友だちがいなくなった。
友だちといっても、Twitterで繋がっているだけの関係。
その子のアカウントの文が更新されなくなって、もう、1年経とうとしている。
更新されないのは、文だけだった。
画像だけが、数日に一度投稿されている。
アカウントは、消されないままだった。
「いなくなった」というのは、私の勝手な思い込みなのかもしれない。でも、それまで頻繁に意見の交換をしていた私たちだったので、いくらコメントをしても返信が返ってこないそのアカウントは、もう私にとっては別人だった。
私は、その子のことをとてもよい友人だと思っていた。好きな音楽、学校生活、気になる本、心配事、嬉しかったこと。たくさんたくさん伝えあった。
私は、その子のことをほとんど知らなかった。名前も、顔も、性別も、年齢も、国籍すらも。ネットを通じて言語は訳された。もとの文字がどこの国の物か
私にはわからない。
ただ、私と同じ国の言語ではないということだけはわかっていた。
その子と出会ったのは、私が1枚の写真を投稿した時のことだった。
青い空の写真。
何気なく撮影した写真。
私が見ていた景色だった。
誰も見てくれないだろう。
見てくれるはずなんてない。
そう思いながら載せた、1枚の写真。
見ず知らずの、それも他国の人の写真1枚にその子はコメントを送ってくれた。
「素敵な写真ですね」
日本語に訳されたそのメッセージが、私とその子を繋げた。
偶然にも私もその子は写真を撮ることが好きだったのだ。
それからは、頻繁ではないけど週に何度か写真を撮って、載せて、載せられた写真を見て、簡単な日本語でコメントを書き、どこか変に訳されたコメントを見ることがすごく楽しかった。
顔を合わせて毎日ギクシャクした態度で会話をする同級生たちとは何もかもが違った。真っ向からの本音を書いた。
一対一で言葉を交わしあってる。そう、思っていた。
でも、その言葉はもう送られてくることはないのかもしれない。
私は、スマホを名残惜しくも机の上へ置いた。
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されまし…
未読通知○○○件
友だちがいなくなって、その子のアカウントの文が更新されなくなって、もう、1年経とうとしている。
更新されないのは、文だけだ。
それからの日々はどこか心に穴が空いたかのようだった。
写真を気紛れに撮影しては投稿した。「送信」ボタンを押して、コメントも見ることなく放置した。
自分のプロフィールが載せられたページが、コメントやメールが送られてくるはずの通知のページが。今、どうなっているのか私は知ろうとも思わない。
だって、本当に欲しいあの子の外国語で書かれたコメントはもう送られて来ないのだから。
スマホは、机の上で今日も沈黙している。
ある日、自分としてはなかなか満足のいく写真を撮ることができた。
まだ肌寒い、冬の終わりのことだった。
よし、載せるか。
そう思い、ページに写真を張り付けて「送信」を押そうとしたとき
「は、くっしゅん!」
くしゃみが出た。偶然だった。
本当に、偶然だった。
偶然画面をタップしようとしたその時にくしゃみが出て、その勢いで画面をスライドさせてしまった。
「あ、
…あ?」
画面が映したのは通知画面。
それも、自分と相手しか見ることができないはずのメールの通知画面。
未読通知
○○○件
そう表示されていた。
全て、あの子からのものだった。
その子が写真だけの投稿となって1年。私はもう見ないようになってしまった。
でも、もしもその子がコメントをくれていたら?
コメントを返さない私に怒って、繰り返しメールを送ってくれていたら?
通知の数は異常だった。
でも、それを無視できるほど私は浮かれていたのかもしれない。
心からの友人が戻ってきた!
私の思いはそれだけだった。
その時までは。
一番新しいメールを見たとき、私の表情は凍りついた。
メールには文がなかった。
1通のメールに対して1枚の写真だけが送付されていた。
日付は、
昨日。
その写真には、
一人の女の子
であろう「もの」の一部が写っていた。
スカートらしき布から生えた、棒のような二本の足。その先は靴も、靴下も履いていない。足の爪は伸びていたり、割れていたり、剥がれていたりして赤黒いものがこびりついている。
両足を伸ばして座り込んでいるのか、その写真の半分ほどを占めているのは「彼女」であった。
残りの半分は地面である。「床」ではなく、「地面」であった。土が露出した「地面」であったのだ。
声を飲み込むというのはこういうことなのだろうか。
悲鳴が出そうだった。
私は1枚1枚日付を遡っていった。
上へ上へ辿っていくと、やがて彼女と最後に意見をやり取りした文面が現れた。
「ありがとう」
「またね」
そして、その次の通知からは全て「写真のみ」のメールとなっていた。途中までは見たことがあるような写真だった。当然だ。私がコメントを待ち続けた写真たちだったのだから。
私が送信した写真と、彼女が撮ったであろう写真が交互にメールされていた。
「見たよ」
「見て」
私は画面を下にスクロールした。
流れていく写真たち。
私の 送信した写真が徐々に減っていく。
あの子の送信したはずの写真が異常を訴え始める。
これ以上下に画面が動かないところまでいったとき、私の足は警察署へ向かっていた。
「すいません!話、聞いてください!」
衝動のままやって来た警察だったので、信じてもらえないと思っていた。ただのイタズラだろ?それで終わると思っていた。
私自身、何が起きているのかわからなかった。何も起きていないのかもしれなかった。ただの、おふざけで、「彼女」自体が存在していなかったのかもしれない。
でも、私は思った。
「何かが起きているのかもしれない」
そのほんの僅かな不安が私の足を動かしたのだ。
たまたま時間が空いていたのか、一人の婦警さんが私の話を聞いてくれた。私は今までのことを話し、最後にスマホの画面を見せた。
なにやってんだろ、私。
話しながらずっとそう思っていた。
(「ふざけた話をしちゃいけないわよ」)
そんな声が飛んで来るのかと、私は手を握り締めて下を向き、自分たちの間の机の上を見ていた。
しかし、次の瞬間思っていたのとは全く違う言葉に私は顔を上げることとなる。
「よく言ってくれたわ」
婦警さんはそう言った。
彼女は他の警官に一言かけると、私に時間を貰ってもいいかと聞いた。
今日は説明だけさせて欲しいと。
説明?何の?
部屋を移った私は、席を外した彼女をぼんやりと待った。廊下からはさっきよりも騒がしくなったような声が聞こえていた。
彼女が中身が入った湯飲みを二つ持って戻ったのは10分後だ。
ここからは私が聞いた話なんだけど、聞いたままの話ではない。
理解できないことだってあって、分からない単語もあって、なにより、頭が追い付かなかった。その中で私が「こういうことなんだ」と吸収できた内容がここからの話。
まず、1年ほど前のこと。
ある国で行方不明となった女の子がいた。
その子は私と同い年で、写真を撮ることが大好きで、家族が言うにはネットにも投稿していたらしい。カメラよりも先に手に入れたスマホだけを持って、休日にはよく公園や近所の森に出掛けることも常であった。
友人は少なく、誰かといるのは学校でもほとんど見かけられなかったそうだ。
あれ?私のこと?
そう思うほどにそっくりな女の子だった。
そう、その続きね。
その女の子が急にいなくなった。
一晩たち、まだ帰らないので両親から警察に届け出が出された。
更に一週間たった。捜索範囲は広げられ、近隣にはポスターなどを用いての情報収集も行われた。
1ヶ月たった。女の子は帰らなかった。とうとう、その女の子のことは国のテレビやラジオにも取り上げられた。
半年たった。見つからなかった。もうだめかと諦める人も多かった。
1年経とうとしている。今、現在。女の子はどこに行ってしまったのか。近所の人たちは悲しみに暮れる両親を慰めた。
もう、生きてはいないのかもしれない。もう、帰ってはこれないのかもしれない。そんな言葉を飲み込んで、まだ、その国では女の子を捜しているのだという。
たった一人の女の子に何でそこまでして?
実は、女の子が撮影しネットに掲載していた写真が反響を生んでいるのだという。
あるがままの美しい自然。
素朴な人々の笑顔。
心を癒す動物たち。
感情のように変化の激しい空。
そのどれもが見た人を魅了して止まないのだという。
そんな写真たちを撮っていた女の子がいなくなったというニュースは、一時期新聞のトップを飾るほどのものだったらしい。
詳しいんですね。
私は婦警さんに言った。
婦警さんは少しだけ笑って、
「実はね。その女の子の捜索をしている警察の中に、私の知り合いがいるのよ」
その人から直接話を聞いたの。
いつものようにテレビ電話をしていたら、急に疲れたって言い出すものだから相談に乗ったの。捜索が長期に渡って行われているから。
なんで、
「なんで、そんな話私にするんですか?」
少しだけ声が震えていたかもしれない。
私はそんなニュース知らないし、その女の子とも知り合いのはずがない。だって、国自体が違うのだから。
でも、その写真が好きな女の子が、もしも、
「その女の子の使っているアカウントがわかったの」
でも、そのアカウントはロックされてる。その子が許した相手じゃないと中身の内容は見れないの。
警察はその子とやり取りをしたアカウントを見つけたわ。ただ、それは国外のアカウント。情報を提供してもらうには離れすぎていたの。
あのね。信じられないかもしれないけど聞いてね。そのアカウント、
貴女のものかもしれない。
私の?
私は婦警さんの話を呆然と聞いていた。そんな偶然あるはずない。
彼女は私の前に一台のスマホを差し出した。画面には1枚の写真が表示されている。
私の、よく知っている写真だった。
私の、顔も名前も、何も知らない友人の写真だった。
私は酷く驚いた顔をしていたんだろう。婦警さんは笑った。
「知っているんでしょ?その女の子の写真。それね、彼女の家のパソコンに残ってた未発表の写真なのよ」
誰も見たことがあるはずのない写真。それを知っているということは、彼女に許されているという証。
遠く離れた国で行方不明となっている女の子は、私の待ち望んでいる「あの子」だったのだ。
その写真は、私とあの子が繋がるきっかけとなった2重の虹を写した幻想的な写真だった。
彼女は自分の国でその写真を撮った。そして、私のスマホの中にも日本で撮られた2重の虹の写真が保存されている。
それから、その女の子の捜索の状況は一変したらしい。
その子が行方不明となった日、つまり私と文章をやり取りしなくなったあの日以降の写真を、全て警察に提供した。彼女が行方不明となってから撮ったであろう写真たち。
婦警さんを通して向こうの警察へ送られたようだった。
そして、しばらくして私の元に1通のメールが写真とともに送信されてきた。
一軒の小さな家と、その上に広がる雲ひとつない青空。
文章には
「お待たせ。もどってきたよ」
そんな文が外国語で表示されていた。
今の私には読めない外国語で表示されている、彼女のメール。
私は、学校の屋上から見える町を写真に撮り、
「お帰り。待ってたよ」
と日本語で打って、その写真と一緒に送信した。
捜査がどんな風になって、彼女がもどったのかは知らない。でも、婦警さんにその後会った時、私は彼女のいる国を教えてもらった。
力になれるかもしれないと、婦警さんと向こうの警官であるお友だちのメールアドレスを添えて。
私は、本気で写真の勉強を始めた。いつか、遠い友人のいる国へ行って、彼女のように写真を撮りたいの。そして、彼女の知らない私の国を写真に撮ってたくさんの人に見てもらいたいの。
今でもその子とのやり取りは続いている。
大学へ進学した私は語学の勉強にも力を入れ、翻訳の機能無しでメールの読み書きができるようになった。
いつかね。
スマホの画面越しであった遠い友人に会いに行きたいの。
直接顔を見て、話をして、一緒に写真を撮りたいの。
きっと、もっともっといい友人で競う相手になれるわ。
私、あの子のことをよく知りたいの。
出会ってから一番最初に言う言葉はもう決まっている。
「あなた、誰?」
その言葉を選ばせるものを、理由を、根拠を、それからの日々は私に与えた。
カシャ
俺はカメラのシャッターを切った。
どうか、これからの話を聞いて欲しい。これは、俺のついている「嘘と罪」の話だ。
俺は、ある国に仕える一人の警官だ。そこで女の子が一人、行方不明になった。何年も前のことだ。
彼女は、写真が好きで撮影することに長けていた。
俺は実家がその子の家から近かった為ということもあり、彼女の捜索を何人かの同僚と共に行った。しかし、1年近くも何の情報も得られなかった。
捜査は難航を極め、とうとう俺は遠く離れた国の友人に愚痴を溢した。当時わかっていた情報と、手掛かりとなりそうな女の子が過去に撮影した写真たち。それを友人と共有した。
別にこれが罪だということではない。上司からも許可を貰ったし、結果的に大きな成果を得ることができた。
行方不明の女の子とネットで繋がっていた少女を、偶然見つけることができたのだ。
行方不明となった後に彼女に送られてきていた無数の写真たち。そこに写った景色を参考に、俺たちは女の子の足取りを追った。
そして、事件は解決した。
彼女は深い森の中にある小さな小屋に監禁されていた。彼女の家から程近い所に広がる森。彼女はその中を逃げ惑い、捕まり、小屋に押し込められた。遠い彼女の友人に送られた写真の通りに。
彼女はネットを通じて友人に助けを求めたのだろう。文字を打つこともできない状況の中で彼女がしたことは、ヒントとなる景色にシャッターを押し、送信することだったのだ。
犯人は、その森に住む若い男性。
俺の、幼馴染みだった。
結果だけ言おう。
行方不明の女の子は生きて家に帰ることはなかった。
ああ、本当に申し訳ない。
女の子の帰りを心から待ち望んでいた人たち。
何よりも、彼女からのメッセージを、写真を待ってくれていた異国の幼い友人である少女。
俺たちは、俺は。彼女の命を守ることができなかった。
俺の、幼馴染みの犯した罪のせいで。
カシャ
俺はカメラのシャッターを再びきった。
これらの写真は、いなくなった女の子の友人へと送るものだ。いつものように、ありきたりなメッセージを添えて。
二人の少女の国を越えた繋がりはまだ続いている。メールのやり取りは終わっていないのだ。
大丈夫。きっとバレることはない。
これは、一人の女の子がいなくなった後の俺のつき続けている「嘘」の話だ。
大丈夫。この嘘はつき通してみせる。
俺は今日も写真とともに、遠く離れた国に待つ一人の少女へとメッセージを送る。
「こっちはいい天気よ」
ねえ、私に嘘をつく誰かさん?
わかっているのよ?あなたがあの子じゃないことくらい。
あれから私はたくさん勉強した。たくさんたくさん勉強した。
だから、わかるの。
今、送られて来ている写真はあの子の撮った写真じゃない。あの子はほんの少しレンズを左に傾ける癖がある。
あの子だったら同じ被写体でも違う角度から撮る。
だから、「この」写真はあの子の撮った物じゃない。
今、私の元には同じアカウントから二種類のメールが届いている。
ひとつは短い文が添えられた写真。あの子ではない誰かの撮った写真と、毎回違った私を気遣う文が添えられたメール。
誰かがあの子のフリをしているの。何かを隠している。でも、私はそれを知らないフリして返事を返す。
それともうひとつ。私の元にはメールが届く。
あの子の撮った写真が、今でも届くの。文のない、写真だけのメール。
ねえ、あなたは今どこにいるの?何をしているの?
私は今、遠く離れた所にいるであろう二人の「友人」とネットを介して繋がりを持っている。
あなた、誰?
私と写真を見せあう、あなたはだぁれ?
どちらも、その質問には答えてくれないだろう。
でも、それでいいんだ。
いつか、自分の力でその質問の答えにたどり着いてみせるんだから。
私はいつ気づくだろう?
行方不明となっていた間に送られてきていた写真たちには、どれも少しだけ、ほんの少しだけ両手や両足が写り込んでいた。
じゃあ、彼女はどこでシャッターを押したの?
これじゃあまるで、
彼女が見ている視界そのものではないか。
それに気づいた瞬間、
写真たちは真っ赤に染まっていった。
大好きな私の友人。
顔も、声も、名前も知らない大切な友人。
今はもういない、遠い所へいってしまった友人。
今日もあの子から写真がメールで届く。
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されました)
ピコン
(写真があなた宛に送信されまし…
返事を送信しますか?
『あなた、誰?』
私の友だち
顔も名前も
声も住んでるとこも知らない
私の友だち
あなたはどこへいっちゃったの?
私とあなたを繋ぐもの
写真は何をうつしてる?
どこかに何かが隠されてる
なんにも知らない私の友だち
いつかきっとやってくる
全てを知る時がやってくる
メールを送るあなた誰?