ショート ストーリーズ   作:犬屋小鳥本部

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越えられない壁は、越えちゃいけない壁。ちゃんと理由があっての壁。


フェンス

遠くに何かが見えている。それは、だんだんと近づいて来ては離れていく。

それは何か、誰なのか。

今のあなたにはわからない。

 

それの存在に気づいてしまってから、あなたはそれを気にならずにはいられない。

 

 

 

ゆらゆら

ゆうらゆら

 

 

 

 

 

 

 

ダダダ

 

〈●〉〈●〉

 

ダンッ

 

 

 

それは近づいて来ては離れていく。

 

あなたにはそれが何かわかっただろうか。

いつかわかる時が来たとしても、今はわからない方がいい。

それはじっと。じっと、こちら側を見つめている。私もあなたも、痛いほど視線を感じている。

しかし、普段はこちら側にやって来ることもなく、かといって視線が合うこともない。何故だろうか。

それらと私たちの間には二枚のフェンスがある。フェンスはそれらと私たちを阻み、隔て、距離を作る。それによって私たちはあちらへ行くことはできないし、逆にそれらがこちらへ来ることができなくなる。

視線が合わないのも、音が聞き取りづらいのも、そのフェンスがあるからだ。

 

あなたはそのフェンスを取り払ってしまいたいと思うだろうか。

いいや、それはやめた方がいい。

取り払った瞬間に、あれは悦んで目の前にやって来るのだろ

〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉

 

 

 

ああ、ほら。

そんなことを言うから、あれらは一斉にこっちに目を向けている。

 

目を背けなさい。あれらを理解することは不可能なのだ。

あれが何なのかわかったとしても、解ることなどできやしない。いつか解る時が来たとして、その時はまだ先であって欲しい。

安心しなさい。その時にはフェンスは自然になくなっているはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

あなたにこう言うのはお節介かもしれない。しかし、どうかこの忠告を受け入れて欲しい。

どうか、自分の手でそのフェンスを取らないで欲しい。

 

かつて私も誰かに同じ忠告をされたことがある。そして、それを聞かずに前へ前へ。もっと近くもっと先へとあれらに近づいていってしまった。

 

ただの好奇心だ。つまらない日常の中にスパイスとなるスリルが欲しかった。

 

あなたも、そうではないのか。

過去の私のように、あちらにいるものを見てみたいと思うことは今までになかっただろうか。手の中に確かな形で収まっている現実とはかけ離れた不可思議な現象を、未だ説明のつかない理解不能な事件を。誰にも捕獲発見されたことのない奇妙な生物を。そこにあるはずのない影を。聴こえるはずのない声や音の発せられる音源を。捨てきれない違和感の正体を。

あなたは追い求めたくてたまらない衝動に駆られたことはなかっただろうか。

それは過去の私だ。

どうしてもあれが何なのか知りたくて、もっと近くでよく見てみたくて、多少の痛みも危険も厭わずにフェンスの向こう側を目指してしまう。

それは無意味で無謀なことだ。

 

そう怒らないでくれ。

過去の私がそうであったのだから、仕方がないだろう?

もしもどれかが的を射ているのなら、あなたも将来私のようになる。

その可能性があるということだ。

どうか注意して欲しい。あなたには私のような失敗を犯してもらいたくないのだ。

 

 

 

 

 

 

フェンスを隔てた向こう側には、よく見えない、よく見えないようにされた何かがいる。あちらからもこちらは見えているようではあるが、どのように見えているのかはわからない。

 

あなたの前にはフェンスが二枚ある。

フェンスを二つ隔てた向こう側には何かがいる。

 

 

 

ゆうらり

ゆらり

 

 

 

あなたは一番手前のフェンスにもたれて向こうを覗き込もうとする。

あれらはなんだろう。

 

 

 

ゆらゆら テ

ゆらゆら テ

ゆうらゆら テ

 

 

 

よく見えない。影のようにぼんやりと、朧にしか見えない。

 

それでいいのだ。

決してそのテを掴んではいけない。

あなたはまだ、あちらへ行ってはいけない。私のように。

 

 

 

 

 

 

私は以前、日常に飽きていた。つまらない。つまらない。変わらない毎日の繰り返し。

あなたはどうだろうか。今の日常に、満足しているだろうか。

私は。

満足できなかった。

 

新しいことが欲しかった。

刺激が欲しかった。

だから、私は想像した。ありもしないことを妄想した。そして、それを文にした。

妄想を口にしている間は、私はただの変人だった。頭がおかしい、狂った変人だ。しかし、文として形にしてしまえばそれは「作品」として周囲に受け入れられるようになった。

自殺名所で頻繁に撮られる心霊写真には、決まって同じ顔が写りこむ。襖と襖の間にさっきはなかったはずの暗闇が、目を向ける度に広がっていく。電話先の相手の声が突然豹変し、後日確認すればそれは死亡時刻と一致した。犬の鳴き声が子供の哭き声にしか聞こえない。炊き出しの豚汁の中には人の指が入っていたが、誰も気にしないで食べている。

私は妄想した。妄想して、それらを小説という形にして手元に残した。

気まぐれにどこかのコンテストに応募してみたりもした。見向きもされなかったが、私の妄想は「作品」として認められるようになった。

おかしな話だ。あんなに人を変人扱いしていたのに、形にしてしまえばそれを趣味の一つとして周りは見始める。

 

私は、それを「趣味」として小説という形にまとめた。

思えば、既にこの時フェンスの一つは消えていたのかもしれない。

 

私の言うフェンスというものは距離を隔てるものである。そしてそれは、目隠しのように視界を阻むもの。しかしそれは実際にある物ではない。

例えばそれは知識。古い伝承を知っていれば見えてくる何かがいる。名前を知っていれば、より具体的にそれの正体に近づくことができるだろう。呼び名を持たせることは、それらの姿を想像するきっかけとなるのではないか。

 

それらに興味を持つそれ自体がフェンスに近づくということなら、私のこの趣味は既に近づきすぎていた。しかし、まだフェンスが二枚全て消えたわけではない。そのことが私を安心させていた。油断もしていたのだろう。

どれ程それらから視線が注がれようと、まだフェンス越し。どれ程近づこうと、触れられることはないのだと思っていたのだ。

 

愚かにも、私は自分の手でフェンスの一つを取り払ってしまった。

それらが残った唯一のフェンスの向こう側でにやりと笑っていたことにも気づかず、私は踏み出してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

あなたとそれらの間には、フェンスが二枚挟まっている。その距離はどれくらいのものだろう。

 

〈●〉〈●〉

 

ああ、また何かがこちらを見ている。

あなたにはあれが何かわかるだろうか。

少なくとも、私にはあなたよりもわかる。私はフェンスを一枚消してしまった愚か者だ。あれらとの距離を自ら縮めてしまった、愚か者だ。

 

〈●〉〈●〉〈●〉〈●〉

 

そのフェンスが消えたことで、私はあちらに近づいた。近づくことができるようになった。しかし同時に、あれらからも私に近づくことができるようになってしまった。

私にはあれらの姿が以前とは違って見える。

影だったものがはっきりとした人の姿に。動物の姿に。それとも、影のままか。

子供か、大人か。男か、女か。髪は長いか、短いか。どんな表情か。

人か。人か。化け物か。人だった化け物か。バケモノか。人の一部だったものか。者か。物か。それともモノか。

 

〈●〉〈●〉 テ

〈●〉〈●〉 テ

〈●〉〈●〉 テ

 

距離は格段に近くなった。テを伸ばせば届いてしまうかもしれない。

声が聞こえる。単なる音だったものが次第に意味を成す言葉へと。

あなたにこの音が聞こえるだろうか。聞こえるはずがない。

この音はフェンス越しでさえやっと聞き取れるものだ。あなたになど聞こえるはずがない。聞いてはいけないものなのだ。

 

聞こえるということはあれらに気づいているということ。見えるということはあれらとピントが合っているということ。聞いてはいけない。見てはいけない。あなたとあれらは、生きている場所が違うのだ。

あれらはフェンスを二枚隔てた遠くの世界にすんでいる。私のように

 

〈●〉ア〈●〉ソ〈●〉ボ〈●〉ウ〈●〉ヨ

〈●〉コ〈●〉ッ〈●〉チ〈●〉ヲ〈●〉ミ〈●〉テ〈●〉ヨ〈●〉ネ〈●〉エ〈●〉エ

 

一枚しか挟んでいない世界にいるのではないのだから、あれらに触れられても、ましてや触れ合うなどあってはならないことなのだ。

 

 

 

あなたと私の間には、薄い一枚のフィルターしか隔たりがない。フェンス一枚分しか隔たりがないのだから、いつだって取り払うことも飛び越えることだってできる。

あなたには私がどのように見えているだろうか。あなたには、私がまだ人に見えているだろうか。

 

 

 

 

 

 

フェンスを越えて、もっともっと先のものを見るのはとても楽しい。見えないものを、聞こえないものを夢見て想像するのはとても楽しい。

しかしそれだけなのだ。

 

あなたの目に私の姿がよく見えないのなら、それは私が遠くにいるから。二枚目のフェンスの限りなく近くに私が立っているということ。

 

私はもうすぐフェンスを越える。

 

あれだけ想像し、夢にまでみたフェンスの向こうへいけるのだ。

そこで私を待つものはなんなのだろう。誰が待っているのだろう。今まで遠くから見ていたあれらが、私を待っているのだろうか。喜んで、迎え入れてくれるのだろうか。

 

本当に私は、それで幸せなのだろうか。

 

ワタシハモウスグフェンスノムコウガワヘイク。

 

ほら、あれらはもう私にはテを伸ばしてこない。なぜなら、テを伸ばさなくても自分達と同じフェンスの向こう側へ私がいくと知っているからだ。

 

どうかあなたには、私と同じになってもらいたくない。

 

フェンスというものを重ねて見ることで、見えてくる現実や真実がある。フェンスで隔てることであなたは「安全」という空間を確保し、遠く離れたあちらの世界を見ることができる。それをどうか忘れないで欲しい。

見えるものが一部の片鱗でしかなくても、あなたには残りを補うように想像することができる。

 

私のように、フェンスを越えてあれらと同じものになる必要はないのだ。

 

最期に一つだけ、私から忠告をさせてもらいたい。どうか。どうか。

 

 

 

今後私がアナタヲこちらにさそっても、フェンスの向こう側には来てはイケナイ。

ソレハキット、私であってワタシデハナイノダカラ。

 

 

 

望んだ先に私を待っていたのは、フェンスの向こう側という死の世界であった。

しかし、あなたにはまだ望み願うことができる。ワタシタチのテを拒むことができる。

あなたにとってフェンスのこちら側とは、価値のないものなんかではない。まわりを見て欲しい。下を、上を、隣を見て欲しい。そこに何があるのかを、誰がいてくれるのかを見て欲しい。

 

 

 

あなたはまだ、こちらに来なくてもいい人なのだから。

 

 

 

あなたには、私には待っていなかった未来という明日が待ってくれている。それをどうか、忘れないで。




フェンスの彼方から×××を込めて
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