ショート ストーリーズ   作:犬屋小鳥本部

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雨が降っている。
雨が降っていた。
いつもと同じ朝だった。



雨が降っている。
学校に行かなきゃ。
門を潜った。
雨が降っている。
下駄箱にあったはずの上履きが消えていた。
仕方がないから裸足で歩いた。
廊下を裸足で歩いた。
とても長く感じた。
雨が降っている。

カバンをロッカーに入れた。
教室へ向かった。
誰も挨拶してくれない。
雨が降っている。
机の上には花瓶が置かれている。
花瓶には花が生けられている。
雨が降っている。
誰も声をかけてこない。
雨が降っている。
花は綺麗だ。
涙が流れるくらい花はとても綺麗だ。
雨が降っている。

誰も自分を見ない。
どうして。
どうしてこんな。
どうしてこんな扱いを受けなきゃいけないのか。
どうして。
雨が降っている。

イスを引いた。
座って項垂れた。
雨が降っている。
授業が始まった。
挙手をした。
先生はこっちを見ない。
どうして。
プリントが自分の席を飛び越して回っていく。
どうして。
どうして。
雨が降っている。
まるで自分が消えてしまったようじゃないか。
雨が降っている。
雨が降っている。


空席

先日、同級生が亡くなった。不幸な交通事故だった。

その子は同じクラスだった。顔も、声も、覚えていない。一度だって会話したことがない子だった。

ただ、カバンに大きなキーホルダーを付けていた。そのキャラクターは自分も好きなものだった。だから、キーホルダーが揺れるカバンに触れる手だとか、腕だとか、そこに繋がる肩だとか、カバンを乗せた膝だとか。そういう体の一部分だけをやけに覚えていた。

その子は外がよく見える窓際の席に座っていた。何故か、雨がよく似合う子だったと思う。

 

一度も話したことがないまま、その子はいなくなってしまった。もういないその子を過去に置き去りにして、現実はどんどん未来へ進んでいく。

そうやって、いつかは消えてしまうのだろうな。そうぼんやりと思っていた。

 

お通夜もお葬式も、火葬さえ終わったはずなのに、何故かご両親は遺品を取りに学校を訪れることはなかった。どうやらお二人揃って体調を崩してしまったらしい。先生たちはご両親に同情し、引き取りはいつでもいいと伝えてあるらしかった。

一部の生徒には不満もあるみたいだけど、大半は納得して全てそのままにしてあった。

不満とは違うか。自分もそうだったけど、亡くなった人の遺品が生前と変わらず在り続けることに薄気味悪さを感じていた。

そんなこと、大人に言っても伝わらないだろう。文句も言えないまま、その子の荷物はそこに在り続けた。

変な言い方をすると、いつでも帰ってきてもいい状態。

とんでもない。三途の川を渡ったら戻っちゃいけない。切符は片道しか用意されていないんだから。

その子は逝った。川を渡った。

ちゃんと、おくったんだ。

だから、もう、いない。

 

いないんだよ。

 

 

 

いるはず、ないんだよ。

 

 

 

 

雨が降っている。

あの日も雨だった。

 

 

 

 

 

 

その子が世界から消えたあの日も、雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

何かが変だった。雨粒が地面を叩く音に混じって、何かが歩いてやって来た。門を潜り、運動場を横切り、生徒と同じように下駄箱で立ち止まる。

隣の下駄箱を使う人は、靴を履き替える時に寒気を感じた。誰もいない、何もいないはずの隣から気配を感じる。

誰かいる。

その下駄箱を使うのはあの子だけだ。

でもあの子はもういない。

隣にいるのは誰だ。隣に何かがいるのか。

だけど横を向いたって誰もいない。だってあの子はいないんだから。

安心して下を向けば、水溜まりができている。まるでそこに誰かが立っていたかのようだ。

 

同じような経験をした人は他にもいる。

使う人がいないはずのあの子のロッカー、それも鍵はあの子だけが持っていて未だに新しいものに代えられていないロッカー、それが開いている、とか。誰も触っていないはずなのにあの子のイスと机の間にヒト一人分の空間が開いている、とか。誰かが座っているように机には水で手形が、イスにも水で、とか。

生徒たちは誰もそんな悪戯なんてしていない。死者に対してやってはいけないことくらいわかるんだよ。じゃあ、誰がこんなことを。

 

変なことは続いた。

あの子の下駄箱から教室の席までの道に、水で足形がつけられた。しかもそれは裸足の足形だったから余計に気味が悪い。

 

 

 

生徒は、特に同じクラスの同級生たちはそれから目を背けた。あるはずのない場所にできた水溜まりの所には、あの子が立っているんじゃないかと。あの子の姿を想像してしまう。もういない、死んだ人の姿を、生きていた時と同じように想像してしまう。それが怖かった。

あの子はもういない。いないんだよ。

ここにいてはいけないんだよ。

それをみんなはわかっていた。

だから誰もそっちを見なかった。

 

 

 

やっとご両親にこの話がいった。お二人は申し訳なさそうに生徒たちに謝って、残っていた遺品たちをダンボールに詰めて帰っていった。

その日、とうとう空っぽになった机とイスを片付けることになった。ロッカーも、下駄箱も、何もかもを丁寧に拭いて、あの子の跡を消した。

あの子はいなかった子じゃない。いなくなってしまった子だ。だから、きっと、卒業式にはあのご両親が遺影を持って席につくんだろう。

今はあの子を消さなきゃいけない。いつまでも死んだ人を引き留めて、ここに残すことは失礼なことなんだから。あの子は、もうこの世にいちゃいけない子なんだ。

 

 

 

 

最後に、先生が学生名簿からあの子の名前を消した。生徒たちはそれを見ていた。

その場にいたみんなは知っている。

先生の手が震えているのを。

 

 

 

先生のすぐ側には小さな水溜まりができていた。

あの子はきっと、先生の手元を見ていた。自分の名前が消されるのを、最後まで見ていた。

 

 

 

 

 

 

見たよ。しっかり見た。

先生の横に目が二つ。あの子の目だ。

肩にはカバンを引っ掛けている。ちゃんと、あのキーホルダーがあの子と一緒にいる。

 

名前が消される瞬間、あの子と目が合った。なんで自分が消されるのか、わかっていない。そんな風に思えた。

 

 

 

あの子は、自分が死んだことに気がついていなかった。

 

 

 

 

 

 

一つ、思い出したことがある。

あの子の名前、雨と水の文字が入っていたな、って。

 




じゃあね。
声に出さないまま別れを告げた。
雨が降っていた。
雨は降っていた。
あの子はここにいた。
雨は上がった。
だから、あの子のことを頭から消した。
あの子はもういない子なんだから。
雨は確かに降っていた。



教室には今でも一人分の空の席があいたままだ。

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