのをひたすら待つしかなかった。
雨は止まない。どんなに待っても空から光が差してこない。
雨が止まない。どんなにどんなに待っても、帰り道を戻ることができない。
そんな夕暮れの時間を、あなたは覚えているだろうか。
たった一人きりで、雨が止むのをひたすら待ったことは、なかっただろうか。
誰かが自分のために雨の中を歩いてくる。そんな気配がしていた。
ざあざあという水音に足音は掻き消され、周りの様子などほとんど見えない。しかし、うっすらと影が見える気がする。
はて、あれは誰であろうか。
知っている人のような、知らない人のような。
雨が止まない。やってくる誰かを朧に見せて、歪ませる。
あれは、誰であろうか、
誰であったらいいのだろうか。
あの人であったらいいのになあ。傘を持ち、自分をこのどしゃ降りの中から救い出してくれる、あたたかいあの人を思い浮かべる。優しいその手を思い浮かべる。馴染んだ声を、思い、浮かべる。
それなら、自分はここだよと顔を出して迎えなければ。誰かが帰ってきた時に、自分がそうしていたように迎えに出なければ。自分が帰った時に、誰かがそうしてくれたように迎えに出なければ。
「おかえりなさい」「ただいま」
あたたかく光の灯った家を思い出す。
ああ、早く帰りたい。
近くに来てくれているその人を、自分は迎えに出なければ。
きっと、その人も笑顔で迎えてくれるはず。会いたいその人を、自分はお迎えしなくては。
雨はその影を虚ろにする。雨に限ったことではない。例えば夜の闇や、冬の吹雪。霧や霞。数知れぬ噂。
遮る薄い扉が一枚あるだけで、その誰かの真意は此方から見えなくなってしまうものなのである。
名前を呼ばれて、安易に振り向くな。呼び鈴を鳴らされて、安易に入り口を開くな。
如何なる時も、人を信じすぎてはいけない。信ずるに足りるものももちろん世にはたくさんある。しかし、中にはあなたを欺くものも少なからずあるのだ。
雨は止まない。
誰かがすぐ側までやって来る。それが誰なのか、あなたには見えているだろうか。
あなたは、本当にそれをお迎えしなくてはならないのだろうか。
お迎えにいくモノも、お迎えにくるモノも、それらは必ずしもいいモノとは限らない。どうか、手を取る前に一度思い出してほしい。
お迎えにきた誰かは、本当にあなたの待ち人であったのかを。
「お迎えにくる」には比喩として「死」をあらわすそうです。