ショート ストーリーズ   作:犬屋小鳥本部

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何か、伝えようとしている。今。












虫ってどう思いますか? ああ、いや、好きだとか嫌いだとか、苦手だとか気持ち悪いとか、いろいろ好みはありますよね。そういうのじゃなくて、どういう風に見えていますか?

私があれらを見て思うのは、よく見えているんだろうな、ということです。
どう見たって、虫の持つ目は人や犬、猫、猿、鳥、他の動物とは違うでしょう。目じゃなくて眼ですよ。つくりからしてもう違う。なんか、こう、気持ち悪い、気味が悪い、ですかね。神秘的でもあるかな。
とにかく違うんですよ。
あの眼が頭部の一部としてくっついてバランスを保つことができるのは、それこそ虫しかいないでしょう。

思うんですよ、私。
あの眼にはきっと人には見えないものが見えているんだって。
大きさの話じゃありません。もしかしたら未来や過去、魂なんかだって見えていてもおかしくない。
私たちは彼らじゃないんだから、これが見えているなんて断言できません。何が見えていてもおかしくないはずです。
虫ですからね。



変わったものを見るといえば、カメラのレンズも似ていませんか。
本来ならあるはずのものだけを写すカメラ。でも時にちょっと変なものが撮れてしまう。そう、心霊写真とか。



蜘蛛の知らせ

昔の話です。

小さい頃からずっとお世話になってたおじさんがいました。独り身だったせいか、同僚だった私の親が離婚してからいろいろと気にかけてくれていました。よく笑う、気さくなおじさんでしたよ。

私が大きくなってからは会う機会なんてありません。でも、その人の名前を、××おじさんの名前は今でも覚えています。

そのおじさんは、職場の二階に住んでいました。一階が事務所、二階が住居。住居スペースにはそのおじさんしか住んでいませんでした。

親とおじさんは同僚の付き合いが続いていました。だからそこそこの頻度で今どうしてるだとか、パチンコの景品だとかが私の家に運ばれてきます。その時もそんな感じだったんじゃないかと思います。

なんでか一枚の写真が家にあったんです。おじさんが自室で撮った写真。いつかみたいに笑っているおじさん。そうそう、おじさんはこんな顔だった。私は懐かしくなって、部屋に持っていったんです。

 

座布団の上に腰を降ろして、適当にお菓子や飲み物を用意して。読書のついでにその写真も見ようかな。その程度でした。でもそれをテーブルの上に置いた時、変な感じがしたんですよ。なんか、さっきと違うような。

最初に見た写真と何かが違うような。

読みたかった本もそっちのけで私は写真を手に取りました。それで、目の前に持ってきて何が違うのかわかったんです。

 

写真の上部、おじさんの頭上なんですけど、そこから何かが垂れていたんです。最初に見た時はそんなものなかったと思います。

ええ、確かにありませんでした。

見間違いかと思って、一回写真から目を離しました。それでもう一回見たんです。そうしたら、写真には何かが写っていたんです。

天井から何かが垂れていた。黒い、紐のようなものです。写真の汚れじゃありませんよ。擦ってみたけど消えません。それは写真の中にありました。

ただの黒い紐だったらそんなに気にしませんよ。ただね。それ、目を離す度に変わるんですよ。

伸びてくる。

天井から下に向かって、私が瞬きしたり顔を背けたりするほんのわずかな間に、伸びてくるんです。

 

上から。

下に。

 

じっとそれを見続けていても写真は変わりませんよ。変わるのは、それが伸びるのは私の知らない、見ていない間。黒い何かは伸びてくる。

 

ありえないでしょ。

そんなこと。

 

でも本当に目の前で写真が変わっていっているのなら、それは心霊写真ですよ。

ありえないでしょ?

でもそれはおじさんの頭に触れそうなところまで伸びてきてしまった。

そこで私は気づいたんです。

写真の縁を、何かが這っている。細い脚。八本ある。

黒い紐。垂れてくる糸。

 

根拠なんてありません。でも私にはそれがクモの糸だと思ったんです。

 

思った瞬間、ぞくってしました。寒気がする、背筋に冷たいものが滴る。言い方はたくさんありますけど、その時の私はこう言いましょう。

見られてる。視線が体を這い回る。

 

写真の中では黒い糸が伸び続けていました。

 

それがおじさんの首に、体に巻き付くかというところまで糸が伸びた時です。私は耐えられなくなって、写真をどこかに置いたまま部屋を出ました。

それを見たのはそれっきりです。

 

もし写真が見つかっても、そこには黒い糸なんて写っていないでしょう。心霊写真なんてそんなもんです。

ただ、クモを見るとその時の写真を思い出すんです。黒い糸が絡まるおじさんの姿を。

 

 

 

 

 

 

おじさんは無事だったかって?

亡くなりましたよ。十年以上前に。

 

亡くなった人の写真だったから、懐かしくてじっくり見ようとしたんです。

おじさんは亡くなりました。あの、写真に写った部屋の中で。

 

詳しいことは知りません。ただ、酒に酔ってそうなってしまったんだろう、と。

カーテンに絡まって、窒息死しているのが。いつだったか見つかったと聞きました。ぐるぐるに絡まって、ほどけなくて。朝、二階から降りてこないおじさんを呼びに誰かが上がったんでしょう。そこでおじさんは発見されました。

事務所から二階へ上がる階段がしばらく立ち入り禁止になっていたのを、微かに覚えています。

 

 

 

誰も自分がそんな風な最期を迎えるなんて、思わないでしょう。思いたくもありませんよね。まさかの最期ですよ。明るくて普通の人生を通ってきただろう人なんかは特に。まさかあの人があんな最期を、って。

私にとってはおじさんがそうでした。

片方しかいない親を助けてくれた恩人の一人です。自分の子のように構ってくれた。

そんな人がひとりぼっちで迎えた最期。

どんな気持ちだったか。

 

誰もいない部屋、誰も来ない夜。誰も見ていない場所で助けも来ない。呼ぶことも、できない。苦しい中で、朝を迎える。もしくは、朝さえも来なかったのかもしれない。

冷たくなったおじさんは、幸い腐る前に発見されました。幸いにも。

 

誰もそんなおじさんを見ていなかったでしょう。でもね、あの写真を思い出すと、人じゃない何かの見ていた眼はあったんじゃないかと。そんなこと、思います。

 

 

 

 

 

 

もしあの伸びてきた糸がクモのものだったとして、なんで写真に写ったんでしょう。

おじさんの話はもうずっと前のことです。未来予知とかそういう類いじゃありませんよ。じゃあ、なんで。

 

なんでクモは私におじさんの最期を見せようとしたんでしょう。

 

きっとこういうことですよ。

 

 

 

クモが見ていたのは過去なんです。過去のことを私に知らせようと、クモは写真の中で糸を伸ばした。

 

そう思うことにしましょう。

 

誰も見ていなかったんですから。

どうせ、誰も見ていなかったんですから。

 

 

でもね。クモが私に教えてくれたのは悲しい過去じゃありませんよ。

確かにおじさんの最期を思うと心苦しいです。それでも、写真に写っていたのは私のよく知るおじさんの笑顔でした。

最期を含めて人の人生なんです。最期だけを見るなんて、失礼でしょう?

クモが伸ばした糸の先にあるのは、おじさんの生きた笑顔です。それはこれからも変わらないでしょう。

 

 

 

ねえ、おじさん。

私、覚えていますよ。まだ貴方のこと、覚えていますよ。

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