「おい、霊夢。本当に咲夜を置いてっていいのか?」
「…………あいつが自分から時間稼ぎするって言ったんだから、別に私がどうこうって話じゃないでしょ」
霊夢と魔理沙は、妖夢の足止めとして残った咲夜を置いて、先の白玉楼へと飛んでいる。
飛んで白玉楼へ向かっている間に、魔理沙が霊夢に例のことを聞いてきたのである。
「でもよ、私達三人でさっきの奴を倒していった方がよかったんじゃないのか?」
「異変解決が早ければそれに越したことないでしょ。いちいち三人で戦ってれば時間がかかるし面倒だわ」
「………そ、それもそうだが…………」
「………別に心配ないでしょ」
「…………………?」
「…………あんなところで負けるような奴じゃないわよ、あいつは……。『十六夜咲夜』は」
「…………………霊夢」
霊夢の口から出た言葉に少しだけ驚いたような顔をして霊夢の方を見る魔理沙。
「何だ。なんだかんだ言って、咲夜のことをしっかり認めてるんじゃないか」
「…………………うるさいわね」
何やら微笑ましい様な顔で霊夢の顔を見る魔理沙。
霊夢は無表情ながらも、そっぽ向いて、魔理沙と顔を合わせようとはしない。
長年の付き合いで魔理沙は解る。これは照れており、恥ずかしさを紛らわせようとしている行為なのだと。
素直じゃない友人だ。
と魔理沙は微笑ましい気持ちで霊夢を見つめる。
「…………………っ、無駄話は終わりよ」
「…………………ああ、そうみたいだな」
そんな会話をしている間に、既に白玉楼へと着いたらしい。
霊夢と魔理沙が先への階段を登りきると大きな武家屋敷が目に入った。
江戸時代の武将が住んでいてもおかしくなさそうな大きな屋敷には、桜吹雪が舞っていた。
いや、桜ではない。これは形を持った春
それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶
淡く輝くピンクの華蝶が流れてくる方向を見る。
そこには、霊夢も魔理沙も見たことがない様な大きな桜の木が。
美しく、荘厳で、嫌でも肌に感じる無意識的な、言葉にならない恐ろしさ。
その美しさは人を魅了する。それは人を拐かし、破滅を呼ぶ『美』
その荘厳さは人を圧する。それは、呼吸することすら許さない。死をもたらす『威』
その大きな桜は、自分自身の意識があるように、その大きすぎる存在感を嫌でもかと周囲に示しているかのようだ。
「………あら?こんなところに人間が迷い込んだのかしら?ここまで進んでこられるなんて、妖夢を倒してここまで来たのかしら。それも、二人」
「…………………ッ」
「おいおい…………」
その大きな木の傍に佇む一人の女性。
桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。
何げなく、会話するような口調で此方に向けて話しかけるくるが、その彼女から感じる立ち昇る圧倒的すぎるプレッシャー。
霊夢と魔理沙は、そのプレッシャーに少しだけ押される。そして確信した。こいつがこの異変の犯人だと。
実力は間違いなく、あのレミリアとも引けを取らない実力の持ち主であることも。
「まずはようこそ博麗の巫女、そして白黒の魔女。私の名は西行寺幽々子、冥界を管理する立場にある者として貴女たちの来界を心より歓迎するわ」
「………御託とか前置きはどうだっていい。この異変。貴女のおかげで春がいつまでたっても来ないし、こっちの桜はめっきり咲きもしないわ」
「あら、桜が見たいの?なら、こちらで満足するまでお花見するといいわ。こちらは桜がいくらでも咲き乱れているもの。冥界の桜は現世のものよりも、どこの桜よりも美しいと評判よ?」
「いいえ結構。私は顕界の人間。ならば顕界の桜を愉しみたいのよ。こんな生者が寄り付かない息苦しい場所なんかで花見してらんないわ」
「あら、そう」
霊夢は、幽々子に対して、調子が狂うやつだと感じた。得体のしれないというか、どこか掴み難い。
霊夢とも面識のある胡散臭い『あいつ』とそっくりだ。
睨みつける霊夢の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。
「でも、残念ね。もうすぐ、もう少しで西行妖が満開になるというのに…………」
「西行妖?」
『西行妖』という単語に、今度は魔理沙が疑問を呈する、
「ええ、この、大きな桜。『西行妖』が満開になれば、冥界の中でも、一際美しく咲き誇るわよ?この西行妖の封印を解くためには、もっと多くの『春』が必要ですもの」
「『春』………? ………そうかい、道理でこっちで冬がいつまでたってもこないわけだぜ。………にしても、冥界の春とやらは辛気臭いんだな」
「あら、失礼しちゃうわね。ここの春だって、貴女の住む幻想郷の春よ?ここの春を毛嫌いしちゃ、可哀想よ?」
「私は好き嫌いが激しいもんでな」
「…………魔理沙。こいつに何をいっても無駄よ。こいつを倒して、春を取り戻す。単純明快ね」
「フフッ、乱暴ねぇ。でも、それでいい。単純で解りやすいのはいいことよ」
再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。
それと同時に亡霊の周りがぼやぼやとぶれ始めた。
「………ッ!!魔理沙ッ!!」
「………!ああ!!」
その瞬間、霊夢と魔理沙はその場を離れる。
そのコンマ数秒後、霊夢達がいた場所に、濃厚な『死』の気配が覆いつくした。
強力な『死』の概念。
「あら?あれを避けることくらいはできるのね。ええ、それでもいいわ。無様に、それでいて必死にもがく姿でも、その命尽きる時には力強く煌めく明星にとなるでしょうから。美しく、優雅に。踊り狂いましょう?」
言い終えるや幽々子の周囲から大量の弾幕が放たれる。その圧倒的な弾幕量と、圧倒的な威圧感。
冥界の主の名に恥じぬ実力であることはその弾幕量と、威圧感から解る。
(…………でも、これくらい『あいつ』に比べたら……ッ!!)
霊夢はその身にかかる威圧感を弾き飛ばし、幽々子に弾幕を放って応酬する。
「上等よッ!!その人を侮った態度!その傲慢!全部叩き折ってボコボコにシメてやるわ!」
幻想郷の春は冥界だけのものじゃない!春を返してもらうわよ!!
霊夢は霊力を身体中に滾らせる。
「花の下に還るがいいわ、春の亡霊!」
「花の下で眠るがいいわ、紅白の蝶!」
────────────────────────
――霊符『夢想封印 集』
――亡舞「生者必滅の理」
霊夢が放ったスペルカードは、幽々子のスペルによって対抗され、幽々子の弾幕に相殺されるどころか霊夢の弾幕をかき消しても、勢い衰えずに霊夢に向かっていく
「………………チッ!!」
「ふふっ、さぁ、踊りなさい?」
霊夢の弾幕を打ち消すどころか、霊夢自身にまで向かってくる幽々子の弾幕。
その時点で、単純な力量の差が解りうる。
確かに幽々子ならば、妖夢が言っている通り、勝負に勝つには難しいのかもしれない
それが、一対一であるならば。
「私を蚊帳の外にされちゃ、悲しいぜッ!!私も混ぜろよッ!!」
――恋符『ノンディレクショナルレーザー』
幽々子の側面に回り込んだ魔理沙は、霊夢にかまけている今が好機とばかりにスペルカードを放つ。
「……あら、そうね。仲間外れは可愛そうですものね。なら、貴女も踊ってもらえるかしら?」
――亡郷「亡我郷」
しかし、幽々子は慌てることもなく、対応する。レーザーにはレーザーを、そして周囲にばらまかれている星型の弾幕も、幽々子が放つゆらゆらと揺らめく弾幕によって霧散させられてしまう。
その両者の弾幕のぶつかり合いの果てに残るは魔理沙の弾幕を上回る幽々子の弾幕。
「……………ッ!これは………キツそうだぜッ!」
側面に回り込んで攻撃したと思えば、攻撃されていた。
自分のスペルカードを完全に無効化され、反対に幽々子のスペルカードに押されるがままになってしまった二人。
霊夢達が放つ弾幕は、ことごとく幽々子によって霧散されてしまう。
それは、放たれた弾幕に『死』を与えるが如く。
万物に等しく死を与える幽々子の能力は、生き物であろうが無生物であろうが全くの無関係。
皆訪れる者は等しく『死』。
「魔理沙ッ!!あんたのなんとかスパークとやらで、あいつのムカつく顔を撃ち抜けないッ!?」
「いいやッ!!多分無理だな!!放ったとしてもアイツの弾幕で完全に霧散させられちまう!!」
「なら打つ手なしって訳!?」
「物量で攻めたら意外と何とかなるかもなッ!!」
そんな掛け合いをする霊夢と魔理沙。
しかし、そんな余裕そうな会話とは反対に、当の霊夢達は幽々子の弾幕を必死で避けながらである。
「ふふっ、そんな無駄口を交わせるくらいなら、まだまだ余裕ね。…………なら、これなら?」
微笑みながらそう言う幽々子は、一段階ギアをあげたようだ、背後から扇子の様な物が現れ、そこから、無数の弾幕が霊夢達に押し寄せてくる。
「…………………ッ!!」
「……………くそッ!!」
――霊符『夢想封印・散』
――魔符『ミルキーウェイ』
迫りくる弾幕を迎撃しようと苦し紛れに霊夢たちはスペルカードを切る。
しかし、それらも全て無駄に終わる。
確かに周囲の弾幕はなんとか打ち消せるが、その後に迫りくる弾幕は受け止めきれず、また同じような状況に陥ることは一目瞭然だ。
「…………!霊夢、こっちだぜ!」
「…………そこねッ!!」
しかし、一瞬で来た隙間を霊夢達は見逃さなかった。
かろうじてその隙間に逃げ込むことで弾幕を回避する。
「ふふっ、そこに逃げるのね?次はどこに逃げ込むの?」
――華霊「バタフライディルージョン」
しかし、霊夢達が避けきって逃げ込む先も幽々子にとっては想定内であった。
今度は、霊夢達に追尾してくる弾幕を放ち、回避範囲を制限する弾幕も放ちながら幽々子は愉しそうに微笑む。
「ああもうッ!!これじゃあ埒が明かないわ!魔理沙ッ!!」
「うおっと!!…………何だぁ!?」
「アレだしなさい!なんたらスパークッ!!」
「マスタースパークな!!正気か!?」
「一点集中よッ!!火力を一点に集めれば流石に届くでしょ!?」
「流石に…………っておい!!!霊夢ッ!!」
そういうや霊夢は幽々子に向かって突進するのではないかと思う程の勢いで飛んでいく。
しっかり向かってくる弾幕を最小限の動きで回避しながらしっかりと幽々子へと近寄っていく。
「無茶言ってくれるぜ!まったくッ!!…………だが、お前らしい!!」
――恋符『マスタースパーク』
突進していく霊夢の後ろから、魔理沙の放ったマスタースパークが追従する様に幽々子へと向かうって行く。
そのスピードは、楽々霊夢を抜かした。
――霊符『夢想封印』
霊夢もスペルカードを宣告し、その後も幽々子への突進を止めずに続ける。
「…………………!」
一瞬だが、幽々子の表情が変わる。
しかし、すぐにいつもの余裕そうな微笑みの表情に変わる。
――死蝶『華胥の永眠』
「…………………ッ!?」
霊夢は、本能的に危険を察知したのか、その場で身体を捻り、急ブレーキをかける、そして、すぐさまその場から、幽々子とは距離を離す。
そして、霊夢は後ろを振り返ると、マスタースパークと、夢想封印の弾幕とレーザーが跡形もなく消失し、辺りにふよふよと漂う蝶。
妖力で創られた蝶である。
「おい!!霊夢!大丈夫かッ!?」
「魔理沙ッ!!近寄らないでッ!!蝶に触れないッ!!」
「…………………ッ!?」
そんな必死の表情でこちらに喚起する霊夢の姿など、魔理沙は初めて見た。
すぐさま霊夢の言う通りに、霊夢の元に近寄るのをやめ、蝶を警戒しながら霊夢を横目で確認しながら飛ぶ。
「おい霊夢!どういうことだ!?」
「あの蝶は危険よッ!絶対に触れちゃ駄目ッ!!」
「どうしてだ!?」
「勘よ!」
霊夢の言葉に、魔理沙は軽口で返すことは憚られた。
何しろ霊夢の表情は真剣そのもの、いつもの気だるげな霊夢とは違うのだ。
「品もなく、むやみに突っ込んでいくのは感心しないわ。もっと華麗に踊らないと」
「…………………ッ相も変わらず、ムカつく余裕顔ね!今すぐぼっこぼこに叩きのめしてやりたいくらいよ!」
「あら、女の子が下品な言葉を使ってはいけないわ?それに、悠長としていていいの?こうしている間に、どんどん『春』が西行妖に集まっていくわよ?」
「…………………ッ!!」
霊夢はバッと、西行妖へと目を向ける。
西行妖は、自分の意思で、ざわざわと動き出す様にその巨体が揺れる。
そして、その桜の木の周囲に、『春』が次々と集中していく姿がはっきりとわかる。
霊夢は、その事実をすっかりと忘れていた。
そうだ、幽々子に気を取られている内にあのでっかい桜が『春』を吸収して花が咲いてしまう。
それは絶対に許してはいけない。
だが、先ほどの弾幕で嫌でも解る。
『こいつ』は、レミリアと引けを取らない実力者。
西行寺幽々子を打ち崩すスペルカードが、無い。
決定的なスペルが、相手に通じる力が欠けている。
霊夢はギリッと、唇を噛み締める。
「………ふふっ、もう少し…………もう少しで…………西行妖の封印が解ける…………。もう少し…………ええ、もう、少しで、『貴女』に逢えるの…………よ。」
「…………………ッ?アンタ、一体、何を…………」
「ふふっ…………ええ、そうね。…………封印を解いて…………元ある所へ…………。これが最期…………。なら、最期に相応しく、盛大に咲かせてあげましょう!!!」
突如、何かに取り憑かれるように呟きだす幽々子をおかしく思ったのか、霊夢が声を掛けるが、その言葉を聞いていない様子だ。
扇子をバッと開いた瞬快、おびただしい妖気があふれ出る。
「…………………ッ」
「………………何なんだぜ、これ…………」
その妖気だけで周囲を圧するその威圧感。
お遊びはもうお終いだと言わんばかりに無数の弾幕が幽々子の周囲に展開される。
それも、先ほどの弾幕よりもさらに妖気が大きく、そして莫大な量で。
霊夢と魔理沙はこの瞬間、はっきりと理解した。
自分達が相手にしているのは、もはや人智を超えた、どうすることもできない存在であるということに…………。
その事実に気が付いた時…………それは、何を意味するのだろうか。