月の明かりが辺りの暗闇を照らす。
この日、幻想郷に突然、血の様に紅く、不気味にそびえたつ館が出現した。
『霧の湖』の畔に建つ洋館。 その様子は並々ならぬ様子であり、どこか物々しい雰囲気を醸し出している。
1994年、紅魔館が幻想郷に出現。月の明かりに照らされた、一体の大きな翼を要した紅眼の少年が天高く飛び、幻想郷中に伝わるのではないのかという程の、しかし大きな声量ではなく、聴く者を恐れさせるような威厳を込めて
「我ら、吸血鬼はこの幻想郷を支配すべく参入した。畏れるものは拳を下ろし、我らの意に賛同する者はこの紅魔館の扉を叩け」
「それ以外の者は、我らの敵となること、死を覚悟しておけ」
そう、簡潔に宣言したことは、幻想郷に対する宣戦布告そのものだった。
その後の彼ら、吸血鬼達の動きは素早かった。まず見せしめにと周辺の妖怪達を力技で下し、その妖怪達を自分たちの陣営に帰順させて回った。
その素早い動き、圧倒的な力、それは、妖怪達の戦意を喪失させるのには十分であり、瞬く間に他の妖怪達が次々に吸血鬼に帰順し、吸血鬼達の勢力は一大勢力となった。
吸血鬼達は『レミリア・スカーレット』という吸血鬼を指導者としてこの幻想郷の一大勢力として君臨することになった。
元々の吸血鬼達、帰順した妖怪達、そしてさらに、『レミリア・スカーレット』の一声によって大量に召喚された悪魔達を合わせてその数は数千に膨れ上がった。
その迅速な勢力拡大は、幻想郷中の有力な妖怪たちに衝撃を与え、当初は、吸血鬼という存在を甘く見ていた妖怪達も、その認識を改めざるを得ず、幻想郷の一大事として重く事態を見ることになった。
『吸血鬼異変』の始まりである。
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ここは、とある屋敷、ここで一人の女性が深刻な表情で目の前の光景を見つめている。
境界を弄り、ある光景を映し出す。それは、吸血鬼達の姿を映している。
その女性、髪は金髪ロングで毛先をいくつか束にしてリボンで結んでいる。 特徴的なフリルドレスを着用している女性である。
その名は『八雲紫』
この幻想郷を創り、この幻想郷を誰よりも愛している賢者の一人である。
境界を操る能力を持ち、妖怪の中でも古参の妖怪である。
彼女の目線の先にはある吸血鬼。『レミリア・スカーレット』である。
「紫様、御報告です。」
襖を開けて、一人の女性が部屋に入ってくる。
金髪のショートボブと金色の瞳、頭には二本の角の様な尖がりの帽子。
穏やかで真面目で礼儀正しいような印象を与え、ゆったりとした長袖ロングスカートの服に青い前掛けのような服を被せている。
これだけ見れば、一見普通の人間、または妖怪の様に見えるだろう。
しかし、腰から生えている九つの金色の狐の尾がなければ、だが。
『八雲藍』
八雲紫の式神であり、九尾の狐という妖怪の中でも最高峰の実力を擁している。
式神になったため、超人的な頭脳、そして強大な妖怪の特権ともいえる『式神を操る能力』によって彼女に並び立つ者がいない程の妖怪へとなった。
そんな彼女を従えている八雲紫という存在は、八雲藍以上に強力な存在とされ、彼女たちは今までこの幻想郷の均衡を保つために尽力してきた。
しかし、今回のイレギュラーと言える外からの新たな勢力の出現に苦悶の表情を隠せない。
「また、吸血鬼が勢力を伸ばし、『霧の湖』『魔法の森』への支配を強めています」
「そう………。やはり早々に手を打たないといけない様ね」
藍からの報告はやはりというべきか、吸血鬼達が勢力をさらに拡大し、幻想郷の支配を強めているという報告だ。
数日にして、霧の湖周辺を完全に支配し、魔法の森へと勢力を伸ばしていったのだ。
こうした迅速かつ急激な勢力の拡大には流石に黙って見過ごしておくべきにはいかない。
紫はこの吸血鬼達へ対応せざるを得なくなる。
「はい、して、如何にすべきでしょうか」
そう問いかける藍の言葉に対して、紫はその場で思考を巡らせる。
博麗の巫女は、今は誰も任命されていない。数か月前に限界を迎えて死亡した。
その後を継ぐ巫女は現在幼く、到底この異変に向かわせるわけにはいかない。
吸血鬼達は一大勢力だ。とてもではないが自分たちで鎮圧するのはかなり厳しい。
ならば、幻想郷中の妖怪達が一団として、吸血鬼達に立ち向かうしか他にない。
「妖怪の山に接触を図り、天狗たちと鬼達に協力を取り付けましょう。そこは藍、貴女に任せるわ。私は、少し面識のある有力な妖怪に協力をお願いしに行くわ」
「はっ、畏まりました」
そう言って、退出していく藍。
紫は吸血鬼達がこの幻想郷に進出し、数日で一大勢力となった。ことの成り行きについて少し考えることにした。
確かに吸血鬼がいかに強大だといっても、短期間で勢力を拡大するのには流石に早すぎる。
吸血鬼達が襲来する前に『博麗大結界』を敷き、幻想郷中の妖怪と人間達のパワーバランスを均衡に保つことになった。
これは、死亡した博麗の巫女、先代巫女の代から敷いたものだ。
外部から隔離され、そして、人間側に博麗の巫女という存在を作り、妖怪と人間とのバランスを保つことにした。
先代の巫女の献身的にその力を利用して人間に害を与える妖怪達を次々と退治していく。
こうして、上であった妖怪と下である人間達の力のバランスを保つ。
しかし、その代償として、巫女の退治を恐れた妖怪たちが人里の人間を襲うことをしなくなり、幻想郷の妖怪たちは存在意義を失ったことで次第に気力も衰え弱体化してしまった。
この点に関しては、妖怪と人間の関係の為にと紫は目を瞑っていたこともある。
先代の巫女が死に、博麗大結界に多少の綻びが生じてしまった。
幻と実体の境界の結界の力で吸血鬼達が流れ込み、今この現状を作り出している。
確かに弱体化しているとはいえ妖怪は妖怪。吸血鬼といえども、妖怪達の掌握には時間がかかるはずだ。
しかし、確かに妖怪達を掌握しているのは偏に『レミリア・スカーレット』の力だろう。
年若く、まだこの世に生を与えられて数百年程度。妖怪の中でもまだまだ子供の年齢だ。
しかし、あの年齢にして、あそこまでの実力と、指導者として、配下をまとめ上げる統率力…………。
…………決して甘く見てはいけない相手。油断していたら、こちらが痛い目を見てしまうだろう。
紫は、『レミリア・スカーレット』という存在をより重く見ることにした。
少し、気が進まないが、この現状を打破するためには妖怪の山の勢力だけでは少し心もとない。
強者の存在を心待ちにしている好戦的な妖怪。
紫は多少気が乗らないものの、藍にやると言った手前、やらない手はないと、ある妖怪に協力を願い出るために重い腰を上げることにした。
最後にスキマでレミリアの姿を一瞥して、その妖怪の元へと向かった。
………あちらから見えないはずだが、レミリアと視線が合った気がした。
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…………あれは、なんだ?
真っ赤で、不気味で、なんだか怖くて。
そんな建物が姿を見せた。
今日もいつも通り、霧の湖を飛び回って、遊んで回るはずだった。
「・・・ちゃ・ん。・・・ちゃーん!!」
遠くの方で恐らく自分を呼ぶ声が聞こえるがそんなものに気を取られている場合じゃない。
「チ・ノちゃん!チルノちゃん!!もうっ!!こんな遠くまで・・・え・・・?なに・・・あれ・・・」
隣であたいを呼び止めて、怒ろうとしたのだろうか、目の前の建物を見て言葉を失う。
月の光で照らされたあの紅い建物。
「…………ッ!?」
あの建物から飛び出た一つの影、その姿があたいには鮮明に見えた。
大きな翼で空を羽ばたいて、物凄いスピードで飛んでいく青。
月明かりに照らされて見えるのは紅い眼をして青い髪をした男の子。
あたいたちとそんなに身長も変わらないのに、あいつの身体から出るおーら?からあたいたちには絶対に敵わないってあたいの身体が言ってくる。
…………身体が震える。怖いって感情があたいの身体全体が言っているみたいに。
いつの間にかあたいはその飛んでいるあいつが見えなくなってしまうまでその姿をじっと見つめていた。
怖い…………………。怖い?この、あたいが?
そんなあたいの気持ちに気付くと同時に手に力が入る。
これは、あたいにもはっきりと分かった。怒りだ。飛んでいるあいつにじゃない。あいつを怖いって感じたあたい自身に
「大ちゃん!!行くよ!!」
「……………ッええ!?い、行くって、どこに!?ちょ、ちょっと!待ってよチルノちゃん!!」
大ちゃんの手を取って私は来た道をすぐに戻っていく。
目的はあいつが飛んで行った方向に。
怖い………。そんなのありえない。
あたいがそんなこと感じるわけがない。
だって、あたいは………さいきょーだから!
さいきょーだから、怖いって気持ちになっちゃいけない。
さいきょーじゃないと、皆を助けてあげられない。
…………勝てないって。敵わないって。そう考えちゃ駄目だ。
大ちゃんを。皆を守るために、私がさいきょーじゃないと。いけないから。
怖がってちゃ、いけないんだ。
…………………結局、あたいは空を飛んでいたあいつの後を追うことは出来なかった。
すごく早くてとても追いつける速さじゃなかったから。
でも、後で聞いたけどあいつの名前は『れみりあ・すかーれっと』って言うらしい。
なんでも、きゅーけつきっていうしゅぞくなんだって。
れみりあ…………………。
あたいが初めて戦っても絶対に敵わないって感じた相手…………。
大ちゃんと他の友達以外に初めて覚えた名前。
絶対に倒してやるからな!!
なんて気持ちを固めて、あたいはその名前を深く胸に留めた。
チルノとの繋がりの導入かつ文字稼ぎ