ショート ストーリーズ   作:犬屋小鳥本部

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欲しい音

彼氏とケンカをした。

それはそれは、もう盛大に。

理由は彼氏の浮気。デート現場をばっちり見ちゃったんだ。

彼もね。「そうだ」って言ってる。

 

もう、ダメかな?って思ってるんだ。

 

 

 

彼の誕生日、一週間前のことだった。

 

 

 

 

今日は彼の誕生日。

私も彼も、謝ってない。

謝れない。

 

「ごめん」のたった一言が伝えられない。

 

しょうがないのかな。

 

大好きな大好きな彼。

ケンカしたその日は、たくさんたくさん彼に酷いことを言った。彼も、私にたくさんたくさん酷いことを言った。

胸が痛かった。苦しかった。涙がボロボロ溢れて、せっかくのお化粧も流れちゃった。

「もう知らない」って彼に言い捨てて、私はその場を逃げ出した。

 

今思うとね。その時言い合った「酷いこと」は、付き合ってからずっと言えなかった不満だったんだ。私も彼もその「酷いこと」の分だけ溜め込んで、相手に伝えようとしなかった。

 

「好きな人」ってポジションはダメね。

好きだから許す。好きだから我慢する。好きだからダメなところもいいところ。「好きだから」ってだけで全部をプラスに考えようとしちゃうの。

 

私は彼の全部が好きだった。

好きだった、つもりだった。

そんなことなかった。

全然、そんなことなかった。

不満だらけで、彼も私に不満を隠してた。

不満だらけでキライで、

好きで好きでたまらない彼。

 

本当はすぐにでも謝りたかったの。

でも、彼は私のことをどう思っているか。それが私を迷わせる。

 

私がダメだったから、他の女とデートしたんでしょ?

(だったらどうなんだよ)

その女の方がいいんでしょ?

(…)

もう、その人と付き合いなよ

(……)

ねえ、何か言ってよ

(………)

もういいよ。もう、知らない

 

扉が閉まるその先で、彼は何を思っていたんだろう。

 

ケンカしてから一週間。ずっと彼の電話番号がコールできない。

彼にだけ設定した特別な着信音は一度も鳴っていない。

私の机の上には、着信のランプと音楽を待つ携帯。

それと、この日のためだけに何ヵ月も前に考えて注文した、彼のためだけのバースデーケーキ。

 

自分からは鳴らせなかった携帯。

彼からの着信音は私の胸をいつだって弾ませて、高まらせて、ドキドキさせてくれてきた。

 

あれ?そういえば、私から鳴らしたことってあったっけ?

 

いつも連絡はメールで文字だけのやり取り。声を聞くために電話をするなんて、一度もなかった。声を聞くなら直接会いに行ってた。

でも、正面に立って、彼の目をしっかり見て、想いを伝えたことなんてあったっけ?

ああ、そうだ。告白の言葉も、「付き合ってください」だった。

 

もう彼に「彼女」として見られてなくてもいい。今日伝えたいこと、あるんじゃないのかな。今日だけしか伝えられないこと、あるんじゃないのかな。

そのためにやるべきこと、わかってるよね。

 

私は携帯を手に取った。

 

 

 

誕生日終了まであと一時間を切っていた。

 

 

 

 

番号をゆっくりと押していく

ドキドキ

最後の数字を押し終わる

ドキドキ

通話ボタンを押す

ドキドキ

呼び出し音が聞こえる

ドキドキ

彼が出

「あ、あの!」

留守番電話だった。

「はぁ~?」

 

何度も同じことを繰り返す。でも、何度やっても留守番電話だ。

何回目だろう。とうとう通話中になった。

え、着信拒否?

と思ったら再び留守番電話に変わる。

 

気持ちは沈むを越えて意地になっていた。なんで出ないのよ。なんでこんなときに限って出ないのよ。早く出なさいよ。早くしないと

「誕生日、終わっちゃうじゃないのよ~」

 

数分毎にかける電話。

間にも欲しい折り返しの着信音は鳴らない。

誕生日終了まであと一分を切っていた。

そして私は叫んだ。

 

「もう!早く出ろ!」

言いたいことは「誕生日おめでとう」。それと「ごめんなさい」の二つだけなのに。

ああ、また留守番電話だ。

 

 

 

タイムリミットまであと数秒。

私のコールは届くのだろうか。

 

 

 

 

一方その頃。

電話に出ない、もとい出れない彼はというと。

浮気した相手と口論していた。浮気相手は別れたくないと言い張る。しかし、彼はただデートを一回しただけで付き合ったとは思っていない。

もう出ていってくれ。何度言っても、女性は聞き入れない。

 

机の上では携帯がチカチカと光っている。

 

きっと彼女だ。早く電話に出て、「ごめん」と一言謝りたい。

大好きで可愛い彼女。

 

そして彼は叫んだ。

「いいかげん、電話に出させてくれ!」

 

 

 

彼の誕生日終了まであと




『欲しい音』

伝えたい言葉があるの
でも、自分からは言い出せない
だから待ってる
callの音

お願い、呼んで
私のスナオを呼び出して

自分勝手でワガママね
言いたいことがあるならさ
自分でcallを鳴らさなきゃ

タイムリミットを待ってちゃダメよ?
その音が欲しいなら
欲しいと音を伝えなきゃ
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