辺りの音を全て持ち去ってしまったかのような静けなさの中、かすかに外から小鳥が囀っている声がする。
………チュン、チュン
と未だ涼しさが勝っている早朝を告げる小鳥たちの囀りに『僕』は一時の眠りから覚醒する。
ゆったりと上体を起こして代わり映えのなく、ぼやけて見える周囲を見渡しながらそっと周辺を捜索するかのように手を動かしていく。
「…………眼鏡、眼鏡」
左手に目当ての物を手に取って顔にかける。
その瞬間、周りがはっきりと見渡せるようになり、窓越しに外を見る。
眠っている寝床から立ち上がり、そろそろと乱雑に物が置いてある家の中を歩いていく。
所々痛んでいるアンティークでできた内装を歩いていき、乱雑におかれている物を避けながら向かうはいつも通りの場所、椅子に腰かけ、目の前の机の上に置いてある本を開き、今日はどこまで読んだかなと、しおりを頼みにページを捲っていく。
遠くの窓から刺す日の光では到底明るさは足りないため、傍に会ったランプに火をつけて、本が見やすいように明るさを足していく。
ぼんやりとした光に照らされながら、静かに本を読みながら、人目から離れた場所で限りなく少ない客の来店を待つ。
『非ノイマン型計算機の未来』という題名、何巻か、は読んだ後にでも確認しておこう。
それには僕が、『森近霖之助』がまだ知らない外の世界についての本であり、ここ、幻想郷では考えられないようなことを思いつく外の世界への羨望を表している本だ。
書かれている内容は到底理解なんてできないような内容であるし、当初、今現在でも魔導書の様に感じている本だ。
少しでも理解できれば、僕がが『集めてきた外の世界の道具』の使用用途が解るかもしれない。
書かれている内容について考察を重ね、自分なりに解釈して外の世界へと想いを馳せる。
今日も、その憧れにも似た思いに突き動かされるように、目の前の『魔導書』へと向き合っていくのである。
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「…………………」
はっと我に返って顔をあげてみると、外はもうすっかり日が暮れているということに気が付いた。
しかし、もうこんな時間か。
いつもなら、はた迷惑な魔法使いやどこぞの素敵な巫女様がどこからともなく来店してきて嵐のように部屋を荒らしてくるものだから。今日という静けさに少しだけ驚いたものだ。
だとしたら今日も来客は無し。ということになるか。
まぁ、ここ、僕の店である『香霖堂』があるのは魔法の森、人里からはある程度離れているし、そもそも人里の人間達は人里の外へ出ようとする者などいない。
決まり切ったような答えにいちいち落胆している場合ではない。これがいつも通りなのだから。
そして僕はもう来客は来ないだろうと当てを付け、再び本の世界へと没頭しようとする。
………リンリン………。
「邪魔をするよ」
カラカラ、と戸を開ける音と、来客を知らせる鈴の音、そして、すっと透き通る声が入り口の方からかかる。
「ああ、いらっしゃ…………」
と、言い切ろうとしたところで止まった。
目を向けると、小さいながらも反対に大きな翼を生やし、紅い眼をした一人の妖怪。
手には、折りたたまれている日傘を持って扉を開けていたのだ。
蒼く、艶のある髪、どちらかと見ると男であろうか。性別の区別が難しいほどに整っている顔立ち。
身なりはどこか気品を感じられ、上品さを忘れていない立ち振る舞い。
自分で言うのもなんだが、古ぼけている自分の店にはそぐわない、高貴さであった。
「…………?どうかしたか?主人」
「…………ああ、いや、なんでもないよ。いらっしゃい」
少しだけ訝しんだ来客に左手で眼鏡をあげながら言葉を返す。
僕の言葉に納得したのか、は定かではないが、『香霖堂』の周りをゆっくりと見渡す来客。
「……何かお探しかい?」
「………ああ、いや、何。知人にここを紹介されたものでな。なんでも珍しいものが多く出揃っていると言うものだから。見に来たのだが…………迷惑だったか?」
「……いいや、聞いただけだ。ゆっくり見て回るといい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
そう言葉を交わすと、それっきり客人は物色に動き、僕は机にある『本』へと向き合う。
静かな空間が『香霖堂』を支配していく。
ページを捲る音と、ゆっくりと歩くような足音。
それらの音が静かな空間に絶妙にマッチしているように感じる。
「…………む、紅茶葉、か」
と、来客が声を漏らす。
目を向けると、紅茶葉を手に取っている来客の姿があった。
「……おや、それに目を付けるのかい?」
「……まぁ、好んで飲んでいるものでな」
そう言って、次々と紅茶葉を手に取って眺める来客。
アールグレイ、ダージリン、アッサムと、色々な紅茶葉を見ながらうんうんと悩んでいる様子だ。
「ふむ、様子見だけにしておこうかと思ったが、気が変わった。店主。これらを買おう」
「……ああ、毎度」
来客は三袋の紅茶を手にとってこちらに向かって来てそう言った。
「…いくらになる?」
「そうだね、…………これくらい、かな?」
「うん、買った。…………うん?…………これは?」
そろばんで計算して出した料金を掲示すると、すんなりと出した来客が、近くにある何かに興味が移ったようで、それに手を伸ばして手に取る。
子供の見た目をしている来客の手に収まるほどの大きさの細長い『ガラクタ』
確か、能力で見た時には…………
「それは『携帯電話』だね、遠くの人たちと連絡をしたり通話したりする『機械』だね」
「ふむ…………『機械』か」
『機械』という単語にピクッと反応を示した来客が物珍しそうに『携帯電話』を手に持って眺めながら出っ張っている所をそっと突いたりして弄っている。
そして、あることに気が付いたようでパカッ、と開くと細長さが二倍になったことに多少目を輝かせている様子で。面白そうに弄っている。が、どう弄っても動かないことに疑念を感じたようで、首を捻る。
「………むう?店主、これは使えるのか?」
「それは僕にも解らない、でも何も反応が無いんだから壊れているか、それとも何か必要なことがあるのかもしれないね」
「……………電池切れ、とかか?」
「…………電池、というのは何だい?」
ポツリと聞いてきた来客の言葉に返す様に僕は聞いてしまった。
『電池』というのはどういう物だろう。
「電池、か?大概こういった機械は電気で動くようになっているからな。ふむ、これを動かすため動源力、か?」
「電気?電気というと、神の力だろう?ほら、雷の。それなら、外の世界の人間達は神の力を利用できるのかい?」
そう、雷とは、神が鳴らすものであり、神鳴りとも呼ばれているのだ。
しかし、その神の力を利用できるまでに外の世界は達しているのか。
「………詳しいことは私にも知らん。だが、確かに電気というのを利用して生活を便利にしているらしい。100年前程まで外の世界に居たものでな。ある程度のことは解る。」
「……………それは興味深い。あぁ、それと、ほら」
そういった会話を交わしながら来客の三袋の紅茶葉を包んだものを渡す。
「100年前のことだ、今はもうかなり進んでいるだろうがな。あまり期待はしないでくれ。ああ、助かる、ありがとう」
そう言って客人もその包みを手に取る。
「いい所だな、ここは」
唐突に、客人が香霖堂を見渡しながらそう言う。
「確かに物が乱雑に置いてはいるが、それがいい味を出している。どこかしら落ち着く所だ」
「あぁ、誉め言葉として受け取っておくよ。ありがとう」
客人は包みと日傘を手に持って入り口へと向かっていく。
そして、入り口の戸に手をかける直前で止まり、こちらへと振り返る。
「気に入った。また来る」
「ああ、また来てくれ。それに、今度外の世界について知っている限りでいいから教えてくれないか?報酬は…………そうだな。一通り、気に入りそうなものをいくつか用意しておくよ」
「フッ、報酬はいらんよ。茶の誘いには尚更、な。交流には損得勘定なんてしないものだぞ、店主」
「…………そう、か。僕は森近霖之助。君は?」
「…………レミリア。レミリア・スカーレットだ。今後とも、よろしく頼む、霖之助」
「ああ、是非また来てくれ、レミリア」
そう言葉を交わすと、客人、レミリアは外へと出ていった。
珍しく、いや、初めてのお得意様か?
それも、何やら外の世界について見識がある妖怪だった。男同士でもあるし、色々積もる話でもありそうだ。
などと考えながら、僕はまたこの静かになった香霖堂で、本へと没頭していくのであった。
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夜の空を飛んでいる一つの影。
大きな翼をして、月明かりに照らされて見えるのは紅い眼。
両手には日傘と包み。
レミリア・スカーレットである。
「…………ふう、これで当分は何とかなるな」
空を飛びながらレミリアは手に持っている包み、三袋の紅茶葉を見ながらそう口にする。
実は、紅魔館に紅茶葉が切れてしまって、レミリアはここ最近紅茶を飲むことができなくなってしまったという事態に陥ってしまった。
いや、紅茶が無ければ生活ができないっていう程紳士面に堕ちているわけではない。。
ただ、紅茶がない日の時のお茶が怖いのだ。
「……………………」
レミリアは、幻想郷に来て初めて嫌いになったものがある。
それは、咲夜が淹れる珍しいお茶である。
珍しい葉で淹れたお茶は何も味わいが無く。あまりにも苦みが多すぎて飲めたものではない。
この前何て福寿草のお茶なんて出されてしまったもので、当分、しっかりとした紅茶を飲めないことにとうとう我慢の限界が来てしまった。
しかも福寿草って毒性あるのだ。アレ。
咲夜はどこか天然は入っている様で、偶に暴走してしまうことがある。
そこでレミリアは、自身の紅茶の為に妖精メイド達を使ってまで紅茶の葉を探しに色々な商店を捜索させた。
自身も探しに行って。
そこで、知人、博麗の巫女と、白黒の魔法使いにある場所、『香霖堂』を聞いてそこに最後の希望を持って向かったのだ。
珍しいものがあると聞いたから来た。というのはそもそもそこがただの古道具屋であると聞いたため、であり。
人里に姿を晒してはいけないと考えたレミリアは他にどこにも行き場所がないため、仕方なく香霖堂に向かったのだ。
まぁ、有意義な話は聞けたし、店主との交流も持てそうだ。
紅茶葉も見つかったし一石二鳥、いや三鳥だ。
これで咲夜の暴走を止めることができる。
レミリアは一先ずの安全にほう、と息を吐いた。
余談だが、妖精メイド達が自分たちで協力し合って、紅茶葉の製造を行ったために、レミリアの健康が安泰になったという。