手元が汚れていた。
何も言わずに何かで拭いた。
次の日も手元が汚れていた。
何も言わずに何かで拭いた。
その汚れは赤色だったとその日気づいた。
次の次の日も手元が汚れていた。
いい加減にしろと言いながら、何かで拭いた。
赤色はほんの少し黒ずんでいた。
次の日も次の日も、その次の日も。
手元は汚れていた。
汚れているのを見るたびに、何かで拭いた。拭き取った。
手元は赤く汚れていた。
初めは微かな汚れだった。だんだんはっきりとした汚れとなった。
手元には、べたべたと赤い汚れがついていた。
その汚れは、手の形をしていた。
ふと、目の前を見た。
目の前にある身写しを見た。
後ろには知らない誰かが立っていた。
例えば車に乗る時。
運転席のドアを開けようとして汚れがついていた。毎日使う物だから綺麗にしたい。あなたはそれを拭き取るだろう。
例えば家の玄関の扉。自室の扉。トイレでも、会社や学校の教室の扉でもいい。
あなたが毎日手をつける何かをイメージしてもらいたい。
そして、そこにある日突然よくわからない汚れがついているのだ。
その汚れは何かわからない。わからないから消そうとする。
あなたは、消そうとする。
しかし次の日も次の日も、同じ様に同じ所に汚れがついている。
いくら消しても、その汚れは次の日には同じ様にそこにあるのだ。
あなたは次第に苛つくだろう。
誰かの悪戯かもしれない。虫か何かがいるのかもしれない。かもしれないのであって、はっきりとした原因はわからない。何が犯人なのかわからない。
だから、あなたはそれを消して考えないようにするのだろう。
あなたの手は、あの汚れと同じ赤色に染まっている。
あなたの手は、赤いのだ。あなたの手には、あの汚れと同じものがべったりとついている。
あなたは。
あなたは。
あなたは自分の手が真っ赤なのに気がついていないのだろうか。
そうだ。あなたは気がついていない。
自分の手を、見ていない。
誰がつけたのかわからない汚れを、あなたは拭って綺麗にしているつもりだろう。しかし、あなたはその赤い手で汚れを広げているだけなのだ。だから次の日も、次の日も、汚れは消えることがない。
べたべたベタベタ、あなたは赤い手の跡をつけているだけなのだ。
それにあなたは気づかない。
だって、あなたは自分の手を見ていないのだから。
いつだってあなたは見ようとしない。見ようとしていないのだ。
気づいているのだろう?
その赤いものがどこから出ているのか。
その赤いものを誰が広げているのか。
でも、あなたは見ようとしない。意識の隅に押しやって、心の深くに沈めて見えなくしてしまう。
いい加減、受け入れてしまえ。
目の前の現実を目に入れろ。
あなただってもうわかっているはずだ。
汚しているのがあなた自身だということを、受け入れろ。
あなたの手は赤い。
傷をおって血が出ているのかもしれない。誰かの血があなたの手についているのかもしれない。
あなたは、あなたの手元ではなくあなた自身の手を見るべきなのだ。
あなたはそれに気がつかない。
汚れをひたすら手で擦り続けるあなたは憤る。
「なんで消えないんだよ!」
あなたにはそれが見えていない。
あなたは、
あなたは。
あなたは、
あなたは。
あなたを、
そんなあなたを、背後から見つめる影がある。その視線の先には、一心不乱に赤い汚れをつけ続けるあなたがいた。
あなたはいつその影に気がつくのだろうか。
あなたには見えていないものが、別の視点からなら見えてしまう。そういうこともあるのだ。
あなたのその行動は、後ろからしっかりと見られている。
見たくないものほど見ようとしない。拒絶して視界に入れない。
あなたはそれでいいのだろう。
しかし、背後にいるそれはしっかりと見ている。見ているのだ。
「それ」が生きているものか、死んでいるものかは別なのだがね。
「心」はだんだん麻痺してくる