ショート ストーリーズ   作:犬屋小鳥本部

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新しい猫の夜明けがやって来た。


転生先はいつも猫

どこかの世界では次に生まれてくる先、つまり転生先と言われるもの、それを選ばしてくれる非常に親切な神様がいるらしい。

もちろん、生きている間に転生先を決めておかなければ意味のない選択肢ではあるが、大抵の人は人づてに聞いてその神様の存在を知っている。死んだらこれになりたい。次に生まれてくるならこれがいい。人も、人じゃない動物も、もしかしたら何も考えていないであろう植物も、そんな夢を見ながら一生を過ごすのであった。

 

 

 

そんな夢を見ながら、一生を終えていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な~ご

 

 

 

 

 

 

 

第何次転生ウェーブである。

今年の流行りは干支に習って竜になりたい。そんな夢に夢を見るチャレンジャーが後を絶たない。そんな年があった。

現実的に考えて竜という生き物は存在しないし、空想上の獣だということくらいほとんどの人は知っている。しかしそれでも多くの人は言うのだ。

 

「竜にしてください」

「ドラゴンにしてください」

「ラスボスじゃなくていいから、迷宮の門番的な竜にしてください」

「長くない方の竜がいいです」

「コイから頑張って進化してもいいです」

 

何と言われても竜なんて生き物は現実には存在しない。

神様は考えた。

妥協して恐竜に転生させたようとした時もあった。失敗した。転生させた瞬間に化石となってしまい、残ったのは目を据わらせた転生待ちの魂だった。

 

「竜に転生させてください。恐竜は違います」

 

ある時はバレないようにそれっぽい生き物に転生させたこともあった。

タツノオトシゴ、リュウグウノツカイ、トンボ、リンドウ。神様は頭をひねった。

意外と「竜」と名の付く生き物は強かったので、満足度はそこそこ。ただし、雄に転生した人は雌に対して頭を上げられなくなるらしかった。自然界の雌は強い。

それでも竜に転生したい人の波は治まらなかった。

 

世界は疲れていた。一生を道具のように酷使され、搾取され、塵のように棄てられる。

戦争が起こった。一個しかないはずの命には価値がない。こんなことのために生きてきたのではないと泣いた。こんなことのために産まれてきたのではないと哭いた。声は届かなかった。

やりたいことを見出だして努力した。どんなに頑張っても周りからは認められなかった。結果を出せなかった。あげくの果てには否定される。意味もなく罵倒される。お前は何をやっているのかと、切り捨てられる。

世界に生きる人々は疲れていた。

 

こんな道をいきたかったんじゃない。誰しもが最期の瞬間には天を仰ぎ、後悔をした。

たった一回の命なのに、たった一回しかない人生なのに、人は簡単に狂わされる。

生きる道も、生きようとする意志も、生きたいと思う意思も簡単に狂わされ、あっという間に転げ落ちる。

崖の下に突き落とされる。

 

助けようとしてくれた手もあった。助けようとした手もあった。

だが、その世界の人は落ちる瞬間に微かな希望を持ってしまう。

 

「次があるから」

 

転生させてくれる存在がいるということは、そういうことなのだ。

たった一つの命にしがみつくことを忘れさせてしまう。もういいや、もう終わりたい、終わらせたい。

そんな風に思わせてしまう光を、神様は世界の人々に与えてしまった。

希望を持たせ破滅を与える光を、神様は生きる命に夢見させてしまったのだ。

 

疲れた世界が夢見たのは、おとぎ話のファンタジー。空想の世界であった。

頑張った分だけ自分に返ってくる。そんな世界を人は夢に見た。

 

そんな経緯で「竜に転生したい」ウェーブは発生したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なごなご

 

 

 

 

 

 

 

全世界統計によると、人口は激減しているらしい。原因は色々あったが、色々あったので、結果的に人口は減っている。そういう話である。

人類は色々頑張った。色々頑張ったが、やっぱり色々あったので人口の減少を止めることはできなかった。

人類は減った。しかし、一部の人にとってはいい塩梅に減った。一定数を保って人口は落ち着いた。そこまで増えないし、そこまで減らない。

人と人との距離は絶妙な具合で開くようになった。近すぎず、離れすぎず、自分の時間と空間を持つことができるようになった。

過去の人は無駄に技術を向上させてくれたため、残された子孫はその恩恵に預かることができた。彼らは楽に生活することができた。

 

人口はその後増えなかった。増えなかったが、減りもしなかった。

別の言い方をすれば、人に転生したい魂が毎回同じになった。御新規さんは滅多に現れなかった。

では、それまで世界にうじゃうじゃとはびこっていた人類の大半はどこへ逝ったのか。どこへ転生したのか。

 

 

 

第何次転生ウェーブ猫の乱である。

 

 

 

ある時は竜になりたいと夢見ていた人々は、これではいけないと現実と向き合った。その結果、猫の素晴しさに気づいてしまった。

なんて猫は自由なんだ!

なんて猫は愛らしいんだ!

なんて猫はネコでぬこなんだ!

自分も猫になりたいな。猫になって、一日中ごろごろしていたいな。

猫生を謳歌したいという人が後を絶たなくなった。そして実際に一生を終えて神様の前に立ったとき、彼らは言うのだ。

 

「転生先は猫がいいです」

 

神様は転生不可能な竜よりよっぽどいいと、彼らをみんな猫に転生させた。

 

 

 

第何次転生ウェーブ猫の乱の始まりであった。

 

 

 

猫に転生した人はみんな満足した。猫として産まれ、猫らしく死んでいく。転生猫たちは満足だった。

人の時間ではできなかったことをして、本懐を遂げた。憧れた猫らしく自由に生きた。

本能に忠実に生き、時に野生へと還った。彼らは猫らしく猫だった。

 

だから車の走る道路へ平気で飛び出した。

ロードキルした。

ロードキルした。

ロードキルした。

人が減って、自動車も減った頃には野生のシカやイノシシに牽かれた。

ロードキルした。

ロードキルした。

ロードキルした。

死体は処理されなかったので、キレイに喰われた。

彼らは猫らしく猫だった。

 

急激に猫の数が増えたため、皮膚病も増えた。ダニもノミも元気にぴょんぴょん跳んで、花粉症ではないのに痒かった。

そして当然、ハゲた。

ハゲた。

ハゲた。

地域的につるっつるのスフィンクスが大量発生する事態となった。

 

春が毎年やって来た。猫たちは燃え盛った。子猫が増えた。子猫はトンデモ級に可愛かった。

人は可愛い猫と子猫たちにごはんを与えたくなった。野良猫であっても餌を与えたくなった。与えた。なつく姿に癒された。もっと餌を与えた。

猫たちは肥えた。

太った。

デブになった。

それでも可愛かったため、人々は猫たちに餌を与えることを止めなかった。

はっぴぃデブ猫天国が現実のものになった。

 

人が減ったため、 猫のために開発されたおいしいおやつの生産量が激減した。例の、ちゅ~るとかいうヤツである。

猫たちは悲しんだ。

憤怒した。

爪を研いだ。

最終的に工場へ押し寄せ、とっとと作れと三日三晩抗議デモを行った。ここら辺は人っぽかった。デモ集団の主体は、猫に転生する以前にも経験したことがあるような慣れた動きをしていた。

夜は大運動会だった。ここら辺は猫っぽかった。

急かされた工場を所有していた企業たちは結託して、全作業を機械化し安定供給を実現した。

材料は秘密である。

ヒ・ミ・ツ。で、ある。

 

人が減り、猫が増えたことで一番困ったことは縄張り争いであった。猫は自分のパーソナルスペースを主張する。家ネコは当然飼われてやっている家を縄張りとする。では、屋外ネコはといえばどうしているのだろうか。

とにかく被る。

被る。

ばったりどころではない頻度で他のネコに遭遇する。

ボスネコなるものもいるにはいるが、ボスが全員強くてリーダーシップを発揮するカリスマネコだとは限らない。つまり、まとまらない。

更にはエサをくれる人の数は限られる。陣取り合戦ならぬ餌取り合戦の開幕である。

結局いつも勝負はつかず、太陽が数センチ動く頃にはおのおの散ってもろもろの箱の中へ納まり、各々日向を求めてジリジリと動いているようではあった。

猫はどんな時代も猫であった。

しかし、いつまでも戦国時代であっては安心して子育てもできない。おやつなどもっての他である。

 

 

 

何処かの猫は考えた。

何処かのネコも考えた。

考えているうちに寝転んでいた。そのまま昼寝した。

知らず時間が流れた。

太陽は何度も上って、疲れたように落ちていった。月は猫ノ眼の様に細くなり、開き、再び細くなるのを繰り返した。

 

猫は生きた。

ある猫は月を眺めて生き続けた。

ある猫は仲間の命が流れていくのを見ながら生き続けた。

ある猫は人の命が散っていくのを隣で見ながら生き続けた。

猫は生きた。

神様の下へと逝くこともなく、自分の時間をただただ生き続けた。

 

 

 

ふと、誰か言った。

「猫が化けたようだ」

 

 

 

長く永い時間を生きた猫は尾を割かせ、化けてしまった。二股に分かれた尻尾。長い尻尾も短い尻尾も関係ない。化けネコと呼ばれる彼らには普通の猫にはない二本目の尻尾がある。

踏まれやすくて嫌になるにゃぁ。

そんな声も聞こえないこともない。彼らはヒトの言葉も話せるのだから。

 

地域のボスネコさえも頭が上がらず尻尾も巻いてしまう猫界の親分。それが化けネコであった。

 

化けネコとは別に火車と呼ばれるネコならざるネコもいたが、そっちはちゃんと職を持っていたため話が別となる。全国へ出稼ぎに行くため、猫としてはかなり忙しいらしい。

火車は葬式や墓場から死体を奪う妖怪として名を馳せていたため、神様としては高級ネコ缶で誘き寄せてとっとと転生してもらいたいネコちゃんであった。

火車は真面目で仕事熱心であったようだ。

 

話は戻るが、化けネコは猫である。

ちょっと長く生きてしまった猫である。どれだけ長くと言えば、猫の抜けた毛の本数ほどの年である。誰も数えたことはないが、例えばそれくらい長くということだ。

それだけ長く生きれば、ほとんど死や転生などという言葉とは無縁となる。彼らにとって「死」とは、世界から消えるということなのだ。

 

 

 

化けネコたちは見た。

次の転生を夢見て眠りにつくヒトの子らを。ネコの子らを。

時に今生を全うし、時に今生を諦め魂たちはこの世を去っていく。そして、化けネコたちにとっては一欠伸にも満たない次の瞬間にその魂たちは転生してこの世に産まれ落とされる。落ちた魂はいとも容易く砕けて天へと上っていく。

化けネコたちはそれをじっと見ていた。

 

誰だって死にたくない。

誰だって死にたい。

命はいつだって矛盾を抱えてきらめいている。揺らめいている。

その輝きが美しいからこそ、神様は気紛れに「転生」という可能性を与えてしまったのかもしれない。

化けネコたちはその「転生できる」という権利を放棄した。変わっていく世界の中で変わりものの代表として居続けた。

 

化けネコは見た。何度も何度も転生を繰り返す世界を。

疲れきった世界で猫に転生した魂は二度と戻ってこなかった。猫に産まれ、生き、眠った魂は、神様の下へ辿り着くとみんなこう言った。

 

「猫がいいです」

「ネコでいいです」

「ねこしかいや」

 

こうして永遠と猫であり続けるのである。

何度ロードキルしても、ハゲても、デブっても、おやつと戯れに飽きても、猫は猫として生き続けるのだ。その末に、次の転生先も猫にすると言うのである。

それはなぜか。

猫はするりと逃げて語らない。

 

 

 

化けネコは言う。

奴等は何も考えていないのだにゃ。

 

猫がいいというわけではない。ただ、猫になると何も考えられなくなるのである。

猫は何も考えていない。

それがよくて、それでいいのだろう。

猫は猫だ。いくら転生前が有名な学者であっても猫に転生してしまえばただの猫。何も考えていない。

考えることを放棄した転生猫たちは幸せなのだろうか。それは彼らの顔を見ればわかるだろう。彼らは立派な猫だ。

 

猫に憧れた人は猫に転生した。沼にはまって永遠と猫に転生することを繰り返した。

そして、猫が好きな人は決して猫に転生しようとはしなかった。猫が好きな人は猫になりたいわけではない。猫を愛でたいだけなのである。愛くるしい猫を見ていたいだけなのである。

なにより、そういう人たちは知っていた。

猫が何も考えていないということを。

 

一度コタツに入れば脱出は困難をきたす。

一度猫になってしまえば、永遠に猫転生ルートを巡り続ける。

 

 

 

それはそれでいいのだろう。

 

 

 

第何次転生ウェーブ猫の乱であった。

 

 

 

 

 

 

 

化けネコは言う。愚かに殺し合って、罵り、互いに無益に傷つくよりは、こんな世界の方が幾分かましなのだろう。

何も考えず、日なたぼっこをして気ままに過ごす。そんな幸せを、なあ? 忘れがちではありませんかにゃ?

何かを成したくなったその時に、次があるとは限りませんにゃ。その瞬間のために立ち上がる力を温存しておくのも、なあ? 必要な戦術ではありませんかにゃ?

 

今宵も月を眺めよう。飽きたら雲を追ってネコジャラシの森へ迷い混もう。

 

 

 

そんなことを言う化けネコは、何処かの神様が転生した姿であったりもする。

 

 

 

 

 

 

 

今日も何処かの誰かが亡くなった。墓では火車がせっせと亡骸を掘り起こしている。

そんな日常を横目で見ながら、化けネコは隣の町へと脚を伸ばすようだ。

天へと魂が上っていった。

明日は何処かで子猫が産まれそうだ。

 

 

 

二股の尾が月を追って路地裏を駆けていった。

音もなく、駆けていった。




朝日が昇ると同時に、何処かで子猫が産まれたらしい。

日が高く昇る頃には、子猫は腹を空かせてみぃみぃ鳴いた。

日が沈む頃には、最期に開かぬ目を開こうと空を見た。

月が昇る頃には、子猫の体は冷たく、硬くなっていた。






明日も何処かで一匹の子猫が産まれるだろう。

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